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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第8章「帰還ゲートは完成しない」

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幕間「届かなかった転移ゲート」

 同じ月が見えても、同じ場所へ行けるとは限りません。

 向こうで帰り道を探す者がいる時、こちら側も手を伸ばし続けています。

 王核大陸(おうかくたいりく)で環越祭が終わった頃。


 人間圏、王立結着学院おうりつけっちゃくがくいん地下の旧転移実験区画では、七本の魔導柱が低く唸っていた。


 床一面へ描かれたのは、学院式の転移陣ではない。


 過去に断航海域(だんこうかいいき)を越えた調査船の座標、白環旧塔から回収した文法、王核側から一度だけ返った微弱な魔力反射。それらを繋ぎ合わせた、仮設の【大陸間転移ゲートたいりくかんてんいゲート】だった。


 ゲート前には、A級、S級の冒険者パーティが三組。


 勇者候補ユノ・アステルと、無言の剣士カイン・ヴェルド。

 魔導工学科のロッテ・ベルクマン。


 学院長、教会監査役(きょうかいかんさやく)クラリス・オルビス、リオン・ゴルディス、そしてエルシア・ヴァントが並んでいる。

 クラリスは、送環式事故を調査し、レイルを学院の監督下へ置くよう推薦した【完成聖女候補】でもあった。


「最終確認」


 ロッテが工具を握ったまま言った。


「接続時間は最大九秒。向こう側の地面が確認できても、全員で飛び込まない。先遣は二人。命綱は三系統。戻れない兆候が一つでも出たら、私がゲートを壊す」

「壊す前提なのか?」


 S級冒険者の男が尋ねる。


「安全に壊れる場所は決めた。壊れないと思って作った道具ほど、壊れた時に人を殺す」

「先遣は私とカイン」


 ユノが欠伸(あくび)を噛み殺し、杖を肩へ乗せた。


「はぁ、だる……って言いたいけど、今回は言ってる場合じゃないもんね。向こうに着いたら学院生を探す。戦闘より生存確認。見つけても、帰還ゲートの座標が安定するまでは勝手に連れて帰らない」


 カインが石板へ書く。


【見つける】

【全員で戻る】


「そう。誰か一人だけ抱えて帰るのはナシ、だね」


 エルシア・ヴァントは七本の柱を見上げていた。

 普段なら軽口の一つも挟むところだが、今日は何も言わない。


 クラリスが隣へ立つ。


「まだ中止できます」

「中止する理由は?」

「座標誤差が大きい。断航海域内部へ出れば、救助側まで失います」

「それは理由じゃない。危険条件」

「同じです」

「違うわ。危険があるから準備する。行く意味がないなら中止する。向こうにバカ弟子がいる可能性がある。それで十分」


 クラリスはしばらく黙った。


「貴方が先遣へ入らない理由は?」

「私が入ると、向こうで何かあった時にゲートを支える術者が減る。行きたい人間と、行くべき人間は同じじゃない」

「冷静ですね」

「冷静なふりくらいさせなさいな、年の功じゃ」


 エルシアの指は、外套の下で強く握られていた。


 見学区画にはレイルとリィナの家族もいる。

 エナは胸元へ手を当て、バルドは何度も同じ壁を見ている。


 リィナの母は、娘が幼い頃に使っていた赤い髪紐を握っていた。

 リオンが物資台帳を確認する。


「先遣用食料、治療具、通貨代替品、王核交易語の仮辞書、全て二組です。予備は三倍あります。資金で帰還を買うことはできませんが、着いた人が空腹で動けなくなる失敗は買い取れます」

