表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第10章「眠らない聖女」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
170/194

第163話「五つ作って、二つだけ使う」

 選択肢を多く持つ人ほど、すべてを残したくなることがあります。

 けれど使わない案を捨てる判断が、使う二つを最後まで守ります。


 魔法設計部門の競技台には、最初から正解が用意されていなかった。

 直径六十メートルの円形区画へ、移動式の壁、浅い水路、風車、魔晶灯、標的柱、救助人形が不規則に置かれている。選手へ渡されるのは、開始直前に引く三枚の条件札だけ。

 セレネが引いた札には、こう書かれていた。


【第一条件:北側標的三基を停止せよ】

【第二条件:水路を越えて救助人形を回収せよ】

【第三条件:開始後三分で風向条件を変更する】


 競技時間は十分。

 準備時間は五分。

 選手は最大五枚の術式案を形成できる。ただし、実際に完成させられるのは二枚まで。未使用案は競技終了前に安全破棄しなければ減点される。


 セレネは開始台へ立ち、淡金髪を首の後ろでまとめた。銀縁眼鏡の奥で、青紫色の瞳が競技区画を端から端まで測る。

 観客席では、各学院の設計科生が息を詰めていた。


「五枚全部を作るのか?」


 レイルが選手待機席から尋ねる。


「作ります」

「完成できるのは二枚だ」

「最初から二枚へ絞ると、三分後に条件が変わった時に動けません。五枚は深さを変えて作ります。候補を広く置き、必要な二枚だけを最後まで通します」


 セレネは術式板を五枚、扇状に並べた。


「第一案は風圧停止。第二案は水流橋。第三案は地面隆起。第四案は光学誘導。第五案は複合救助路。完成直前まで進めるのは二枚。残りは分岐点だけ残します」

「負荷は?」

「通常の三案並列より高いです。ですが五案同時完成を目指しません」

「五枚作って、二枚だけ使うのか」

「はい。選ばなかった三枚を、失敗扱いしないための競技です」


 セレネは一度だけレイルへ笑みを向け、開始台へ向き直った。

 試合開始の鐘が鳴る。


「【分岐術式設計ブランチ・フォーミング】――五路展開」


 五枚の術式板から異なる色の線が伸びた。

 風圧は青。流動は水色。地質は黄土。光は白。複合路は銀。

 セレネは五本の筆を持たない。右手一本で主線を書き、左手の指先で補助線を送る。視線だけが五案を順番に巡り、必要な部分だけ深く組み上げていく。

 北側標的は、単純に破壊すれば早い。だが停止条件には「周囲設備を損傷させない」とある。

 第一案の風圧停止が先に進む。

 標的柱の回転軸へ逆向きの圧力を掛け、停止時刻を一基ずつずらす。反動が互いへ伝わらない順番で三基を減速する。


「第一案、完成」


 三本の柱が一つずつ止まった。

 残り九分。

 セレネは水路へ向けて第二案を進める。左右から細い水流を重ね、水面の上へ平たい流路を作る。

 救助人形までの最短路は直線だった。

 だが一分後、競技区画の壁が移動し、直線を塞ぐ。

 セレネは水流橋の完成を止めた。


「第二案、保留。第三案へ移行」


 地面隆起で壁の下へ低い通路を作る。

 観客席からどよめきが起きる。

 第三案はまだ分岐点しか作っていなかった。それでも主線の文法が共通化されているため、数秒で深度を上げられる。

 セレネは膝をつき、地面へ掌を当てた。


「【低路隆起(ロウ・アース・パス)】」


 壁の手前で地面が緩く沈み、向こう側へ細い通路が通った。

 救助人形を引くには狭い。セレネ自身が潜り、腕を伸ばして人形を抱える必要がある。

 彼女の綺麗な淡金髪へ砂が付き、制服の膝が汚れた。

 だが、セレネは躊躇せず通路へ入った。

 人形の肩紐を掴んだところで、開始から三分を知らせる第二の鐘が鳴る。

 風向条件が変更された。

