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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第10章「眠らない聖女」

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第162話「総合魔剣競技会、開幕」


 大会の開会鐘は、勝負の始まりを告げます。

 けれど同じ音を聞きながら、観客、選手、商人、政治家はそれぞれ別のものを待っています。

 鉱山都市ヴァルグレンは、朝から夜のように明るかった。

 山腹へ築かれた街の段々道には、青白い魔晶灯と赤い精錬炉が並び、早朝でも鉱石運搬車の鉄輪が石畳を鳴らしている。上層には学院旗と王国旗。中層には宿、商会、臨時市場。下層へ降りるほど空気は温かくなり、鉄、油、煤、湿った岩の匂いが強くなった。


 街の中心には、旧露天採掘場を改修した巨大な円形競技場が口を開けていた。

 観客席は岩盤を階段状に削り、外周へ四学院の色布が垂れている。競技場の地下には救助競技用の模擬坑道と、総合決勝用の都市区画が組まれていた。

 王立結着学院の選手宿舎へ入ったレイルは、窓から競技場を見下ろしながら行程表を確認していた。


「開会式、魔力測定、会場確認、昼食、公式練習、記者対応。夜は休息」

「最後を二重線で囲ってください」


 セレネが横から言う。

 淡金髪は大会用の白銀紐で一つにまとめられ、青紫色の瞳には細い銀縁眼鏡が戻っている。術式設計用の革鞄は、普段より薄い。それでも三種類の筆記具と五枚の術式板が入っていた。


「休息は予定表へ書いてある」

「予定変更欄の下です。貴方は緊急対応が入ると、最初に休息を削りますから」

「緊急なら仕方ないだろ?」

「緊急かどうかを一人で決めないため、二重線にしてあります」


 リィナが窓枠へ腰を預け、競技場の剣術区画を見ていた。

 赤栗色の髪は高く結ばれ、学院制服の上へ軽い白銀の胸当てを着けている。長剣の柄には新しい革紐。だが鞘の傷は直していない。


「私の予定、午後の公式練習が一時間しかないんだけど」

「本番前日に増やす方が危ないぞ」

「身体を動かしたいなぁ!」

「朝に走っただろうが」

「知らない街の道だったから、半分は観光気分」

「坂道を全力で三周して観光とか言うな」


 バァァァン! 宿舎の扉が勢いよく開いた。


「大師匠! 待機列用の飲料水、屋根布、椅子、救護所、臨時便所、迷子札、予備インク、手首冷却具、全て搬入完了しました!」


 リオンが補給隊の外套を翻して入ってくる。蜂蜜色の髪には朝露が残り、商会印の手帳を三冊も抱えていた。


「お前、開会式前に疲れてるじゃないか」

「私は運んでません。配置確認で走っただけです!」

「補給責任者が走る必要はないと言ってなかったか?」

「最終確認は別です!」


 その背後からエリオが顔を出した。


「師匠、サイン会の列番号札、千五百まで数え終わったッスよー!」

「一年次の授業はどうしたんだ?」

「学院行事補助の許可を取ったッス。午前は記録契約科の先生と一緒ッス!」

「ちゃんと寝たか?」

「七時間ッス!」


 得意げに胸を張る。

 ミレアがさらに後ろから入ってきて、眠そうに頷いた。


「ふわぁぁ……本当に七時間でした。今朝の脈は正常です」

「ミレア先生に証明してもらったッス!」

「俺の睡眠時間は?」

「六時間四十分です」

「十分足りないか」

「ご自分で言えて偉いです。今夜は増やしてくださいね」


 ミレアは銀灰色の長髪を一本の低い束へまとめ、黒白の治療衣の上へ大会医療班の白い腕章を付けていた。紫の瞳は相変わらず眠そうだが、腰の薬瓶と包帯は出発時より増えている。


 ニアは少女型の光学投影で窓辺へ座り、競技場の観客数を表示した。黒銀色の髪の上に猫耳が立ち、銀灰色の瞳の横を細い光文字が流れる。レイルより少し低い幼い姿の背後では環状の尾が揺れ、足元には薄い七つの環が重なっていた。


