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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第8章「帰還ゲートは完成しない」

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第119話「環越祭――空に咲く王域」

 帰れなかった者の席を片づけない祭りがあります。

 終わらなかった約束を、失敗として捨てないための夜です。

 王核大陸(おうかくたいりく)へ転移して、五か月目。

 人間圏とは異なる暦が、レイルたちより一足先に年の終わりを迎えた。


 灰橋宿(はいばしやど)の朝は、いつもの鐘ではなく、鍋を叩く音から始まった。

 炊事場、修理工房、地図塔、共同井戸。


 宿のあちこちで大きさの違う鍋や金属板が鳴らされ、道沿いには一箇所だけ切れた灰色の環が吊るされている。


「これは、一体何の警報だ?」


 レイルが寝台から起き上がると、隣の部屋から飛び出したリィナが叫んだ。


「お祭りだよ! 朝ご飯、外で無料だって!」

「理由を先に説明してくれ」

「無料より先に必要な理由ある?」

「ある」

「じゃあ歩きながらミュラに聞こう。早くしないと、無料の一椀がなくなる!」


 レイルは上着を着る間も与えられず、片方の袖へ腕を通した状態で廊下へ引っ張り出された。


 地図塔前では、ミュラが新しい道札を子供たちへ配っている。


「【環越祭】。古い年、環を閉じない日」

「閉じない?」

「終わらなかった約束、新しい期限を書く。帰らない人の席、一つ残す。喧嘩した人、来年も話すか聞く。旅の人、一品食べる」

「全部、終わらなかったものを持ち越す行事なのか」

「持ち越すだけじゃない。続けるか、やめるか、もう一回決める」


 レイルは灰色の環を見上げた。


 人間圏の年越しなら、古い年を終え、新しい年へ切り替える。

 灰環では違う。


 完了しなかった約束を恥じて隠さず、続けるのか、ここで降りるのか、本人へ選び直させる。


 (前世の俺なら、期限を書き直すことを言い訳にして、また何も終わらせなかったかもしれない)


 けれど、この祭りは続けることだけを美化していない。

 やめる者の契約札も、広場の火へ投げ入れられている。


「レイル、難しい顔してないで行くよ」

「警備依頼が先だ。食べ歩きは担当区域を回った後」

「警備しながら屋台の場所を確認するのは?」

「職務上必要な範囲なら」

「じゃあ全部必要!」

「そうはならない」


 環越祭の警備は、灰橋宿の灰環継路組合アッシュ・ロード・ギルドから正式に受けた依頼だった。


 フィアは広場を六区域へ分け、アルドへ番号札を渡す。


「第一区域から第三区域まで、番号だけを追ってください。方角は見なくて結構です」

「方角を見ない方がいいのか?」

「前回までの記録では、その方が到着率が高いです」

「それなら迷わない」

「なぜ少し誇らしそうなのですか」

「自分の適性を理解しただけだ」


 アルドは本当に一度も迷わず巡回を終えた。

 戻ってきた時、フィアは時刻札を見て僅かに目を見開く。


「......予定より五分早いです」

「番号は分かりやすかった」

「方向指示は一つもしていません」

「フィアの指示は、終点が分かるんだ」

「それは……任務評価として記録します」

「事実なら書けばいいだろう?」

「個人的な意味が含まれる可能性を検討中です」

「ん、何の意味だ?」

「未確認です」


 フィアは記録札を閉じ、先に歩き出した。

 その耳だけが少し赤い。


 警備の交代時間になると、リィナは待っていたとばかりにレイルの腕を掴んだ。


「今日は保存食の調査じゃないからね」

「灰麦包みは三日程度なら持ちそうだ。帰還ゲート(きかんゲート)探索の携帯食として――」

「保存期間の話をしたら、その串は私が食べちゃうもんね」

「今持っているのも俺の串だぞ」

「じゃあ、今日は食べさせて?」

「自分で持てるだろ」

「そういう意味じゃない!」


 リィナは言った直後、自分でも何を要求したか気づいたらしい。


 頬を赤くし、串焼きへ視線を逃がす。


「その……祭りだし。私たちにも、そういう食べ方あるでしょ」

「あるのか?」

「知らないけど!」

「知らないのに要求したのか」

「いいから一回! 嫌ならいいけど」


 レイルは周囲を見た。

 家族同士、恋人同士、子供と保護者。互いの皿から料理を分け合う姿は珍しくない。


 安全上の問題もない。

 そう整理してから、串焼きをゆっくり、リィナの口元へ差し出した。


「熱いから小さく――」


 リィナは一口で肉を半分以上かじり取った。


「一口の量じゃない」

「レイルが遅いから」

「噛む速度の問題では?」

「次も食べさせて」

「今度は小さく――」

「説明しないの!」


 怒りながら笑っているので、何が正解か余計に分からなかった。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 リィナはまだ食べるというので、レイルは彼女と別れて祭りの中を歩いて行った。古書市の前では、セレネが同じ棚から同じ本を三度取り出し、三度戻していた。