 南から強い送風。さらに水路の流れが逆転し、通路へ水が入り始める。


「変更条件、南風毎秒十二。水位上昇」


 審判が読み上げる。

 セレネは救助人形を抱えたまま、術式板を見る。

 第一案は使用済み。

 第三案は現在使用中。

 完成可能なのは、もう一枚だけ。

 第二案の水流橋を使えば、水を押し戻しながら戻れる。

 第四案の光学誘導は使わなくてもよい。

 第五案の複合救助路なら、風と水を同時に扱えるが、構成が重く時間もかかる。


「セレネ、第五案は行くな」


 レイルは思わず声を出した。

 競技中の助言は禁止ではないが、選手が採用する義務もない。

 セレネの瞳が一瞬だけ待機席へ向く。


「理由を」

「二条件を一枚で解こうとすると、今の位置では形成までが遅い。第二案なら水だけ止められる。風は人形を盾へして通路を戻れるだろう」

「でも、それでは人形を損傷させます」

「救助人形の耐風基準は十五。条件は十二だ」


 セレネは一呼吸だけ考えた。


「第二案を採用します」


 水流橋の設計を、押し戻す低い波へ変更する。

 水路から入り込む流れが左右へ分かれ、通路の中央だけ水位が下がった。

 セレネは救助人形を胸へ抱き、背を風へ向ける。人形の損傷判定は規定内。通路を抜け、回収線へ到達する。


 残り四分、課題自体は終わった。

 だが術式板には、第四案と第五案が残っている。

 完成させなかった案をそのまま放置すれば、競技終了時に魔力残滓が設備へ流れる。

 セレネはまず第五案の複合線を見た。

 銀色の線は美しかった。風と水と地質を一つの救助路へまとめる。完成すれば、今回の条件を最も整った形で解けたかもしれない。

 青紫色の瞳が僅かに迷う。


(完成させてみせたい――)


 声には出さなかった。

 それでもレイルには分かった。セレネは、作った術式を捨てることが苦手だ。情報を残し、案を残し、可能性を残す。王核大陸でも、通信記録を破棄する時に最後まで手が止まった。

 審判は急かさない。

 セレネは第五案へ指を置いた。


「第五案、破棄します」


 銀線を完成方向へ辿らず、分岐点から一つずつ解く。

 最後に主線を切ると、光は音もなく消えた。

 第四案も同じように破棄。

 使わなかった案を、失敗や未練として場へ残さない。

 終了鐘が鳴る三十秒前、全ての術式板が白紙へ戻った。


「競技終了」


 観客席から大きな歓声と拍手が起きた。

 審判団の採点は、設計精度、条件対応、救助人形損傷、終了処理で最高点。セレネは魔法設計部門首位へ立った。


 競技台を降りると、淡金髪にはまだ砂が付いている。

 レイルが手を伸ばしかけ、セレネは先に眼鏡を外した。


「髪に付いていますか?」

「少しだけ」

「取ってください」


 以前なら自分で払ったはずだ。

 レイルは指先で砂を落とす。髪は柔らかく、舞踏会とは違う土の匂いがした。


「第五案、とてもきれいだった」

「だから捨てるのに時間がかかりました」

「完成させなくても、設計したことは消えない」

「貴方に言われると、少し複雑です」

「なぜだ」

「未完へ残す人ですから」


 セレネは笑った。


「でも今日は、使わないと決めた時点で終わらせました。貴方が第二案を選ぶ理由を言ってくれたからです」

「外から口を出して悪かった」

「助言を採用したのは私です。私の判断まで貴方の責任へしないでください」


 その言い方に、レイルは口を閉じた。

 セレネは眼鏡を戻す。


「優勝した感想は?」

「すごかった」

「それだけですか?」

「五案を作ったことより、第五案を捨てたところが一番すごかった」


 その言葉を聞き、青紫色の瞳が柔らかくなる。


「ありがとうございます。今のは、かなり嬉しいです」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 午後は魔法個人競技だった。

