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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第8章「帰還ゲートは完成しない」

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第133話「受けられた刃は終わらない」

 一度負けた相手は、同じ場所で待っていてはくれません。

 こちらが変わったなら、相手もまた前の答えを捨てています。

 王核大陸(おうかくたいりく)へ転移して、十月と十日。


 レイルとリィナは、五か月前に敗れた北東旧街道ほくとうきゅうかいどうへ戻った。


 白い石畳は、以前と同じように前へ進む者だけを歓迎している。立ち止まれば足場が狭まり、後退すれば路面が傾く。


 だが、今の二人は前と同じではない。


 レイルは短杖を背へ固定し、両手を空けている。十か月の訓練で肩幅が僅かに広がり、細かった腕にも魔力経路の筋が浮かぶようになった。魔力量そのものだけでなく、流量を細く分ける技術が上がっている。


 リィナはヴァルカから借りた剣帯を腰へ巻き、赤栗色の髪を高く結んでいた。膝の補強布は残るが、立ち姿に以前の前のめりさはない。


 街道中央に、ディルガ・ザンが立っていた。

 身長二メートルを優に越える四腕戦鬼種。 鈍い青灰色の皮膚。

 額から後方へ曲がる二本角。上腕二本に長剣、下腕二本に短い受け剣。


 右目の周囲には、白環遺物の観測片(かんそくへん)が埋め込まれ、白い光が呼吸と同じ周期で明滅している。


 背後には四極戦団の斥候。

 黒い箱の中に、最後の分散座標が収められていた。


「戻ったか、剣士」

「戻ったよ。今度は通り過ぎない」

「停止距離は短くなった。呼吸も変わった。ヴァルカと虎の技を混ぜたな?」

「見て分かるの?」

「お前がここへ来るまでに斬った魔物、止まった跡、宿へ残した噴射痕。全て見ていた」

「うわ、気持ち悪い」

「観測への評価としては不正確だ」

『いや、敵に生活圏の足跡まで追われてるのは普通にキモい判定で合ってますが』


 少女型ニアがレイルの肩越しからぴょこっと顔を出す。


 ディルガの白環観測片が、ニアへ焦点を合わせた。


「疑似人格も修復したか」

『疑似人格“も”じゃなくて、ニアちゃん“が”復活しました。物みたいに数えるの、マジでナシです』

「言葉の選び方まで変わったようだ。記録価値がある」

『記録させる気ないんですけど?』


 ラガンが前へ出る。


「ディルガ。ガルヴァドの命令か」

「分散座標を確保し、人間圏接続の主導権を取る。命令はそれだけだ」

「なら座標を置いてとっとと帰れ」

「敗者へ道具を返す理由がない」

「五か月前の勝ちへ、いつまで座っているつもりだ」

「今日、また更新してやろう」


 ディルガの四本の剣が開く。


四返陣(しへんじん)】。


 一本目が攻撃を受ける。二本目が力を流す。

 三本目が停止位置を塞ぐ。四本目が反撃する。


 フィアが記録札を開いた。


「ディルガの剣へ番号を指定します。右上腕、第一。左上腕、第二。右下腕、第三。左下腕、第四」

「俺は斥候を止める」


 アルドが剣を抜く。


「北側の一番路から三番路。順番は変えないでください」

「了解した」

「方角は見ないでください」

「もう見ていない」

「それで正解です」


 ノアは白環観測片へ術式筒を向ける。


「観測片の解析を開始します。壊す場合、完全に砕かず核を残してください」

「戦闘中に注文が多いね」


 リィナが言う。


「研究対象です。貴方の爽快感より優先します」

「じゃあ、壊す前に言って」

「壊す直前に相談できる戦闘速度ではありません!」


 セレネの周囲へ三つの光環が浮かぶ。


「三案を形成します。第一、閃光。第二、土拘束。第三、風圧偏向。どれを完成させるかはディルガの受けを見て変更します」

「フィア、俺の保持上限は一件」


 レイルが言う。


「確認。新規形成二件、保持一件を超えた場合、中止命令を出します」

「従う」

「前回より回答が早いですね」

「いっぺん、死んだからな」

「正確には心停止です」

「今、訂正するところ?」


 リィナが呆れた。


『緊張してる時ほど通常会話するの、みんな成長したってことでー』


 ニアの言葉と同時に、ディルガが動いた。その巨体が消える。


 ラガンと同系統の【裂息駆動(ブレス・ブースト)】。


 ただし、ディルガは四本の剣へ別々の呼吸を割り当てている。


 第一剣がレイルへ。そこにリィナが割り込む。


 刃と刃がぶつかった。


「同じ入り方だ」


 ディルガが言った。


「違うよ」


 リィナは受けられた剣圧を腰へ落とす。


 足裏へ――返脚し、身体が戻る。


 ディルガの第二剣が、戻る位置へすでに置かれていた。


()()()()()


