第121話「命綱の先で暴れるな」
力が伸びた時、自分の限界も同じだけ伸びたと思い込むことがあります。
けれど、持てるものが増えることと、抱えてよいものが増えることは別です。
王核大陸へ転移して、五か月と十日あまり。
レイルは朝の無詠唱訓練を百日以上続けていた。
だからこそ、その日、自分が以前より多くを抱えられると信じてしまった。
北東旧街道は、白い岩盤の間を一本の線のように延びていた。
道幅は三人が並べるほど。左右は深い谷。
地面には古い転移術式の溝が走り、一定の速度で進む者へだけ足場を広げる。
立ち止まれば道が狭まり、後退すれば白い板石が谷へ落ちる。
「前へ進むことを強制する道か」
セレネが術式溝を見下ろした。
「白環らしい設計です。検討時間を取るほど、退路が減ります」
「完全に止まるな。三歩ごとに短く進め」
ラガンが先頭で指示する。
「レイル、【裂息歩法】を使え。手を空けたまま位置をずらせ」
「分かってる」
「分かっている奴は、足元を見ながら記録帳を開かない」
「歩数と道幅の変化を――」
「ニアへ読ませろ」
『はい、ニアちゃんが代わりに記録しまーす。レイルは前見てください。前回、壁に負けた記録も残ってますからね』
レイルは不満を飲み込み、記録帳を閉じた。
旧街道の中ほどまで進んだ時、前方の白い岩柱の上へ四つの影が立った。
中央の男は、二メートルを大きく超える巨躯であった。鈍い青灰色の皮膚。
額から後方へ曲がる二本の角。
四本の腕の上側には長剣、下側には短い受け剣。
左下腕だけは、白い金属で作られた義手だった。
右目の周囲へ埋め込まれた白環観測片が、レイルたちの魔力へ細い線を伸ばしている。
「は――、敗者を拾う虎が、人間の子供を連れているとはな」
男が低く言った。ラガンの喉から獣人らしい唸りが漏れる。
「ガルヴァドの犬ごときが、白環の目を顔へ埋めている方が笑えるぞ」
「使える物を使っているだけだ」
「使う物と使われる物の区別もつかなくなったか、ディルガよ」
名前を呼ばれた男は、僅かに笑った。
【四返剣将ディルガ・ザン】。
四極魔王ガルヴァド直属の腹心であり、四極戦団第一先遣隊長。
「ラガン・ティグリス。お前は相変わらず、戻れぬ者へ手を伸ばしているらしい」
「お前は相変わらず、戻れた奴だけを正しいと思っている」
「戻れぬ者が戦場に残れば、次の兵まで死ぬ。ガルヴァド様は壊れた者を捨てない。使える形へ組み直す」
「本人の意思を聞かずにな」
「意思で傷は塞がらん」
ディルガの白環義手が、岩柱の足元に置かれた結晶へ触れた。
灰色と青の光が内部で脈動している。
帰還ゲートへ必要な分散座標部品だった。
「それを返せ!」
レイルが言う。
「お前たちの物か?」
「俺たちが人間圏へ帰るために必要だ」
「なら奪ってみろ。ガルヴァド様も、人間圏へ渡る経路には関心を持っておられる」
「戦団の物にする気か」
「道を作った者が使用権を持つ。当然だろう」
「通る者の行き先まで決める権利はない!」
「力なき者が権利を語る時、代わりに誰かが血を払うのだ」
ディルガの右目が、リィナへ向いた。
「貴様、速い剣士だな」
「まだ何もしてない」
「痕跡を見た。街道の杭、土壁の傷、逆噴射の焦げ。だが、お前の停止位置は隣の少年が決めている」
「勝手なこと言わないで」
「なら証明しろ。一人で踏み込み、一人で戻るのだ」
リィナの足裏へ魔力が集まりかける。
「誘いに乗るな」
ラガンが短く止めた。
リィナは歯を食いしばり、魔力を散らす。
「分かってる。挑発で先に行かない」
「良い判断だ」
ディルガは四本の剣を抜いた。
「判断は記録した。では、戦場で続けられるか試す」
左右の岩陰から、四極戦団の斥候が六体現れた。
角を持つ二腕種、四腕種、獣人種。
全員が腕や脚のどこかへ白環遺物を装着している。
「セレネ、防壁二案。フィア、敵を番号化。アルドは後衛前。ノアは座標部品の解析。リィナ、ラガンと前線」
レイルが指示を出す。
「私は?」
ミュラが尋ねる。
「地脈を見てくれ。道が消える場所を先に教えて」
「分かった」
最初の斥候が右壁から飛び込んだ。
レイルはラガン直伝の【裂息歩法】で半歩左へ滑り、左掌へ無詠唱【硬土】を形成する。
足元の板石が持ち上がり、斥候の槍を外へ弾く。 右掌には無詠唱【風弾】。
そのまま、圧縮空気をディルガの右上腕へ撃つ。
ディルガは一本目の長剣で受け、二本目の短剣で風の向きを上へ流した。
その背後へ、レイルが前夜に形成した【水縄】が完成する。
