第164話「剣豪の一歩」
速さを競う時ほど、止まる場所を先に決めておかなければなりません。
最後の一歩を踏み込める者は、その先へ進まない判断も、自分の足で選んでいます。
剣術個人戦の朝、鉱山都市ヴァルグレンには細い雨がしとしとと降っていた。
夜明け前から空を覆っていた雲は低く、石造りの屋根と煙突の間へ白い靄を溜めている。雨粒は競技場を囲む岩壁へ染み込み、観客席の下を流れる排水溝から、絶え間なく細い水音が響いていた。
屋外競技場には防雨結界が張られていたが、湿った冷気までは遮られない。剣士控室の床にも外から運ばれた土が薄く残り、革靴と鞘が触れるたび、乾いた金属音へ雨の匂いが混じった。
リィナ・アルセイルは長椅子へ片足を載せ、脛当ての留め具を締め直していた。
高い位置で結んだ赤栗色の髪は、動いた時に視界へ入らないよう、普段より短く折って黒い紐でまとめている。強い意思を孕んだ金茶色の瞳は朝の眠気を残さず、正面へ置いた一振りの長剣だけをしっかりと見ていた。その細身に見える身体は、制服の上からでも腰と脚へ鍛錬の密度が分かる。袖は肘の下まで捲り、右手首には使い慣れた白い布を二重に巻いていた。
剣の刃は落としてある。
大会用の模擬剣は、直撃しても人を斬り裂かないよう魔導処理されている。それでも、加速した鉄の棒が骨へ当たれば折れる。剣圧と足技の使用も認められる四年次の個人戦では、治療班が常駐していても無傷で終わる保証はなかった。
「包帯、きつくない?」
鏡越しに、リィナは入口へ立つレイルを見た。
レイルは黒灰色の学院外套を腕へ掛け、暗い灰褐色の長い前髪をまだ少し濡らしている。青灰色の目が、手首ではなく立ち上がった時のリィナの重心を見ていた。
「昨日より少しきつくしてある。剣を受けた時に手首が返らないようにした」
「締めすぎると、指先の感覚が落ちるんだけど」
「分かってる。ほら――」
リィナは五本の指を順に曲げ、柄を握った。革巻きの凹凸が掌へどう触れているか確かめてから、軽く一度だけ振る。剣先は長椅子の端から指一本分のところで止まった。
「問題ない、ね」
「ならいい」
「それだけなの?」
「何が」
「昨日、約束したでしょ。技の話より先に、普通に言うって」
「試合前に言わなきゃいけないのか?」
「試合後に勝手に忘れないよう、今のうちに確認してるの」
レイルは一度、考える顔をした。
リィナの眉が寄る。
「考えないと出ないの?」
「どう言えば普通なのか考えた」
「そこから難しくしないでくれない?」
控室の外から、低く笑う声がした。
セレネ・グランツが扉の脇へ立っていた。肩甲骨までの淡い金髪を、細い青紫色の紐で片側だけまとめている。実験用の眼鏡は外しており、青紫色の瞳がリィナとレイルを順に見た。昨日得た魔法設計部門の金章は持ち歩かず、胸元には学院章だけを留めていた。
「ふふ。レイルは、褒め言葉にも発動条件を求めますから」
「セレネまで笑うのか」
「昨日、私も同じことを言いました」
「二人とも、今日の私を見ててよ? 変な分析会を始めないで」
「はい、見ています」
「ああしっかり見る」
同じ返事が重なった。
リィナは剣帯を締め、長剣を腰へ戻した。立ち上がると、高く結んだ髪が背中で一度だけ跳ねる。
(ちゃんと見ていてほしい、彼に)
口に出せば、試合前から胸の中まで見せる気がした。
昨日、セレネは五つの術式を作り、最も美しい一つを自分で捨てた。レイルは勝ち直す機会を手放し、観客を守ったまま二位を受け入れた。
今日は自分の番だった。
速く斬るだけなら、もっと前からできた。
王核大陸では、相手の牙や爪が届く前へ踏み込み、先に倒さなければ守れない場面もあった。けれど学院の剣術戦では、倒すことだけが答えにならない。相手を壊さず、逃げ道を残し、自分の剣を止めたうえで勝たなければならない。
それは、魔物より人間の方が弱いという話ではなかった。
相手も考え、誘い、怖がり、勝ちたがっている。互いに止まれると信じて、全力を近づける。その距離の方が、リィナには難しかった。
「リィナ」
レイルが呼んだ。
「何よ?」
「勝ってこい」
余計な説明のない言葉だった。
胸の奥へ、温かいものが真っすぐ落ちる。
「うん。行ってくるね」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
剣術個人戦は、四つの学院から選ばれた十六名による勝ち抜き形式だった。
有効打、場外、武器落とし、降参のいずれかで決着する。頭部、喉、心臓へ当たる攻撃には高い得点が付くが、剣筋を止め切れず重傷を負わせれば反則負けとなる。魔力による肉体強化と剣圧は使用可能。ただし属性魔法の直接発動は禁止され、競技用魔法剣は演武部門を除いて使用できない。
第一試合、リィナの相手は西方工導学院の長剣使いだった。
青い胴衣を着た男子生徒はリィナより頭半分ほど高く、剣身も長い。開始線へ立った時から、間合いの差を隠そうとしなかった。
「大陸記の剣士と戦えるのを楽しみにしていた」
「私の本じゃないけどね」
「肉串十四本の話は本当なのか?」
「……そこを読んだの?」
観客席から笑いが起きた。
審判が咳払いし、二人へ剣を構えさせる。
「よし、始めぇぃ!」
男子生徒は、開始と同時に踏み込まなかった。
長い剣を正中へ置き、リィナが己の間合いに入ってくるのを待つ。剣先の円だけで、近づける道を狭めていた。
リィナは半歩だけ右へ動いた。
その軌跡を相手の剣先が追う。
さらに半歩。追う。
