第122話「第四番を登録しない」
記録は、起きたことを残すためのものです。
けれど時には、起きてほしくない未来を受理しないために、記録する者が声を上げなければなりません。
転移から五か月と十日あまり。
ディルガ・ザンが北東旧街道を去っても、レイルの心臓は止まったままだった。
「アルドは右肩を固定。フィアは心拍と保持番号を読み上げる。セレネは術式経路だけを見て、感情で触らないでください。ニアは胸部導線を表示。異論は処置後に受けます!」
血素不足と緊張で、ノアは完全に管理する側へ切り替わっていた。
アルドは返事を一度だけし、レイルの身体を板石の中央へ寝かせる。
セレネは震える指を胸元へ向けた。
「第三番の防壁は解体しました。それでも完成圧力が残っています」
「術式への未練が残っているからです。完全に捨ててください」
「分かっています!」
「なら、私を睨む魔力も経路へ回してください!」
普段なら喧嘩になる言い方だった。
今は、セレネも怒りを飲み込む。
自分が作った防壁を、失敗として残したくない気持ちがあった。
けれど、その完成を守ればレイルの胸へ第三番が刺さり続ける。
「……防壁術式、全解体」
セレネは自分の掌へ爪を立て、形成線を切った。
第三番の圧力が僅かに弱まる。
フィアは番号を読み続けた。
「第一番、生命攻撃。敵刃は撤去済みですが、完成圧力は継続。第二番、地盤崩壊。支えをラガンが確保。第三番、防壁過負荷、減衰中。第四番、仮導杖内部破裂、媒体切断中」
ノアが焼けた接続部へ刃を入れる。
「切れない……!」
「俺がやる」
アルドが片手を離そうとする。
「動かないで!」
「だが――」
「貴方が動けば、レイルの肩が落ちます。私は杖を切る。貴方は身体を守る。役割を勝手に交換しないでください!」
アルドは歯を食いしばり、レイルを固定した。
「分かった。続けろ」
ノアは赤縁眼鏡を外し、焦点を仮導杖の一点へ絞った。
魔法で九十九%まで切るのでは間に合わない。
彼女は自分の術式刀を床へ差し込み、焼けた接続口へ両手をかけた。
「ノア、手が焼ける!」
リィナが叫ぶ。
「もう焼けています。追加損傷は後で治します!」
細い腕へ、半吸血種の筋力が浮かぶ。
金属が悲鳴を上げ、仮導杖の接続部が捻じ切れた。
第四番の完成条件が、媒体ごと失われる。
それでもレイルの心臓は動かない。
ニアが胸部経路を表示する。
『四件とも、まだレイルの中に残ってます。意識がなくても、【未完】が手放してません!』
「本人の解除が必要なのですか」
セレネの声が掠れた。
「通常は」
フィアが答える。
「通常ではない方法を探します」
記録札へ目を落とす。
これまでフィアは、起きたことを正確に残す役だった。
事実を捻じ曲げない。
不明を埋めない。
本人の判断を勝手に書き換えない。
だが今、レイル本人は判断できない。
四件保持を成功として残したまま、死へ向かっている。
「レイル・アルヴァート」
フィアは、記録を読む時より強い声で呼んだ。
「第四番は登録しません」
反応はない。
「聞こえていなくても続けます。第四番は、私の目録へ受理しません。第一から第三までを返してください」
ニアが顔を上げる。
『フィア、それ命令ですか?』
「はい。記録ではありません。私の判断です」
「本人の意思に逆らうことになります」
セレネが言った。
「分かっています」
「戻らなかった場合、その判断を貴方が背負うことになります」
「分かっています。それでも、四件保持の成功として死なせません」
フィアの声は震えていた。
それでも、一語も訂正しなかった。
「レイル。貴方は第四番を持てませんでした。失敗です。だから返してください。失敗したまま、生きて戻ってください」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そのころ、レイルは白い空間に立っていた。
足元も空もない。
胸へ四本の針だけが刺さっている。
【四件保持:成功】
【生命停止は許容損失】
【剣士個体救命:達成】
白い文字が、成果を並べる。
その下で、欠けた別の文字が揺れた。
【起きなくてもよい】
【返さなければ、失敗は確定しない】
【四件を持った者として残れる】
甘い言葉だった。
ここで手放せば、四件持てなかったことになる。
ディルガに言われたとおり、仲間の失敗を全て持とうとして倒れたことになる。
(ここで返したら、負けたことが決まる)
十三歳の意地が、胸の針を握らせる。
その時、遠くからフィアの声が届いた。
「第四番は登録しません」
勝手だと思った。
自分の能力なのに。 自分が持ったのに。
けれど同時に、少しだけ安心した。
成功と書いて死ぬ道を、誰かが記録から外してくれた。
「失敗したまま、生きて戻ってください」
レイルは第一の針へ手をかけた。
リィナへ届くはずだった斬撃。
敵刃はもうない。
返す。
第二番。
崩落はラガンが支えている。
返す。
第三番。
セレネが防壁を捨てた。
返す。
