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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第8章「帰還ゲートは完成しない」

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第114話「空欄のまま決める」

 分からないことを、分かったふりで埋めてはいけません。

 けれど空欄が残ったままでも、人を動かす決断が必要な時があります。

 北尾根の救助から一日後、鳴根郷の地面が再び鳴った。

 今度は低い音ではない。


 硬い石を細く割るような、高い震動が集落全体を走った。

 地図塔(ちずとう)の棚から石板が落ち、地中住居の灯りが一斉に揺れる。


「東の根、割れる!」


 ミュラが叫んだ。

 集落の東側には、地脈苔(ちみゃくごけ)の貯蔵庫と、幼い子供たちの学び穴がある。


 レイルたちは朝食を途中で置き、外へ飛び出した。

 地面へ三本の亀裂が走っていた。


 一本は貯蔵庫へ。一本は学び穴へ。

 最後の一本は途中で地中へ消えている。


「人数確認!」


 フィアが記録札を開く。


「貯蔵庫、作業員五名。学び穴、子供十二名、指導者二名。地上確認済みは――」

「数えるのは後! 子供たちを助け出さなきゃ!」


 リィナが学び穴へ走ろうとする。


「リィナ、待ってください。入口側の地盤が最も薄い可能性があります」


 フィアが腕をつかんだ。


「可能性でしょ?」

「未確認です」

「じゃあ別の入口は?」

「南の換気穴がありますが、人が通れる幅か不明」

「確認してる間に崩れたらどうするの?」


 フィアの筆が止まった。


 正確な人数。

 亀裂の深さ。

 崩落までの時間。

 安全な出口。


 今、どれも揃っていない。

 フィアの記録へ空欄が増える。


「第一波は停止しています。第二波の時刻を測定後、避難方向を――」


 言い終える前に、地面が大きく沈んだ。

 学び穴の入口付近で土煙が上がる。


 子供を助けようとしていた小角族(しょうかくぞく)の青年が、崩れた石へ脚を挟まれた。


「負傷者一!」


 フィアの声が震えた。

 アルドが青年のもとへ走り、石を持ち上げる。


「フィア、次の指示を!」

「待ってください。人数と地盤がまだ――」

「待てばもっと被害が増えるぞ!」


 アルドの声は怒鳴りではない。

 ただ、迷いを切るためにその言葉は強かった。


 ラガンが地面へ長刀を刺し、震動を読む。


「記録が揃うまで待てば、記録する者までいなくなる」


 フィアの顔から血の気が引いた。

 彼女はいつも正確であろうとしている。


 間違った道を示し、誰かを死なせることを恐れている。

 だから判断を記録の外へ置き、事実が揃うまで待とうとした。


 だが、待つことも一つの判断だった。

 何もしない間にも、現実は進む。


「フィア」


 レイルは名前だけを呼んだ。


 答えを代わりに決めず、彼女の記録を奪わない。


 ただ、今ここにいると伝える。

 フィアは空欄の多い札を見つめた。


 レイルは、答えを代わりに書き込みたい衝動を堪えた。


 (ここで俺が決めたら、フィアはまた記録するだけの側へ戻ってしまう)


 そして、彼女は筆を置いた。


「不明です」


 声は小さい。

 次の言葉は、はっきりしていた。


「だから、()()()()()()()()()()ます」


 彼女は地図を三つに分ける。


「学び穴は南換気口から避難。通行幅は未確認。アルド、入口を広げてください。リィナ、子供を順番に運ぶ。レイルとセレネは入口側の崩落を止める。ノアは負傷者。ミュラは第二波の方向だけを聞いてください」

