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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第8章「帰還ゲートは完成しない」

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第115話「帰刃の剣豪」


 速い剣が、必ず戻れる剣とは限りません。

 強さを教える者が最初に見るのは、斬った後の足元でした。

 鳴根郷の食料補填を終えた後、レイルたち一行は四腕族(しわんぞく)の街道工房へ向かった。


 目的は、東の旧観測塔で使う排圧具と、リィナの脚部導出端きゃくぶどうしゅつたんを保護する新しい靴底を探すことだった。


 四腕族の工房町【四炉渡り(しろわたり)】は、四本の煙突を持つ炉が橋の両側へ並び、昼夜を問わず金属音が響いている。


 職人の多くは四本の腕を持ち、二本で鍛え、一本で冷却し、残る一本で注文札をめくっていた。


「いいなー、四本の腕、便利そう」


 リィナが呟く。


「腕が二本増えたら、扱う情報も二倍になりますよ」


 セレネが答える。


「形成経路を分けられる身体構造があっても、思考が追いつくとは限りませんし」

「剣なら四本持てるじゃん? なんかロマンあるよ」


「四本握れても、四本全部を敵へ届かせられるとは限らないがな」


 レイルが言うと、リィナは腰の剣へ手を置いた。


「二本なら、いつか使えるかも、ね」

「今の一本を完成させてからにしろ」

「私、完成させない剣なんだけど」

「言い方の問題だ」


 その時、工房の中央広場で、金属が弾ける音がした。


 鍛冶をしている音ではない。剣と剣がぶつかる剣戟(けんげき)音だった。


 四腕族の若い剣士三人が、一人の女性を囲んでいる。

 女性も四腕族だった。


 だが、四本のうち左上腕は肘から先を金属義手で覆われ、右下腕は肩から動かないよう外套へ固定されている。


 実際に剣を握っているのは二本だけ。

 年齢は五十前後に見える。灰黒色の髪を短く切り、頬から首へ古い火傷が走っていた。


 若い剣士たちは四方向から同時に斬りかかる。

 女性は速く動かなかった。


 一歩だけ前へ出て、一人目の剣を肩で外す。その反動で腰を回し、二人目の刃を受け、受けた力をそのまま三人目への踏み込みへ変えた。


 一瞬で、三本の剣が地面へ落ちる。

 女性の足元では、短い魔力噴射の跡が一度だけ光っていた。


「今の……」


 リィナが広場へ近づく。


「足から魔力を出したよね?」

「【脚圧噴射(レッグ・ブースト)】です」


 ノアが目を細める。


「出力は極小。加速より重心移動へ使っているようです」


 若い剣士の一人が立ち上がり、女性へ頭を下げる。


「ありがとうございました、(マスター)ヴァルカ」


 その名にラガンが反応した。


「【帰刃の剣豪(きじんのけんごう)】ヴァルカ・ゼインか――」

「ラガン、あの人を知ってるの?」


 リィナが振り向く。


「灰環隊商路の剣士だ。敵を何人斬ったかではなく、護衛を何人連れて帰ったかで名声を得た」

「剣豪……」


 リィナの目が完全に戦う時のものへ変わった。

 レイルは嫌な予感がした。


「待て。まず靴底の注文が先だ」

「一回だけ!」

「何が?」

「勝 負」

「会ったばかりの剣豪へ挑むつもりか?」

「だからだよ」

「はぁ。全く意味が分からない」

「強い人を見つけたのに、話だけ聞いて帰れる?」

「帰れるだろ」

「レイルは魔法使いだから!」


 リィナは広場へ進み、ヴァルカの前で止まった。


「ヴァルカさん、私と戦ってください」


 ヴァルカはリィナの剣、足、包帯の外れた右脚を順に見た。


「理由は?」

「わたし、もっと強くなりたい」

「何のために」

「あそこにいる大事なレイルと仲間たちを守るため。私が前で敵を止めれば、みんなが傷つかなくて済むから」

「自分は?」

「私も帰る。……でも、守るって言う時、いつも自分のことを最後にしてたかもしれない」


 リィナが一瞬詰まる。


「私も、生きて帰る」

「順番が逆だ」


 ヴァルカは二本の剣を鞘へ戻した。


「”自分で帰れない剣士”に、他人を守る事などできん」

「帰れる!」

「では腕を見せてみろ」


 模擬剣(もぎけん)が一本、リィナへ乱暴に投げられる。