第四番は、ノアが媒体を切ったため、完成する場所そのものがない。
胸の針が消えた。
白い空間へ亀裂が入る。
最後に欠けた文字が囁く。
【失敗を認めた】
「そうだ」
レイルは答えた。
「だから、次がある――」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
心臓がどくん、と勢いよく跳ねた。
一度。 間を置いて、二度目。
レイルの胸が大きく上下する。
「ごほっ!」
「心拍再開!」
フィアが叫ぶ。
ノアはすぐにレイルの呼吸と瞳孔を確認する。
「まだ意識は戻りません。搬送します。アルド、今度は動いていいです」
「了解した」
「返事は一度で十分です」
「今ので一度だろ?」
「あ……そうでしたね」
管理口調が僅かに崩れた。緊張が切れかけたのだろう。
それでも、ノアは手を止めない。
灰橋宿へ戻り、診療小屋へ運び込んでからも、レイルは二日間目を覚まさなかった。
その間、リィナはほとんど眠らず、寝台の横へ座っていた。
三日目の朝。
ノアが強制的に食堂へ連れ出した。
「貴方が倒れれば、レイルが目覚めた時に新しい患者が増えます」
「食べられない」
「いつもの三分の一で結構です」
「三分の一でも多いって思ってるでしょ」
「思っていません。通常量の把握は済んでいます」
「それ、余計に恥ずかしい」
フィアが隣へ座る。
「原因を整理します」
「今?」
「今です。リィナが一件だけを背負う状態を止めます」
フィアは記録札を開いた。
「原因は一件ではありません。ディルガの誘導、白環式街道、四極戦団の斥候、レイルの判断、私たちの支援不足があります。貴方一人を原因として閉じる記録は不正確です」
「でも、私が止まれてたら第一番はなかった。レイルが最初に持ったのは、私へ届く剣だった」
「それは事実です。だから、次は貴方が止まれるように修正する必要があります」
「フィア、少しくらい『違う』って言ってよ。今だけでも、私のせいじゃないって」
「嘘で慰めれば、次も同じことが起きます。私は貴方を責めたいのではありません。次に生きて戻るため、事実を貴方から取り上げたくないのです」
「……きついけど、分かった。じゃあ、私が直すところを一緒に数えて」
リィナは拳を握った。
(この剣で敵を斬るつもりだった。なのに今は、レイルの血を思い出すための重りみたいだ)
手放したくなるほど重かった。それでも捨てれば、次に直すべき失敗まで見ないふりになる気がした。
「私が失敗するたび、レイルが終わらないようにしてた」
「はい」
「それを、私の強さだと思ってた。レイルが後ろにいるから、どこまででも行けるって」
「後ろに仲間がいることは弱さではありません」
「でも、戻るところまで任せてた」
アルドが食堂の入口へ立っていた。
「責めても、お前の剣は止まれるようにならない」
「責めてない。私が――」
「自分を責めても同じだ。次にどうするかを決めろ」
言葉は厳しい。
それでも、アルドはレイルの寝台の横へ座る場所を奪わなかった。
リィナは冷めた煮込みを一口食べた。
「次は、自分で止まる」
食事を終えると、診療小屋へ戻った。
眠るレイルの前で、ヴァルカへ言う。
「私を連れていって」
「レイルから逃げるためか?」
「違う。レイルがいなくても、止まれるようになるため!」
「本人が起きてから言え」
「今決めたの」
「決めたことを、本人へ言えないなら逃げだぞ」
ヴァルカは即答しなかった。
「起きても同じことを言えたら、連れていく」
リィナは寝台の横へ戻った。 レイルの手へ触れる。
今度は、助けてもらうためではなく、自分の決断を伝えるために。
【今回の登場人物】
・フィア・レコード
四件保持を成功として死なせないため、初めて記録ではなく自分の命令で第四番を拒絶した目録官。
・レイル・アルヴァート
四件を持った者として残る誘惑より、失敗したまま生きて次へ進むことを選んだ少年。
・ノア・エルグラム
両手を焼きながら仮導杖を捻じ切り、処置中は全員の役割を強い口調で固定した九十九魔導士。
・セレネ・グランツ
自分の防壁を完成させたい未練を切り、レイルの第三番を弱めるため術式を全解体した少女。
・アルド・クロイツ
蘇生中は指示どおりレイルを支え、リィナへは責めるより次を決めろと伝えた少年。
・リィナ・アルセイル
自分の速さがレイルを命綱としていた事実を認め、一人で止まる修行を選んだ剣士。
・ニア
少女型半実体で四件の完成圧力を表示し、フィアの命令をレイルへ届けた疑似精霊。
【今回の能力・設定メモ】
・【未完】の意識外保持
使用者が意識を失っても、強く掴んだ完成圧力が残る場合がある。本人の解除または完成条件の消失が必要。
【次回】
目を覚ましたレイルへ、リィナが「”一人で戻るため”に離れる」と伝えます。
第四番を登録しないというフィアの声が、止まった鼓動を次へつなぎました。レビュー、ブックマーク、フォローで、失敗したまま立ち上がる仲間たちを応援してください。




