第8章-146 もう1つの家
リハビリ室から出ると、コウは僕の手から医療バッグをそっと取った。
「ゼロユイさん。
ガイさんも診る予定でしたが、時間が押したので今日の診察はここまでにしましょう。」
「うん……これで終わり?」
「ええ、ボランティアは終わりです。
ですが、もう1つ。
これから、病院の社宅に行きます。」
「社宅?この病院の?」
「ええ、僕の社宅もあります。
今日のボランティアの報酬もそちらで渡しますね。」
僕は目を見開いた。
「コウさんは家もあるのに……社宅にも住んでるの?」
「もちろんです。
家の方が好きですが、病院からは少し距離がありますから。
重篤な患者がいる時は、僕も社宅に泊まるんです。」
コウは裏口から病院を出ると、少し離れた大きな建物に入っていった。
急いでその後を追いかけた。
「この部屋が、僕の部屋です。」
コウは一番手前の部屋を開けた。
室内は学校の寮より一回り大きいくらいの部屋だった。
僕は部屋に入り、あたりを見渡した。
本棚には、医学書が綺麗に並べられている。
ソファーやテーブルは簡素で、ベッドも普通サイズだった。
「ねえ、コウさんは偉い人なのに、どうして家も社宅も普通なの?
ガイさんの社宅はすごく立派だったよ。」
コウはお菓子と、二人分のお茶を淹れて持ってきた。
「僕はこのくらいの広さがちょうどいいんです。
掃除も自分でしたいですし、あまり人を部屋に入れるのは好きじゃありませんからね。
さあ、少し休みましょう。
慣れない作業で疲れたでしょう。」
僕がソファーに座ると、コウはお茶とお菓子を並べた。
そして、紙袋を手渡してきた。
「今日もありがとうございました。
またお願いしますね。」
紙袋には、札束と医学書が数冊入っていた。
「コウさん、前も医学書はもらったよ。
それに、ずっと思ってたけど、お金多すぎないかな?
嬉しいけど、町医者の先生は、こんなには……。」
「ゼロユイさんは覚えるのが早いですから、
前に渡した本は、もう全て読まれたかと思いましてね。」
「うん、確かに全部読んじゃった。
知らないことがたくさんあって面白かったよ。」
「フフッ、そうでしょう。
それと、お金は控えめです。
以前は人の命を助け、今回は裁判長や副裁判長の診察にも同行したんですから。
足りるか不安なくらいですよ。」
コウはポケットから一本の鍵を出し、テーブルの上に置いた。
「こちらも差し上げます。」
「これ、なんの鍵?」
「気は早いかもしれませんが、貴方の社宅の鍵です。
僕の隣の部屋にしてみました。」
「え?」
コウはお茶を手に取ると、ゆらゆらと揺らした。
「貴方は、この病院の正式な専属ボランティアに登録してくれましたからね。
いつでも利用できるように用意しました。
もちろん、無理に使う必要はありませんが、フクさんを預ける場にしても構いません。」
「フクを……預ける?」
「例えば、寮からこちらに来る際に、フクさんを社宅にお連れするんです。
そうすれば、ボランティアが終わったらすぐに一緒に遊んだり、お出かけできるでしょう?」
「フクと……すぐに遊べる。」
僕は嬉しくなって、鍵を両手で握った。
「ありがとう。コウさん。」
「喜んでくださって何よりです。
必要なものがあれば、いつでも言ってください。用意しますから。」
「大丈夫だよ。
コウさんから、前にもらったお金も、今日の分もたくさんあるから。」
「ゼロユイさんは欲がないですね。」
僕はコウの淹れたお茶を飲んだ。
とても優しい香りがした。