 レイルが近づくと、何でもない顔で別の本へ手を伸ばす。


「リィナさんとの食事は終わったのですか。ずいぶん長い休憩でしたから、屋台の調査だけではなかったのでしょう」

「警備の休憩時間内だ。担当区域も一周して、危険物の確認も――」

「聞いているのは分類や職務報告ではありません。二人で歩いて、楽しかったのかと聞いています」

「……楽しかった。リィナは保存期間の確認を嫌がったが、灰麦包みも串焼きも美味かった」

「そうですか。では、私にも本の話だけではなく、祭りを楽しんだ感想を一つくらい聞かせてください。共同研究者としてではなく」

「分かった。セレネと古書市を見るのも、楽しみにして来た」

「最初からそう答えれば、光球を余計に出さずに済むのですが」


 短い返事とともに、セレネの淡い金髪の周囲へ小さな光球が二つ浮かんだ。


「この棚は王核古語です。研究資料として有用ですが、祭礼価格でも銀片貨が八枚。今後の修理費を考えれば、今回は――」

「その索引、探してただろ」

「必要ではあります。ただし、共同研究の費用を私物へ使うわけにはいきません」

「俺の予備費で買うぞ」

「なぜですか」

「セレネが読めば、俺たち全員が使える。それに――」


 レイルは言葉を探し、本の表紙を見た。


「研究が終わっても、セレネが持っていればいい」

「研究が終わった後も?」

「セレネの本だから」


 光球が四つへ増えた。


「……その一言だけでよかったのですが」

「前の説明は不要だったか?」

「不要ではありません。でも、最後を先に言えるようになると、もっとよいと思います」


 セレネは本を胸へ抱き、僅かに笑った。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 別の屋台では、アルドが自分の食券をリィナへ差し出していた。


「これ、一枚余った」

「アルドの分は?」

「もう食べた」

「嘘。まだ何も持ってないじゃん」

「俺はそれほど腹が減っていない」

「じゃあ半分ずつ食べよう!」


 リィナは三種類の料理を買い、その一つを見て言った。


「これ、レイルが好きそう。香草少なめだし」

「二人で食べるのではなかったのか」

「みんなで食べた方がおいしいでしょ。セレネにも甘いの買っていこう。フィアは手が汚れないやつ。ノアは……血じゃない方がいいよね?」


 アルドは笑った。


 (俺へ半分をくれる時より、レイルへ持っていく料理を選ぶ時の方が楽しそうだ、な)


 気づかなければ、もう少し長く勘違いできたかもしれない。それでも、リィナが笑っている理由を嫌いにはなれなかった。


「そうだな」


 胸の奥へ生まれたものが、届かない可能性を初めて知った。

 それでも、渡した食券を取り戻したいとは思わなかった。


 日が傾く頃、ノアの血素が低下した。

 祭りの高密度魔力と長時間の警備で、補給術式の消耗が予想より早い。


「アルド。八十ミリリットルです」

「昨日はレイルだっただろ」

「毎回同じ提供者へ偏らせないためです」

「今ここでか?」

「人混みの中で倒れるよりましでしょう。裏の診療天幕へ来なさい」


 少女型ニアが両手を叩いた。


『わあ、ノア様、祭りデートへの誘い方としては色気ゼロなんですけど』

「診療ですこれは!」

「俺はデートとは言っていない」

「貴方もそこで真顔にならないでください!」


 フィアが提供間隔と体調を確認し、許可を出す。


 採血後、ノアはアルドの腕へ丁寧に止血布を巻いた。


「五分間は重い物を持たないでください」

「警備用の盾は?」

「重い物です」

「剣は?」

「重い物です」

「俺自身は?」

「その質問をする知能が残っているなら、大人しく座っていなさい」


 アルドは素直に座った。

 フィアは提供時刻と量だけを記録し、二人の距離については何も書かなかった。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 真夜中。