 リィナは止まる。――逆制。


 第三剣が停止位置を狙う。

 そこへレイルの無詠唱【硬土】が生まれ、地面の角度を僅かに変えた。


 リィナの停止位置が半歩ずれ、第三剣が空を切る。


「少年が位置を直したか」

「私が頼んだからっ!」


 リィナが叫ぶ。前回は勝手に助けられた。


 今は、事前に決めた連携だった。

 レイルは【裂息歩法(ブレスステップ)】で左へ動きながら、右手へ【風弾】を形成する。


 第一層。

 無詠唱【硬土】でディルガの右脚の踏み場を傾ける。


 第二層。

 前夜から保持していた【水縄】を左下腕の背後で完成。


「未完記録、第一番――完成」


 第三層。

 リィナの足元へ無詠唱【微風】を送り、返脚の横揺れを抑える。


 第四層。

 セレネが形成した【閃光】を、ディルガの第二剣が動いた直後に完成させる。


 レイルが持つのは、その完成時刻だけ。


「第一番、受理。保持時間二秒」


 フィアが読み上げる。


「完成!」


 光がディルガの右目を焼く。白環観測片が自動遮光する。

 だが、その一瞬、他の三本の剣の情報更新が遅れた。


「【重層無詠唱レイヤード・サイレント】」


 レイルが初めて技名を口にする。

 ディルガは笑った。


「四重ではない」

「分かってる。だから読みにくい」

「新規二、事前一、他者一。壊れた戦力を時間差で使う技か」

「仲間を壊れた部品みたいに言うな」

「では何と呼ぶ」

「一緒に戦っている」


 ディルガの四剣が速度を上げる。


 【返剣・四刻(へんけん・しこく)】。


 一刻目、加速を潰す。

 二刻目、斬撃を流す。

 三刻目、制動位置を刺す。

 四刻目、後退を断つ。


 リィナの剣が第一剣へ受けられた。前回と同じ。

 だが、受けられたことが終わりではない。


 リィナは剣圧を返脚へ落とす。

 ディルガが第二剣で戻りを塞ぐ。

 レイルの微風が足元をずらす。


 第三剣が停止位置を狙う。

 リィナは逆制ではなく、受けた第二剣の力まで腰へ重ねた。


 足裏から二重の噴射。

 第一撃の終わりが、第二撃の始まりへ変わる。


無終剣・返環むしゅうけん・へんかん】。


「受けられた刃は、まだ終わってない!」


 リィナの剣が、ディルガの防御の内側へ戻る。

 一刀のもとに、白環観測片を斜めに斬り落とした。


 白い破片が空へ舞う。

 ディルガの左上腕へ、深い傷が走る。


 四返陣が崩れた。ノアが叫ぶ。


「核は残しましたね!?」

「たぶん!」

「たぶんで研究試料を斬らないでくださいよ!」

『でもめっちゃ綺麗に核だけ残ってます。リィナ、普通に神業です』

「褒めるならもっと言って!」

「まだ戦闘中です!」


 ディルガはダメージを受け、一歩退く。

 ラガンがその退路へ立っている。


「終わりか」

「敗北は記録した」


 ディルガは傷ついた腕を下げ、残る三本の剣を収めた。


「次は白環の目を借りずに見る」

「次もやる気なの?」


 リィナが剣を構えたまま尋ねる。


「剣士が次を望んでいるからな」

「私が?」

「今、否定しなかった」

「……次は全部の腕に勝ってみせる」


 レイルは黒い箱へ手を置く。


「座標を返せ。そうすれば、今は追わない」

「私を殺さないのか」

「帰還ゲートを優先する」

「情けを与えるわけではないと?」

「お前に使う時間が惜しい」


 ディルガの口元が僅かに上がる。


「良い。それこそ、勝者の言葉だ」


 ディルガは、斥候たちへ撤退命令を出す。

 白環の残存表示が、ディルガの頭上へ浮かんだ。


【戦力不適合】

【観測能力喪失】

【廃棄推奨】


 ディルガは足元の観測片を踏み砕く。


「使えるかどうかは、俺が決める」


 白環の分類へも、ガルヴァドの道具という評価へも、完全には従わない意思が見えた。


 ディルガたちは去った。だが、ラガンは追わなかった。


「止めなくてよかったのか?」


 レイルが尋ねる。


「今は座標を持ち帰れ。敗者を追って道を見失えば、勝った意味がない」

「ラガンが言うと重いね」


 リィナが剣を収める。


「お前が言うと食事の話に聞こえるな」

