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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第9章「九十九パーセントの魔法」

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第140話「死亡した生徒は出席できません」

 生きていることは、本人には明白です。

 けれど制度は、本人より先に届いた紙を信じることがあります。

 帰還から三日目。

 レイルたちは学院中央事務塔がくいんちゅうおうじむとうの三階で、自分たちが生きていることを証明していた。


 磨かれた石床。天井まで届く書類棚。番号札を握った生徒と教職員の列。窓口の向こうでは、青い腕章を付けた事務官たちが、羽根筆を休みなく動かしている。


 レイルの前へ置かれた書類の最上段には、大きな赤字でこう記されていた。

【推定死亡認定・取消申請】


「本人が署名すれば取り消せるんですよね?」


 レイルが尋ねると、丸眼鏡の事務官は書類を三枚めくった。


「本人確認者二名、血縁者一名、学院教員一名、帰還時立会人一名の証明が必要です」

「本人が目の前にいるのにですか?」

「規則ですので――」

「死亡した本人が、死亡扱いの取消申請へ署名する規則ですか」

「はい」

「なんだか矛盾していませんか」

「制度上、死亡認定を受けた方が申請する事例を想定していませんでした」

「では今、想定できました。規則を直した方がいいと思います」

「改定意見書は隣の窓口へどうぞ」


 レイルが隣を見る。そこには今の列より長い列が伸びていた。


「はぁ。まず生き返ってからにしよう」


 セレネ・グランツが静かに書類を引き寄せた。

 淡い金髪を学院規則どおり背へ流し、胸元には青白い魔導演算石(まどうえんざんせき)が下がっている。帰還時の旅装から制服へ着替えているが、袖口には王核大陸で縫い直した灰色の糸をあえて残していた。


「死亡認定の取消、学籍の復旧、寮籍の返還、装備保管品の受領。今日中に必要なのは四件です。制度改定は五件目へ回してください」

「五件目まで増やした覚えはない」

「レイルが今、増やしました」

「意見を言っただけだ」

「貴方の意見は、放置すると作業になります」


 リィナは別窓口で自分の署名を終え、紙束を抱えて戻ってきた。


「私、死亡した日付より後に食堂の未払いがあるんだけど、なにこれ」

「誰かが学生証を使ったのか?」

「寮の子たちが、私の戻る席を残すために月一回食券を買っててくれてたみたい」

「いい話じゃないですか」


 セレネが言う。


「でも未払いの請求は私へくるわけ?」

「まあ、名義上は」

「帰って最初に借金が増えてるんですけど!」


 少し離れた窓口では、アルドが同じ書類を読んでいた。


「本人確認者欄へ、俺が俺を確認したと書いてはいけないのか」

「自己確認は証明になりません」


 フィアが答える。


「生存していることは俺が最も知っている」

「記録制度では、本人の認識と第三者の確認を分けます」

「ではフィアが確認してくれ」

「既に署名しました。次は帰還時立会人です」


 ノアが横から書類を覗く。淡い金髪、赤紫の瞳、細い赤縁眼鏡。補修跡だらけの魔導衣の上へ、学院が貸した白い研究外套を着せられているが、本人は袖の長さがどうにも気に入らないらしく、先ほどから何度も折り返していた。


「私が署名します」

「ノアは学院外の未登録同行者です。立会資格の審査中です」

「百三十年以上生きている私より、十四歳の学生の方が信用されるのですか?」

「年齢と公的資格は別の項目です」


 フィアは淡々と答える。


「その制度設計は正しいですが、今は腹が立ちます」

「感情は審査項目へ入りません」

「却下ですか」

「はい」

「では資格要件を全部ください。最短で一項目ずつ潰しますわ、ふふ......」


 アルドは二人を見比べた。


「やはり仲が良くなったように見える」

「訂正します。なっていません」

「なっていないことに同意します」


 また声が重なった。

 その後、昼までに各人の死亡認定は無事、取り消された。

 だが、学籍を戻す段階で別の問題が出た。

 レイルたちの寮部屋は一年間封鎖され、荷物は保管倉庫へ移されている。学院側は捜索継続のため在籍を完全抹消せず、特別留保にしており、その費用を誰かが払い続けていたのだ。


