表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第8章「帰還ゲートは完成しない」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
132/194

第125話「迷わない指示」

 全てが見えてから決めるのでは、間に合わない時があります。

 不明を不明のまま残し、それでも一つを選ぶ責任が必要です。

 王核大陸(おうかくたいりく)へ転移して、六か月半。


 灰橋宿の滞在札は、最初の七日札から数えて六度目の更新を迎えていた。

 その朝、灰環継路組合アッシュ・ロード・ギルドの掲示板へ黒い救助札が貼られた。


鳴霧谷(めいむこく)・測量班二名未帰還】


 鳴霧谷では、霧の中へ音が残る。

 昨日の声が今日の壁から聞こえ、魔物の鳴き声が人の助けを真似る。


 大人数で入れば、互いの声を追って散開する危険がある。

 組合が先遣へ選んだのは、アルドとフィアだった。


「なぜ俺たち二人だ」

「前回の夜番で、指示番号への追従率が百%だったためです」

「戦闘力では?」

「貴方が前衛、私が位置と条件を管理します。相性判定は白環の数字ではなく、組合実績に基づいています」

「なら問題ない」


 ノアが横から口を挟む。


「問題はあります。医療担当なしで負傷者を連れ帰れるのですか」

「谷入口で待機してください。内部の反響を増やす人数は避けます」

「私なら静かに歩けます」

「貴方は議論中の声量が最大です」

「良い指摘ですが、今は腹が立ちます」


 アルドは装備を締める。


「戻る」

「当然です」

「フィアの指示なら迷わないからな」

「その言葉を任務前に言うと、私の失敗条件が増えます」

「信頼していると言っただけだが......」

「……では、重くしすぎないよう受け取ります」


 鳴霧谷の入口で、フィアは道を四つへ番号分けした。


 第一枝路。

 第二枝路。

 第三枝路。

 帰還用の零番路。


「方角は見ないでください。分岐の札と番号だけを追います」

「了解した」


 霧の中へ入ると、すぐに声が聞こえた。


「助けてーっ!」


 右から。

 続けて、左奥から同じ声。


 さらに頭上から、僅かに遅れて響く。


「三つ声が確認できるな」

「行方不明者は二名です。一つ以上は偽物(フェイク)です」

「どれを選ぶ」


 フィアは記録札へ音の間隔を書く。


 第一枝路には足跡がある。

 第二枝路には血痕。

 第三枝路には人の装備片。


 どれも本物らしい。 さらに観測すれば、確度は上がる。

 しかし霧の魔力濃度も上がっている。

 以前のフィアなら、未確認のまま進むことを避けた。


「第二枝路を捨てます。救助対象の声が混じっている可能性はありますが、ここへは入りません」

「根拠を聞かせろ。俺は従うが、何を捨てる判断なのかは知っておきたい」

「不十分です。ただ、第二枝路だけ、こちらの声が返ってきません。入った音を飲み込み、帰還用の反響を返さない構造です。救助できても、私たちまで戻れない可能性が高い」

「間違っている可能性はどうだ?」

「あります。本物の声を捨てる可能性も、偽物を選ぶ可能性も残っています」

「それでも、お前は第二枝路へ入らないと決めたのだろう?」

「はい。正解だからではなく、失敗した時に帰路を残せる方を選びます」

「なら進む。間違っていた場合は、戻って次を選ぶ。ここで止まり続けるよりいい」


 アルドは迷わなかった。

 第三枝路の奥で、測量班を発見する。


 一人は脚を負傷。

 もう一人は、長い腕を持つ猿型魔物に追われていた。


声盗猿(エコー・エイプ)】。


 喉の袋へ人の声を保存し、擬態して別方向から助けを呼ぶ魔物である。


「右、一体。上、二体。後方は空欄です」

「空欄?」

「見えていません。安全とは言っていません」

「分かった。背後も警戒する」


 アルドは盾で右の一体を受け、剣の腹で谷壁へ押しつける。


 頭上から二体が落ちる。


 フィアは石を投げ、落下位置を半歩ずらす。


「第三体、左肩。四秒後!」

「見えた」


 アルドの剣が振り返りざまに魔物の爪を弾く。長く戦闘も行わなかった。