観客席から見れば、何も起きていない時間が数秒続いた。
(先に速さを見せれば、長さで外から合わせられる――)
相手は一回戦から自分を研究してきた。
大陸記に書かれた【噴歩】の特徴も、学院公開演武の映像も見ている。脚部から魔力を噴き、直線的に間合いを消す瞬間を待っている。
リィナは右足へ溜めた魔力を、使わずに散らした。
相手の肩が僅かに動く。
噴歩を警戒した剣先が一瞬だけ上がった。
リィナは普通に歩いて相手の間合いに入る。
「え――」
相手が間合いを詰め返す。
長剣が横へ払われる。
リィナは刃を受けず、鍔元へ自分の剣の腹を添えた。衝撃が腕へ届く前に腰を回し、相手の力を足元へ流す。
【無終剣・返環】。
押し返さない。
止めない。
受けた力を、次の歩幅へ渡す。
リィナの身体は横薙ぎの勢いを借り、相手の外側へ滑った。
剣先が男子生徒の首筋へ触れる寸前で止まる。
「い、一本、有効!」
審判旗が上がった。
一本先取の第一試合は、それで終わった。
「お前、噴歩を使わなかったな」
試合後、男子生徒が悔しそうに笑う。
「まあね。アンタが待ってるのが分かったから」
「知っている技を出すと思い込んだ、か」
「次は出すかもしれないよ―?」
「次は大会の外で頼む。あと、肉串十四本はやっぱり本当なのか?」
「試合の感想よりそっちが大事なの?」
選手と軽い握手を交わし、観客席へ戻る相手の背を見送り、リィナは口元を緩めた。
最初の一歩を見せないことも、剣術に入る。
前なら待つ時間に焦れていた。今は、相手が自分の速さを知っていることまで使える。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
二回戦の相手は、成環聖務学院の双剣使いだった。
小柄な女子生徒で、左右の剣へ異なる重さの魔導錘を組み込んでいる。右は軽く、左は重い。打ち合うたび、同じ見た目の斬撃から異なる衝撃が来た。
リィナは最初の交換で左の重剣を受け、手首へ痺れを走らせた。
続く右の軽剣が頬を掠める。
「有効、一本!」
先に得点を取られた。
女子生徒は笑わず、左右の剣を低く構えた。
「有名人だからって、待ってあげないよっ☆」
「待ってもらうつもりもないけど」
試合再開。
右が速い。
左が重い。
そう分けて考えた瞬間、相手は右の軽剣へ身体強化を乗せ、重い打撃として振り下ろした。
リィナは剣を斜めに立て、受けた力を返環へ流そうとする。
だが、相手は接触直前に腕の力を抜いた。
流すはずの力が消える。左の重剣が脇から来る。
(受けた後だけじゃ間に合わない)
リィナは左足を引き、剣を受ける前に自分から身体を回した。
重剣が背中の布を掠める。
右足の踵から短く魔力を噴く。
【噴歩・瞬駆】。
長い距離を飛ばない。
ただ半歩だけ、相手の二本の剣の内側へ入る。
女子生徒が肘で押し返そうとする。
リィナは加速を止めるため、腰の魔力を逆向きへ噴いた。
【逆制】。
身体だけが急停止し、剣先は相手の胸当てへ柔らかく触れた。
「有効、一本!」
一対一。
最後の交換で、女子生徒は左右の重さをさらに入れ替えた。
リィナは剣を見ず、足裏を見た。
重い武器を振る時は、支える足の沈み方が変わる。
右足が深い。
今度の右は重い。
打ち合う直前、リィナは自分の剣を寝かせた。衝撃を刃で受けず、相手の手首を下から持ち上げる。重さを失った右剣が浮き、左剣の軌道と重なった。
二本が互いにぶつかる。
リィナは空いた中央へ入り、鍔を相手の胸当てへ当てた。
「勝者、リィナ・アルセイル!」
歓声が降る。
女子生徒は呼吸を整えた後、剣を下ろした。
「私の足を見てた?」
「うん」
「最初から?」
「最初は剣を見てた。だから一本取られた」
「あなた、正直ね」
「取られたものを、なかったことにはできないから」
「そっか、わたしももっと修行しなくちゃ。あなたと、戦えてよかった」
互いに剣を合わせ、礼をする。
控室へ戻る途中、リィナは右手を開閉した。最初に受けた痺れが少し残っている。
廊下の柱へ寄りかかっていたミレアが、薄く目を開いた。
銀灰色の長髪は背へ真っすぐ落ち、紫の瞳の下にはいつもの薄い隈がある。黒白の治療衣の袖から、白い手袋を外しかけた手が伸びた。
「ふわぁぁ……手、見せてください」
「まだ動くよ」
「動くかどうかを聞いていません。次の試合までに悪くなるかを見ます」
リィナは素直に手を渡した。
ミレアは手首から指先まで触れ、温度と腱の張りを確かめる。
「軽い圧迫です。包帯を一度外して、十分冷やします。準決勝前に巻き直しましょう」
「十分なら間に合う?」
「治療を間に合わせるのは、こちらでやります。選手は無理を隠さず、その手を出してください」
「レイルにも同じこと言ってる?」
「一日に三回ほど、いえもっとですかね」
「足りないんじゃない?」
「私もそう思います……ふわぁ」
ミレアの後ろで、レイルが気まずそうに視線を逸らした。
「いたの?」
「今来たとこだ」
「絶対、最初からいた顔だよ」
「手首は?」
「軽い圧迫だって。次までに戻る」
レイルが自分で確かめようと手を伸ばしかけ、途中で止めた。
ミレアの診断へ割り込まないと決めたのだろう。
代わりに、リィナの目を見る。
「一回戦、速かったな」
「普通に褒めるって言ったでしょ」
「二回戦の最後、すごかった」
今度は、言い直さなかった。
リィナの頬が僅かに熱くなる。
「……そう。それでいいの」
そこへセレネも来た。
