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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第9章「九十九パーセントの魔法」

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第141話「一年分の空白は一日で埋まりません」

 強さは、自分より強い相手ばかり見ていると分からなくなります。

 帰ってきた場所で初めて、遠く歩いた距離が測れることもあります。

 帰還から六日目。

 王立結着学院の総合測定棟(そうごうそくていとう)には、三年次用の魔力計環(まりょくけいかん)が三台並べられていた。


 床へ固定された銀環は、手を置いた生徒の総魔力量(そうまりょくりょう)瞬間最大出力しゅんかんさいだいしゅつりょく継続出力(けいぞくしゅつりょく)、回復速度、魔力経路耐久まりょくけいろたいきゅうを順に測る。学院指数では、同年代の平均を一〇〇として表示する。


「通常測定で十分です」


 担当教員が言った。


「王核大陸での戦闘経験は考慮しますが、年齢上は三年次ですから」


 エルシアは壁へ寄りかかり、腕を組んだ。


「壊れたら、通常で十分じゃなかったってことで」

「学院備品です」

「だから先に言ってる」


 最初はリィナだった。

 制服の上着を脱ぎ、白い訓練着の袖を肘まで上げる。魔力計環へ手を置くと、足元の測定線が青く光った。

 総魔力量は同年代平均の一六八。剣士としては高いが、異常というほどではない。

 だが、反応速度と瞬間加速の測定へ移った途端、教員の顔色が変わった。

 開始灯が点く。

 リィナの姿が消え、十歩先の停止線へ現れる。

 床板が一枚も割れていない。爪先は線の手前、指一本分で止まっていた。


「もう一度お願いします」

「失敗ですか?」

「測定板が記録開始前に停止を検出しました」

「動いた後に止まりました」

「それが記録できていません」


 三度目で補助測定器を追加し、ようやく数値が出た。

 瞬間加速指数、四九〇。

 制動誤差、〇・八寸。

 担当教員が乾いた声で言う。


「速さより、止まり方がおかしい」

「褒めていますか?」

「分類に困っています」


 リィナは満足そうにレイルの横へ戻った。


「王核大陸だと、これでもヴァルカに全然届かなかったんだけど」

「比較対象が悪すぎだろ」

「どうせ、レイルも同じこと言われるよ」


 次はセレネ。

 並列形成台へ立ち、三つの初級術式を同時に展開する。炎、硬土、水流。どれも完成直前で止め、条件表示だけを維持した。

 一般三年次生は二案で高評価。三案へ入ると干渉率が跳ね上がる。

 セレネの三案は、干渉誤差一・二%。


「三つとも完成できますか」

「同時にはできません。結着(けっちゃく)時に一つを選びます」

「では、二つを破棄してください」

「条件変更を仮定して保持します。破棄は情報損失です」

「試験手順では――」

「現場では、最初の正解が残る保証はありません」


 淡い金髪の周囲に、小さな光球が三つ浮かぶ。感情が動いた証拠だが、本人は気づいていない。

 フィアは同時記録試験で、十二人分の魔力残量、負傷、退出条件を一度も混同せず記した。未確認情報には空欄を残し、試験官が意図的に混ぜた誤報を三件弾いた。


 アルドは荷重耐久と長時間警戒で同年代上位を記録したが、地図認識だけが平均を大きく下回った。


「測定板の北が上だと説明しました」


 フィアが言う。


「説明は理解した」

「では、なぜ西へ進んだのですか」

「地図を持ち替えた時、上が変わった」

「紙を回しても北は変わりません」

「見た目は変わる」


 ノアが真剣な顔で測定結果を覗く。


「脳内方位系と視覚座標が独立している可能性があります」

「治せますか」


 アルドが尋ねる。


「百二十年の研究領域外です」

「そうか」

「落ち込まないでください。研究対象としては非常に興味深い」

「慰めになっていませんよそれ」


 フィアが即座に訂正した。


 最後にレイルが魔力計環へ立った。

 手を置く前、猫型ニアが肩へ跳ぶふりをして浮かぶ。


『本日の少女型試験投影、まだ申請してません。測定後に一・〇%、どうです?』

「測定値が変わる。今日は吸う前を記録してからだ」

『了解。成長効果、盛らずにいきます』

「盛るな」


 レイルが環へ掌を置く。

 青い光が一周し、二周目へ入った。通常は一周で終わる。