 だが、全ての声が別方向から聞こえる谷で、二人は一度も互いを見失わなかった。


 負傷者を担ぎ、零番路へ戻ろうとした時、谷壁が崩れた。

 予定した帰路が塞がる。


「追加観測に三分必要です」

「負傷者は三分持ちそうか?」

「保証できません」

「なら決めろ」


 フィアは谷壁の薄い箇所を指す。


「新しい出口を作ります。地図にはない道です」

「組合規則ではどうなっていた?」

「緊急時の地形破壊を許可。修復報告必須です」

「了解」


 アルドは剣を両手で握り、岩壁の亀裂へ叩き込む。


 一度。

 二度。

 三度目で外気が入った。


 全員が谷外へ出た時、フィアは初めて深く息を吐いた。


 (間違っていたかもしれない。それでも、待ち続けて失うより、自分で選んで全員を戻した)


 膝が僅かに震えているのは、魔力切れではない。判断を自分のものとして引き受けた反動だった。


「お前の指示だけは、道を失わないな」

「また同じ評価ですね」

「前より確信になった」

「個人的な発言として受け取っても?」

「違いが分からないが――」

「……今は、それで結構です」


 入口で待っていたノアは、負傷者より先にアルドの腕と肩を確認した。


「筋肉損傷あり。魔力消費過多。睡眠不足。フィア、なぜもっと早く戻さなかったのですか」

「予定より十三分早いです」

「十三分しか早くない!」

「救助者二名を連れていました」

「正論です。ですが今日は素直に喜べませんね」

『ノア様、二人で成功したの普通に気にしてません?』

「医療担当として心配しているだけです!」

「声が大きいです」

「フィアは黙っていてください。いえ、今の指摘は正しいです、もっと言ってください」


 組合評価札へ、一瞬だけ白い文字が浮かんだ。


【完遂個体+記録個体】

【適合率:上昇】

【九十九個体:排他反応を確認】


 フィアは最後の一行だけを手で隠した。

 ノアは文字を見なくても、隠されたことには気づく。


「何を隠しました?」

「未確認の感情評価です。本人へ提示する価値がありません」

「私本人の評価では?」

「だからこそです」


 ノアは追及しかけ、やめた。代わりに保存血を取り出す。


「今日はアルドから取らないでおきます。負傷者を助けた者を、帰還直後に弱らせるほど、私は非合理ではありません」

「必要ならいくらでも提供するぞ?」

「簡単に差し出さないでください!!」


 アルドが困った顔でフィアを見る。


「どう答えるべきだ」

「自分で考えてください」

「フィアの指示なら迷わないんだが......」

「この件だけは対象外です」


 灰橋宿へ戻る荷車の中、三人の会話は最後まで結論へ着かなかった。


 ただ、アルドの札から【単独道案内禁止】は消えなかった。


「今回、俺は迷わなかった」

「フィアがいましたね」

「次もフィアがいればいい」

「……その条件なら、訂正候補へ入れます」

【今回の登場人物】


・フィア・レコード

 根拠不足を隠さず第二枝路を捨て、地図にない出口を自分の判断で選んだ目録官。


・アルド・クロイツ

 フィアが選んだ道を疑わず進み、番号指示だけで霧の谷から全員を連れ帰った少年。


・ノア・エルグラム

 二人の成功へ複雑な反応を見せながら、負傷したアルドから血を取らない判断を選んだ九十九魔導士。


・ニア

 少女型のギャル口調でノアの排他反応を即座に見抜き、本人から大声で否定された疑似精霊。


【今回の能力・設定メモ】


・【鳴霧谷(めいむこく)

 過去の声と魔物の模倣音が残響し、方角による判断を狂わせる灰橋宿近郊の谷。


・【声盗猿(エコー・エイプ)

 人の声を喉袋へ保存し、別方向から助けを呼んで獲物を分断する魔物。


【次回】


 小角族集落を襲う魔力洪水で、レイルたちはリィナ不在の新しい連携を作ります。


【読者応援文】


 霧の中でも番号を一つずつ追えば、戻る道は作れます。レビュー、ブックマーク、フォローで、フィアとアルドの迷わない一歩を応援してください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