 レイルは止めるべきか迷った。

 右脚の負傷は回復しているが、全力戦を続ける許可は出ていない。


 フィアが先にヴァルカへ条件を告げる。


「勝負は制限時間三分。右脚へ疼痛(とうつう)が出た場合は中止。模擬剣以外の術式(じゅつしき)攻撃は禁止」

「お前が決めるのか」

「本人は限界を越える傾向があります」

「異論ある?」


 ヴァルカがリィナへ聞く。


「……ないな」


 不満そうだが、受け入れた。


「準備ができたなら始めろ」


 リィナが踏み込む。


 【無終剣・継歩(むしゅうけん・けいほ)】。


 斬り下ろしを最後まで振り抜かず、次の横薙ぎへ足をつなぐ。ヴァルカが受ければ、剣の接触を使って回り込み、三撃目へ進む。


 学院の同年代なら、最初の二撃で守勢へ追い込める連続剣だった。

 だが――ヴァルカは一歩も下がらなかった。


 一撃目を剣の背で受ける。

 リィナは接触を利用し、二撃目へつなぐ。


 その瞬間、ヴァルカは受けた剣を押し返さず、横へ滑らせた。

 リィナの次の踏み込みが半歩ずれる。


 三撃目は空を切った。


「まだまだぁ!」


 リィナは足を入れ替え、四撃目へ進む。


 ヴァルカの下段剣が足元へ置かれた。


 斬らない。

 ただ、次に彼女が踏みたい場所を先に塞ぐ。


 リィナは跳んで避ける。

 空中で剣を振り下ろすが、ヴァルカは肩をずらすだけで外した。


 着地した時には、模擬剣の先がリィナの喉元へあった。


「一本、だね」

「まだ三分経ってない」

「死んだ後も時間を使えると思ってるのか?」


 リィナの顔が赤くなる。


「もう一回!」

「一本と言った。終わりだ」

「今のは足場を読めなかっただけ」

「それを負けと言う」

「次は読む!」

「死んだら、次はない......お前の”負け”だ」


 ヴァルカの声は大きくない。


 だからこそ、言葉が逃げ場なく届いた。


 リィナは唇を噛み、再び構える。


「ううう......お願い。もう一回だけ」


 ヴァルカは少し考え、剣先を下げた。


「なら条件を変える。私へ一撃当てる必要はない。”開始位置へ戻れたら、お前の勝ちだ”」

「戻るだけ?」

「やれ」


 二度目の戦いが始まった。


 リィナは最初から速さを上げた。

 一撃。二撃。三撃。


 ヴァルカはすべてを受け、外し、リィナの進路だけを少しずつ横へずらす。

 気づけば開始線から十歩離れている。


 リィナは戻ろうとする。

 しかし、ヴァルカが前へ立ち、突破しようとリィナが斬る。


 だが、それは受け流され、さらに二歩遠ざかる。


「なんで! どうして!」

「お前が前へ出ることしか考えていないからだ」

「わたし、戻ろうとしてる!」

「戻るために、私を倒そうとしている」

「邪魔してるからでしょ!」

「敵は邪魔をするのが道理だ」


 ヴァルカが剣を合わせ、リィナの力を横へ逃がす。


 リィナは次撃へつないだ。

 だが、その次撃も前へ出る。


 戻る方向へ剣がつながらない。

 最後には足を払われ、開始線とは反対側へ転がった。


()()()()


 リィナは地面へ手をついたまま、立ち上がれなかった。


 怪我ではない。悔しさで顔を上げられない。


 ヴァルカは模擬剣を拾う。


「お前は速い。技も悪くない。だが、お前の剣は避けられるたび最初へ戻っている」

「ちゃんと次へつないでる。斬り下ろしから踏み込み、突きへ――」

「それは自分で決めた二撃目だ。今の一刀は、私が外へ流した。お前は渡された力を捨て、足を置き直して、最初から斬り直した」

「じゃあ、その力まで次へ使えってこと?」

「ようやく話が通じたな」


 リィナは黙った。


「それに、攻撃の合間へ必ず後ろを見る」


 ヴァルカの目がレイルへ向く。


「何かあれば、あの魔術師が止めると思っている」

「違う!」


 リィナは勢いよく立ち上がった。


「レイルを守るために位置を見てる!」

「なら、なぜ自分の退路ではなく、あいつの手を見る?」


 言い返せなかった。


 戦闘中、レイルの位置を確認する。

 魔法の射線を邪魔しないため。危険へ近づいていないか見るため。連携の合図を受けるため。


 理由はいくつもある。

 その中に、失敗してもレイルが何かしてくれるという信頼が、本当に一つもないとは言えなかった。


 (わたし――守ってるつもりで、失敗した後をレイルに預けてたの……?)


