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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第8章「帰還ゲートは完成しない」

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第122話「第四番を登録しない」

 記録は、起きたことを残すためのものです。

 けれど時には、起きてほしくない未来を受理しないために、記録する者が声を上げなければなりません。


 転移から五か月と十日あまり。

 ディルガ・ザンが北東旧街道を去っても、レイルの心臓は止まったままだった。


「アルドは右肩を固定。フィアは心拍と保持番号を読み上げる。セレネは術式経路だけを見て、感情で触らないでください。ニアは胸部導線を表示。異論は処置後に受けます!」


 血素不足と緊張で、ノアは完全に管理する側へ切り替わっていた。

 アルドは返事を一度だけし、レイルの身体を板石の中央へ寝かせる。

 セレネは震える指を胸元へ向けた。


「第三番の防壁は解体しました。それでも完成圧力が残っています」

「術式への未練が残っているからです。完全に捨ててください」

「分かっています!」

「なら、私を睨む魔力も経路へ回してください!」


 普段なら喧嘩になる言い方だった。

 今は、セレネも怒りを飲み込む。


 自分が作った防壁を、失敗として残したくない気持ちがあった。

 けれど、その完成を守ればレイルの胸へ第三番が刺さり続ける。


「……防壁術式、全解体」


 セレネは自分の掌へ爪を立て、形成線を切った。

 第三番の圧力が僅かに弱まる。


 フィアは番号を読み続けた。


「第一番、生命攻撃。敵刃は撤去済みですが、完成圧力は継続。第二番、地盤崩壊。支えをラガンが確保。第三番、防壁過負荷、減衰中。第四番、仮導杖内部破裂、媒体切断中」


 ノアが焼けた接続部へ刃を入れる。


「切れない……!」

「俺がやる」


 アルドが片手を離そうとする。


「動かないで!」

「だが――」

「貴方が動けば、レイルの肩が落ちます。私は杖を切る。貴方は身体を守る。役割を勝手に交換しないでください!」


 アルドは歯を食いしばり、レイルを固定した。


「分かった。続けろ」


 ノアは赤縁眼鏡を外し、焦点を仮導杖の一点へ絞った。

 魔法で九十九%まで切るのでは間に合わない。

 彼女は自分の術式刀を床へ差し込み、焼けた接続口へ両手をかけた。


「ノア、手が焼ける!」


 リィナが叫ぶ。


「もう焼けています。追加損傷は後で治します!」


 細い腕へ、半吸血種(ダンピール)の筋力が浮かぶ。

 金属が悲鳴を上げ、仮導杖の接続部が捻じ切れた。

 第四番の完成条件が、媒体ごと失われる。


 それでもレイルの心臓は動かない。

 ニアが胸部経路を表示する。


『四件とも、まだレイルの中に残ってます。意識がなくても、【未完(ノット・コンプ)】が手放してません!』

「本人の解除が必要なのですか」


 セレネの声が掠れた。


「通常は」


 フィアが答える。


「通常ではない方法を探します」


 記録札へ目を落とす。


 これまでフィアは、起きたことを正確に残す役だった。


 事実を捻じ曲げない。

 不明を埋めない。

 本人の判断を勝手に書き換えない。


 だが今、レイル本人は判断できない。

 四件保持を成功として残したまま、死へ向かっている。


「レイル・アルヴァート」


 フィアは、記録を読む時より強い声で呼んだ。


「第四番は登録しません」


 反応はない。


「聞こえていなくても続けます。第四番は、私の目録へ受理しません。第一から第三までを返してください」


 ニアが顔を上げる。


『フィア、それ命令ですか?』

「はい。記録ではありません。私の判断です」

「本人の意思に逆らうことになります」


 セレネが言った。


「分かっています」

「戻らなかった場合、その判断を貴方が背負うことになります」

「分かっています。それでも、四件保持の成功として死なせません」


 フィアの声は震えていた。


 それでも、一語も訂正しなかった。


「レイル。貴方は第四番を持てませんでした。失敗です。だから返してください。失敗したまま、生きて戻ってください」


 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 そのころ、レイルは白い空間に立っていた。


 足元も空もない。


 胸へ四本の針だけが刺さっている。


【四件保持:成功】

【生命停止は許容損失】

【剣士個体救命:達成】


 白い文字が、成果を並べる。

 その下で、欠けた別の文字が揺れた。


【起きなくてもよい】

【返さなければ、失敗は確定しない】

【四件を持った者として残れる】


 甘い言葉だった。

 ここで手放せば、四件持てなかったことになる。


 ディルガに言われたとおり、仲間の失敗を全て持とうとして倒れたことになる。


 (ここで返したら、負けたことが決まる)


 十三歳の意地が、胸の針を握らせる。

 その時、遠くからフィアの声が届いた。


()()()()()()()()()()


