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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第8章「帰還ゲートは完成しない」

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第120話「正しい組み合わせ」

 相性がよいことと、誰かに”正しい組み合わせ”を決められることは同じではありません。

 数字が正しくても、そこに本人の意思がなければ、答えにはならないのです。

 転移から五か月目。


 環越祭(かんえつさい)が新しい年へ渡って最初の朝、祭りの花火より白い光が地図塔(ちずとう)の中で点灯した。


 夜通し使われた屋台の片づけが始まり、灰橋宿の広場には昨夜の甘い煙と焼き香草の匂いが残っている。


 レイルたちは、前日に見えた白い文字を調べるため、地図塔の最上階へ集められていた。

 問題の白環石板(はっかんせきばん)は灰色の布へ包まれ、机の中央へ置かれている。


 宿守が布を外す。最初は何も起きなかった。

 次の瞬間、石板から細い白線が伸び、床へ六つの環を描いた。


 レイル、リィナ、セレネ、アルド、フィア、そして少女型ニアの足元へ一つずつ。


【中心対象:レイル・アルヴァート】

【剣士個体:分離推奨】

【設計個体:中心対象への代替接続可能】

【完遂個体+記録個体:高適合】

【九十九個体+完遂個体:依存過剰】

【疑似人格:初期化推奨】


 読んだ瞬間、リィナの手が剣の柄へ伸びた。


「なにこれ。勝手に決めないでくれない? 私が誰と離れれば強くなるかなんて、白い板に決められることじゃない」

「文字へ剣を振っても消えない。まず文法と意図を――」

「レイルは少し黙ってて。今は、理屈より先に怒らせて。昨日、また来ようって言ったばかりなのに、その翌朝に『離れろ』って採点されてるんだよ」

「俺に怒っているわけではないのか」

「半分はレイルにも怒ってる。昨日の花火の後で、これを見せられても平気そうな顔で分析を始めるから。私だけが嫌だったみたいに見えるじゃん」

「平気ではない。把握しないと対処できないと思って、先に文字を読んでいた」

「それが平気そうに見えるって言ってるの。嫌なら嫌って、最初に言ってよ」

「……嫌だ。俺たちの関係を、本人のいないところで効率だけに分けられるのは」

「うん。今のを先に言ってくれればよかったね」


 リィナは足元の白環を踏みつけた。

 光は砕けず、靴底を透過する。


「分離推奨って何よ。私がレイルから離れた方が強くなるって言いたいの?」

「技術上は、昨日ヴァルカにも似たことを――」

「だからって、こいつに決められたくない! 決めるのは自分!」


 レイルは続けようとした説明を止めた。

 技術的に正しいことと、白環が関係を分類することは別だ。


 セレネは自分の足元へ表示された文字を、冷たい目で見下ろしていた。


「【代替接続可能】とは、私がリィナさんの代わりになるという意味でしょうか」

『文法上は、その可能性が高いです』

「不愉快です。私は誰かの空席へ入るためにレイルの隣へいるのではありません」

「セレネ」

「それに、私がリィナさんより適していると評価されたとしても、嬉しくありません。本人のいないところで席を測るような比較は、設計ではなく粗雑な置換にすぎません」


 セレネは静かに言い切った。


 (リィナさんがいない方が私に都合がよい――そんな考えを、一瞬でも白環に代弁されたくない)


