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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第7章「地図の外の子どもたち」

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第103話「星を渡る者たち」

 手を伸ばしても届かない距離があります。

 それでも、同じ星空の下にいると確かめられたなら、次は届く方法を探せます。

 転移から三十日目の夜明けと同時に――、犬型ニアが灰橋宿の北東門を飛び出した。


 黒銀色の四肢には細い魔力線が走り、鼻先は靴底の魔力、紙札の繊維、剣を抜いた時に散る金属粉を同時に照合している。


『対象候補、二名。痕跡鮮度、半日から一日。北東から灰橋宿(はいばしやど)方向へ接近中です』

「距離は?」

『六千から九千歩。山と谷があるので、誤差はマジ広めです』

「探索中にも入れるのか、その語彙」

『意味が変わらない範囲なら、親しみやすさ優先でーっす』


 レイル、セレネ、ミュラ、アルド、ノア、ラガンが後を追う。


 学院外套を着た十三歳の少年少女、補修だらけの旅装をまとった小角族、泥にまみれても背筋の伸びた騎士、赤縁眼鏡の古い魔導士、そして傷だらけの虎獣人。人間圏の冒険者名簿なら同じ一隊へ書かれることのない姿が、今は一匹の黒銀犬を追って同じ道を走っていた。


 セレネの淡い金髪とノアの同系色の髪が風に流れるが、印象はまるで違う。セレネは乱れを気にして耳へ掛け、ノアは薬品粉が落ちても構わず痕跡だけを見ている。


 宿守は仮継路札へ外出時刻と門の方角を書き、日没までに戻れない場合は灰色の信号光を三回上げるよう伝えた。


「必ず帰るとは書かないのか」

「分からないことを必ずって書くと、事故でも嘘になる」


 ミュラの答えに、レイルは頷いた。


 谷道には、尾の先を鈴のように鳴らす路鈴鼠(ロードベル・ラット)の群れがいた。白環魔力を嫌い、安全な街道へ集まる小型魔物だ。


 路鈴鼠の進路、ニアの痕跡探知、ミュラの【地脈聴歩レイライン・リスニング】が、同じ北東を示した。


「三つの情報が一致しています」


 セレネが言う。


「よし、この道で進む」


 アルドが右側の細道を見る。


「右は距離が短そうだ」

「......行かない!」


 五人の声が重なった。


「まだ提案しただけだ」

「提案を即!却下しただけです」


 ノアが淡々と返す。


 その後、アルドは右へ行かなかった。

 代わりに左の岩陰から子供の泣き声を聞き、何も言わずに隊列を離れた。


「アルド!」


 見つけた時、彼は崩れた荷車の下から小角族の子供を抱き上げていた。


「救助を優先した」

「それは正しい。でも、一言伝えろよ!」

「時間がなかった」

「石を投げる、手を上げる、何でもあるでしょう!」


 ノアが本気で怒っていた。


 アルドは子供を家族へ返した後、少し考えて頷く。


「次は伝える!」

『アルド様、方向感覚より先に連絡習慣を修正する案件ですね』

「案件という言葉を便利に使いすぎだ」

『便利だから残ってる言葉なんじゃないです?』


 昼過ぎ、学院製の発煙剤が燃えた跡を見つけた。


 青い粉。三回分。

 フィアが使う配合と一致する。――二人は近そうだ。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 その頃、人間圏の王立結着学院地下では、冒険者Sランク探索隊【天渡り(あまわたり)】が断航海域を越えた遠隔大陸へ、針穴ほどの観測窓を開いていた。


 立ち会うのはエルシア、ユノ、カイン、ロッテ、そしてレイルの両親。


 小柄なエルシアは、灰紫色の長髪をいつもの大きな外套へ流し、右目の魔導単眼鏡を観測式へ合わせていた。毛先の銀色も、琥珀色の瞳も落ち着いて見える。だが、弟子の座標が数値へ現れるたび、杖を握る指だけが僅かに強くなる。


