第126話「三つの道を同時に」
一つの正解を選べない時、全てを抱える必要はありません。
選択肢を残す者、切り替える者、実行する者が別でも、同じ場所へ帰れます。
転移から七か月目。
レイルは【裂息歩法】を百歩続けられるようになり、リィナは遠い街道で、百歩のうち九十九歩まで停止線を越えなくなっていた。
その日、小角族集落の地下で魔力洪水が起きた。
地脈から噴き出した濃い魔力が、液体のように水路を逆流する。
触れた術式は、本人の意思に関係なく最大出力へ近づいた。
暖房炉が過熱する。 灯光具が破裂寸前まで明るくなる。
防壁が閉じ、住民を家屋内部へ閉じ込める。
「一つずつ止めていたら間に合いません!」
セレネは集落中央へ三枚の形成札を広げた。
第一案、地脈を一時封鎖。
第二案、集落外へ一方向排出。
第三案、七本の小さな逃がし口へ分流。
以前なら、一つを正解と決めてから形成した。
今回は三案を未完成のまま同時に組む。
【分岐術式設計】。
「フィア。地圧が七を超えたら第一案を破棄してください。住民退避が八割へ届けば第二案へ移行。出口が二本以上塞がった場合は第三案へ切り替えます」
「観測値が欠けた場合はどうしますか? 魔力洪水の中では、三条件を同時に確認できない可能性があります」
「その時は、貴方が決めてください。私の設計値より、現場で見えている危険を最優先して構いません」
「責任を渡すのですか。切り替えが遅れれば、貴方の術式が失敗として残ります」
「責任を押しつけるのではなく、判断を預けます。私が持っていない情報で決めるのは、設計ではなく意地です。必要なら、判断を戻してください」
「受理します。では、私は貴方の正解を守るのではなく、住民が帰れる案を選びます」
「それでお願いしますね」
フィアは三枚の条件札を受け取った。
レイルは崩れかけた足場と、過熱した灯光具を【未完】へ取る。
「第一番、足場崩壊。第二番、灯光具破裂」
すぐ隣で、水路の圧力弁が白く膨らんだ。
未完の三件目として持てる。
胸へ手を伸ばしかけ、止める。
(持てる三件目を持たない方が、四件目へ伸ばすより難しいな)
手を伸ばせば止められる危機を仲間へ任せる。その不安に耐えることも、今のレイルに必要な訓練だった。
「第三番は?」
フィアが尋ねる。
「持たない。アルド、水路の弁を壊せ」
「壊していいのか」
「後で直す。今は人を出すのが先決だ」
「了解した!」
ノアが破断位置へ赤い線を引く。
「そこから右へ6cm。外側へ圧力が逃げます。ずれれば家屋へ直撃します」
「6cmだな」
「4.5cmほどです!」
「今6cmと――」
「訂正しました。聞き返さず私に合わせなさい!」
アルドは正確に剣を打ち込み、弁を外側へ破断させた。
魔力流が空き地へ吹き出す。
レイルは【裂息歩法】で移動しながら、無詠唱【土壁】を低く伸ばし、住民の退路を守る。
右から魔力に汚染された岩甲獣が突っ込んだ。
無詠唱【風弾】で顔を逸らす。
二件保持と二件形成。
以前に行った術式ほど派手ではない。
だが呼吸は切れず、視界も白くならない。
少女型ニアが半実体の指で三本の媒体札を押さえた。
『第一案、地圧上昇。第二案、出口まで十二秒。第三案、二本目が詰まりかけです。フィア、切り替えるなら今です!』
ニアは決めない。位置と数値だけを示す。
フィアが集落の退避状況を見る。
七割四分。
八割には届いていない。
地圧は六と九の間で揺れ、正確な七を読めない。
条件が揃うのを待てば、出口がさらに塞がる。
「第三案へ切り替えます。第一と第二は終了」
セレネが二つの形成を捨てた。
三枚目の術式だけを完成させる。
魔力洪水は七本の細い流れへ分かれ、集落外の地脈溝へ逃げた。
レイルは第一番と第二番を順番に返す。
膝をついたが、意識は失わない。
白い文字が空へ浮かぶ。
【中心対象:出力低下】
【剣士個体不在による戦力不足】
レイルは息を整えながら、文字を見上げた。
「違う。一人分減ったから、全員で埋めただけだ」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
同じ頃、リィナはヴァルカの隊商を護衛していた。
崖道で、小角族の子供が足を滑らせる。
リィナは【瞬駆】で崖下へ追いつき、子供を抱えた。
以前なら、そのまま地面へ転がっていた。
今度は息を残している。
腰を落とし、左足から逆向きへ噴く。
「【噴歩・逆制】!」
停止には成功した。だが左足首へ痛みが走る。
「助けた!」
「子供は無事だ」
ヴァルカが子供を受け取る。
「お前も帰れ」
「それだけ? 少しくらい褒めてよ」
「宿まで自分で歩けたら、その先を話してやる」
「足、痛いんだけど」
「知っている。だから走るな」
翌朝。
リィナは訓練場へ向かおうとし、腫れた足を見た。
いつもの自分なら「動けば治る」と言った。
レイルなら止める。
でも今は、レイルの言葉を借りなくても分かる。
「今日は休む」
「誰に言っている?」
「自分自身!」
ヴァルカは初めて僅かに頷いた。
遠く離れた二つの場所で、レイルとリィナは同じ日に「持たない」「続けない」を選んだ。
互いに、そのことをまだ知らない。
【今回の登場人物】
・レイル・アルヴァート
水路破裂を三件目へ入れず、派手さより最後まで立つ二件運用を選んだ魔法使い。
・セレネ・グランツ
三つの術式案を同時に形成し、正解を自分一人で固定せずフィアへ切替判断を預けた少女。
・フィア・レコード
条件数値が揃わないまま第三案を選び、記録者から現場判断者へ踏み出した目録官。
・アルド・クロイツ
ノアの二寸と一寸半の訂正に振り回されながら、指定箇所を正確に破断した少年。
・ノア・エルグラム
物理破断の位置を指示し、九十九%の魔法だけでなく壊し方でも集落を救った術式研究者。
・ニア
少女型半実体で媒体札を押さえ、決定を代行せず切替に必要な数値だけを示した疑似精霊。
・リィナ・アルセイル
子供を救った後に自力で停止し、翌日は自分から訓練を休むことを選んだ剣士。
・ヴァルカ・ゼイン
救助の成功だけで褒めず、負傷した本人が宿へ戻り翌日を選ぶところまで見届けた剣豪。
【今回の能力・設定メモ】
・【分岐術式設計】
複数の術式案を形成段階で残し、現場条件に合わせて一つだけを完成させるセレネの設計技術。
【次回】
灰環盟約の大評議で、レイルたちを帰す、封じる、利用する三つの主張が衝突します。
三つの道を一人で抱えず、役割を分けたから集落は救われました。レビュー、ブックマーク、フォローで、仲間へ預ける強さを応援していただければ幸いです。