「右手を冷やす間、次の相手の資料を読みますか?」
「読む。でも、全部は言わないで。自分の目で確かめたいから」
「分かりました。相手の既知の技名と、過去二試合の傾向だけにします」
「セレネは、昨日の優勝者なんだから休んでてもいいのに」
「研究記録がなくても、貴方の試合は見たいです」
さらりと答えられ、リィナはセレネの顔を見た。
青紫色の瞳は穏やかだったが、譲るつもりはない。
(こういう言い方、前より強くなったよね、セレネ)
告白してからのセレネは、近くにいる理由を誤魔化さなくなった。
リィナも、負けたくないから隣へいるとは言わない。レイルのそばへいたい自分の気持ちは、もう剣の勝敗へ隠せるほど小さくなかった。
「じゃあ、二人とも見てて。次も勝つから」
「はい」
「見る」
また同じ返事だった。
今度は腹が立たなかった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
準決勝の相手は、同じ王立結着学院四年次の重剣専攻、カルム・ベイルだった。
短く刈った黒髪と厚い肩。両手で握る幅広の模擬大剣を使う。身体強化の出力は大会参加者でも上位で、二回戦までの相手を全員、三合以内に場外へ押し出していた。
開始前、カルムは大剣を肩へ担ぎ、リィナを見下ろした。
「速さで外へ回るつもりだろう?」
「そうさせないつもり?」
「場内全部を俺の間合いにする」
宣言どおりだった。
開始と同時に大剣が床へ叩き込まれる。
刃から放たれた剣圧が扇状に広がり、正面だけでなく左右の逃げ道まで削った。
魔力は肉体強化だけへ流れ、刃から純粋な剣圧が広がった。
リィナは跳ばなかった。
床へ伏せるほど重心を落とし、剣を地面すれすれへ寝かせる。押し寄せた剣圧を刃の腹で受け、身体の横へ逃がした。
足元の砂が二筋に割れる。
次の大剣が来る。
上から、左から、再び上から。
カルムは大きな武器に似合わず、戻しが速い。リィナが外へ抜けようとするたび、広い刃が道を塞ぐ。
(返す先が足りない......ッ)
返環は、受けた力を次の動きへ渡す。
だが、次の一歩そのものを塞がれれば、流した力が身体の中へ残る。無理に抱えれば、膝か腰が先に壊れる。
リィナは三撃目を受け、後ろへ滑った。
場外線まで、残り二歩。
観客席がどよめく。
カルムは追う。
「これで――、終わりだッ!」
大剣が横へ振られた。
避ければ場外。
受ければ押し出される。
リィナは左足を場外線の手前へ置き、剣を正面へ立てた。
鉄と鉄が噛み合う。
衝撃が肩、背骨、腰を通り、左脚へ落ちる。
靴底が半分、線の外へ滑った。
審判の目が足元へ向く。
リィナは右脚を浮かせた。
「なに――」
カルムの目が開く。
両足で踏ん張れば、押し出される。
ならば、踏ん張らない。
左脚一本を軸にし、受けた力へ逆らわず身体を回す。大剣の横薙ぎが、リィナの身体を円の内側へ運んだ。
返環。
自分から外へ流れず、相手の懐へ戻るための円を作る。
カルムの大剣が空を切った。
リィナは回転の終わりで右足を着き、剣先を相手の脇へ入れる。
だが、カルムは柄頭を落とし、剣を挟んだ。
互いの武器が動かない。
「捕まえたぞ」
「私も」
リィナは剣を取り返さなかった。
柄から右手を離し、カルムの大剣の峰へ掌を置く。左手一本で自分の剣を押し込みながら、右足の噴射を下ではなく後方へ向けた。
身体が前へ沈む。
肩がカルムの胸当てへ当たる。
大柄な身体が半歩下がった。
その半歩へ、リィナは膝を入れない。足を掛けず、剣の柄だけを回した。
挟まれていた刃が抜ける。
剣先がカルムの胸当てへ触れた。
「有効、一本!」
カルムが大剣を引き、再び振ろうとする。
審判旗はすでに上がっていた。
「勝者、リィナ・アルセイル!」
静止命令の後、リィナは二歩下がった。
左脚が僅かに震えている。
カルムはそれを見て、大剣を下ろした。
「線を踏んでいた」
「半分だけね。足、全部出てないし」
「一本足で受ける馬鹿がいるか?」
「受けてない。回ったの」
「同じだ」
「違うよ」
カルムはしばらく不服そうにしていたが、やがて息を吐いた。
「決勝で負けたら怒るぞ」
「なんで相手に怒られなきゃいけないの」
「俺を倒した剣士が、次で簡単に負けると困る」
「じゃあ、ちゃんと見ててね」
剣を合わせる。
その瞬間、左脚へ鋭い痛みが走った。
顔へ出す前に、ミレアとレイルの視線が同時に動いた。
(う、見つかった)
試合場から戻ると、ミレアは欠伸をしなかった。
「はい。左足を出してください」
「歩けるって」
「歩ける人も腱を傷めますので」
白い手袋を外し、足首と膝を触診する。ニアが黒銀色の猫型で傍へ座り、薄い光の輪を脚へ走らせた。
『筋繊維ノ局所負荷、通常比一・八倍。断裂ナシ。続行可能デスガ、最終判断ハ治療担当へ返シマス』
「軽い炎症です。決勝前に冷却と固定をします。噴歩は連続三回まで。左脚だけで衝撃を受ける動きは禁止します」
「今のをもう一回やるなってこと?」
「同じ状況を作らないでください」
「相手が作ったら?」
「その時は、別の答えを探すしかありませんね」
リィナは唇を尖らせた。
「難しいこと言うなあ」
「簡単な答えで身体が治るなら、私はもっと寝れています……ふわぁぁ」
欠伸が戻る。
緊急性は低いらしい。
リィナは少しだけ安心した。
「決勝まで、どれくらい?」
セレネが尋ねる。
「四十五分です。最初の二十分は冷却。次の十分で再診。残りで軽い動作確認をします」
「術式映像の確認は、冷却中にできます」
