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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第8章「帰還ゲートは完成しない」

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第132話「自分で帰ってきた」

 待つことは、何もしないことではありません。

 戻る人が迷わないよう、同じ場所を守り続けることも一つの戦いです。

 王核大陸(おうかくたいりく)へ転移して、十か月目。


 リィナが戻ると約束した日を二日過ぎても、レイルは灰橋宿(はいばしやど)の朝練を一日も休まなかった。


 夜明け前。


 レイルは宿の裏手を走りながら、左右の掌へ別々の魔力を形成する。


 左に【微風(ブリーズ)】。

 右に【灯光(ライト)】。

 足裏には【裂息歩法(ブレス・ステップ)】。


 百歩目。


 光球が揺れず、風も進行方向へ引かれなかった。


『百歩成功。前を見る課題も、今日は壁に勝ちました』


 少女型ニアが宙を並走する。


「昨日もぶつかってない」

『昨日は木箱にぶつかりました、ニアちゃん見てましたよ!』

「壁ではない」

『勝負する分類を狭くして勝ったことにするの、だいぶズルいです』


 レイルは走る速度を落とし、訓練場の入口を見る。


 そこには――誰もいない。

 二日前から、同じことを何度もしていた。


『リィナの約束、日付じゃなくて“戻れるようになったら”でしたよ?』

「地図の移動速度なら、一昨日には着く」

『寄り道、怪我、依頼、食事休憩。リィナなら食事休憩だけで半日ありえますし』

「食料は持たせてもらったはずだ」

『持ってたら食べる速度も上がります』


 レイルは反論できなかった。


 (追わないと決めた。心配だから追わない。そう言ったのは俺だ)