『現在入場、一万二千三百四十一人。開会時予測、二万超えです。レイル、有名人圧すごくない?マジオで』

「大会を見に来た人もいるだろ?」

『大陸記ノ旗、観客席ニ三百七十二枚』

「真面目に数えなくていい」

『リィナ肉串旗、二十一枚』

「はぁ?それは燃やしていい? いや、斬るか」

「大会前に観客席へ火を出さないでください、もちろん、斬るなんてダメです」


 セレネが止めた。

 開会式の鐘が鳴るまで、残り半刻。

 選手たちは学院ごとの外套を着て、競技場地下の入場回廊へ集まった。

 王立結着学院は黒灰色。北方軍学魔法学院は深紅。西方工導学院は黄銅。成環聖務学院は白青。

 他学院の四年次生が、レイルを見てざわめく。


「ざわ......本物だ」

「大陸記の? ざわ......」

「中級四属性無詠唱の方だろ?」

「四つ全部自由には使えないって本人が書いてるよな」

「サイン、後でもらえるかなぁ」


 敵意だけではなかった。

 好奇心、尊敬、競争心、疑い。視線の温度はばらばらだ。


 北方軍学魔法学院の代表らしい背の高い少年が、正面から歩いてきた。

 短い青黒髪、日に焼けた肌、赤い学院外套。腰には術式短杖と訓練剣の両方を下げている。


「お前が、レイル・アルヴァートか」

「そうだ」

「俺はダリオ・グランだ。お前の大陸記を読んだ」

「どうもありがとう」

「礼を言われるために来たんじゃない。魔法個人戦で、お前に勝つ!」


 ダリオは真っすぐ言った。


「帰還者だろうが勲章持ちだろうが、競技場では同じ四年次だ。俺はお前に憧れて学院へ来た後輩じゃない。お前がいなかった三年分、こっちは上級魔法を撃ってきた」

「分かった。俺も手加減はしないぞ」

「安全規則の範囲で、だろ」

「ああ」

「そこまで含めて勝つ!」


 短く握手を交わす。

 彼らは勝負をしに来た同年代だった。


 リィナの方へは、軍学校首席剣士が近づいている。セレネの周りには西方工導学院の設計科生が集まり、彼女の大陸記校閲と双岸通信規格について質問を始めていた。


 アルドは護衛科選手と装備確認をし、フィアは救助競技の採点表を読み込んでいる。ノアは選手ではなく客員研究員席へ回るはずだったが、成環聖務学院の教官から九十九%術式について詰め寄られ、細い赤縁眼鏡を押し上げて嬉しそうに長い反論を始めていた。


 視線はレイル一人へ集まっていなかった。

 それぞれの積み上げが、他学院の興味と勝負の対象になっていた。


 入場門が開く。

 二万人を超える歓声が、岩の競技場を揺らした。


 四学院の選手が順に場内へ進む。王族席には国王レグナート四世と王族、政策院、教会代表。冒険者席にはエルシア、ナディル、イレーネ。技術席にはロッテ。一般観客席の一角には、金環商会が用意した大陸記の案内幕が見える。


 王立結着学院の名が呼ばれた瞬間、歓声が一段高くなった。

 レイルは胸元の双岸帰還章へ手を触れなかった。

 今日は学院生の列へ立つ。


 国王の開会宣言は短かった。


「勝て。だが、勝った後に競技場を壊したまま帰るな。王国が求めるのは、始められる者より、終え方を知る者である」


 観客席から拍手が起きる。

 次に大会委員長が競技規則を読み上げた。


「魔法個人競技では、威力、精度、応用、終了処理を採点する。観客、審判、他選手へ危険が生じた場合、得点より安全を優先した行動を評価する。次に――剣術競技では殺傷を禁じる。救助競技では、最短時間だけでなく、患者説明、撤退、引き継ぎを採点する。総合決勝は――」


 その頃、競技場地下の旧設備区画では、白い手袋が錆びた扉へ触れていた。

 ベネディクト・オルドレイは大会関係者用の聖職者証を首へ下げ、二人の作業員を連れている。作業員の荷箱には、医療用覚醒結晶と記載されていた。


「接続先は旧坑道の第三区画です」


 作業員が言う。


「大会医療班の予備電源として登録されています」

「よろしい。起動は決勝当日まで待ちなさい」


 ベネディクトは白い結晶へ手を置いた。

 外海中継島から回収されたものとよく似た、眠気を遠ざける光。


「聖女は、眠れない者が増えるほど必要になります」


 地上の歓声は、厚い岩盤に遮られて届かない。

 代わりに、結晶の奥で低い振動が始まった。


 開会式後、全選手の魔力測定が行われた。

 レイルは四年次用測定環へ手を置く。

 魔力量、瞬間出力、継続出力、回復速度、経路耐久、形成精度。

 最初の環は、総量の途中で警告音を鳴らした。


「交換します」


 測定官が成人術師用を運ぶ。

 観客席ではなく、選手待機区画にいた他学院生がざわめいた。

 成人術師用も上限へ近づき、最終的にAランク判定用測定環が使われる。


「総魔力量指数、同年代平均を一〇〇として五八七」


 測定官が読み上げた。


「継続出力、五三四。回復速度、四五二。形成精度、五九一。瞬間最大出力、一八三」


 瞬間火力は、他学院の上級専門生より低い者もいる。

 だが総量、持続、回復、精度が異常に高い。

 ダリオが測定表を見て眉を上げた。


「火力で勝てると思ったが、持久戦にしたら俺が先に倒れるな」

「大会は持久戦だけじゃない」

「分かってる。だから面白い」


 リィナの加速測定も通常器具を越えた。彼女が二十メートルを駆け、指定線へ停止すると、測定官は時間より制動距離を二度確認した。


「加速記録より、停止誤差一・八センチの方が異常です」

「止まっただけだけど」

「その速度から止まる人が少ないのです」


 セレネは三枚の術式を並列形成し、条件変更後も二枚を残した。フィアは二十人分の仮想負傷記録を一度も混同せず、アルドは重量搬送の途中で変更された目的地へ歩調を崩さず向かった。