「リィナが望むなら」
「見る。決勝の相手は?」
レイルが対戦表を開いた。
「北方軍学魔法学院。ヴァレリア・ロス。四年次首席。二十歳以下の軍剣大会で三位」
「二十歳以下?」
「学院入学前から軍家の道場にいたらしい。長剣一本一筋だ。身体強化はカルムより低いけど、試合中の無駄な動きが少ないな」
「レイル」
「何?」
「それ、もう分析に入ってる」
「対戦相手の説明をしてるだけだが?」
「普通に応援するって約束、まだ残ってるからね」
「忘れてないよ」
リィナは長椅子へ座り、冷却布を左脚へ巻かせた。
セレネが投影板へヴァレリアの過去試合を映す。
画面の中の少女は、長い黒紅色の髪を一本の編み込みにし、灰色の目で相手を追っていた。背はリィナより高い。華奢ではないが、大柄でもない。正面から剣を合わせ、相手が崩れるまで小さな有利を積む型だった。
派手な必殺技はない。
だからこそ、崩しどころが見つけにくい。
「この人、止まるのが上手い」
リィナが言った。
「はい。攻撃後の重心が、一度も前へ流れていません」
「追撃できるのに、点が取れたらすぐ戻ってる」
「大会向きだ」
レイルの言葉に、リィナは頷いた。
「私と逆かも」
「前のリィナとは、です」
セレネが訂正する。
「今は止まれています。準決勝も、一本を取った後に追っていません」
「それは審判が止めたから」
「以前なら、声が届くより先に二歩目へ入っていました」
心当たりがあり、リィナは反論をやめた。
ヴァレリアの映像を、もう一度最初から見る。
止まるのが上手い剣士へ、どう入るか。
答えは画面の外にある気がした。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
決勝戦が始まる頃には、雨が上がっていた。
防雨結界の上へ残った水滴が、曇り空から差した淡い光を細かく反射している。観客席は朝より埋まり、剣術部門の決勝を待つ声が競技場の岩壁へ何度も返った。
開始線の向こうへ、対戦相手――ヴァレリア・ロスが立つ。
映像で見た黒紅色の長髪は、実際には腰近くまであり、太い編み込みが背中へ一本落ちていた。灰色の瞳は冷たく見えるが、相手を見下すそぶりはない。白と紺の競技服は飾りが少なく、長剣の柄には滑り止めだけが巻かれている。
「リィナ・アルセイル」
ヴァレリアが名前を呼んだ。
「何?」
「昨日の魔法部門を見た」
「え? 私は出てないよ」
「お前の仲間が、勝ちを捨てて観客を守ったな」
「捨てたって言うと、レイルが嫌がるかも」
「では、選び直した。今日は、お前が何を選ぶか見たいものだ」
落ち着いた声だった。
リィナは長剣を抜く。
「私も、あなたがどこで止まるか見たい!」
二人が構える。
ヴァレリアは剣を胸の高さへ置き、刃先を僅かに外へ向けた。
誘いにも、防御にも見える。
「始め!」
最初の一合は、音だけが大きかった。
リィナが正面から踏み込み、ヴァレリアが刃を合わせる。互いの剣が弾かれ、二人とも同じ距離へ戻る。
二合目。
ヴァレリアの突きが来る。
リィナは外へ払う。
追撃しようとした瞬間、ヴァレリアはすでに剣を正中へ戻していた。
三合目。
リィナが噴歩の予備動作を見せる。
ヴァレリアは反応しない。
使う前の魔力へ釣られず、実際に身体が動くまで待っている。
(やりにくいな)
速さを警戒しすぎる相手なら、歩いて入れる。
速さを恐れない相手なら、加速で抜ける。
ヴァレリアは、どちらにも先に答えを出さなかった。
リィナが一歩入れば、一歩だけ下がる。
追えば止まる。
止まれば中央へ戻る。
小さな剣先の接触だけが続き、歓声が次第に静まっていく。
観客にも、均衡が伝わっていた。
「来ないの?」
リィナが聞く。
「すでに行ってる」
ヴァレリアは短く答えた。
次の瞬間、剣先が消えた。
足幅は小さく、余計な予備動作もない。
短い突きが、リィナの喉元へ伸びた。
リィナは首を傾け、刃を避ける。
同時に自分の剣を振る。
ヴァレリアは突きを引かず、鍔で受けた。
リィナの刃が滑る。
ヴァレリアの左肩が胸へ当たり、身体を押し崩す。
剣先がリィナの脇腹へ触れた。
「有効、一本!」
北方学院側から歓声が上がる。
リィナは二歩下がり、脇腹を確認した。痛みはない。完全に止められていた。
(速くないのに、遅れた)
ヴァレリアの動きは、事前に見た映像と同じだった。
ただ、動作の始まりと終わりが小さい。剣が来ると判断した時には、すでに届いている。
再開線へ戻る。
「今の、上手かったね」
「試合中に褒めるのか」
「”いいものはいい”から」
「お前も変わっているな」
審判が旗を下ろす。
次の一本でヴァレリアが勝つ。
リィナは呼吸を整えた。
左脚の炎症は消えていない。噴歩は連続三回まで。正面から速さをぶつければ、ヴァレリアは最小の動きで止める。
(なら、止まるところを一つ増やす!)
開始。
リィナは噴歩で入った。
ヴァレリアが半歩下がり、剣先を置く。
予想どおりの位置。
リィナは到達直前に【逆制】を使った。
身体が止まる。
ヴァレリアの剣先が、届かない空間へ突き出される。
リィナはそこから普通の一歩を踏み、剣の腹で相手の手首を叩いた。
ヴァレリアは離さない。
柄を回し、刃を下から返す。
リィナは返環で力を流し、相手の右側へ回る。
ヴァレリアも回る。
剣先が交差する。
どちらも当たらない。
ヴァレリアが止まる。
リィナも止まる。
一呼吸分の距離が空いた。
(ここで――終わらない!)
