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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第10章「眠らない聖女」

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第156話「四年次は上級からです」


 進級すると、昨日までの得意技が急に未熟へ戻ることがあります。

 進級したぶん、次に見るべき危険が増えたからです。

 外海調査から戻って九日後、王立結着学院の七塔に四年次の旗が上がった。

 レイルたち、卒業まで残り一年。

 中央講堂には、総合術式科、武装戦技科、術式設計科、記録契約科、武装護衛科、治療生命科、魔導工学科の最終学年が集められていた。

 壇上の黒板には、四年次の必修項目が隙間なく並んでいる。


【専門術式】

【高危険度実地演習】

【契約・治療・生命倫理】

【遠征計画】

【卒業研究】

【卒業試験】

【進路選択】

【舞踏・礼法】


 最後の項目を見たリィナが、露骨に嫌そうな顔をした。


「剣術科にも舞踏が必要なの?」

「必要です」


 セレネは規則どおり整えた制服の襟元へ指を添え、胸元の魔導演算石を小さく鳴らした。


「卒業後に騎士団、貴族護衛、外交随行へ進む可能性があります。礼法と舞踏は、相手の間合いへ武器を持たずに入る技術でもあります」

「剣を持った方が安全じゃない?」

「相手もそう考えた場合、舞踏会が決闘場になりますね」

「それはそれで分かりやすいじゃん!」

「分かりやすさで制度を壊さないでください?」


 レイルは二人の会話を聞きながら、配布された専門術式申請書へ候補を書き込んでいた。

 風圧、地質、流動、熱、光、生命。

 六行すべてを埋め、さらに余白へ「空間・契約は聴講希望」と追記する。

 隣から伸びた細い指が、申請書を止めた。


「ふわぁぁ……レイルさん、履修希望の欄へ学院全部を書いていますね」


 今日も眠そうなミレアだった。

 銀灰色の髪を低い位置で緩くまとめ、今日は黒白の治療生命科制服を着ている。紫の瞳は半分ほど閉じているが、申請書の文字だけは正確に追っていた。


「四年次は専門課程だ。必要な系統を絞るために、全部比較する」

「比較する授業の前に、全部取ろうとしています」

「風圧は移動と防御、地質は足場と救助、流動は消火と遮断、熱は攻撃と加工、光は通信、生命は治療に必要だ」

「ほかにも世界には空間も精神も契約がありますね」

「だから聴講を――」

「言うと思いましたよ」


 ミレアは申請書をセレネへ渡した。


「セレネさん、全力で止めてください」

「すでに止めています。以前見たとき、履修案は今の半分でした」

「増えた理由は?」

「外海調査で必要性を感じた」

「この九日で倍になったのですね」


 リィナが後ろから申請書を覗き込み、熱属性の欄を指で叩いた。


「火は減らしていいんじゃない? レイル、炎槍もまだ監督付きでしょ」

「だから四年次で上げるんだ」

「上げるって、そこいらの階段みたいに言わないで。火は失敗したら熱いし、燃えるんだよ」

「地質も失敗したら埋まるぞ。流動は溺れる。生命だったら治療を間違える」

「全部危ないって自分で説明してどうするんじゃ、バカ弟子が!」


 講堂の前列から、エルシアの杖が飛んできた。

 杖先がレイルの申請書だけを巻き上げ、壇上へ運ぶ。

 灰紫色の長髪の毛先を銀色に光らせた小柄な魔女は、広いつばの帽子を傾けて紙を読んだ。琥珀色の左目が文字を追い、右目の魔導単眼鏡へ細い術式線が流れている。身体よりだいぶ大きなゆったりめの外套の裾から編み上げのロングブーツを覗かせ、見た目は二十代後半ほどなのに、座る時だけ「よっこいしょ」と小さく漏らした。


「――で、バカ弟子。専門って言葉を辞書で引き直してくるところから、アンタはやり直しだね」

「全部に使い道がある」

「使い道があるのと、今年中に上級認定を取れるのは同じくくりにはできんわさ」


 エルシアは申請書を裏返し、赤字で三つだけ丸を付けた。


【風圧】

【地質】

【生命】


「流動は?」

「副専攻にしな。【潮壁(タイダル・ウォール)】一式まで。熱は中級安定を先にやる。光は既存範囲を磨く。空間と契約は見学。お前が一年で全部へ手を出すと、卒業式に間に合うのは、せいぜい申請書くらいなもんさ」

「風圧は師匠とかぶるだろ?」

「だから何だい」

「自分の得意を増やすなら、別系統の方が――」

「私に勝てない系統を捨ててたら、一生私を追い越せないよ」


 講堂に笑いが起きた。

 レイルは黙って申請書を受け取る。


「それから四年次の上級認定は、派手に撃てたら合格じゃない。形成、維持、対象選択、終了、事故処理。五つ全部を一人で説明して、同じ条件で三回再現する。上級魔法を途中で止めても、失敗じゃない。止めるべき条件で止められなかったら不合格だ」