「【未完記録・第一番】――完成!」
水縄が四本の腕へ絡む。
同時にセレネが形成した【閃光】の完成時刻をレイルへ預けた。
「今です!」
「第二番――完成!」
白い光がディルガの顔前で弾ける。
四つの現象が、ほとんど無詠唱で重なったように見えた。
『新規二件、保持一件、共同形成一件です! 四重無詠唱ではありません。でも見た目は普通にヤバいです!』
水縄がディルガの腕を締める。レイルは手応えを感じた。
百日間の訓練は、確かに戦場で形になっている。
だがディルガは笑った。
「順番も記録どおりだ」
四本の腕が別々に動く。
上右腕が水縄の力を受ける。
上左腕がその力を外へ流す。
下右腕が足元の術式溝を切る。
下左の白環義手が、閃光の残光からレイルの位置を逆算する。
【四返陣】。
「リィナ、来るな!」
レイルが叫ぶより先に、ディルガがラガンの長刀を受け流した。
その一瞬だけ、四返陣の正面が開く。
リィナは機会を見た。
(止まる。今度こそ、自分で止まって戻る。レイルに持たせない)
その決意が強いほど、ディルガに用意された停止位置へ正面から入っていることには気づけなかった。
息を三段階に分け、足裏へ流す。
「【噴歩・瞬駆】!」
赤栗色の軌跡が街道を走り、初太刀をディルガの首へ振り抜く。
一本目の長剣が受けた。
二本目の短剣が、リィナの刃を外側へ流す。
リィナは【逆制】へ入る。
だが三本目の剣が、逆噴射で止まる位置へ置かれていた。
止まれば刃へ飛び込む。その、一瞬の迷い。
リィナは停止を捨て、さらに前へ踏み込んだ。
「だから止まれぬのだ」
ディルガの四本目が、リィナの首へ返る。同時に、四極戦団の斥候が動いた。
一体が足場の転移溝を切断。
一体がセレネの防壁へ過剰魔力を注入。
一体が【灰環仮導杖】の排圧口へ白環封鎖具を打ち込む。
危機が四つ、同時に完成へ向かった。
第一番。
リィナの首へ届く斬撃。
第二番。
一行の足元で完成する街道崩落。
第三番。
セレネの防壁へ流れ込む過剰魔力。
第四番。
仮導杖内部で行き場を失う魔力爆発。
レイルは第一番を掴んだ。
「【未完記録・第一番】!」
刃がリィナの首一寸手前で止まる。
第二番。
「第二番!」
崩れかけた板石が、落下直前で軋む。
第三番。
「第三番!」
セレネの防壁が白く膨らんだまま、破裂を保留する。
三つ。
胸の奥へ異なる完成圧力が刺さり、視界が揺れた。
『三件です! ここから先は危険域! レイル、第四番は持たないで!』
仮導杖が高い音を立てる。
ノアが叫ぶ。
「排圧口が閉じています! このままでは後衛ごと吹き飛びます!」
レイルは第四番へ手を伸ばした。
ディルガが、まるでそれを待っていたように言う。
「やはり、お前が持つのか」
「黙れ」
「剣士の失敗も、設計者の過負荷も、壊れた杖も。仲間は便利だな。全てお前へ渡せる」
「違う」
「なら、持つな」
怒りが判断を押した。
こいつに仲間を部品だと思わせたくない。
自分なら四件持てると証明したい。
「【未完記録――第四番】だあああああっ!」
その瞬間、世界から音が消えた。
心臓が一度、強く跳ねる。
次の鼓動が来ない。
レイルの身体から力が抜けた。
保持された四つの完成圧力だけが、胸の中へ残る。
「レイルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
リィナの叫びが遠い。
アルドがリィナの腰を掴み、ディルガの刃から引き戻す。
ラガンは崩れかけた道からミュラを抱えて跳ぶ。
セレネは自分の防壁を残そうとして、レイルの顔を見た。
青ざめた唇。
焦点の合わない瞳。
「防壁を捨てます!」
形成を自分から解体する。第三番の完成条件が弱まる。
ノアは仮導杖へ飛びつき、接続線を素手で引きちぎった。
「熱っ……!」
「ノア!」
「杖を切ります。アルド、レイルを倒さないで!」
アルドはレイルの身体を抱え、狭い板石へ膝をついた。
フィアだけが震える手で番号を読み上げる。
「第一番、生命攻撃。第二番、地盤崩壊。第三番、防壁過負荷。第四番、導杖破裂。レイル、聞こえますか。返答してください」
返事はない。
リィナがレイルの胸へ手を当てる。
鼓動がない。
「う、嘘でしょ......?!」
「リィナ! 離れてください」
「まだ動く。レイルは、こういう時、何か考えて――」
「離れて!!」
ノアの声が鋭く響く。
ディルガは追撃しなかった。
白環観測片が、倒れたレイルの状態を読み取る。
