表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第8章「帰還ゲートは完成しない」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
141/189

第134話「荒海の向こうの声」


 声が届く時間が短いほど、伝えたい言葉は多くなります。

 けれど、待っている人が最初に知りたいのは、長い説明ではないのかもしれません。

 王核大陸(おうかくたいりく)へ転移して、十一か月目。


 全ての分散座標(ぶんさんざひょう)が揃った夜、【万式魔導環(オムニア)】は断航海域(だんこうかいいき)の向こうから、極めて弱い人間圏の反応を拾った。


 灰橋宿(はいばしやど)地図塔(ちずとう)最上階には、王核大陸側で集めた五枚の座標片が円形に並べられている。


 中央にはオムニア。

 外周にはセレネの三重術式環。

 フィアの記録札。

 ノアの九十九式固定具。

 ミュラが地脈音を読むための小さな骨笛。


 レイルは壊れたままの【灰環仮導杖グレイ・サークル・ロッド】を床へ立てた。

 帰還ゲートを開くのではない。

 まずは、掌ほどの観測窓(かんそくそう)を作る。

 ――それは、向こう側の現在座標を、十秒だけ見るための接続だった。


「確認します」


 フィアが記録札を開く。


「目的は生存確認と現在座標の照合。個人帰還座標の固定は行いません。接続時間は最大十秒。白環命令の混入を確認した場合、即時切断します」

「十秒では短い」


 レイルが言う。


「中盤の人間圏側転移実験は、接続を延ばしたことで断航海域上空へ出口がずれました」

「分かってる。でも、十一か月分を十秒で説明するのは無理だろ?」

「説明する必要はありません」


 セレネが淡金髪を耳へかけ、青紫の瞳で術式環を見る。


「最初は、こちらがみな、生きていると伝えるだけです。研究報告も、王核大陸の政治も、後でできますから」

「後がある保証は?」

「保証がないから、最初の十秒で全てを詰め込むのですか。それでは一語も届かない可能性がありますよ」


 レイルは返事を飲み込んだ。


 (言いたいことは山ほどある。心配をかけたこと。帰れなかった理由。新しい仲間。王核大陸が同じ世界だったこと。ニアが少し触れられるようになったこと)


 けれど、母が最初に聞きたいのは、報告書ではない。


「レイル、紙」


 リィナが大きな白紙を差し出した。


「何を書く?」

「一番先に見せたいこと」

「全員の名前か?」

「長い。窓が小さかったら読めないよ」

「じゃあ、何だよ」


 リィナが炭筆を握る。


 大きく、二文字を書く。


【生存】


 その下へ、レイルが書き足す。


【全員】


「これでいい」

「四文字だね」

「十分だな」


 ニアが少女型で紙の上から覗き込む。


『ニアちゃんも全員に入ってます?』

「もちろん、入ってる」

『即答、アゲです』


 ノアが術式筒を接続する。


「観測窓の九十九%を形成します。最後の一%は、人間圏側の受信波が重なった時だけ完成させます」

「向こうが受け止めていなければ?」


 アルドが尋ねた。


「窓は開きません。断航海域へ光が漏れるだけです」

「なら、向こうが待ってくれていると信じるしかないな」

「ただ信じるのではなく、前回から続く周期信号を根拠にしています」

「言い方を変えただけで、同じでは?」

「違います」

『でもノア様、ちょっとだけ信じてる顔してますよ』

「ニア、口をふさぎますよ」

『はいはい、作業しまーす』


 ミュラが骨笛へ息を吹く。

 低い音が地図塔の床を震わせる。


「地脈、東。海の下、細い。三回目で、人の側」


 ラガンが窓の外を警戒する。

 ガズルは大鍋炉へ火を入れ、魔力供給を安定させる。


 ノエラはノアの背後に立った。娘には触れない。

 ただ、血統経路が乱れた場合に支えられる距離を保っていた。


「人間圏側、周期接近」


 ニアの表示が赤から金へ変わる。


『三、二、一――今!』

「九十九式、終端解放(エンドリリース)!」


 ノアが叫ぶ。セレネの三重術式が一つへ絞られる。


 レイルは完成圧力を一瞬だけ【未完】として受け、フィアの合図で返す。


「第一番――完成!」


 空間へ、掌ほどの円が開いた。

 最初は白い霧。

 次に、石造りの広い室内。

 王立結着学院の地下実験室。


 そこには、エルシアがいた。


 いつもと同じ二十代後半ほどの若い外見。だが金髪は乱れ、目の下には濃い疲労がある。隣ではロッテが受信盤へしがみつき、ユノが剣で逆流する魔力を切り流し、カインが石板を掲げていた。


 映像だけで、音は届かない。

 レイルは紙を窓へ向ける。


【全員、生存】


 向こう側で、エルシアの目が見開かれた。

 ロッテが口元を押さえる。

 ユノが両手を大きく振る。

 カインは石板へ文字を刻み、窓へ掲げた。


【帰路、維持】


 フィアが秒数を読む。


「残り七秒」


 エルシアの後ろへ、人が増える。

 レイルの母エナ。


 栗色の髪を乱したまま、窓へ走り寄る。

 父バルドは、普段より痩せた顔でその肩を支えていた。


 リィナの家族。

 セレネの関係者。

 学院教官。

 そして、見知らぬ顔だが、おそらく捜索隊。


「残り五秒!」


 ロッテが受信線を一つ追加する。


 映像へ音が混じった。

 激しい雑音。


 その中から、エナの声が届く。


「レイル――無事でよかった! 帰ってきて!」


 レイルの喉が閉じた。

 準備していた説明が、全て消える。


 バルドが窓へ近づく。


「何人増えていても構わない。帰ると言った全員を連れてこい!」


 リィナの家族の声も重なる。


「剣を置いて帰れとは言わない! 折れていても、そのまま帰ってきなさい!」

「残り三秒」


 レイルは声を出そうとするが、出ない。


 リィナが背中を叩いた。


「レイル!」


 息が戻る。


「……帰ります!」


 声が震える。


「全員で帰る!」


 観測窓が閉じた。きっちり十秒だった。


 誰もその場ですぐには動けなかった。

 レイルは紙を持ったまま、閉じた空間を見る。


 (帰る場所は残っていた。俺が変わっても、人数が増えても、昔のままじゃなくても)