 灰橋宿を囲む灯りが、一斉に消された。

 暗闇の中、複数の魔王種が広場中央へ進み出る。


 彼らは一夜限りの共同契約を結び、自らの王域(おういき)を地上ではなく空へ向けて開いた。

 正式名称は【王域花火(ドミニオン・ブルーム)】。


 最初に、影を扱う魔王種が夜空を深い黒へ染める。

 次に結晶角を持つ魔王種が、青白い光の枝を空一面へ伸ばす。

 火を扱う魔王種の七重火輪が、その枝の先で赤、紫、金色の花を咲かせた。


 最後に現れたのは、大鍋を担いだガズル・ヴァルグだった。


「今年も腹を空かせた奴がいるブヒ」


 巨大な鍋炉へ魔力を注ぐ。

 黄金色の火柱が空へ昇り、無数の小さな椀へ分かれた。

 光の椀は灰橋宿、街道、避難所、遠くの集落へ流れていく。

 誰かを焼くための火ではない。


【今年も、飢えた者へ一椀が届くように】


 願いを形にした魔法だった。


 (人間圏の教科書には、この夜のことが一行もなかった)


 魔王種の力は、人間を脅かす火力としてしか記録されていなかった。

 けれど目の前では、同じ力が年を越す祈りと、食卓へ戻るための約束に使われている。


 花火の下で、リィナがレイルの袖を引いた。


「来年も、またこれ見られるかな。帰りたいってずっと思ってるのに、帰れたらこの花火を見られないの、少し変な感じがする」

「帰還できていたら、来年の今頃は人間圏にいる。少なくとも、普通ならここにはいない」

「普通じゃなくていいでしょ。帰ってから、今度は事故じゃなく自分たちでまた来ればいい。今度はお土産も持って、家族にもここの話をして!」

断航海域(だんこうかいいき)を越える方法と、王核側の受け入れと、安定した転移ゲートが必要になる。帰還だけでも完成していないのに、再訪まで約束するのは――」

「私は、できるって保証してほしいんじゃない。レイルも”また来たい”と思ってるかを聞いてるの。条件じゃなくて、気持ちを先に教えて」


 レイルは言葉を止めた。

 条件を並べる前に、答えるべきことがある。


「……俺も、また来たい」

「最初からそう言えばいいのに、いっつもそう」


 レイルはリィナへ手を伸ばした。

 少し離れていたセレネにも、もう片方の手を差し出す。


 セレネは一瞬迷い、それから指先だけを重ねた。


 ニアが二人の間から顔を出す。


『ニアちゃんの席もありますよね? そこ、三人で綺麗に締めるのはナシです』

「三人じゃない。四人だ」

『今の修正、かなりアゲです!』


 四人で最後の花火を見上げた。


 その残光へ、白い文字が混じる。


【関係群:次年度へ継続】

【剣士個体の分離処理:延期】


 さらに、その上から欠けた逆向きの文字が重なった。


【この夜を終わらせなくてもよい】

【幸福な時刻を固定すれば、失う必要はない】


 レイルは花火から目を離さなかった。


「終わるから、次へ行けるんだ――」


 誰が聞いているかは分からない。

 新しい年の最初の火が、夜空からゆっくり消えていった。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 王核大陸へまた来たいという本音を、条件より先にようやく口へ出せた魔法使い。


・リィナ・アルセイル

 食券も串焼きも花火の約束も、レイルと分ける前提で考えていた幼なじみ。


・セレネ・グランツ

 祭りの古書を贈られ、研究が終わった後まで自分の物だと言われて光球を増やした少女。


・アルド・クロイツ

 食券をリィナへ渡しながら、彼女の視線が自分の先へ向いていることを知った少年。


・フィア・レコード

 番号だけでアルドを迷わせず、個人的な意味だけは未確認として記録しなかった目録官。


・ノア・エルグラム

 祭りの診療天幕でアルドを採血し、誘い方の色気のなさをニアに指摘された九十九魔導士。


・ニア

 少女型のギャル口調で花火見物へ割り込み、四人目の席を自分から確保した疑似精霊。


・ガズル・ヴァルグ

 黄金の椀を空へ打ち上げ、飢えた者へ一椀が届くよう願った冠魔王。


【今回の能力・設定メモ】


・【環越祭(かんえつさい)

 終わらなかった約束へ新しい期限を与え、帰れなかった者の席を残す灰環圏の年越し祭礼。


・【王域花火(ドミニオン・ブルーム)

 複数の魔王種が王域を空だけへ開き、攻撃ではなく祈りと祝祭へ変える共同魔法。


【次回】


 同じ空の下、人間圏では王核大陸へ渡る転移ゲート実験が始まります。


 空へ咲いた王域花火のように、皆様の応援も遠くの物語へ届く光になります。レビュー、ブックマーク、フォローで、来年も見たい景色を一緒に残していただければ幸いです。

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