第8章-156 噂話と白い扉
ーー裁判長室ーー
サクが裁判長室に入ると、セキが1人書類に向かっていた。
「セキ様、おはようございます。
レイ様はどちらに?」
サクが丁寧にお辞儀をすると、セキは手を止めることなく短く返事をした。
「レイは休ませた。」
「休ませた?どこか具合でも?」
セキはペンをとめ、軽く指で机を数回叩いた。
「サク、私の家は分かるか?」
「行ったことはありませんが、場所くらいは……なんでしょうか。」
「家の合鍵を渡す。
レイの様子を見に行ってやってほしい。
今日は私だけで充分だ。」
セキは鍵をサクに渡すと、また書類にペンを走らせた。
「セキ様、それは流石に厳しいかと。」
「問題ない。それよりレイを頼む。
私よりお前の方が適任だ。
家の中は自由に使って構わない。」
「か、かしこまりました。」
サクはよく分からないまま、セキに頭を下げ、裁判長室を出た。
「……セキ様は言葉が足りなさすぎるんだよ。」
サクはため息を吐いた。
1階に降り、裁判所の裏口を目指した。
途中で従業員たちの会話が聞こえてきた。
「なあ、今通りかかった人……。」
「ああ、サクさんだろ?レイ様の補佐官。
なんか前に、届け物したらそのまま気に入られたって噂だけど……。」
「まじで?」
「ああ、なんか人たらしだって女子社員も話してた。」
「うわ、そんなんで出世とか羨ましい。俺も出世してえ。
セキ様は怖いけど、レイ様なら良いよな。」
「ああ、レイ様は優しいし、丁寧だし……あれで女だったら完璧なのに。」
「分かる!外見は女みたいだし……なんなら、声も、ちょっとそれっぽくないか?」
「確かに!むしろ、女になって欲しい。」
会話は笑い話へと変わった。
サクは聞かなかったふりをして、セキの家に急ぎ、扉の鈴を鳴らした。
「レイ様。サクです。」
だが、誰も出てこない。
再度、鈴を鳴らすが変わらなかった。
「……失礼します。」
鍵を使い扉を開けた。
部屋の明かりをつけると、そこはリビングだった。
室内の装飾や家具は、お嬢様の家にあったセキの部屋にそっくりだった。
トイレやお風呂、キッチンのような日常空間以外にも、執務室や客間のような部屋もあった。
「さすがに広いな。」
一番奥まで歩くと、2つの大きな扉が並んでいた。
「おいおい、どっちだよ。」
扉の1つは白く、もう1つは黒かった。
サクは白い扉をノックした。
「レイ様、いらっしゃいますか?」
部屋をそっと開けると、レイが布団を抱きしめるように眠っている。
近づくと、目の周りは腫れ、息は苦しそうだった。
「まさか、熱があるのか?」
手をレイの額に当てようとした時、レイの目が薄く開いた。
「……セキ様?」
サクは手を引っ込めようとしたが、レイがサクの手を掴んだ。
レイは寝ぼけているのか、虚ろな目をしている。
「セキ様……すみません。」
そう言うと、レイは再び眠ってしまった。
サクは手を掴まれたまま、ため息を吐いた。
「本当、どうしろってんだ。
むしろ、何があったんだよ。」
サクはレイの手を静かに離し、裁判所の医務室に向かった。
医務室に向かう途中、サクに声をかけてきた人物がいた。
「サクさん、そんなに急いでどこに行くのですか?
裁判長室は反対方向ですよ。」
そこには医療バッグを持ったコウがいた。
「コウ様、どうしてこちらへ?」
「ええ、レイさんは怪我をされてましたからね。
その様子が気になって診にきました。
前回できなかった診察もありますしね。」
コウは穏やかに笑った。
サクはその笑顔に、染み入るような安堵と不安を覚えた。




