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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第8章「帰還ゲートは完成しない」

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第129話「母の血、二度目」


 借りた力を使ったからといって、自分の積み重ねが消えるわけではありません。

 誰の力を、何のために使うかを決めるのも、その人の選択です。


   王核大陸(おうかくたいりく)へ転移して、八か月目の五日目。

 ノエラの血統反応が示した白環血統庫ホワイト・ブラッド・アーカイブへ向かうため、レイルたちは三日をかけて装備と食料を整えた。

 そのころ、レイルの王核諸語の単語帳は十三冊目へ入っていた。



 血統庫は、灰色の荒野に突き出した白い半球の地下にある。

 半球の表面には、無数の細い溝が血管のように走り、近づく者の魔力へ合わせて淡く脈打っていた。


 ノアは入口の前で立ち止まる。

 昨夜のことが、意識の端へ残っていた。


 アルドの手。

 それを見たフィアの目。

 今朝からフィアは、アルドの隣ではなく隊列の前方を歩いている。


「今日は番号を近くで言わないのか」


 アルドが尋ねた。


「聞こえる距離です」

「昨日までは隣だった」

「配置変更です」

「俺が何か間違えたか?」

「いいえ」

「なら、なぜ離れる?不自然だ」

「現時点では説明できません。私自身の感情項目が未確認です」

「未確認でも、怒っているかどうかは分かるだろう」

「怒っていると断定するには、対象が不明です」

「対象?」

「その質問は終了します」


 フィアは歩調を速めた。


 (間違えたのはアルドではありません。ノアでもない。では、私は何に腹を立てているのでしょう)


 ノアは二人の会話を聞き、眼鏡を押し上げる。

 説明すべきか迷った。


 しかし、「手を握っただけです」と言えば、なぜ説明する必要があるのか自分で答えられない。


 (再現性のない感情を、報告書へするのは困難です)