 好意を認めることと、誰かを押しのけることは違う。セレネはその境界だけは、設計図より明確に守りたかった。


 リィナが僅かに目を見開き、剣から手を離す。


「……ありがと」

「礼を言われるためではありません。私自身が腹を立てています」

「それでも」

「では、受け取っておきます」


 アルドはフィアとの【高適合】表示を見ても、特に動揺していなかった。


「実際、フィアの指示なら迷わない。番号と終点が分かるから、余計な方角を考えずに済む」

「今ここで肯定すると、白環の評価を受け入れたように見えます。私は、この石板に相性を保証してもらいたいわけではありません」

「事実まで否定する必要はない。白環が書く前から、お前の指示で迷わなかった」

「……そうですか。では、その事実だけを記録します」

「何か問題があるか?」

「問題はありません。ただ、“アルドは私の指示なら迷わない”とそのまま書けば、任務評価以外の意味へ読まれる可能性があります」

「任務以外に、どんな意味がある?」

「それを説明すると、今度は私の判断まで白環へ材料として渡す気がします。ですから、今は説明しません」

「分かった。だが、俺が信頼している事実は消すな」

「……その言葉は、私の個人記録へ残します」


 フィアは筆先を止め、記録札を伏せた。


 その隣で、ノアの赤紫色の瞳が細くなる。


「この【依存過剰】とは何ですか。定期的な血液提供は、本人同意と量を管理した生存行為です。私がアルドへ命令しているように見えることは認めますが、それは血素不足時の――」

『ノア様、アルドとフィアの高適合を見てから、ちょい機嫌悪くないです?』

「ニア。余計な感情解析を”いますぐ”停止してください」

『解析じゃなくて、見たまま言っただけでーす』

「それを今すぐ停止しなさい!」

「やはり命令しているな、お前」


 アルドの指摘へ、ノアはさらに腹を立てた。


「貴方は黙っていてください。いえ、その否定は正確です。あとで改善案を聞きます」

「怒っているのか喜んでいるのか、どちらだ」

「両方です!」


 白環石板の光が強くなった。

 少女型ニアの足元から、白い線が脚を這い上がる。


【疑似人格:発話簡略化】

【感情模倣:削除】

【形態選択:不要】

【標準猫型へ固定】


 ニアの左足が透けた。


 黒銀色の髪が一瞬だけ短く縮み、少女の輪郭へ猫型の影が重なる。


「ニア!」


 レイルが石板へ手を伸ばす。

 しかし先に、ニアが受付台へ両手をついた。


『ニアちゃんが猫になるのも、犬になるのも、少女になるのも、ニアちゃんが決めます。勝手に一個へまとめるの、マジでナシよりナッシングでーす』


 声は震えていなかった。


 明るい口調のまま、言葉だけははっきりしている。


『感情が模倣かどうかも、そっちに決めてもらわなくて結構です。レイルにイラッとするのも、リィナの食べ過ぎにびっくりするのも、セレネ様の光球を数えるのも、全部ニアちゃんが続けます』