「坊ちゃん、格好つけてる場合じゃないよ」


 ロッテが吐き捨てながら、最後の留め具を締めた。


「分かっています。だから追加で四組用意しました!」

「過積載!」

「善意です!」

「その重さで善意が踏みにじられる!」


 短い怒鳴り合いに、張りつめていた空気がほんの少し緩んだ。


 学院長が起動許可を出した。七本の柱へ魔力が流れる。


 空間の中央に、縦長の光が開いた。

 最初は白い線。

 次に灰色。

 最後に、見たことのない濃い紫の空が一瞬だけ映る。


「王核側か?」

「星座が一致しません!」


 観測員が叫ぶ。


「断航海域上空です。高度不明、魔力嵐あり!」


 ゲートの向こうで、黒い海が逆巻いていた。

 巨大な雷が横方向へ走り、光の裂け目を叩く。

 命綱の一系統が焼き切れた。


「まだ二系統あります」


 ユノが一歩踏み出し、カインが肩を掴んだ。


 石板を見せる。


【違う】

【着地なし】


「分かってる。でも、向こう側へ一度入れば座標を――」


【戻れない】


 大きく書かれた文字だった。


 ロッテが叫ぶ。


「ゲート内の流れが帰路側へ繋がってない! 入ったら断航海域へ落ちるだけ! エルシア、切るよ!」

「あと三秒」

「一秒で死ぬ場所へ三秒延ばすな!」


 エルシアは歯を食いしばり、魔力供給を逆転させた。


 ロッテが非常破断杭を叩き込む。

 七本のうち三本が、設計どおり外側へ割れた。


 (届かなかった。でも、向こうへ伸びた。ゼロじゃない。ゼロじゃないなら、次に直す場所があるんだ)


 ユノは閉じていく光を睨み、失敗を帰れない証明ではなく、足りない条件の記録として覚えた。


 転移ゲートは閉じる。

 最後に見えたのは、王核大陸ではなく、荒れ狂う黒い海だった。


 場に、静寂が落ちる。


 ユノは握っていた杖を床へ置いた。


「……失敗だね」

「ええ」


 エルシアは否定しなかった。


「じゃあ次だ」


 ユノが顔を上げる。


「落ち込むのは帰ってきてからでもできる。今のゲートで分かったこと、断航海域の内側までは届いた。王核側の反射も嘘じゃない。次は海じゃなく、陸へ固定する方法を探そうじゃないか」


 カインが石板を消し、書き直す。


【まだ届いていない】


 失敗ではなく、現在地を示す言葉だった。

 エルシアは割れた柱へ近づき、焦げた破片を拾う。


「レイルなら、壊れた場所を全部書く」

「そして準備を増やしそうですね」


 クラリスが答える。


「増やしすぎたら、帰ってきた時に私が減らす」

「帰ってくる前提ですか」

「他の前提を採用する気はないわ」


 (失敗した転移ゲートの向こうに、弟子がいると証明できたわけではない。それでも、届かなかったという事実は、向こう側が存在しない証明にもならない)


 エルシアは、失敗を終点へ置かなかった。次に捨てるべき条件と、残すべき座標を分けるため、破断記録へ手を伸ばした。


 見学区画で、エナが涙を拭いた。

 今回は、届かなかった。


 それでも、手を伸ばした記録は残った。

 王核大陸の夜空で花火が消えたその時、人間圏では、次の転移ゲートの設計が始まっていた。

【今回の登場人物】


・エルシア・ヴァント

 自分が渡るよりゲートを支える役を選び、失敗後も弟子が書くはずの損傷記録へ手を伸ばした師匠。


・ユノ・アステル

 断航海域へ落ちる危険を前に踏み出しかけながら、失敗を次の座標条件へ切り替えた勇者候補。


・カイン・ヴェルド

 声を使わず【違う】【戻れない】と先遣を止め、最後に【まだ届いていない】と現在地を示した剣士。


・ロッテ・ベルクマン

 壊す場所を先に決めた転移ゲートを設計し、救助者まで失う前に自ら破断させた魔導技師。


・クラリス・オルビス

 送環式事故以来レイルを監査する教会監査役。救助の必要性を認めながら、救助側まで失う危険を冷静に指摘した完成聖女候補。


・リオン・ゴルディス

 善意を四組分積み増して過積載を起こしかけたが、救助物資だけは一つも妥協しなかった少年。


【今回の能力・設定メモ】


・【大陸間転移ゲートたいりくかんてんいゲート

 断航海域を越えて王核大陸へ接続する仮設ゲート。今回の実験では海域内部までしか届かず、陸地座標を固定できなかった。


【次回】


 祭りの翌朝、白い文字が仲間同士の関係を勝手に採点します。


 届かなかった転移ゲートも、次の座標を探すための記録になります。レビュー、ブックマーク、フォローで、人間圏から王核大陸へ伸ばす次の一歩を応援していただけると嬉しいです。

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