「なんで!?」

「勝った意味を食事へ変える顔をしている」

「……祝勝会、あるかな?」

「帰還座標の確認が先だ」

「レイルまで!」

『はいはい。座標確認終わったら、ニアちゃんが食堂に交渉します』

「ニア、好き!」

『レイルより素直な告白いただきましたー』

「へんな比較するな」


 最後の分散座標が黒い箱から取り出された。

 五つの座標片が、オムニアの周囲へ並ぶ。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 同じ瞬間、人間圏側の複核受信杭へ、激しい魔力負荷が流れ込んだ。


「杭が焼けます!」


 学院技師が叫ぶ。


「停止を!」

「止めるな」


 エルシアが受信盤へ両手を置いた。


「向こうで誰かが座標を取り返そうとしている」

「根拠は?」

「波形が戦闘周期だ。レイルは無理をする時だけ、魔力間隔が均等になる」

「そんな癖まで分かるのですか」

「何年、バカ弟子の爆発を数えたと思ってるんだい?」


 ユノが右側の杭へ剣を突き立て、逆流する魔力を地面へ逃がす。

 カインが左側で石板を掲げる。


【第二杭、維持】

【第四杭、過負荷】

【七反応、継続】


 ロッテが焦点片を交換する。


「あと十八秒です。座標をこちらへ残せるまで、十八秒!」


 A級、S級の捜索隊が施設外周へ展開し、魔力嵐で崩れる結界を支える。

 人間圏から戦場へ攻撃隊を送ることはできない。


 それでも、取り戻した座標が断航海域へ流されないよう、受け止め続けた。


「固定しました!」


 ロッテの声と同時に、五本の座標片が王核大陸側で安定する。

 レイルは胸へ手を当てた。


 人間圏の存在を、今までより近く感じる。


「帰還ゲートを作れそうです」


 セレネが言う。


「まだ、向こうの現在座標と接続できるか確認が必要です」

「分かってる」


 レイルはリィナを見る。


「でも、帰る道の材料は揃ったな」

「うん」


 リィナは新しい剣帯へ手を置く。


「今度は、ちゃんと戻れるね」




【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 新規無詠唱、事前形成、保持、共同形成を時間差で重ね、ディルガの予測順を崩した少年。


・リィナ・アルセイル

 受けられた第一撃を【返脚】で第二撃へつなぎ、【無終剣・返環】でディルガの観測片を斬った剣士。


・ディルガ・ザン

 前回の戦闘と四か月分の痕跡から対策を整えたが、白環観測片を失い、敗北を記録して撤退した四返剣将。


・フィア・レコード

 ディルガの四本の剣へ番号を振り、レイルの保持上限を一件へ固定して再暴走を防いだ目録官。


・セレネ・グランツ

 三つの術式案を形成し、ディルガが防御を選んだ後で閃光へ終端を切り替えた少女。


・アルド・クロイツ

 フィアの番号指示だけを頼りに斥候部隊を止め、主戦場への増援を完遂した少年。


・ノア・エルグラム

 白環観測片を研究試料として確保しようとし、リィナの神業へ怒りながら感心した九十九魔導士。


・ラガン・ティグリス

 敗者を追わず、座標を持ち帰ることまでが勝利だとレイルたちを止めた虎人戦士。


・エルシア・ヴァント

 レイルの無理をする時の魔力周期から王核側の戦闘を察し、受信杭の停止を拒んだ師匠。


・ユノ、カイン、ロッテ

 人間圏側で魔力逆流を逃がし、七反応と分散座標を断航海域へ流さず固定した帰還支援組。


【今回の能力・設定メモ】


・無終剣・返環

 敵の受けや回避を攻撃の終点にせず、受けられた力を次の踏み込みへ返すリィナの剣技。


・重層無詠唱

 四つの新規魔法を同時形成する技ではなく、異なる形成者と時刻を重ねて敵の予測順を崩すレイルの戦術。


【次回】


 王核大陸と人間圏の現在時刻が初めて重なり、十秒だけ声が届きます。


 受けられた刃も、焼けかけた受信杭も、次へつなげば終わりではありません。レビュー、ブックマーク、フォローで、五か月越しの雪辱と両大陸の連携を応援してください。

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