「貯蔵庫はどうする?」


 村人が叫ぶ。


「放棄します。人員が残っている場合は西壁を破って脱出。物資回収はしません」

「あそこには、冬用の貯蔵苔が全部ある!」

「命のほうが大事です」


 フィアは言い切った。

 村人の顔が歪む。


 それでも、指示は止めなかった。


「条件を追加します。南換気口が人一人分に広がらなければ、三十秒で入口側へ切替。第二波が東から来れば、学び穴を放棄して地上へ退避。訂正は私が出します」


 アルドが即座に南へ向く。


「方向、南。換気穴。三十秒だな」

「はい」

「ミッションを完遂(コンプ)する」


 彼は一度も迷わなかった。

 フィアの指示には、方角、目的、時間、終了条件が揃っている。


 普段なら宿の中でも逆方向へ進むアルドが、地中の複雑な通路を真っすぐ走った。

 フィアはその背中を一瞬だけ見つめ、すぐ記録へ戻る。


「第一群、アルド。南換気口。第二群、リィナ。子供搬送。第三群――」

「俺たちは入口だ」


 レイルが土へ手をつく。

 亀裂の進行を止めるなら魔法【土壁(アース・ウォール)】を地中へ打ち込む必要がある。


 しかし、完成させた壁が別の場所へ圧力を逃がし、子供たちの頭上を崩す可能性がある。


「セレネ、二案は?」

「入口固定と、圧力を西へ逃がす斜壁。両方形成します」


 昨日彼女が得た【三路仮設(トライ・プロビジョン)】を、今度は二つへ絞る。


 レイルは圧力逃がしの終端(しゅうたん)だけを保持した。


「第一番、西斜壁へ――」


 フィアが遠くから番号を返す。混乱の中でも、そのはっきりとした声が届く。

 地面が再び鳴った。


「第二波、東!」


 ミュラの叫び。


「第一番を完成。入口固定は破棄!」


 フィアが決める。


「第一番――完成!」


 西向きの斜壁が地中へ伸び、東から来た圧力を空の貯蔵庫側へ流す。

 貯蔵庫の一部が崩れ、冬用の地脈(ちみゃく)苔が土煙へ消えた。


 代わりに、学び穴の天井は持ちこたえる。


「換気口、開いたぞ!」


 アルドの声が地中から響く。

 リィナが子供を一人ずつ抱え、狭い穴へ送る。


「泣いていいけど、息は止めず、前の子の足だけ見て走って!」

「ぐすっ......おねえちゃん、でも怖いよお!」

「私も怖いの! 出口はすぐそこだから!」


 自分も怖いと認めた言葉に、子供が少しだけ顔を上げて勇気を振り絞る。

 アルドは出口側で受け取り、番号順に地上へ運ぶ。


「七番!」

「受領!」


「八番!」

「受領!」


 フィアの番号とアルドの返答が、暗い通路を一本の道に変える。

 最後の指導者が出た直後、学び穴の入口が崩れた。


 負傷者は一名。死亡者はゼロ。

 冬用の地脈苔は半分以上失われた。

 避難後、貯蔵庫の村人がフィアへ詰め寄った。


「あれがなければ冬を越せないだろうが!」

「分かっています」

「それに、本当に人がいなかったか、最後まで確認していない!」

「西壁の音と作業表から、残留者なしと判断しました。――確証はありませんでした」

「間違っていたらどうするつもりだったんだ?」


 フィアは目を逸らさなかった。


「私の判断で、人が死んだ可能性があります」

「なら――」

「それでも、学び穴の子供を先にしたんです」


 言い訳をしない。

 正解だったと誇らない。


 判断の責任だけを受け取る。

 地図師長が地面へ杖を打った。


「苔、また育つ。子供、同じ子、育たない」


 フィアに詰め寄っていた村人は唇を噛み、やがて背を向けた。

 完全に納得したわけではない顔だが、しょうがないといった面持ちだ。


 負債として、失った物資は現実に残る。


 それを受け、レイルたちは灰橋宿(はいばしやど)へ救援依頼を出し、冬用食料の補填を仕事として引き受けることにした。


 夕方、フィアは一人で崩れた貯蔵庫を見ていた。

 アルドが隣へ立つ。


「お前の指示は分かりやすかった」

「慰め等不要です」

「慰めなどではないぞ。事実だ」

「......貯蔵庫を失いました」

「人は全員救出できた!」