「支払いは金環商会(きんかんしょうかい)名義です」


 事務官が帳簿を開く。


「ご家族の学院近郊滞在費、寮保管費、捜索隊への食料供給、遠距離通信用結晶、海上索敵艇の補修費の一部も、同じ保証人から出ています」


 レイルは金額欄を見た。桁が多すぎて、一度では読みきれない。


「保証人は誰ですか?」

「リオン・ゴルディス様です」


 呼ばれた本人は、待合席の端で帳簿を読んでいた。

 リオンは同年代ながら、学院制服の上へ金糸の入った短外套を羽織り、柔らかな金茶色の髪をきちんと整えている。細身で戦士には見えないが、指には契約印を押すための銀環が幾つもはまっていた。


「呼びましたか、師匠」

「久しぶりんにあったと思ったら、その呼び方をやめろ」

「帰還祝いとして一日だけ許可してもらえるないですかね?」

「許可していない。――で、これを説明してくれ」


 レイルは帳簿を持って、別室の小さな相談机へ移った。リオンは向かいへ座り、金額を見られないよう帳簿を閉じる。


「合計を出してくれ。両親の滞在費、捜索隊へ回した装備代、寮の荷物保管費、学院の手続き、それからオムニアの修理準備。俺たちがいない間に、リオンが出した分を全部だ」

「全部を知って、どうするつもりですか」

「すぐには無理でも返す。返せる順番を決めたい」

「返さなくて結構です」

「なぜだ」

「師匠への授業料と思えば、安いものですから」

「誰が師匠だって?」

「レイル、あなたです」

「俺はお前を弟子にしていない」

「まだ正式には認められていませんが、私は以前から弟子入りを希望していますよ」

「希望しただけで授業料を払うなって」

「先に払っておけば、断りづらくなるかと」

「商売のやり方が汚いな......さすが商売人」


 リオンは胸へ手を当てた。


「有望な師匠を早期に囲い込む、健全な先行投資です」

「弟子を取る予定はない」

「では、将来気が変わった時の予約金で」

「予約も受けていない」

「大陸越境、異種族交渉、複数言語、帰還ゲート構築、無詠唱、合成魔法。これだけの実地経験を持つ同級生へ弟子入りする機会など、普通は金貨を積んでも得られません」

「だから、俺は授業をしていない」

「王核大陸の話を聞かせてもらうだけでも、十分に勉強になります」

「それは友人同士の会話だろ」

「私にとっては講義です」

「勝手に講義へ変換するな」


 レイルが帳簿へ手を伸ばす。

 リオンは素早く自分の側へ引き寄せた。


「おい見せろ」

「い、嫌です」

「金額を知らなければ返せないだろうが!」

「知ったら、高危険度の依頼を探すでしょう師匠は」

「探さない」

「本当に?」

「……学院から禁止されている」

「禁止されていなければ探す返答ですねそれ」


 レイルは言い返せなかった。

 リオンは帳簿を抱えたまま、声から冗談を少しだけ引いた。


「捜索費は、私が勝手に出した金です。レイルから貸してくれと頼まれたわけではありません」

「それでも、俺たちを探すために使った」

「友人が行方不明になったのです。使えるものを使うのは当然でしょう」

「金貨を何枚もか?」

「私は剣士ではありません。転移術師でも、探索魔法の専門家でもない。リィナのように剣を持って探しに行くことも、セレネのように術式を組むこともできません」


 リオンは帳簿の表紙を指で軽く叩いた。


「......私が使えるものは、金と商会の人脈でした。それを使っただけです」

「だから返さなくていい、とはならない」

「師匠は頑固ですね」

「お前も頑固だろ、――だから師匠じゃない」

「では、レイル先輩」

「同級生だ」

「レイル先生」

「授業をしていない」

「レイル大先生」

「おいおいおい悪化してるぞ」


 リオンは楽しそうに笑った。

 けれど、レイルは笑わなかった。


「冗談で流すな。俺は、助けてもらったことをなかったことにしたくない」

「なかったことにはしていません。私は将来、弟子として何倍にもして返してもらう予定です」

「弟子入りを認める前提で話すな」

「なら、別の方法を考えましょう」


 リオンは帳簿の下から、表紙に何も書かれていない新しい冊子を取り出した。


「レイルにしか作れない商品があります」

「魔導具なら、今は修理費の方が高くつく」

「それは知っています」

「即答するな」

()()()()()()()です」


 リオンは白紙の冊子をレイルの前へ置いた。


「学院へ提出する報告書ではありません。普通の人が読める本にしてください」

「本――か?」

「どんな場所で、何を食べ、どんな言葉を覚え、誰に助けられ、どうやって帰ってきたのか。王核大陸を『魔境』の二文字で終わらせない記録です」

「売れるのか」

「書き方次第です」

「売れなかったら?」

「出版にかかる費用は、師匠への授業料として諦めます」

「まだ言うのか」

「では、売れるまで書いてください」

「簡単に言うな」

「一年かけて大陸から帰ってきた人が、本一冊ごときを完成させられないのですか?」


 レイルは白紙の最初の頁を見た。

(前世では、存在しない世界を書き始めて、何度も途中で投げ出したんだぞ、俺は)