リィナの右足が、止まった姿勢のまま僅かに床を噛む。
攻撃の勢いは残っていない。
返環で借りた力も使い切っている。
それでも、終わった直後には何もないわけではなかった。
剣を戻す相手の呼吸。自分が止まったと相手が判断する瞬間。
次の攻撃へ移る前の、ごく薄い間。
リィナはそこへ一歩を置いた。
【無終剣・零間】。
まだ入口へ一度触れただけだった。
いずれたどり着く”剣神の境地”には遠い。
終わった動きの後ろへ、次の始まりを結び付ける最初の一歩。
ヴァレリアの灰色の瞳が僅かに開く。
リィナの剣先が肩へ届く。
ヴァレリアは身体を沈め、首への直撃を避けたが、刃が肩当てへ触れた。
「有効、一本!」
これで一対一。観客席が一気に沸いた。
リィナはそれ以上追わず、開始線へ戻った。
左脚が熱い。噴歩は二回使った。残り一回。
ヴァレリアは肩当てを指で確かめ、初めて僅かに笑った。
「今の技に名はあるか」
「まだ入口だけ。名前はあるよ」
「次も来るか」
「同じのは、たぶん無理だね」
「正直だな」
「でも、別の一歩は出す」
最後の一本。
観客席の音が遠くなる。
レイルも、セレネも、どこにいるか見なくても分かった。
自分を見ている。
応援だけで左脚の熱は消えない。
勝てる保証もない。
けれど、失敗した姿を見られてもいいと思えた。
その分だけ、余計な力が抜けた。
「始め!」
ヴァレリアが先に来た。
短い突き。
リィナは払わず、剣の峰を自分の刃へ滑らせる。
ヴァレリアは鍔で押し込む。
リィナは返環へ流す。
ヴァレリアも流される前に足を替える。
剣と剣が離れない。
互いに押さず、引かず、刃の接点だけが胸の前を移動する。
リィナが右へ回る。
ヴァレリアが先に止まる。
リィナは止まらない。
左脚へ負担をかけず、右脚だけで小さく跳ねた。
魔力噴射は使わない、ただの一歩。
ヴァレリアが剣を引く。
引いた刃が、リィナの頬を狙う。
リィナは首を避けながら、柄頭を相手の手首へ当てた。
互いの剣が上へ跳ねる。
空いた中央へ、二人の身体が同時に入った。
肩がぶつかる。
ヴァレリアが左手でリィナの剣腕を押さえる。
リィナも相手の鍔元を押さえる。
剣では決まらない。
ヴァレリアが足を掛ける。
リィナは踏ん張らず、掛けられた足へ自分から重心を預けた。
身体が傾く。
ヴァレリアの姿勢も崩れる。
二人が同時に倒れかける。
場外線は近い。
リィナは倒れる途中、最後の噴歩を使った。
上ではなく、斜め後ろへ、噴射の向きは斜め後ろ。
ヴァレリアと重なったまま、二人を場内へ戻す。床を滑る。
ヴァレリアの足が線の内側へ残る。
リィナも残る。
押さえ合っていた腕が離れた。
二人とも同時に剣を拾う。
ヴァレリアの方が僅かに早い。
刃がリィナの喉へ向く。
リィナの剣は、まだ腰の高さだった。
(間に合わない)
頭で判断するより先に、左手が動いた。
剣を持たない手で、ヴァレリアの刃の腹を外へ押す。
模擬剣でも、触れれば皮膚は裂ける。
掌が熱くなる。
軌道が指一本分ずれた。
刃が首の横を通る。
リィナは腰の高さから剣を上げた。
ヴァレリアの脇腹へ届く。
だが、そのまま振り抜けば肋骨を折る。
リィナは途中で握りを緩めた。
刃の腹が競技服へ触れ、止まる。
ヴァレリアの剣も、首筋から指一本の場所で止まっていた。
互いの剣が、互いへ届いている。
審判が動けない。
観客席から息を呑む音が広がった。
ヴァレリアの刃は首へ近い。
リィナの刃は脇腹へ触れている。
先に有効面へ到達したのは、どちらか。
審判補助の記録水晶が、二つの軌道を空中へ映した。
赤い線と青い線が重なる。
ほんの僅か、リィナの剣が先だった。
「有効――」
審判が旗を上げようとする。
「待ってください」
ヴァレリアが言った。
自分の剣を下ろす。
「私の負けです」
「記録判定でも――」
「最後、アルセイルは私を場内へ戻した。あのまま外へ押し出せたはずです。その後の一撃も、折らない位置で止めた。私は喉を狙い、止められたのは相手の手に触れられた後だった」
ヴァレリアはリィナを見た。
「降参します」
審判が二人の安全を確認し、旗を振り上げる。
「勝者、王立結着学院――リィナ・アルセイル!」
歓声が岩壁を揺らした。
立ち上がった観客が腕を振り、王立結着学院の旗が大きく波打つ。
リィナはすぐに喜べなかった。
左手の掌へ細い赤い線が入り、血が一筋だけ流れていた。
ヴァレリアの喉を狙った剣は止まっていた。
自分の一撃も止められた。
ほんの僅かな違いだった。
「どうして降参したの?」
リィナが聞く。
「先に止まれた者が勝つ試合だった」
「記録水晶でも、私が少し先だったよ」
「記録だけで納得できるなら、聞かないだろう」
ヴァレリアはリィナの血の滲む左手を見た。
「次は、その手を使わせずに勝つ」
「次も私が勝つけどね!」
「では、また戦おう」
互いに剣を合わせる。
今度の音は、試合中より小さかった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
表彰台へ上がる前に、リィナは治療室へ連行された。
掌の傷は浅く、ミレアが洗浄して止血し、レイルが監督下で【治癒】を施した。傷口を閉じる前に異物が残っていないか確認し、神経と腱へ損傷がないことをニアの表示と触診で確かめる。
レイルの指先から淡い生命属性の光が広がる。
出血を止め、自然治癒が進む状態まで戻す。掌には細い赤みが残った。
「跡、残る?」
「数日で薄くなる。握った時に痛むなら、今日の演武は中止だ」
「今日はもう個人戦だけだよ」
「表彰で強く握手するな」
「そんな注意ある?」
「今できた」
ミレアが包帯を巻きながら、眠そうに笑った。
「ふわぁぁ……治療師の注意事項は、患者さんが増やしてくれます」
「私、患者扱い?」