 規定演技は、指定された三つの上級課題から二つを選び、さらに自由応用を一つ加える。

 レイルが選んだのは、上級風圧【旋風陣(サイクロン・サークル)】と上級流動【潮壁(タイダル・ウォール)】。

 旋風陣では六つの旋風を配置し、飛来する布球だけを捕らえ、鈴と燭台へ触れない。潮壁では、複数方向から放たれる火炎と矢を受け、水量を競技場外へ漏らさず回収する。

 自由応用は二つを組み合わせ、旋風で水壁の表面を回し、衝撃を左右へ逃がす防御術式。

 レイルは七環導杖(セプテムロッド)を構えた。


「六環展開。風圧、流動、境界固定――」


 六つの旋風が杭の間へ立つ。

 右端の風が強すぎ、鈴の舌が一度だけ揺れた。音が出る直前に圧力を下げる。

 布球は五つすべて捕らえた。


 次に潮壁。

 水路から持ち上がった厚い水壁が半円を描き、火炎を蒸気へ変え、矢を内部へ絡め取る。水が観客側へ飛ばないよう下端を溝へ戻す。


「上級二式、形成安定」


 審判の声が届く。

 最後の自由応用へ移る。

 水壁表面へ旋風を沿わせ、衝撃を流す。完成すれば防御効率は上がる。だが二つの上級魔法を同時に維持するため、魔力消費と処理負荷が急に増えた。

 ニアの表示が視界の端へ出る。


『魔力残量七一%。経路負荷、許容内。右側風圧、〇・六秒遅延です』


 レイルは右側を修正する。

 その時、競技場上部で金属音が鳴った。

 装飾用の鉱石板を吊っていた留め具が一本外れ、幅二メートルほどの薄い板が観客席へ傾く。

 安全結界が作動するはずだった。

 だが板の落下線だけ、結界の光が一瞬遅れた。


『上部設備、落下。観客席第六区画』


 審判の中止命令より早く、レイルは自由応用の採点用標的から視線を外した。

 旋風陣の二つを上方へ移す。

 潮壁の右端を観客席へ伸ばす。


「レイル、競技範囲外です!」


 審判が叫ぶ。


「分かっています!」


 鉱石板が落ちる。

 上向きの旋風が速度を削り、潮壁が板の角を受け止める。水が大きく波打ち、前列の観客へ冷たい飛沫が降った。

 板は客席へ届く直前で横へ流れ、無人の退避溝へ落ちた。


 レイルは旋風を一つずつ消し、潮壁の水を排水溝へ戻す。

 自由応用の標的は、半分しか防げていなかった。


「競技中断。安全確認!」


 会場が騒然となる。

 観客席第六区画に負傷者はいない。飛沫で衣服が濡れた者が数名。驚いて転んだ子供一人を医療班が確認する。

 レイルは杖を下ろした。

 魔法は安全終了している。だが採点演技は未完成のまま止まった。


「大師匠ォォォォォォォォォオッ!」


 リオンが観客通路から走ってくる。


「第六区画、全員無事を確認済みです。転倒した子供も少しのすり傷のみ。濡れた衣服は交換布を配って対応します」

「留め具は?」

「ロッテ技師が確認中です」


 ロッテは落ちた鉱石板の吊り金具を工具で外し、断面へ鼻先を近づけていた。作業用ゴーグルを額へ上げ、まとめた髪の横へ煤が付いている。


「......これ、自然な破断じゃない」


 短く言う。


「切断面に微細な熱処理がある。昨日の安全確認後に弱くされてる」

「俺を狙ったってことか?」

「競技中に落ちる位置は予測できる。でも観客を狙ったか、演技を中断させたかったか、今は分からない」

「他の留め具も確認してくれ」

「もう始めてるよ」


 ロッテは工具帯から信号具を出し、技術班へ指示を送った。

 審判団は競技設備の全確認を決定し、魔法個人競技を一時中断した。

 再開後、レイルへ最初からやり直す選択が提示される。


「魔力量は残っている」


 レイルは自分の手を握った。


「もう一度、やれる」

「経路は?」


 ミレアが手首へ触れる。


「風圧と流動を同時に保った熱があります。もう一度演技はできます。けれど同じ出力を出せば、終わった後の回復に時間がかかりますよ?」

「それでも、やる」

「何のために?」

「得点を戻すんだ」

「明日はリィナさんの剣術です。救助競技と総合決勝も残っています」


 レイルは観客席を見る。

 落下事故の後も、子供が大陸記の旗を握っている。ダリオは自分の演技を終え、待機席からこちらを見ていた。


「リタイアします」


 レイルは審判へ答えた。


「中断時点までの採点でお願いします」


 結果、魔法個人部門はダリオが首位。レイルは二位となり、安全終了特別評価が加えられた。

 表彰前、ダリオが近づいてくる。


「やり直せば、勝てたかもしれないのに、なぜだ」

「かもしれないが――」

「悔しくないのか」

「ああ、とても悔しい」

「ならいい」


 ダリオは笑った。


「安全を選んだから負けても平気、みたいな顔をされたら腹が立っていたろう。俺は全部やって勝った。お前は観客を守って二位になった。だが、事故がなくとも次も俺が勝つ」

「いいや、次は俺が勝つ」

「その返事を待ってたぞ」


 二人は再び握手した。

 表彰台で、セレネは魔法設計部門の金章を受け取った。レイルは銀章と安全終了章。ダリオは魔法個人の金章。

 観客から見れば華やかな一日だった。

 技術班の裏では、切断された留め具が証拠袋へ入れられる。

 王城警備と大会委員会は、事故として公表するか、破壊工作の疑いを含めるかで協議を始めた。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 夜、宿舎の廊下でセレネがレイルを呼び止めた。