 それでも、朝練の水筒は二本用意していた。


 その日の昼前、灰橋宿の警鐘が鳴った。

 北門から白環回収獣。

 西の崖道から四極戦団の斥候。


 目的はオムニア、分散座標、レイル、そしてリィナの帰還経路だった。


「住民を地下倉へ! 第一避難路が塞がった場合は第二へ切り替えます!」


 フィアの声が広場を通る。


「アルド、北門二番。ラガン、西壁。セレネ、宿の防壁を三案で形成してください」

「了解した」

「受理しました」


 レイルは白環回収獣の群れへ向き直る。

 以前なら、近い危機から順番に自分で持とうとした。


 今は違う。


「セレネ、右側の水流刃を形成してくれ。完成時刻だけ預かる」

「二件目として渡します。左側は私が最後まで持ちます」

「フィア、俺の保持は一件まで」

「確認。二件目を登録しようとした場合、強制中止します」

『ニアちゃんも監視します。勝手に四件チャレンジしたら、全員へ大音量でバラします』

「しないって」

『前科ある人の“しない”は、条件付きで受理でーす』


 一体目が跳ぶ。

 レイルは左手を地面へ向けた。


 無詠唱【硬土(ハード・ソイル)】。


 土壁が住民の前へ立つ。


 右手には無詠唱【風弾(エア・ショット)】。


 回収獣の横腹へ当て、跳躍軌道を逸らす。


 【裂息歩法】で一歩横へ。


 保持済みの【閃光(フラッシュ)】を敵の眼前で完成。


「未完記録、第一番――完成」


 白い群れの視界が焼ける。

 その隙へ、セレネの【水流刃(アクア・カッター)】が三方向から走った。


 レイルが預かったのは、中央の一件だけ。


「第二――」

「訂正。現在の保持番号は第一です。前件は完了しています」


 フィアが即座に言う。


「第一番、完成!」


 水の刃が回収獣の脚を切り、群れを転倒させる。

 四つの魔法が無詠唱で重なったように見えた。


 だが、レイルが新規形成したのは二件。

 保持は一件ずつ。

 セレネの術式を奪ったのではなく、完成時刻だけを預かった。


 【重層無詠唱レイヤード・サイレント】。


『見た目だけなら四重無詠唱。実際は新規二、保持一、共同一です。盛るのは禁止なので、あとで報告書にちゃんと書きます』

「今は敵を見ろ」

『レイルのその台詞、本日二回目でーす』


 西壁で爆発が起きた。

 四極戦団の斥候が、帰還経路の道札を奪おうとしている。


 アルドがフィアの番号指示で走る。


「三番路、右。次の分岐は左です」

「右から左だな」

「はい。今の右は正しい右です」

「前は間違っていたのか」

「過去の誤差を今確認しないでください」


 アルドは迷わず斥候の前へ出た。


 ノアは後衛で防壁を支える。血素は減っていたが、保存血を使い、前衛から取らない。

 フィアが時折アルドを見ていることに気づいた。

 昨夜から続く小さな距離は、まだ消えていない。

 だが、戦場では互いの判断を疑わなかった。

 回収獣の一体が、レイルの死角から飛びかかる。


『後ろ!』


 ニアの警告より先に、赤栗色の光が地面を走った。


 剣閃。

 回収獣の外殻が割れる。

 赤栗色の髪をなびかせた少女が、レイルの前を通り過ぎ――なかった。


 足裏から逆向きの魔力が噴く。


【噴歩・逆制】。


 リィナはレイルの半歩前へ、両足で止まった。


「今、助けなくてよかったのか?」


 レイルが、以前と同じ問いを口にする。


 リィナは振り返った。

 四か月の風に焼けた頬。

 短く切れた前髪。新しい剣帯に膝の補強布。


 それでも笑う顔は、レイルが知る幼なじみのままだった。


「うん。今度は、”自分で帰ってきた”よ!」

「遅いぞ!」

「四か月も待たせたから?」

「約束の日から二日遅い」

「そこ数えてたの?」

「毎日な」


 リィナの顔が赤くなる。


「……そういうの、先に言ってよ」

「先に言う相手がいなかった」

「地図札へ書けばよかったでしょ」

「毎日書いたら重いと思った」

「数えて待ってた方が重いよ!」

『再会一分で恋愛重量の計測始めるの、二人とも相変わらずですね』

「ニア、今それ言う?」

『言わないとレイルが日数計算へ逃げます』


 リィナは笑い、剣を構え直した。


「話は後。道を開ける」

「俺が射線を作る」

「私が走る」

「戻ってこい」

「今度は言われなくても戻るから!」


 二人の連携が再び動き始める。


 レイルの無詠唱【微風】がリィナの足元へ流れ、噴射時の横揺れを抑える。

 リィナは【瞬駆】で敵陣へ入り、受けられた剣圧を【返脚】へ落とし、二撃目で白環回収獣を斬り倒す。


 戦いは一時間後に終わった。

 灰橋宿の被害は、外壁二箇所と倉庫一棟。


 もちろん、死者はいない。帰還経路の道札も守られた。

 戦闘後、アルドがリィナへ近づく。


「綺麗な一歩だった」

「ありがとう。今度は止まれたでしょ」

「ああ。前より強い」

「アルドも、迷わず戦えてたね」

「フィアの指示があった」

「じゃあ、二人とも強くなったんだ」


 リィナの言葉に、恋愛の意味はない。

 アルドはそれを理解していた。


 以前なら、少しだけ胸が痛んだかもしれない。

 今は、リィナがレイルの位置を探さず、自分の足で戻ったことを剣士として嬉しく思う。


「戻るのを待っていた。レイルだけではない」

「うん。待っててくれてありがとう」


 アルドはそれ以上を求めなかった。

 フィアは少し離れた場所から二人を見ていた。


 リィナへ向けられた言葉を聞いても、昨夜ほど胸は痛まない。


 (私が気にしていたのは、アルドが誰を好きだったかではなく、私の知らない道へ行ってしまうことなのでしょうか)