「血が出ている人は、だいたい患者さんでしょ」
治療室の扉が開く。
セレネが先に入り、その後ろからレイルと同じ黒灰色の学院外套を着たエリオが顔を出した。丸眼鏡の奥の目は、歓声を上げすぎて赤くなっている。
「リィナ先輩、優勝おめでとうッス! 最後の一歩、ぜんぜん見えなかったッス!」
「ありがとう。でも、師匠はそっち」
「もちろん分かってるッス! 師匠の剣術じゃないのも分かってるッス!」
「それ、分かってる人の言い方かな」
さらにリオンが入ってくる。
蜂蜜色の髪をきれいに撫で付け、上等な制服の胸元へ補給担当章を付けている。片手には花束、もう片方にはすでに複数の契約書があった。
「優勝おめでとうございます。表彰式後、剣具商三社、食堂二店、運動靴工房一社から広告契約の申し出があります」
「なんで食堂が二つあるの?」
「大陸記の食事記録と剣術優勝を組み合わせた『勝者定食』やりたいらしいですぞ」
「絶対、量がおかしいやつでしょ」
「一社は肉串十四本を再現しています」
「断って」
「条件を確認してから――」
「いいから、断って!」
エリオが手を上げる。
「リオン先輩、師匠の仲間を勝手に商品にするのは弟子としてどうなんスか!」
「弟子候補だからこそ、権利条件を先に確保するのです」
「未承認のくせに弟子側から話すの、ずるいッス!」
「あなたも師匠と呼んでいるでしょう」
「オレは敬意ッス!」
「私は将来契約です」
「もっと悪くないッスかああああああっ?!」
レイルが二人の間へ視線を向ける。
「リオン、本人が嫌だと言ったら断れ。エリオ、治療室で叫ぶな」
「承知しました、大師匠」
「すみませんッス、師匠」
「その呼び方もやめろ」
リィナは笑い、包帯を巻かれた左手を膝へ置いた。
笑った拍子に、試合の緊張がようやく抜ける。
その時、レイルが真正面へ立った。
「リィナ」
「何?」
約束を思い出し、リィナは姿勢を直した。
技の説明より先に、普通に褒める。
昨日から何度も確認した約束だ。
レイルは一度も資料や記録板を見なかった。
「すごかった」
それだけで終わるかと思った。
「きれいだった。速いところも、最後に止めたところも」
――トクン。
胸の奥が大きく鳴った。
王城の舞踏会で、正装したリィナへ一度だけ言った言葉と同じだった。けれど、今は薄化粧も宝石もない。髪は試合で乱れ、額には汗が残り、左手には包帯が巻かれている。
その姿を、きれいだと言われた。
「……それ、普通の褒め方より強くない?」
「駄目だったか?」
「駄目じゃない。駄目じゃないけど、なんか......ね」
「何だよ?」
「そこは分からなくていい!」
耳まで熱くなり、リィナは顔を背けた。
セレネが青紫色の瞳を少しだけ細める。
笑っているのかと思ったが、唇は真っすぐだった。
「レイル」
「何?」
「昨日の私には、設計が美しかったとは言いませんでした」
「第五案を捨てたところがきれいだった」
「また言うのですか?」
「何度でも言う」
セレネの頬にも、ゆっくり赤みが差した。
リィナは横目でそれを見た。
「セレネ、今のは私の優勝祝いの時間なんだけど」
「褒め忘れを指摘しただけです」
「二人とも、競技の分析を始めるなって言ったのに、褒め言葉の取り分を分析してる」
「それは別です」
「別だよ」
今度は二人の声が重なった。
レイルは困った顔をし、ミレアは大きな欠伸を隠さなかった。
「ふわぁぁ……元気そうなので、私は少し眠ってきます」
「この状況を置いていくのか?」
「恋愛相談は治療項目にありません」
ミレアは白い手袋を戻し、治療室を出ていった。
ノアなら残って観察したかもしれない。フィアなら記録対象外と書きながら、結局は全部見ていたかもしれない。
リィナは包帯の端を指で押さえ、レイルへ向き直った。
「分析はあとで聞く。今は、もう一回だけ言って」
「すごかった」
「もう一個」
「きれいだった」
「うん」
ようやく、みんなで笑えた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
表彰式では、リィナの首へ剣術部門の金章が掛けられた。
前日のセレネの金章と意匠は似ているが、中央には交差する二本の剣が刻まれている。魔法個人部門の銀章を持つレイルと並ぶと、王立結着学院の応援席から再び大きな歓声が上がった。
学院長は結果を読み上げた後、リィナの剣術評価へ一項を加えた。
「リィナ・アルセイル。剣術部門優勝。高速度戦闘、衝撃転流、制動、対人停止判断を総合し、【剣豪】への仮認定を与える」
剣豪。
幼い頃から何度も耳にした言葉だった。
自分の剣理を持ち、上級戦技を安全に扱い、戦場と試合の違いを判断できる者へ【剣豪】の位階が与えられる。
剣聖にはまだ遠い。
【零間】も入口へ触れただけで、再現できる保証はない。
それでも、今日踏んだ一歩は消えなかった。
「ありがたく受領します」
リィナは頭を下げた。
金章が胸元で小さく揺れる。
観客席の上段に、国王レグナート四世の姿があった。その隣ではレオハルト・グレイヴが記録官へ何かを伝え、さらに離れた教会席では、ベネディクト・オルドレイが静かに拍手している。
穏やかな笑顔だった。
だが、彼の目は治療席へ戻ったミレアと、表彰台の脇に立つレイルを交互に見ていた。
その後ろの通路を、灰色の外套を着た女が通り過ぎる。
レムナ・ヴェスパは一度も表彰台へ顔を向けず、袖の中で細い紙包みを確かめた。
包みの中には、署名用の黒いインク瓶が一本入っている。
翌日の大陸記サイン会で使われる品と、同じ形をしていた。
【章中間・現在ステータス】
■レイル・アルヴァート
【年齢】
十五歳。
【所属】
王立結着学院四年次・総合魔法課程。
王国四学院総合魔剣競技会、魔法個人部門二位。
安全終了特別評価。
【冒険者資格】
正式Cランク冒険者。