 白環血統庫の扉へ、ノエラが掌を当てた。

 赤黒い光が広がる。


【血統照合】

【個体:ノエラ・ヴェイン】

【分類:離反血統】

【入庫拒否】


「離反とは、随分と一方的な分類ですね」


 ノアが表示を睨む。


「妾は保存される側であることを断った。それだけじゃ」

「白環にとっては、自分で生きることが離反なのでしょう」


 ノアが扉へ触れる。


【直系血統:確認】

【濃度不足】

【入庫拒否】


「私の血では開きません」

「妾の血を使えばよい」

「まだ受理していません」

「ならば、別の方法を探そう」


 ノエラは小瓶を押しつけなかった。

 その対応が、かえってノアの胸へ残る。


 レイルとセレネが扉の術式を解析する間、フィアが周辺条件を読み上げた。


「白環魔力、増加。地中に少なくとも八個の移動反応があります」

『八じゃないです。十。二つ、床の真下に隠れてます』


 少女型ニアが、環状の尾を揺らしながら足元へ赤い表示を出す。


 地面が裂けた。


 白い外殻を持つ血統守護端末ブラッド・ガーディアンが十体、地下から飛び出す。頭部には顔がなく、胸へ血液採取用の長い針が収納されていた。


「散開しろっ!」


 ラガンが吠える。


 レイルは【裂息歩法(ブレス・ステップ)】で横へ滑る。足裏の【生体導出端(マナ・ポート)】から短く魔力を噴き、両手を空けたまま射線を外す。


 左手に無詠唱【硬土(ハード・ソイル)】。

 右手に無詠唱【風弾(エア・ショット)】。


 土の壁で採血針を逸らし、風弾で一体の胴を回転させる。


「前より動きが効率的ですね」


 セレネが言った。


「加速じゃない。形成中に立つ場所を変えてるだけだ」

「説明は戦闘後にしてください。右奥、二体追加です!」


 レイルは頷き、昨夜から【未完】にしていた【水縄(アクア・バインド)】を敵の背後で完成させる。


「未完記録、第二番――完成」


 水の縄が三体を絡め取った。


 新規形成二件。

 保持済み一件。


 三つの発動時刻をずらし、制御負荷を分ける。


 のちの、【重層無詠唱レイヤード・サイレント】の原型だった。


『新規二、保持一。三層成功です。ただし右腕の魔力遅延、〇・三秒。また、調子に乗るのはナシですよ!』

「乗ってない」

『顔がちょい嬉しそうなんですよねー』

「ニア、敵を見てろ」

『はいはい。そうやって照れ隠しするの、ニアちゃんには通じませーん!』


 別の守護端末がノアへ飛びかかる。


 ノアは【未結星槍(みけつせいそう)】を形成するが、血統庫の干渉で九十九%の固定位置が崩れた。


 術式が散る。

 眼鏡の奥で赤紫の瞳が濃くなる。


「血素低下。ノア、後退してください!」


 フィアが叫ぶ。


「後退すれば扉の解析が止まります」

「解析より生存を優先してください」

「その評価は正当です。ですが、今は採択できません」


 アルドが一体を斬り倒し、ノアの前へ腕を出した。


「俺のを使え」

「今の貴方から取れば、前衛が減ります」

「八十ミリリットル程度なら動ける」

「必要かどうかを決めるのは、提供する側だけではありません。受け取る私にも選ばせてください」

「なら、何を使う?」


 ノアの視線がノエラへ向く。


 ノエラは、封管の小瓶を掌に載せたまま立っていた。


 近づかない。

 急かさない。

 ノアが選ぶまで待っている。


「妾の意思で与える」

「その言い方は、やはり嫌いです」

「では、どう言えばよい」


 ノアは唇を噛んだ。


「私が飲み終わるまで、ここにいてください」

「その後は?」

「勝手に消えないでください。少なくとも、この施設を出るまでは」

「分かった。おぬしが追い出すまで、ここにおる」


 ノアは小瓶を受け取った。


「ノエラ。血は借ります」

「母とは呼ばぬか」

「今は呼びません」

「今は、か」

「余計な査読をしないでください」


 赤黒い血を飲む。

 ノアの淡い金髪、その内側へ夜紫色が走った。

 首筋と細い腕へ、赤黒い血紋が浮かび上がる。

 瞳が深紅へ染まり、犬歯が僅かに伸びた。


原血励起(オリジン・ブラッド)】!!。


 ノアは迫った守護端末の針を片手でつかんだ。


「動かない」


 声が低く、短くなる。

 守護端末の腕を引き、二メートル近い白い身体を地面へ叩きつける。

 石床が陥没した。


「百二十年以上魔法を研究して、最後に殴るのは納得できません!」

「だが――、効いている」


 アルドが答えた。


「結果だけで理論を評価しないでください!」

「力のことではない」

「では何ですか」

「嫌っていた血を、必要だから使うと自分で決めたことだ」


 ノアは次の守護端末を蹴り飛ばしながら、一瞬だけ言葉を失った。


「……そういう評価は、反論しづらいのでやめてください」

「事実だ」

「戦闘中に感情の査読文を提出しないで!」


 ノエラが別の端末を赤い(つめ)で切り裂く。


「血を飲むと、声まで妾に似るのう」

「その観測結果は却下します」

「却下しても、今の『動かない』は妾そっくりじゃ」

「次に言ったら、貴方から二倍採りますわよ」

「ほれ、その言い方じゃ」

「黙りなさい!!」


 母娘の怒鳴り声が重なり、ガズルが笑った。

 ノアは血統庫の扉へ拳を叩き込む。


 血統認証板が砕け、内部の(じょう)が露出した。


「開きましたね」


 アルドが言う。


「まだ、認証を解除したのではありません。構造を露出させただけです」

「入れるなら同じでは?」

「全く違います!」


 白環血統庫の内部には、透明な管が何千本も並んでいた。

 その多くは空。

 残るものには、種族名ではなく役割名が刻まれている。


【長命記録媒体】

【高出力血統】

【従属可能個体】

【王理候補】


 ノアの顔から、戦闘時の怒りが消えた。


「人を、血統の用途でしか見ていないわね」

「白環は昔からそうじゃ」


 ノエラの声も冷えた。


「妾が逃げた理由の一つじゃ」


 最深部で、オムニア修復用の部品が見つかる。

 第三環の風圧導線。

 光経路用の焦点片(しょうてんへん)

 地質経路の感応石(かんのうせき)

 人格初期化命令を遮る旧式の絶縁片(ぜつえんへん)


 そして帰還ゲートの第二分散座標。

 レイルが座標片へ触れた瞬間、人間圏側でも観測杭が強く明滅した。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 違う場所で――王立結着学院地下。