 三周目に、警告音が鳴った。


【測定上限】

「故障です」


 担当教員が即断する。

 セレネが計器盤へ近づいた。


「故障ではありません。入力上限を超えています」

「三年次用ですよ?」

「レイルも三年次です」

「そういう意味ではありません」


 成人術師用の計環へ交換する。

 総魔力量指数、五二八。

 瞬間出力、一七四。

 継続出力、四八二。

 回復速度、三九六。

 形成精度(けいせいせいど)、五七一。

 魔力経路耐久、四三八。

 多重処理は測定器が三件までしか想定しておらず、数値の代わりに【測定不能】と表示された。

 測定棟が静かになった。

 レイルは数値を見て首を傾げる。


「瞬間出力はセレネの方が高いな」

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 担当教員が言う。


「総量が、同年代平均の五倍を超えています」

「王核大陸ではこれくらい普通でした」

「普通ではありません!」


 セレネ、ノア、フィアの声が揃った。

 リィナが腕を組む。


「私も普通だと思ったことないよ」

「リィナまでそんなこと言うのか」

「毎朝ニアに魔力を吸われて、朝練して、授業前に基礎魔法を百回使って、それでも昼には元気だったでしょ」

「百回は多くないだろ」

「その返事がもう普通じゃないっての」


 エルシアは総量ではなく、回復速度の欄を長く見ていた。


「バカ弟子。昨日、どれだけ使った」

「療養棟の診察で基礎形成を三十六回。夜に保持後遺症の確認を二件。ニアには吸わせていない」

「睡眠は?」

「六時間半」

「それで朝の回復率が九十二%。総量より、こっちの方が気持ち悪いね」

「師匠の弟子に対する評価として適切か、それ?」

「褒めてるよ。人間をやめかけてるってね」


 ノアがレイルの手首へ測定針を当てる。


「王核大陸で循環路が拡張しています。高濃度環境、長期戦、低残量状態での術式形成。加えて、ニアの吸引後に毎回完全回復まで戻した。安全な消費と回復の反復が、生成速度を押し上げた可能性が高い」


 猫型ニアの尾が立つ。


『つまりニアちゃん、毎日の育成にめちゃ貢献してたってことです?』

「吸引しすぎた日は回復率が落ちていますが――」

『そこは見なかった方向で』

「記録します」


 フィアが即答した。

 その場で、今後の仮運用が決まった。

日常循環負荷デイリー・サーキュレーション

 ニアが少女型の光学投影を維持するため、レイルの安全余剰魔力から一日一~二%を借りる。中級魔法訓練日、負傷日、睡眠不足日は減量または中止。週一回は完全休止。本人の同意とフィアの記録、ノアの経路検査を必須とする。


「毎日お前に魔力を吸われるのが正式訓練になるのか」


 レイルが言う。


『言い方。共同成長プログラムですってば』

「俺の魔力が減るだけだろ」

「減った後の回復まで含めて訓練です!」


 セレネが測定表へ条件を書き足す。


「ただし、午前の中級術式実習前は禁止。吸引量は、授業、朝練、睡眠時間と一緒に管理します」

「セレネが時間割まで決めるのか」

「告白した相手が、人外じみた数値を理由に無茶を始めた場合、止める時間も予定へ入れる必要があります」


 レイルが言葉に詰まった。

 セレネは平然と記録を続けたが、耳だけが薄く赤い。

 リィナはその横顔を見た後、レイルの手首をつかんだ。


「数値はすごいけど、昨日より足が重いよね」

「歩行測定は正常だった」

「数値じゃなくて、歩き方。右足を少しかばってるみたい」


 レイルが自分の足を見る。王核大陸で痛めた膝は、診察では治癒判定だった。


「朝練は半分にするね」

「中止ではないのか」

「動かさないと固まる。でも、レイルが決める前に私が決める」

「それは安全判断として――」

「今、反論したら休みにするよ」

「半分でお願いしまぁぁす!」


 測定結果は午後の学院評議へ提出された。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 そのころ評議室では、レイルたちを二年次へ戻す案、三年次へ自動進級させる案、休学扱いを継続する案が並んだ。


 そこへ二人の冒険者が呼ばれていた。


 一人はAランク長距離探索隊【青渡り(ブルー・クロッシング)】の隊長、”ナディル・セオン”。日焼けした褐色の肌、青緑がかった黒髪、左耳の貝殻型魔導補聴具。青い長外套の背には、折り畳み式の帆槍が固定されている。