 リィナが横へ立つ。


「......言えたね」

「説明は何もできなかった」

「最初はあれでいいでしょ」

「母さんの顔、痩せてた」

「私の家も。お母さん、怒ってた」

「帰ったら謝ろう」

「私も。たぶん、最初に抱きしめられて、その後で怒られる」

「順番が逆じゃないか」

「家によるよ」


 セレネは眼鏡を外し、目元を指で押さえていた。

 レイルが見ると、すぐにかけ直す。


「......泣いてないですよ?」

「何も言ってないが」

「言いそうな顔でした」

「泣いてもいいと思う」

「その許可は不要です」


 言い切った後、セレネの周囲へ小さな光球が三つ浮いた。


『感情光、三個。泣いてない判定はちょい厳しいかも』

「ニア」

『はい、黙りまーす』


 ミュラは窓が閉じた場所を見上げていた。


「レイル、帰る?」

「ああ」

「ミュラ、行かない」

「分かってる」

「分かってる顔、嫌い」


 ミュラは骨笛を握りしめ、地図塔を飛び出した。

 レイルが追おうとする。


 ラガンの太い腕が前へ出た。


「すぐ慰めるな」

「でも――」

「残る側にも、自分で怒る時間がいる。お前が帰ると決めたことを、あいつが今すぐ笑って受け入れる必要はない」

「放っておけと?」

「後で行け。今は追えば、あいつが泣く場所と時間まで奪う」


 レイルは足を止めた。


 (待つことは、何もしないことじゃない。リィナに教えられたばかりだ)


 その時、観測窓の跡へ白い線が走った。

 円形の光が、地図塔の天井近くまで広がる。


 アルケインが現れた。

 白い長衣。

 性別も年齢も断定できない整った顔。感情のない静かな微笑。


「座標は確認されました」


 声は優しい。


「正規帰還ゲートを使用できます」


 白い円の向こうに、人間圏の学院が映る。

 さきほどの不安定な観測窓とは違う。


 揺れない。

 雑音もない。

 完全に見える。


 あまりにも正しく、美しい帰還ゲートだった。

 人間圏側では、観測窓が閉じた後も作業が続いていた。


 エナは窓の跡へ手を当てている。

 バルドが隣へ立つ。


「全員で帰ると言ったな」

「あの子らしい」

「一人なら早く帰れると言われても、断るだろう」

「だから、こちらが全員分を開けておかないと」


 エルシアが受信盤へ戻る。


「泣くのは後。今の接続で向こうの現在座標が取れた。受信杭を再調整するよ」

「先生、目が赤いです」


 ユノが言う。


「睡眠不足だ」

「レイル君と同じ言い訳ですね~」

「勇者候補。余裕があるなら外周杭を三本増設」

「はいはい。照れ隠しの追加作業、受理します」

「誰に習った、その口」


 カインが石板へ書いた。


【バカ弟子の周囲】


 エルシアが石板をひったくる。


「お前まで乗るんじゃない!」


 笑いが起きた。

 十一か月ぶりの声は、両側へ次の作業を残した。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 十一か月分の説明を捨て、両親へ「全員で帰る」と最初の約束だけを届けた少年。


・リィナ・アルセイル

 声を失ったレイルの背中を叩き、自分の家族へも今の剣を持ったまま帰ると決めた少女。


・セレネ・グランツ

 十秒の接続を欲張らず生存確認へ絞り、閉じた後に感情光を三つ浮かべた術式設計者。


・ミュラ

 レイルの帰還を理解しながら、残る側の怒りと寂しさを隠さず地図塔から飛び出した案内人。


・ラガン・ティグリス

 泣く場所まで奪うなとレイルを止め、残される側へ自分で感情を扱う時間を渡した虎人戦士。


・エナ・アルヴァート

 昔のままではなく、王核大陸で変わった現在の息子へ帰ってこいと伝えた母親。


・バルド・アルヴァート

 同行者が何人増えていても、全員を連れて帰れと息子へ託した父親。


・エルシア・ヴァント

 十秒の観測成功を感傷で終わらせず、現在座標を使った受信杭の再調整へ入った師匠。


・アルケイン

 両大陸が苦労して作った観測窓よりも完全な正規帰還ゲートを、静かに提示した白い案内人。


【今回の能力・設定メモ】


・観測窓

 帰還ゲートを開く前に、両大陸の現在座標を十秒だけ接続する小規模空間術式。個人座標は固定しない。


・現在座標

 一年前の出発位置ではなく、現在の学院と現在の帰還者を結ぶために必要な情報。


【次回】


 完全な正規帰還ゲートが、王核大陸で得た一年を切り落とす条件を提示します。


 十秒の窓でも、「”帰ってきて”」という声は海を越えました。レビュー、ブックマーク、フォローで、両大陸へ届いた最初の約束を応援してください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