「二種類です」


 ロッテが波形を分ける。


「一つはレイル君の魔力構造に近い。もう一つは登録記録にありません。強い血統反応と、大規模な身体強化……同行者が増えている可能性があります」

「人数が増えたということかね?」


 学院長が眉をひそめる。


「帰還ゲートは五人分を前提に設計している」

「学院長、ならば、作り直すのじゃ」


 エルシアが即答した。


「容量も費用も倍以上になりますよ、エルシア」

「向こうで誰と出会ったかも分からないのに、こっちの都合で帰す人数を決めてはいかぬ」

「しかし、未登録個体まで受信すれば、敵性存在が混入する危険が――」

「危険照合は必要じゃな。だが、排除することを先に決めるなと言っている」


 ユノが受信陣の外周へ魔力を流す。


「めんど。何人増えていても、レイルたちが一緒に帰ると決めたなら、その人数が帰還者じゃないの?」

「簡単に言うな」

「難しくするのは先生たちの仕事でしょ。もう寝たい......」


 エルシアは一瞬黙り、鼻で笑った。


「言うようになったね、勇者候補」


 カインが石板へ記号を書き足す。


【レイル】

【リィナ】

【セレネ】

【アルド】

【フィア】

【不明一】

【疑似人格】


 ロッテが七本目の受信線を引いた。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 王核大陸側では、原血励起が切れたノアが三歩歩き、膝を折った。


 アルドが背負う。


「アルド! 下ろしなさい。歩けます」

「三歩で倒れた」

「四歩目は成功する可能性がありますから」

「却下だ」

「即座に否定するのは理論的ではありません」

「今は身体の話だ」

「……良い否定です。あぁ。不本意ですが」


 フィアが二人の横へ来る。


「ノア。現在の移動継続は不許可です」

「アルドが運んでいるので、私自身は移動していません」

「言葉の隙間へ入る癖が移っています」

「誰からですか」


 フィアはアルドを見た。

 アルドは首を傾げる。


 ノアは昨夜の掌の温かさを思い出し、少しだけ顔を伏せた。

 後方を歩くノエラは、空になった小瓶をノアが捨てずに持っていることへ気づく。

 何も言わなかった。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 遠く離れた街道では、リィナが四腕族の若い剣士三人へ囲まれていた。


 一本目を受ければ二本目が来る。

 二本目を避ければ、三本目が退路を塞ぐ。


 リィナは反撃しようとして何度も地面へ倒された。


「受けた力を捨てるな」


 ヴァルカが言う。


「相手がお前へ渡した方向だ。腰へ落とせ。足裏へ流せ。止めるだけでは終わる。次の一歩へ返せ」


 リィナは剣圧を腰へ流し、足裏の導出端へ落とす。


 初めて、倒される力が次の踏み込みへ変わった。


 【噴歩・返脚(ふんぽ・へんきゃく)】の原型だった。


【今回の登場人物】


・ノア・エルグラム

 母を許さないまま血を借り、自分の研究と仲間を守る選択として【原血励起】を使用した九十九魔導士。


・ノエラ・ヴェイン

 血を押しつけず、娘が自分で選ぶまで待ち、施設を出るまでそばにいると約束したダンピール。


・アルド・クロイツ

 自分の血を差し出した後もノアの拒否を受け入れ、母の血を使う選択そのものを評価した少年。


・フィア・レコード

 前衛からの採血を止め、感情の整理がつかないままでも任務条件を崩さなかった目録官。


・レイル・アルヴァート

 本物の無詠唱二件と保持済み魔法一件を時間差で重ね、重層戦闘の原型を成立させた少年。


・リィナ・アルセイル

 三人の剣圧を足裏へ流し、受けられた力を次の一歩へ返す感覚をつかんだ剣士。


・エルシア・ヴァント

 未知の同行者を排除せず、帰還ゲートを全員分へ作り直すよう学院へ命じた師匠。


・ロッテ・ベルクマン

 新たな血統反応を第六の同行者候補として検出し、受信線を増設した魔導技師。


【今回の能力・設定メモ】


・原血励起

 ノエラの血によってノアの身体能力を一時的に大幅強化する。精密魔法の制御は落ち、反動も大きい。


・重層無詠唱の原型

 本物の無詠唱、事前形成済み魔法、保持魔法を異なる時刻に発動し、同時発動のように見せるレイルの戦法。


【次回】


 回収した部品を使い、オムニアの応急修復が始まります。


 借りた血も、受けた剣圧も、何へ使うかを選べば次の一歩になります。レビュー、ブックマーク、フォローで、母の血と自分の理論を両立させるノアたちを応援してください。

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