「四件目で生命停止。現段階では搬送価値なし、だな」
ラガンが長刀を振り上げる。
「殺さないのか」
「ガルヴァド様は使える者を求めている。壊し切れば観測の意味がない」
「こいつらは物じゃない」
「なら次は、自分たちで立ってみせろ」
ディルガは分散座標部品の一部を義手へ収めた。
「敗北は記録した。次は同じ受け方をしない」
四極戦団は街道の向こうへ退く。
その背中を追う余裕は誰にもなかった。
レイルの身体の上へ、白い文字が浮かぶ。
【依存関係:証明完了】
【剣士個体分離処理を推奨】
【中心対象:矯正可能】
リィナは剣を振り上げ、文字を斬った。刃は光をすり抜ける。
「私のせいで……」
最後まで言葉にならない。
ニアがレイルの胸元へ両手を押し当てた。
少女型の腕が半実体化し、胸部の魔力経路を青い線で表示する。
『まだ終わってません。心停止から十七秒。ノア様、セレネ様、フィア、アルド――レイルを取り戻します!』
誰も返事を迷わなかった。
【今回の登場人物】
・レイル・アルヴァート
百日以上の訓練で四層戦闘を成立させながら、四件目を持てるという意地で心停止した少年。
・リィナ・アルセイル
【瞬駆】の初太刀を読まれ、止まる位置まで封じられた末にレイルへ失敗を預けてしまった剣士。
・ディルガ・ザン
レイルたちの戦闘痕と報告を事前に調べ、仲間関係の弱点まで戦術へ組み込んだ四返剣将。
・ラガン・ティグリス
過去を知る敵将へ怒りを向けながら、追撃より仲間の救助を選んだ虎獣人。
・セレネ・グランツ
自分の防壁を完成させることより、レイルへ残る負担を減らすため術式を捨てた少女。
・フィア・レコード
恐怖の中でも四件の危機へ番号を振り、蘇生へ必要な現在地を読み続けた目録官。
・ノア・エルグラム
仮導杖を物理的に切断し、完成寸前の爆発から後衛を守った九十九魔導士。
・アルド・クロイツ
リィナとレイルの双方を同時に引き戻し、倒れた仲間を足場から落とさなかった完遂の少年。
・ニア
少女型半実体で胸部経路を表示し、心停止後も「まだ終わっていない」と全員を蘇生へ動かした疑似精霊。
【今回の能力・設定メモ】
・【四返剣将ディルガ・ザン】
四極魔王ガルヴァド直属の腹心。四本の剣で攻撃、受け、停止封鎖、反撃を分担する。
・レイルの【未完】
二件は安定。三件は短時間の危険運用。四件目は現時点で生命維持を損なうため、習得扱いにしない。
【章中間・現在ステータス】
【レイル・アルヴァート】
年齢:十三歳
所属・立場:王立結着学院二年次相当/灰環継路組合・客員冒険者
冒険者資格:王核大陸・客員継路札
魔法認定:基礎六現象・無詠唱安定化中/初級風圧・光・土・水
戦技:【裂息制動】【裂息歩法】訓練中
固有律:【未完】
保持状態:二件安定、三件短時間、四件目で心停止
装備:【灰環仮導杖】再破損
現在状態:心停止、蘇生処置中
【リィナ・アルセイル】
年齢:十三歳
所属・立場:灰環継路組合・客員冒険者/前衛剣士
剣術:中級上位相当、【無終剣・継歩】
戦技:【裂息駆動】【噴歩・瞬駆】習得、【噴歩・逆制】訓練中
現在課題:突入後の停止、失敗をレイルへ預けない戦い方
【セレネ・グランツ】
年齢:十三歳
所属・立場:灰環継路組合・客員冒険者/術式設計
魔法認定:初級複数、三術式形成維持
現在課題:形成済み術式を捨て、別案へ切り替える判断
【フィア・レコード】
年齢:十三歳
所属・立場:灰環継路組合・客員冒険者/目録官
技能:危険番号化、未確認欄、条件記録
現在課題:記録を超えて中止と切替を自分で命じること
【アルド・クロイツ】
年齢:十三歳
所属・立場:灰環継路組合・客員冒険者/前衛・護衛
固有律:【完遂】
現在状態:軽傷
制限:【単独道案内禁止】継続
【ノア・エルグラム】
実年齢:百三十歳以上
所属・立場:灰環継路組合・客員研究協力者
二つ名:【九十九魔導士】
能力:大規模術式九十九%形成、魔導具応急修理、血素補給術式
現在状態:両手に軽度熱傷
【ニア】
形態:少女型主表示/猫型省魔力/犬型探索
解放状態:少女型半実体・短時間
制限:独自魔法発動不可、判断代行不可、無断吸引不可
現在状態:蘇生補助表示を継続中
【次回】
フィアが初めて、レイルの固有律へ「第四番は登録しない」と命令します。
四件目を持ったレイルの鼓動が止まっても、物語まで止まったわけではありません。レビュー、ブックマーク、フォローで、仲間たちの蘇生処置を一緒に見届けてください。