 まだ答えは出ない。

 だが、記録不能だからと消すことはしなかった。


 ノアが壁へ手をつき、僅かにふらついた。

 戦闘で血素を使いすぎている。


「ノア」


 アルドが腕を出す。

 ほぼ同時に、レイルも採血器を持ってきた。


「八十ミリだろ?俺から取れる」

「俺も前回から間隔は空いている」


 ノアが二人を見比べる。


「同時に出さないでください。選択に困るでしょう!」

『体調が良い方から取ればよくないです?』

「ニア、恋情を医療判断へ混ぜないでください!」


 空気が止まる。


「今、自分で恋情と言ったぞ」


 アルドが指摘した。

 ノアの赤紫色の瞳が大きくなる。

 フィアは無言で記録札を閉じた。


「なぜ閉じるのですか」

「記録しない方がよいと判断しました」

「なぜです」

「私自身が、正確に書ける状態ではありません」

「……それは、どういう意味でしょう」

「まだ説明できません」


 ノアは問い返せなかった。


 自分もアルドへ向ける感情を説明できない。


 結局、フィアの検査で体調が良かったレイルから、採血器で五ミリリットルだけ提供を受けた。


「座って。右腕。袖を上げて」

「命令口調になってる」

「軽度飢餓です。拒否権はあります。使うなら今です」

「提供する」

「よろしい。では動かない。アルド、見ないでください!」

「なぜ俺だけ?」

「理由は後で通達します!」

『ノア様、今日ずっと自爆多くないです?』

「ニアは黙ってください!」


 笑いが広がる。


 重い四か月の再会が、ようやく日常へ戻った。

 その夜、四極戦団から黒い伝令札が届いた。


【剣士の帰還を確認】

【分散座標を賭け、前回の続きを行う】


 署名。


四返剣将(しへんけんしょう)ディルガ・ザン】


 リィナは札を握った。


「今度は、レイルに失敗させないから」

「俺も、勝手に全部は持たないよ」

「じゃあ、一緒に勝とう!」

「ああ」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 同じ瞬間、人間圏側の七本の複核受信杭が一斉に点灯した。


「七つです」


 ロッテの声が震える。


「やはり五人ではありません。少なくとも七つの異なる意思反応があります」


 ユノが剣を握り直す。


「だる。なら、七つとも帰せばいいじゃん」

「簡単に言うな」


 エルシアが言う。


「難しいから、先生たちがいるんでしょう」


 エルシアは一瞬目を丸くし、笑った。


「本当に言うようになったねえ」


 七本の光は、しばらく同じ周期で脈打っていた。

 離れていた一人が、仲間のところへ戻った合図のように。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 追跡せずに守った場所でリィナを迎え、四件を抱えない重層無詠唱で灰橋宿を防衛した少年。


・リィナ・アルセイル

 約束から二日遅れながらも、自分の足で戻り、レイルの前へ【逆制】で止まった剣士。


・アルド・クロイツ

 リィナへの初恋を答えの要求へ変えず、待っていた一人として剣士仲間の帰還を祝った少年。


・フィア・レコード

 自分の嫉妬が誰かの所有ではなく、知らない道へ置かれる恐れかもしれないと気づき始めた目録官。


・ノア・エルグラム

 レイルとアルドから同時に血を差し出され、恋情という言葉を自分で口にしてしまった九十九魔導士。


・ニア

 再会直後から日数計算へ逃げるレイルを止め、ノアの連続自爆まで正確に突いた少女型ナビゲータ。


・ロッテ・ベルクマン

 離れていた反応が一箇所へ集まったことで、七人分の意思波形を初めて同時検出した魔導技師。


【今回の能力・設定メモ】


・重層無詠唱

 本物の無詠唱二件、保持済み一件、仲間の共同形成一件を時間差で発動するレイルの戦術。新規四重無詠唱ではない。


・リィナ帰還後の連携

 レイルが魔法で射線と踏み場を作り、リィナが瞬駆、逆制、返脚で進入と帰還を自分で完了する。


【次回】


 五か月前に敗れた北東旧街道で、ディルガ・ザンとの再戦が始まります。


 二日遅れても、自分の足で止まれば「ただいま」は届きます。レビュー、ブックマーク、フォローで、四か月ぶりに並んだレイルとリィナを応援してください。

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