「結果が良かったから、判断過程も正しかったとは限りません」

「なら、次に直せばいい」

「次があると、断定するのですか」

「俺たちは生きて戻った。お前の番号で、全員だ。次が来た時、今日より早く決められるように直すんだろ」

「……はい。次も、私が番号を付けます」

「頼む。お前の指示なら、俺は迷わない」


 フィアはアルドの目をまっすぐ見て、その後記録札へ何か書こうとして、筆を止めた。


「貴方は、私の指示なら方向を間違えませんよね」

「終点が分かるからな――」

「普段の地図にも終点はあります」

「道が多いんだ、俺にはいろんな経路に見える」

「私の指示も複数でした」

「だが、番号がある」


「番号なら迷わない?」

「迷わないな、完遂できる」


 アルドは真剣だった。

 フィアは視線を落とし、小さく書く。


【完遂個体は、番号指示下で方向安定】


 途中まで書いて、線を引いた。


「訂正します」

「何を?」

「今の一文は、なんだか白環のようでした」


 新しく書き直す。


()()()()()()()()()()()()()()()


 役割ではなく、名前で残した。

 アルドはその記録を覗き込まず、崩れた貯蔵庫へ向き直った。


「食料を運ぶ仕事、俺もやるぞ」

「道案内は私がします」

「頼んだ、フィア」


 二人の会話を少し離れた場所で聞いていたノアは、赤縁眼鏡を押し上げた。


「アルド。念のため健康診断を――」

「今日は採血予定日ではありませんが?」


 フィアが即座に止める。


「採血とは言っていません」

「あなた、腕を見ていますよね」

「脈拍確認です」

「遠距離から腕だけを見て脈拍は測れません」

「良い否定です。しかし、なぜでしょう。嬉しい反面、少し腹が立ちます」


 ノア自身にも理由が分からないらしい。


 アルドは二人を見比べ、レイルへ助けを求めるように目を向けた。


「俺はどうすればいい?」

「フィアの番号に従えば迷わないんだろ」

「今、番号がないから迷ってるんだ」


「では第一番。食料補填の荷車を準備してください」


 フィアが言う。


「了解」


 アルドは即座に歩き出した。

 今度は本当に、一度も逆へ曲がらなかった。


 フィアは空欄の残る記録札を閉じた。

 分からないことは、まだ多い。


 それでも次の指示だけは、自分で決められた。


【今回の登場人物】


・フィア・レコード

 情報不足を認めたまま安全側へ切り替え、物資を失う責任ごと子供たちの避難を選んだ目録官。


・アルド・クロイツ

 方角、番号、終点が揃ったフィアの指示を一度も疑わず、地中の救助を真っすぐ完遂した騎士。


・レイル・アルヴァート

 フィアの決断を奪わず待ち、選ばれた後は地中圧力の終端だけを保持した少年。


・セレネ・グランツ

 入口固定を破棄して西斜壁へ切り替え、崩落圧力を空の貯蔵庫へ逃がした設計者。


・リィナ・アルセイル

 自分も怖いと認めながら子供を順番に運び、狭い換気口へ進ませた前衛剣士。


・ミュラ・ノクテ

 第二波が東から来ることを地面の音で読み、切替判断の時刻を伝えた案内人。


・ラガン・ティグリス

 記録が揃うまで待てば記録者も失うと告げ、フィアへ決断の必要を突きつけた剣士。


・ノア

 アルドとフィアの連携へ理由の分からない苛立ちを覚え、健康診断という名目で割り込もうとした研究者。


【今回の能力・設定メモ】


・フィアは事実記録だけでなく、継続条件、中止条件、切替条件を付ける【可変条件目録(リビング・レコード)】の原型へ到達。

・アルドは番号と終点が明確なフィアの指示下では、複雑な地中路でも迷いにくい。

・判断が結果的に正しくても、失った物資と説明責任は消えない。


 空欄を残したままでも、子供たちの番号を出口まで運んだ回でした。ブックマークとフォローで次の判断を見守り、レビューでフィアの記録札へ皆さまの受け取った事実を残していただけると嬉しいです。

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