Bランク特別審査対象。大会、卒業研究、高危険度実地における大規模救助、撤退判断、事故報告を査定中。
【固有律】
【未完】
・通常二件保持が安定。
・三件目は監督下かつ短時間のみ。
・四件同時保持は禁止。
・睡眠前は保持件数をゼロへ戻す。
・生命そのもの、人格、記憶、本人の同意がない治療は保持対象にしない。
【魔法】
・基礎、初級魔法は無詠唱安定。
・中級無詠唱【風刃】【石槍】が実戦仮認定。
・【水流刃】【炎槍】は監督下限定。
・上級風圧【旋風陣】仮認定。
・上級流動【潮壁】一式仮認定。
・上級地質【岩鎧】は形成訓練中。
・生命属性【治癒】は中等傷まで監督下。
・【骨接】は模型と軽傷のみ。
・上級【生命診断】は未習得。
・聖級【生体補環】は理論理解のみ。単独使用、欠損再生、共同術式中核はいずれも未認定。
・上級、聖級の無詠唱は不可。
【測定】
・総魔力量:学院同年代基準五八七。
・継続出力:五三四。
・回復速度:四五二。
・形成精度:五九一。
・瞬間最大出力:一八三。
・人間の同年代では明確な異常値。魔王種、竜種、高位術師には、さらに大きな総量や瞬間出力を持つ者がいる。
【現在の課題】
・上級魔法を発動するだけでなく、安全に個別終了させる。
・治療前の診断、同意、異物確認を省略しない。
・知名度と勲章によって集まる契約、期待、悪意を見分ける。
・リィナとセレネの好意へ、知らないふりをしない。
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■リィナ・アルセイル
【年齢】
レイルと同年代。
【所属】
王立結着学院四年次・武装戦技課程。
総合魔剣競技会、剣術個人部門優勝。
【剣豪】仮認定。
【冒険者資格】
正式Cランク冒険者。
Bランク特別審査対象。前衛護衛、崩落区域救助、撤退路確保、対人停止判断を査定中。
【剣術】
・【無終剣・返環】安定。
・【噴歩・瞬駆】実戦安定。
・【逆制】による急制動が向上。
・【無終剣・零間】の入口へ到達。
・一度成功しただけで、連続再現は未認定。
・受けた力を返すだけでなく、相手を場内へ戻し、自分の剣を止める判断を獲得。
【現在の課題】
・左脚へ負荷を集中させない。
・魔法剣の原型を、レイルとセレネの形成魔法を借りる形で安全に試す。
・レイルの返答を待つ間も、自分の剣と進路を止めない。
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■セレネ・グランツ
【年齢】
レイルと同年代。
【所属】
王立結着学院四年次・術式設計課程。
総合魔剣競技会、魔法設計部門優勝。
【魔法・設計】
・【五路星列】原型成立。
・五案を並列形成し、必要な二案だけを完成可能。
・残り三案を安全に破棄できる。
・五案を全て完成させると制御限界を越えるため、必要な案だけを選ぶ。
・レイルの上級魔法、将来の聖級術式における境界設計候補。
【現在の課題】
・美しい案を残すことより、必要な案を選ぶ。
・研究だけでなく、食事、旅、失敗後の生活までレイルと共有したい意思を隠さない。
・リィナとの競争を、互いの役割を奪う形へ変えない。
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■アルド・クロイツ
【外見】
金髪、蒼眼。同年代では長身で、学院実習と護衛任務では白銀鎧を用いる。
【所属】
王立結着学院四年次・護衛救助課程。
【冒険者資格】
正式Cランク冒険者。
Bランク特別審査対象。長時間護衛、重量搬送、救助条件変更、全員帰還の判断を査定中。
【戦技】
・【誤命断ち】安定。
・【完遂】の任務目標を、討伐だけでなく救助、搬送、撤退へ広げる訓練中。
・地図の読み間違いは改善傾向だが、油断すると逆方向へ進む。
【現在の課題】
・救助競技で、最短到達より全員帰還を選ぶ。
・フィアとノアへの感情を急いで名前へ変えない。
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■フィア
【外見】
黒髪の短いボブ、淡い青の瞳、小柄な身体。指先には記録作業による薄いインク汚れが残る。
【所属】
王立結着学院四年次・記録契約課程。
【能力】
・人物、負傷、魔力、経路、撤退条件の分離記録が向上。
・推測を確定事項として書かない。
・治療判断をノア、ミレアへ返す運用を学習中。
【現在の課題】
・救助競技で【戦況目録】の原型を完成させる。
・アルドへの感情と、未成年の本人が選ぶ時間を分ける。
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■ノア・エルグラム
【年齢・立場】
百三十歳以上。
外見は二十代前半から半ば。
王立結着学院客員研究員。
【外見】
肩甲骨までの淡い金髪、深紅から赤紫色の瞳、細い赤縁眼鏡、細身の身体。
焦げ跡、薬品染み、補修跡が残る豪華な研究用魔導衣を着て、首元へ父から受け継いだ銀製の小型術式筒を下げる。
【能力】
・九十九%まで形成し、本人の同意を待つ治療術式を研究。
・複数患者を一つの主完成時刻へ接続する【連結治療格子】は設計段階。
・レイルの生命属性訓練で、術式構造を担当。
【現在の課題】
・身体の判断をミレアへ、同意条件をフィアへ任せる。
・アルドへ未来の約束を要求しない。
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■ミレア・ノクス
【所属】
王立結着学院四年次・治療生命課程。
教会聖務院から派遣された医療監督。
【外見】
銀灰色の長髪、紫の瞳、目元の薄い隈、黒白の実用的な聖衣兼治療衣。
腰へ包帯、薬瓶、脈診具を携帯し、治療開始時に白い手袋を外す。