 空中へ白い文字が浮かんだ。


【剣士個体:中心対象から分離することで最適化可能】


 レイルとニアにしか見えないはずの文字だった。


 だが今回は、リィナも足元を見た。


「見える」


 彼女の声が低くなる。


「私をレイルから離したいんだ」

『白環表示、リィナまで認識対象に入れたのを確認しましたにゃ』


 ニアが警告する。


 ヴァルカは文字そのものは見えていないが、リィナの視線から何かを察した。


「離れれば強くなる、とでも書かれたか」

「そう。私がレイルを見てることまで、あれ(白環)は知ってる」

「なら、その文字に従って離れるな。強くなるために誰から離れるかは、”お前が決めろ”。白い板へ選ばせた瞬間、それは修行ではなく矯正になる」


 ヴァルカの答えは意外だった。


「でも、あなたも私がレイルを見てるって」

「同じ事実を言われても、選ぶ理由まで渡すな」


 ヴァルカはリィナの胸元を剣の柄で軽く押した。


「離れるなら、自分で必要だと決めて離れろ。残るなら、誰かに命じられたからではなく、自分で残れ」


 白い文字が一度揺れ、消えた。


 リィナは長く息を吐いた。


「私、まだ離れない」

「なら、隣にいたまま自分で戻れる剣を覚えろ」


 ヴァルカは工房の奥を指す。


脚部導出端(レッグ・ポート)を使ったことは?」

「ない。走る時に魔力を流すくらい」

「明日の朝、来い。速くなる前に、止まり方を教えてやる」

「速くなる方からじゃないの?」

「止まれない剣士へ加速を教えるほど、私は親切ではない」


 リィナは少し不満そうにしながらも、強く頷いた。


「わかった。行く」


 レイルが近づく。


「右脚は?」

「痛くない」

「本当に?」

「……少しだけ」

「診療所へ行くぞ」

「今、すごく大事な話した後なんだけど」

「大事だから怪我を残さない、剣士とはいえ、女の子なんだぞリィナは」

「そういうところ!」


 リィナは怒る代わりに、レイルの肩へ額を軽くぶつけた。


「でも、今日はそれでいい」


 模擬戦には負けた。

 開始線へも戻れなかった。


 それでも、白い文字に離される前に、自分で次の朝を選んだ。

【今回の登場人物】


・リィナ・アルセイル

 ヴァルカへ二度完敗し、前へつなぐ剣は持っていても自分で開始線へ戻る剣がないと知った剣士。


・ヴァルカ・ゼイン

 二本の傷ついた腕と脚部噴射で四腕剣士を圧倒し、白い文字ではなく本人の意思で離れるか残るかを選べと教えた剣豪。


・レイル・アルヴァート

 リィナの敗北へ口を出さず見届け、終わった後には大事な話より先に右脚の痛みを確認した幼なじみ。


・フィア・レコード

 模擬戦へ制限時間と右脚の中止条件を設定し、リィナの無理を事前に止めた目録官。


・セレネ・グランツ

 四腕を持つだけでは思考処理が追いつかないと分析し、身体構造と技術を切り分けた設計者。


・ノア・エルグラム

 ヴァルカの脚部噴射が加速ではなく重心移動へ使われたことを見抜いた研究者。


・アルド・クロイツ

 四腕剣士三人を二本の剣で退けるヴァルカの実力を、同じ剣士として見届けた騎士。


・ニア

 白環表示の対象認識拡大を検知し、リィナ本人にも文字が見え始めた危険を記録した案内役。


【今回の能力・設定メモ】


・ヴァルカ・ゼインは「斬った後に自分の足で帰れるか」を重視する四腕族の剣豪。

・【無終剣・継歩】は自分の斬撃を次へつなぐ技であり、敵に受けられた力を再利用する【返環(へんかん)】には未到達。

・白環はリィナとレイルの関係を依存として捉え、分離による最適化を提示する。


 開始線へ戻れなかった敗北が、新しい朝の入口になりました。ブックマークとフォローでリィナの次の一歩を見守り、レビューでヴァルカの模擬剣より響いた言葉を教えていただけると嬉しいです。


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