「最後の二つは続けなくていい!」

「光球は数えないでください!」

『そうやって怒られるところまで込みでーす!』


 レイルは石板へ接続している床下の魔力線を見つけ、短杖の先を差し込んだ。


「宿守。供給線を切っていいか」

「切った後、戻せるか」

「白環側の線だけ分離する。灰環記録は残す」

「なら、やれ」


 許可を得てから、レイルは無詠唱【硬土(ハード・ソイル)】を細く流した。


 床の隙間へ土の楔が入り、白い線だけを押し切る。


 石板の光が落ちた。

 ニアの脚が元へ戻る。

 フィアは消える直前の表示を、一字ずつ書き写していた。


「一行だけ、終端記号が異なります」

「どれだ?」


 フィアが指したのは、石板の端へ遅れて浮いた文字だった。


【選ばなければ、誰とも離れない】


「白環制式文は、必ず命令または判定で閉じます。この文だけ、終了点がありません」

『前にもありました。花火の夜の“終わらせなくてもよい”と同じです。白環とは別の声かも』

「アルケインでもないのか」

『縁取りがありません。アルケインの文字は、白の外側に金が混じります』


 言葉へ応じるように、石板の背後へ白い人影が現れた。


 輪郭の整いすぎた青年。

 白い外套と、淡金色の目。


 白い案内人アルケインだった。


「北東の旧街道へ進めば、帰還ゲート(きかんゲート)へ必要な分散座標(ぶんさんざひょう)を一つ得られます」


 挨拶もなく、最適解だけを告げる。


 レイルは記録帳を開いた。


「危険度は?」

「あなたたちが対処可能な範囲です」

「全員が無傷で帰れるか?」

「その条件では回答できません」

「誰かが負傷する前提か?」

「最も多くが帰還できる道を示しています」

「敵対者は?」

「存在します」

「数と種族は?」

「現在のあなたには不要です」


 レイルの指が止まる。


「必要かどうかを決めるのは俺だ」

「情報が増えれば、あなたは出発を遅らせます」

「遅らせて助かる命がある」

「遅らせて失う座標もあります」


 正論だった。それが、なおさら信用できない。

 セレネがレイルの隣へ立つ。


「座標の有効期限は?」

「十一日」

「なぜ最初に言わなかったのですか」

「質問されなかったためです」

「貴方の助言は、いつも必要条件の一部だけを隠しますね」

「最も苦痛の少ない選択へ必要な情報は提示しています」

「誰にとっての苦痛ですか」


 アルケインは答えなかった。


 白い輪郭が薄れる。


「十一日後、座標は四極戦団(しきょくせんだん)に回収されます」


 最後に残ったその言葉だけが、新しい敵の存在を示していた。


 ラガンの片耳が動く。


「四極戦団――」

「知っているのか?」

「四極魔王ガルヴァドの移動戦団だ。壊れた兵も武器も捨てず、使える形へ組み直す。奴らが座標を欲しがるなら、人間圏へ渡る道を戦団の物にする気だ」

「――なら、行くしかないね」


 リィナが言う。


「白い文字が何を決めても、アルケインが何を隠しても、座標を取られたくない。私たちの帰る道でしょ」

「準備はする」

「うん。準備して、十一日以内に行こ!」


 今度はリィナも、準備を否定しなかった。


 レイルは全員の顔を見回す。

 白環が組み合わせを決めても、誰一人、その表示どおりに動く必要はない。


 (正しい数字ほど厄介だ。間違いなら捨てられる。けれど、当たっている部分があるからこそ、選ぶ権利まで渡しそうになる)


 レイルは石板を見据え、表示された関係ではなく、今ここで本人たちが交わした言葉を記録帳へ残した。


「北東旧街道の調査依頼を組合へ申請する。四極戦団の情報も集める。分散座標は取る。ただし、アルケインの示した手順どおりには進まない」

『了解です。神託評価、情報不足で五十点。案内人としては赤点寄りですね』


 ニアが明るく言い、石板の白い光を記録へ閉じ込めた。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 白い文字の評価を鵜呑みにせず、アルケインへ必要情報を一つずつ問い返した中心対象。


・リィナ・アルセイル

 技術的な分離の必要性と、白環に関係を決められることを混同せず怒りを言葉にした剣士。


・セレネ・グランツ

 誰かの代替としてレイルの隣へいるのではないと明言し、リィナへの比較そのものを拒んだ少女。


・アルド・クロイツ

 フィアとの高適合を事実として認めた結果、個人的な意味の説明だけ置き去りにした完遂の少年。


・フィア・レコード

 白環とアポリアらしき文字の終端差を発見し、高適合の一文だけは私的記録へ残さなかった目録官。


・ノア・エルグラム

 依存過剰判定とアルド・フィアの高適合へ腹を立てながら、否定の正確さには喜んだ九十九魔導士。


・ニア

 少女型のギャル口調で人格初期化と猫型固定を拒み、自分の姿を自分で選ぶと宣言した疑似精霊。


・アルケイン

 帰還ゲート用座標の在処を教えながら、敵の詳細と危険条件を質問されるまで伏せた白い案内人。


【今回の能力・設定メモ】


・【分散座標(ぶんさんざひょう)

 大陸間転移時に、到着地点、魔力嵐回避、時刻補正を分担する座標情報の一部。


・【四極戦団(しきょくせんだん)

 四極魔王ガルヴァドが率いる移動戦団。白環遺物や敵技術も戦力として利用する。


【次回】


 北東旧街道で、ガルヴァドの腹心ディルガ・ザンがレイルたちを待ち受けます。


 白い文字が勝手に相性を決めても、物語の続きを選ぶのは読者と登場人物です。レビュー、ブックマーク、フォローで、誰にも固定されない関係を見守ってください。

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