 ユノの藍色の髪は徹夜で乱れ、カインの携帯石板には何度も書き直した白墨跡が残っている。誰も、見つけた喜びだけで門を開けられる顔ではなかった。


 旧勇者塔の記録から、完成した救助門(レスキューゲート)は白環の単独回収へ転用されると分かっている。開けるのは観測だけ。一呼吸より長く維持しない。


 窓の向こうへ、知らない二つの月と紫色の光帯が映った。

 岩壁には、白墨の矢印がある。

 右側の線だけが、僅かに長い。


「あれ、レイルの矢印ですわ!」


 エナが即座に言った。


「あの子、急いで書くと、右の線だけ長くなるんです。子供の頃から」


 ロッテがオムニアの損傷周期を照合する。


「信号もある。弱いけど、生きてるようだ」


 エルシアは窓へ手を伸ばさなかった。

 白い環が観測縁へ重なり、【単独回収】の文字を出したからだ。


「閉じるよ」

「え、せっかく見つけたのに?」


 ユノが歯を食いしばる。


「今広げれば、一人だけ引き抜かれ、残りをまた散らしてしまう。見つけたからこそ、壊すわけにいかない」


 観測窓が閉じる直前、王核大陸側のニアが空を見上げた。


 犬型の耳が震える。


『誰かが、こっちを見ましたワン』

「白環か?」

『違います。怖い見方じゃない。ガチ心配系……たぶん、帰ってこいって見方です』


 レイルは胸元のオムニアへ触れた。


「師匠か、母さんたちかな」

『断定はできません。でも、向こうも探してくれてるみたいですね』


 胸の奥へ、安堵と痛みが同時に落ちた。自分たちは帰り道を失ったのではなく、道の両端から掘り進んでいる。そう思えば心強い。それでも、窓の向こうで待つ顔を想像すると、今すぐ声を返せない距離が急に重くなった。


 (待っていてくれ。俺たちは、誰か一人を置いて帰ることはしないから)


 セレネが空を見上げる。


「なら、私たちが一方的に迷っているわけではないってことになりますね。......少しずつでも、二つの側から距離を縮めています」


 その後夕方、尾根の向こうに青い煙が上がった。


 短く、長く、短く。


 学院の野外信号だ。

【生存者あり/負傷者あり/移動可能】


「リィナとフィアだ!」


 レイルは走り出しかけ、ラガンの視線に気づいて足を止めた。


 息を吐く。地面を見て、止まれる歩幅で進む。


「ミュラ、安全な道を頼む。ニア、追跡継続。全員で行こう」


 今度は、レイル一人で先へ行かなかった。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 二人分の煙を見つけても単独で走らず、仲間全員と安全な道を進むことを選んだ少年。


・ニア

 明るい少女語彙を探索報告へ混ぜながら、遠い人間圏から届いた心配の視線を感じ取った同行者。


・セレネ・グランツ

 二つの大陸が互いに距離を縮めていると整理し、レイルの焦りを進路へ変えた計算役。


・アルド・クロイツ

 正しい救助のために無断離脱し、次回は行き先を伝えるという新たな完遂条件を得た騎士。


・エルシア・ヴァント

 弟子の痕跡を見つけても単独回収を拒み、全員を帰すため自ら観測窓を閉じた師匠。


・エナ/バルド・アルヴァート

 筆跡から息子の生存を確かめ、届かない窓の向こうへ帰還を待ち続けた両親。


【今回の能力・設定メモ】


・【天渡り】極小の観測窓を世界間へ開くSランク探索隊です。

・完成した単独救助門は白環の再分離へ利用されるため、現時点では全員を同時に帰せません。


【次回】


 尾根の向こうで、レイルとリィナが再会します。怪我の報告と謝罪が終わる前に、五人を再び揃えた白環の再統合命令が動き始めます。


 一呼吸だけ開いた窓のように、レビュー、ブックマーク、フォローが荒海の向こうへ物語の光を届けてくれます。

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