「今日、私の優勝より先に観客席へ走りましたね」

「落下があったから」

「責めていません。私も同じ判断をします。ただ、貴方が危険へ動くたび、誇らしいと思う気持ちと、またいなくなるのではないかという怖さが同時に来るんです」


 セレネは金章を胸元から外し、掌へ載せた。


「私が好きになったのは、失敗した術式を何度も書き直していた頃の貴方です。今、皆の前で英雄と呼ばれる貴方を見ても、その気持ちは減りません。むしろ、期待へ応えようとして壊れる姿まで想像できるようになって、前より怖くなりました」


 長い言葉を、途中で取り消さなかった。

 レイルは銀章を外し、隣へ置く。


「今日は悔しい。ダリオに負けた。でも、再演技しなくてよかったとも思ってる。両方の気持ちがある」

「はい」

「セレネが第五案を捨てたところを見ていたから、俺も二回目を捨てられたのかもしれないな」


 セレネは少し目を見開いた後、金章を握りしめた。


「それなら今日の金章は、二人でのものですね」

「表彰記録はセレネ一人だ」

「そこは理屈で返さないでくださいよ、もう」


 肩が触れる距離で、二人はしばらく並んでいた。

 廊下の向こうからリィナが戻ってくる。

 剣術用の包帯を腕へ巻き、二人を見て足を止めた。


「何してるの?」

「今日の反省」

「距離が近い反省だね」


 リィナはむっとした顔で反対側へ座った。


「私も明日の試合の話する。レイル、見てて」

「ああ見るよ」

「セレネも」

「もちろんです」

「勝ったら、二人とも普通に褒めて。技の角度とか、判断の分岐とか、その後でいいから」

「分かった」


 リィナは少し満足し、長剣の柄へ手を置く。


「明日は私が勝つ!」


 その声には、迷いがなかった。


【今回の登場人物】


・セレネ・グランツ

 五案を形成し、条件に合う二案だけを完成させ、最も美しい第五案を安全に捨てて魔法設計部門を制した少女。


・レイル・アルヴァート

 旋風陣と潮壁の採点を中断して観客を守り、再演技を選ばず二位と安全終了特別評価を受けた学院生。


・ダリオ・グラン

 安全を選んだ敗北を美談へ逃がさず、正規演技を完遂して魔法個人部門首位となった北方学院代表。


・リオン・ゴルディス

 落下後の観客確認、衣服交換、医療導線を即座に動かし、競技場の外側から事故対応を支えた補給担当。


・ロッテ・ベルクマン

 落下した鉱石板の留め具へ人為的な熱処理を見つけ、事故ではなく破壊工作の可能性を残した魔導技師。


・ミレア・ノクス

 再演技が可能かだけでなく、残り日程と回復時間をレイルへ示して二度目の上級同時使用を止めた治療師。


・リィナ・アルセイル

 セレネとレイルの近い反省会へ加わり、翌日の剣術戦では最初に普通の言葉で褒めるよう約束させた剣士。


【今回の能力・設定メモ】


・【五路星列(ペンタ・アレイ)】原型

 セレネが五案の分岐を同時形成し、必要な二案だけを完成させる設計技術。五案すべてを完成させれば制御限界を越える。


・上級【旋風陣】【潮壁】

 レイルは個別形成と安全終了に成功。二式同時維持は可能だが負荷が高く、現時点では連続再演技を避ける。


【次回】


 リィナは剣術個人戦で、速く斬るだけでは届かない「終わった直後の一歩」へ踏み込みます。


 五つのうち三つを捨て、落ちた鉱石板を潮壁で受け、勝ち直す再演技も手放しました。レビュー、ブックマーク、フォローで、金章と銀章の並ぶ反省会と次の剣術決勝を応援していただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