 もう一人はSランク特例指定冒険者、【天渡り(スカイ・クロッサー)】代表”イレーネ・ヴァルセイド”。高い身長、短い銀金髪、淡い空色の瞳。失った右腕の代わりに、薄い結界板を重ねた【界層義腕(レイヤード・アーム)】を装着していた。

 イレーネは評議資料を閉じた。


「大陸へ遭難した一年を、功績だけへ変えてはならない。しかし、そこで身につけた技能を、学院にいなかったという理由で消すこともできないだろう」


 ナディルが王核大陸側の記録を机へ置く。


「野営、救助、異文化交渉、言語、魔物対処、撤退判断、帰還ゲート構築。教室の単位と同じではないが、実地評価はできる。足りない学科は補習させればいい」


 結論は、特例試験だった。

三年次特例編入試験さんねんじとくれいへんにゅうしけん

 筆記と実地の両方に合格すれば、三年次へ条件付き編入。王核大陸での活動は実地単位として認定する。一般教養、法、歴史、学院安全規則は別途補習。


 夕方、時間割案が帰還者へ配られた。

 レイルとセレネは、総合術式科と術式設計科の共通授業が多い。

 中級術式、結着理論、内在詠唱変換インナー・キャスト・コンバージョン、術式言語、魔導具工学。授業時間の大半を同じ棟で過ごす。

 リィナは武装戦技科。剣術、魔法剣、対魔物戦、護衛戦術が中心で、共通授業は少ない。

 紙を見たリィナは、しばらく黙っていた。


「朝練は一緒だよね」

「その予定だ」

「昼も?」

「食堂なら」

「放課後は?」

「補習と研究がある」

「セレネと?」

「共通科目が多いから」

「授業なら、一日一緒でも数えないの?」

「何を数えるんだ?」


 リィナの目が細くなる。

 少女型へ試験投影されたニアが、レイルの肩の横へ浮かび上がった。身体は光だけで、まだ床へ立てない。黒銀色の短髪に猫耳めいた光角、背伸びした笑み。


『レイル、その質問、危険度かなり高めでーす』

「意味が分からない」

「そこが問題なの!」


 リィナの声が測定棟へ響いた。

 セレネは時間割を胸元へ抱えたまま、ほんの少しだけ嬉しそうに目を伏せる。

 学院へ戻った日常は、王核大陸より安全なはずだった。

 だが、測定不能の多重処理より、レイルには理解できない問題がもう一つ増えていた。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 同年代平均を大幅に超える魔力量、回復速度、形成精度を測定されても、瞬間出力が首席候補より低い点を先に見た少年。


・リィナ・アルセイル

 測定器が追えない瞬駆より、指定線へ正確に止まる制動を評価され、別教室になる時間割へ別の不満を抱いた剣士。


・セレネ・グランツ

 三つの術式案を低誤差で保持し、告白相手の無茶を止める時間まで学院予定へ組み込んだ少女。


・フィア・レコード

 十二人分の条件を混同せず、ニアの過剰吸引も見逃さず記録した目録官。


・アルド・クロイツ

 荷重耐久では同学年上位を記録しながら、地図だけは百二十年の研究でも治せない判定を受けた少年。


・ノア・エルグラム

 レイルの循環路拡張を分析し、ニアの日常吸引を安全な訓練へ変える条件を作った研究者。


・ニア

 毎日の魔力吸引を共同成長プログラムと命名し、自分の貢献だけを強調しようとして記録官に止められた少女型疑似人格。


・ナディル・セオン

 王核大陸での一年を実地技能として評価し、経験と学院単位の橋渡しを提案したAランク探索者。


・イレーネ・ヴァルセイド

 遭難を美化せず、得た技能も消さない特例試験を学院へ認めさせたSランク冒険者。


【今回の能力・設定メモ】


・帰還者総合再測定

 同年代平均を一〇〇とする学院指数で、魔力量、回復、形成、耐久、反応、並列処理を別々に評価する。単純な戦闘力順位ではない。


・日常循環負荷

 ニアの少女型投影へ安全余剰魔力を少量供給し、消費後の回復を繰り返す訓練。吸引量を増やせば強くなる仕組みではなく、休息と監督を必須とする。


・三年次特例編入試験

 王核大陸での活動を実地単位として認めつつ、欠落した一般教養や学院規則は筆記と補習で補う制度。


【次回】


 人外じみた数値を持っていても、欠席した一年分の歴史問題は解けません。


 測定器の上限を越えても、昼休みの約束までは自動で答えが出ません。レビュー、ブックマーク、フォローで、人外級の数値と年相応のすれ違いを応援してください。

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