 今度は違う。

 実際に歩いた土地がある。助けてくれた人がいる。帰ると約束した場所もある。


「……書けば、返済として受け取るのか」

「利益が出た後で相談しましょう」

「先に決めろ」

「嫌です。金額を知ったら、レイルは必要以上に背負いますから」

「なら、本が売れた分だけでも返す」

「師匠から授業料を返されたら困ります」

「俺は師匠じゃないって」

「その主張を本の後書きへ書きますか?」

「絶対に書くなよ、絶対にだ」


 リオンは笑いながら、筆を一本差し出した。


「では、まず一冊完成させてください。返済も弟子入りも、その後に改めて交渉しましょう」

「弟子入りは交渉しない」

「師匠候補がそう言っている、と記録しておきます」

「リオン」

「はい、師匠」

「……本当に返すからな」


 レイルは筆を受け取り、まだ題名のない頁へ向き直った。

 相談室の外では、フィアとノアがアルドの生活管理表を挟んで向き合っていた。


「朝食後の剣術訓練は、学籍復旧期間中も継続します」


 フィアが予定表を指す。


「血液提供候補者へ過負荷をかける計画は承認できません」

「アルドは提供候補者である前に武装戦技科の学生です」

「健康管理上の助言です」

「朝食の席、訓練相手、帰寮時刻まで健康管理へ含めるのですか」

「生活全体は健康へ影響します」

「では、記録官である私にも同じ範囲の確認権限があります」

「なぜ張り合うのですか」

「先に範囲を広げたのは貴方です」


 アルドは二人の間で、返却された学生証を見つめていた。


「俺はどちらに従えばいい」

「学院規則です」

「医療上の安全条件です」


 答えが同時に出る。


「両方守れる時間割を作るか......」


 アルドが結論を出すと、二人は一度黙った。

 フィアは予定表の余白へ線を引く。ノアはその線を覗き込み、二分だけ休憩時間を増やした。


 レイルが白紙へ書いた最初の言葉は、題名ではなかった。

【王核大陸ゼルハーン】


 人間圏の地図で”魔境”と呼ばれていた場所へ、そこに住む者たちの名前を戻す。

 これが、返済になるかは分からない。

 売れるかどうかも分からない。

 それでも、今の自分にできる仕事として、レイルは一行目を書き始めた。

【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 死亡認定の取消書類より先に支援費の返済を背負い、自分にしか書けない王核大陸の記録へ筆を置いた少年。


・リオン・ゴルディス

 捜索へ金と人脈を使い、「師匠への授業料」と笑って返済を拒みながら、大陸記という商品を提案した同級生。


・セレネ・グランツ

 レイルが増やした制度改定を五件目へ回し、死亡者を生徒へ戻す手続きを現実的に進めた少女。


・リィナ・アルセイル

 寮の仲間が守った食堂の席と未払い食券を一緒に受け取り、帰還後最初の借金へ叫んだ剣士。


・フィア・レコード

 アルドの学生生活を学院規則から整理し、ノアの健康管理と静かにぶつかった目録官。


・ノア・エルグラム

 未登録同行者ゆえ署名を認められず腹を立て、アルドの生活全体を医療対象へ広げようとした研究者。


・アルド・クロイツ

 二人の主張をどちらか一方へ決めず、両方守れる時間割を作るという正面突破を選んだ少年。


【今回の能力・設定メモ】


・帰還者の学籍復旧

 推定死亡認定の取消、学籍復旧、寮籍返還、保管品受領は別手続きであり、本人の生存だけでは自動復旧しない。


・大陸記の発端

 レイルは支援費を返すため危険な依頼へ出るのではなく、自分の経験と言葉を商品へ変える方法を選び始めた。


【次回】


 一年分の空白を埋める前に、一年で何が変わったかを測ります。


【読者応援文】


 白紙の一頁も、死亡認定の取消書類も、最初の署名がなければ進みません。レビュー、ブックマーク、フォローで、レイルが書き始めた返済の一行の行方を応援してください。

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