 帰還組全体が、同年代の基準から少しずつ外れている。

 王核大陸で生きた時間が、派手な一撃より身体と判断へ残っていた。


 測定後、レオハルトが記録官へ近づき、レイルの数値写しを受け取った。

 遠くから見ていたレイルは、すぐに声を掛ける。


「何に使いますか」

「国家戦略級暫定登録の資料です」

「大会結果とは別に?」

「基礎測定は公的記録へ入ります。本人は閲覧できますし、異議も出せます」

「写しを俺にも」

「用意します」


 レオハルトは隠さなかった。

 だが、その横でグレモア侯爵の従者も測定結果を見ている。大陸記の著者、勲章持ち、同年代平均を大きく越える魔力量。数字は尊敬だけでなく、値段を付ける材料にもなる。


 夜、選手宿舎へ戻ったレイルは、測定表を机へ置いた。

 リィナが覗き込む。


「人外って書いてないね」

「公文書に書く言葉じゃないぞそれ」

「でも同学年の五倍以上なんでしょ」

「総量だけだ。瞬間出力はダリオの方が高い」

「また低いところ探してる」

「比較は必要だ」

「うん。でも、強くなったって言われた時に、すぐ上を探して逃げるのは違う」


 セレネも測定表の別欄を指した。


「回復速度は前回より上がっています。ニアの【日常循環負荷デイリー・サーキュレーション】だけでなく、睡眠、食事、中級無詠唱、成長期の結果です。これは貴方が一年間続けた成果です」

「ニアも貢献しました」


 少女型投影のニアが胸を張る。


『でも三%超吸引は翌朝遅くなるので、増量禁止。大会中は原則ゼロです』

「分かってる」

『有名人、選手、上級訓練、優勝候補。条件盛りすぎなのでマジ休んで』

「最後の一つを軽く言うな」


 ミレアが診断板を閉じた。


「ふわぁ……今夜は七時間です。大会のために、ゆっくり休んでください」


 窓の外では、競技場の魔晶灯(マジック・ライト)が夜通し点いている。

 眠らない鉱山都市の明かりは華やかだった。

 地下で白い結晶が繋がれたことを、まだ誰も知らなかった。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 四年次選手として入場し、同年代平均を大きく越える持続力と回復力を測定された大陸記の著者。


・リィナ・アルセイル

 高速加速後の停止誤差一・八センチを記録し、強くなった評価から上だけを探して逃げるレイルを止めた剣士。


・セレネ・グランツ

 三案形成と条件変更後の二案維持を示し、レイルの成長を複数の積み重ねとして受け取らせた術式設計科生。


・リオン・ゴルディス

 大会サイン会の水、屋根、椅子、救護所まで搬入し、販売より待機者の安全を先に整えた補給担当。


・エリオ・フェーン

 七時間睡眠の証明を持って大会補助へ参加し、千五百枚の列番号札を準備した一年次生。


・ミレア・ノクス

 大会医療班として身体状態を確認し、測定値が翌日の安全を保証しないと選手へ休息を命じた治療師。


・ダリオ・グラン

 大陸記を読んだうえでレイルへ正面から勝負を申し込み、安全規則まで含めて魔法個人競技を制すると宣言した北方学院代表。


・ベネディクト・オルドレイ

 医療用予備電源を装い、旧坑道へ眠気を遠ざける白い覚醒結晶を接続した聖職者。


・レオハルト・グレイヴ

 レイルの測定値を国家登録資料へ使用すると明示し、本人へ写しと異議申立権を認めた政策院次官。


【今回の能力・設定メモ】


・四年次総合測定

 レイルは総魔力量、継続出力、回復速度、形成精度が人間同年代平均を大幅に上回る。一方、瞬間最大出力だけなら他学院の専門生に上がいる。


・ヴァルグレン競技場

 旧露天採掘場と地下坑道を改修した大会会場。競技設備、安全結界、救助訓練区画を持つ。


【次回】


 魔法設計部門で、セレネは五つの案を作り、使わない三つを自分で捨てます。


 二万人の歓声とAランク用測定環の数字の裏で、地下へ白い結晶が繋がれました。レビュー、ブックマーク、フォローで、安全まで含めて勝つ四学院の競技と眠らない光を応援していただければ幸いです。

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