第8章-140 水が飲みたい
馬車は裁判所の前で止まった。
御者にお礼を言い、馬車を降りた。
「ゼロユイさん。緊張してませんか?」
「緊張してるよ。
でも、コウさんがいるから大丈夫。」
「それでは最初の仕事をお願いします。
僕のバッグを持ってください。
助手は医師のバッグを持つものですからね。」
コウのバッグを受け取る。
ずっしりと重い。
落とさないように両手でしっかりと持った。
「さあ、ついてきてください。」
裁判所に入ると、コウはまっすぐに裁判長室へ向かった。
裁判長室の扉は重厚感があり、2羽の鳥が向き合うような装飾が施されていた。
コウは迷いなく扉に吊り下がっている鈴を鳴らした。
「コウです。セキさん、いらっしゃいますか?」
「入れ。」
セキの声が中から聞こえてきた。
コウは扉を開け、書類を確認しているセキに軽く手を振った。
「検診に参りました。
レイさんとサクさんがいらっしゃらないようですが、どちらへ?」
セキは手を止め、僕を一瞥した。
ビクリとする僕から視線を外し、コウを見た。
「レイとサクは監査に行かせた。そのうち戻ってくる。
それよりも、お前は本当にその子供を助手にしたのか。
まさか、ここまで連れてくるとは。」
「フフッ、まだボランティアですよ。
それよりセキさん、ソファーに移動してくれますか?」
「さすが、コウだ。話を逸らすのが実に上手い。」
セキは皮肉を言いながらも、ソファーに座った。
「ゼロユイさん、聴診器を。」
僕は聴診器を医療バッグから取り出し、コウに渡した。
「ゼロユイさん。次は歯鏡……喉が腫れているので塗り薬を。それから……。」
僕は次々に道具を手渡していった。
戻された道具を全て消毒して、バッグに戻した。
ふいにコウが笑って僕を見た。
「僕は喉が渇きました。水が飲みたいです。」
「み、水?」
僕は慌てて、部屋を見渡した。
隅に小さな給湯室があるのに気づいた。
急いで棚にあるカップを取り、水を注いだ。
次の指示が飛んできた。
「ゼロユイさん、ガーゼ、消毒液……。」
「う……うん。少し待って。」
僕はカップをコウの近くのテーブルに置き、ガーゼや消毒液を渡した。
今まで黙っていたセキが口を開いた。
「随分と手慣れているな。コウの手伝いは何度目だ?」
「えっ……初めて……です。」
「初めてだと?」
セキが眉を顰めた。
コウは水を飲みながら、にこやかに笑った。
「僕の助手ですからね。」
コウは飲みかけの水をテーブルに置くと、新たな指示を僕に出していった。