「分かってる」

「お前は分かった顔で工程をいくつも追加するから言ってるんだよ」


 専門術式説明の後、学院長が今年の卒業試験を兼ねる学院行事を発表した。


【王国四学院総合魔剣競技会グランド・アーク・トーナメント


 王国内四つの高等魔法学院が参加する、四年次最大の総合大会。

 魔法個人競技、剣術個人戦、魔導具運用、術式設計、救助競技、混成班総合決勝。採点表には火力と勝敗に加え、撤退、救助、終了処理まで並んでいる。

 会場は鉱山都市【ヴァルグレン(ヴァルグレン)】。旧採掘区画を改修した巨大競技場と、学院認定の救助訓練坑道を使用する。


「学院長、優勝すれば、卒業できる?」


 リィナが尋ねる。


「優勝しても、一般教養を落とせば卒業できません」


 学院長が即答した。


「そこは別なの?」

「歴史と契約法の補習を忘れていませんね、アルセイル」

「忘れてない。――でも、忘れたい」


 今度はレイルも笑った。

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 講堂を出た後、四年次最初の専門訓練がすぐに始まった。

 風圧実習場の中央には、腰ほどの高さの杭が十二本、円形に立てられている。杭の上には軽い布球、薄い木片、鈴、火の消えた燭台がそれぞれ載っていた。


 課題は上級風圧魔法【旋風陣(サイクロン・サークル)】の入口。

 複数の旋風を同時に配置し、指定した物体だけを動かす。布球は落とす。木片は中央へ集める。鈴は鳴らさない。燭台には触れない。終了時、旋風を一つずつ消す。


「初日から上級なのか」

「四年次は上級からです」


 担当教官は平然と答えた。


「今日は完成まで求めません。二つの旋風を三秒保ち、安全に消せば合格です」


 レイルは七環導杖(セプテムロッド)を立て、呼吸を整えた。

 風圧の形成自体は難しくない。問題は、二つの旋風が互いの流れを食い合わない位置へ置くことだった。

 右へ一つ。左へ一つ。

 布球が浮き、木片がずれる。鈴の舌が揺れた。


「音が出ています」


 セレネが観察線の外から言う。


「左の旋風を半歩外へ。右は高さを下げてください」

「距離を変えると木片が散る」

「木片は次の条件です。最初の三秒は鈴を優先してください」


 レイルは左をずらす。

 鈴は止まった。代わりに布球が旋風の上へ乗り、落ちない。


「今、何を優先するの?」


 リィナの声が飛ぶ。


「音を出さず、二つを維持して消す」

「じゃあ球は後!」


 レイルは布球を追うための三つ目を作りかけ、止めた。

 三秒。

 左の旋風を解く。次に右。

 最後の一筋が消えた時、燭台も鈴も動いていなかった。布球は杭の上に残り、木片は一枚だけ床へ落ちている。


「初回条件、合格」


 教官が記録板へ印を付けた。


「完成しなかった」

「今日は二つを消す課題です。全部を動かさなかったからといって、減点にはしません」

「明日は?」

「明日は三つ。今度は、布球を落とします」

「木片は?」

「五日目くらいですね」

「全部同時に試した方が早い」

「不合格になれば、やり直しで遅くなりますが」


 エルシアが柵の上から笑った。


「バカ弟子が。四年次の最初に、学院が何を教えたいか分かったかい?」

「上級魔法は工程が多い」

「ん。まだ理解は半分じゃな」

「全部できるまで待たず、その日の条件で終わる」

「よし。今日はそこまででよい」

「まだ魔力は残ってるんだが?」

「終業のチャイムはもう鳴っとるわ!」


 レイルが反論しかけた時、ミレアが実習場へ入ってきた。

 治療箱ではなく、薄い診断板を持っている。


「ふわぁ……終わった方から脈と経路を見ます。魔力が残っていても、追加課題は出しません」

「二人で同じことを言うな」

「同じ身体を見ていますので」


 ミレアは手袋を外し、レイルの手首へ触れた。

 風圧経路に軽い熱がある。呼吸は平常。睡眠時間は昨夜六時間半。


「今日は追加訓練なしです」

「朝練は終わっている」

「夜の自主練を禁止しました」

「まだ何も言ってない」

「顔に書いてあります」


 リィナが吹き出した。


「私も読めるようになってきた」

「どんな顔だ」

「もう一回だけ、って顔」

「セレネは?」

「私は昨夜から知っていました。予備の訓練紙を三枚作っていましたから」

「作ったのはセレネだろ」

「貴方が頼みました」


 三人に囲まれ、レイルは七環導杖を鞘へ戻した。

 学院の四年目は、上級魔法から始まった。

 同時に、まだ撃てる時に終える訓練から始まった。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 六系統を申請書へ書き込み、上級風圧の初回課題では三つ目を増やさず二つの旋風を消した四年次生。


・リィナ・アルセイル

 舞踏必修へ不満を示しつつ、旋風陣の最中に今の優先条件を短くレイルへ返した武装戦技科生。


・セレネ・グランツ

 履修計画と旋風の位置を整理し、レイルが一度に全条件へ手を伸ばす癖を止めた術式設計科生。


・ミレア・ノクス

 眠そうな声で申請書と身体を同時に診察し、残った魔力を自主練の許可へ変えなかった治療生命科生。


・エルシア・ヴァント

 風圧、地質、生命へ専門を絞り、上級認定は終了処理まで含むとバカ弟子へ教えた師匠。


【今回の能力・設定メモ】


・【王国四学院総合魔剣競技会グランド・アーク・トーナメント

 四学院の四年次を中心とする総合大会。魔法、剣術、設計、魔導具、救助、混成班戦を評価し、卒業試験の一部へ反映する。


・【旋風陣サイクロン・サークル

 複数の旋風を配置、維持、個別終了する上級風圧魔法。初回は二つを三秒維持して消すところから始める。


【次回】


 レイルは、今まで正式に認定されてこなかった治療魔法へ手を伸ばします。


 三つ目の旋風を増やさず、二つを自分で消して四年次が始まりました。レビュー、ブックマーク、フォローで、全部を一度に取らない専門申請書と次の生命魔法を応援していただければ幸いです。



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