【口調】
・日常は「ふわぁぁ……眠いですが」のように、柔らかく眠そうに話す。
・毎回欠伸を付けず、緊急時は欠伸が消える。
・怒るほど声量を上げず、言葉が明確になる。
【能力】
・【覚醒固定】実用安定。
・意識を維持しても、出血、疲労、痛み、損傷は治らない。
・【不眠聖域】は研究段階。
【現在の課題】
・患者を起こすことにも理由と同意を求める。
・自分が眠っている間も治療が続く分担を作る。
・ベネディクトの「眠らない聖女」という所有から離れる。
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■ニア
【形態】
黒銀色の猫型ホログラムを基本形とする。
少女型は黒銀色の髪、猫耳、環状の尾、銀灰色の瞳を持ち、レイルより少し低い幼い姿で足元へ薄い七環を浮かべる。
少女型半実体は外部魔力槽使用で約七分。
【能力】
・魔力残量、脈拍、術式負荷、経路炎症を表示。
・治療判断や魔法発動を代行しない。
・【日常循環負荷】は一日一~二%。
・救助、負傷、睡眠不足、中級以上の実習前は吸引停止。
【現在の課題】
・レイルが表示を理由に無理を正当化しないよう、数値と本人の感覚を分ける。
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■リオン・ゴルディス
【所属】
王立結着学院四年次。
金環商会後継候補。
レイルへの弟子入り志願者。正式認定はされていない。
【能力・役割】
・大陸記の出版、還元基金、王城契約、大会補給を担当。
・契約書に隠された優先権、行動制限、出版前審査を見抜く。
・金と支援を、相手の意思を買う権利へ変えない課題へ取り組む。
【現在の課題】
・エリオと一番弟子候補を争いながら、危険時には年長の学院生として役割を与える。
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■エリオ・フェーン
【年齢・所属】
十三歳。
王立結着学院一年次・記録術志望。
【外見】
小柄、癖のある淡い茶髪、丸眼鏡。
首から複数の筆記具を下げ、大陸記初版を常に持つ。
【口調】
・レイルを「師匠」と呼ぶ。
・語尾は「~ッス」で統一。
・リオンを「リオン先輩」と呼ぶ。
【能力】
・初級記録魔法【紙紋照合】を練習中。
・紙の繊維、インク、付着魔力の差を記憶する適性を持つ。
【現在の課題】
・レイルの睡眠不足や危険行動を模倣しない。
・師匠の後ろを追うだけでなく、自分の担当記録を完成させる。
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■知名度・政治状況
・『地図の外の一年』は累計十万部を突破。
・レイルたちは国王レグナート四世から【双岸帰還章】を授与された。
・勲記には帰還組全員と王核大陸の協力者が記録されている。
・王国は捜索支援基金、王核諸語研究、双岸継信網の共同管理を進める。
・レオハルトは期限付き国家保護契約を提案中。
・グレモア侯爵は後見、出版、研究投資による囲い込みを狙う。
・ベネディクトはミレアとレイルを教会の奇跡として利用しようとしている。
・大陸記サイン会、握手会、公開質問会が翌日に予定されている。
・競技用鉱石板の留め具から人為的な熱処理が見つかった。
・毒入り署名用インクが、まだ誰にも気づかれないまま大会会場へ運び込まれている。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【今回の登場人物】
・リィナ・アルセイル
長剣、双剣、大剣を使う三人の相手を破り、速さだけでなく制動と対人停止判断を示して剣術部門を制した少女。
・レイル・アルヴァート
リィナの掌を診断後に治療し、技の説明より先に「すごかった」「きれいだった」と約束どおり伝えた学院生。
・セレネ・グランツ
対戦資料を必要な範囲だけ示し、自分の意思でリィナの試合を見届けた魔法設計部門優勝者。
・ヴァレリア・ロス
無駄の少ない軍剣でリィナを追い詰め、最後は記録判定だけに頼らず自ら敗北を認めた北方軍学魔法学院の剣術首席。
・ミレア・ノクス
リィナの手首と左脚を診察し、歩けることを続行理由にせず、試合後の治療と休息まで管理した治療師。
・リオン・ゴルディス
優勝直後から広告契約を持ち込み、エリオと未承認の弟子一号争いを続ける商人志望の同級生。
・エリオ・フェーン
「師匠、最後の一歩が見えなかったッス!」と興奮しながら、リオンへ弟子枠は入札制ではないと食い下がる一年次生。
・ベネディクト・オルドレイ
ミレアとレイルの利用価値を見定め、次の見世物へ向けて計画を進める教会中央慈救局長。
・レムナ・ヴェスパ
翌日のサイン会へ向け、通常品と同じ形をした毒入りインクを会場へ運び込んだ暗殺者。
【今回の能力・設定メモ】
・【無終剣・零間】入口
相手が「止まった」と判断するごく短い間へ、新しい一歩を置く技。現時点では一度成功した入口段階で、連続再現はできない。
・【剣豪】仮認定
高速度戦闘、返環、急制動、対人停止判断を大会実績と合わせて認めたもの。剣聖位や剣神の境地には届いていない。
・治療【治癒】
レイルは異物、神経、腱を確認した後、掌の出血を止めて自然治癒へ引き継いだ。細い赤みは数日残る。
【次回】
大会の熱が残る中、十万部突破記念のサイン会と握手会が始まります。読者の列へ紛れ込んだ一本のインク瓶を、エリオの紙と匂いの記憶が追います。
場外へ落とせた相手を戻し、届いた剣を折らない位置で止めた一歩が、リィナを【剣豪】の入口へ運びました。レビュー、ブックマーク、フォローで、金章の後に待つ握手の列と、黒いインクに紛れた悪意を見届けていただければ幸いです。