 勝手だと思った。


 自分の能力なのに。 自分が持ったのに。

 けれど同時に、少しだけ安心した。

 成功と書いて死ぬ道を、誰かが記録から外してくれた。


「失敗したまま、生きて戻ってください」


 レイルは第一の針へ手をかけた。

 リィナへ届くはずだった斬撃。


 敵刃はもうない。


 返す。


 第二番。


 崩落はラガンが支えている。


 返す。


 第三番。


 セレネが防壁を捨てた。


 返す。


 第四番は、ノアが媒体を切ったため、完成する場所そのものがない。


 胸の針が消えた。


 白い空間へ亀裂が入る。


 最後に欠けた文字が囁く。


【失敗を認めた】


「そうだ」


 レイルは答えた。


「だから、次がある――」


 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 心臓がどくん、と勢いよく跳ねた。


 一度。 間を置いて、二度目。


 レイルの胸が大きく上下する。


「ごほっ!」


「心拍再開!」


 フィアが叫ぶ。


 ノアはすぐにレイルの呼吸と瞳孔を確認する。


「まだ意識は戻りません。搬送します。アルド、今度は動いていいです」

「了解した」

「返事は一度で十分です」

「今ので一度だろ?」

「あ……そうでしたね」


 管理口調が僅かに崩れた。緊張が切れかけたのだろう。


 それでも、ノアは手を止めない。

 灰橋宿へ戻り、診療小屋へ運び込んでからも、レイルは二日間目を覚まさなかった。


 その間、リィナはほとんど眠らず、寝台の横へ座っていた。


 三日目の朝。


 ノアが強制的に食堂へ連れ出した。


「貴方が倒れれば、レイルが目覚めた時に新しい患者が増えます」

「食べられない」

「いつもの三分の一で結構です」

「三分の一でも多いって思ってるでしょ」

「思っていません。通常量の把握は済んでいます」

「それ、余計に恥ずかしい」


 フィアが隣へ座る。


「原因を整理します」

「今?」

「今です。リィナが一件だけを背負う状態を止めます」


 フィアは記録札を開いた。


「原因は一件ではありません。ディルガの誘導、白環式街道、四極戦団の斥候、レイルの判断、私たちの支援不足があります。貴方一人を原因として閉じる記録は不正確です」

「でも、私が止まれてたら第一番はなかった。レイルが最初に持ったのは、私へ届く剣だった」

「それは事実です。だから、次は貴方が止まれるように修正する必要があります」

「フィア、少しくらい『違う』って言ってよ。今だけでも、私のせいじゃないって」

「嘘で慰めれば、次も同じことが起きます。私は貴方を責めたいのではありません。次に生きて戻るため、事実を貴方から取り上げたくないのです」

「……きついけど、分かった。じゃあ、私が直すところを一緒に数えて」


 リィナは拳を握った。


 (この剣で敵を斬るつもりだった。なのに今は、レイルの血を思い出すための重りみたいだ)


 手放したくなるほど重かった。それでも捨てれば、次に直すべき失敗まで見ないふりになる気がした。


「私が失敗するたび、レイルが終わらないようにしてた」

「はい」

「それを、私の強さだと思ってた。レイルが後ろにいるから、どこまででも行けるって」

「後ろに仲間がいることは弱さではありません」

「でも、戻るところまで任せてた」


 アルドが食堂の入口へ立っていた。


「責めても、お前の剣は止まれるようにならない」

「責めてない。私が――」

「自分を責めても同じだ。次にどうするかを決めろ」


 言葉は厳しい。

 それでも、アルドはレイルの寝台の横へ座る場所を奪わなかった。


 リィナは冷めた煮込みを一口食べた。


「次は、自分で止まる」


 食事を終えると、診療小屋へ戻った。

 眠るレイルの前で、ヴァルカへ言う。


「私を連れていって」

「レイルから逃げるためか?」

「違う。レイルがいなくても、止まれるようになるため!」

「本人が起きてから言え」

「今決めたの」

「決めたことを、本人へ言えないなら逃げだぞ」


 ヴァルカは即答しなかった。


「起きても同じことを言えたら、連れていく」


 リィナは寝台の横へ戻った。 レイルの手へ触れる。

 今度は、助けてもらうためではなく、自分の決断を伝えるために。


【今回の登場人物】


・フィア・レコード

 四件保持を成功として死なせないため、初めて記録ではなく自分の命令で第四番を拒絶した目録官。


・レイル・アルヴァート

 四件を持った者として残る誘惑より、失敗したまま生きて次へ進むことを選んだ少年。


・ノア・エルグラム

 両手を焼きながら仮導杖を捻じ切り、処置中は全員の役割を強い口調で固定した九十九魔導士。


・セレネ・グランツ

 自分の防壁を完成させたい未練を切り、レイルの第三番を弱めるため術式を全解体した少女。


・アルド・クロイツ

 蘇生中は指示どおりレイルを支え、リィナへは責めるより次を決めろと伝えた少年。


・リィナ・アルセイル

 自分の速さがレイルを命綱としていた事実を認め、一人で止まる修行を選んだ剣士。


・ニア

 少女型半実体で四件の完成圧力を表示し、フィアの命令をレイルへ届けた疑似精霊。


【今回の能力・設定メモ】


・【未完】の意識外保持

 使用者が意識を失っても、強く掴んだ完成圧力が残る場合がある。本人の解除または完成条件の消失が必要。


【次回】


 目を覚ましたレイルへ、リィナが「”一人で戻るため”に離れる」と伝えます。


 第四番を登録しないというフィアの声が、止まった鼓動を次へつなぎました。レビュー、ブックマーク、フォローで、失敗したまま立ち上がる仲間たちを応援してください。


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