第7章-116 コウと教員
教員はガイとお茶をしたあと、病室を出た。
軽く息を吐きながら、通路を歩いた。
「まさか、ゼロユイがガイ隊長と同じ部屋だなんて……あ、もうこんな時間か。
急いで学校に戻らないと。」
教員は足早に出口へ向かった。
だが、前から歩いてきたコウに引き止められる。
「貴方は、ゼロユイさんの教員の方ですか?
ガイさんの病室から出てきましたよね。」
教員は立ち止まった。
「はい。そうですが……あなたは?」
「失礼しました。
僕はガイさんの担当医のコウと申します。
ゼロユイさんも一緒に見させていただいています。」
教員は再び背筋を伸ばした。
「ガイ隊長の担当?
それは、失礼しました。
ゼロユイの事、本当にありがとうございます。」
コウは穏やかに笑った。
「そう畏まらないでください。
そういえば、時間はありますか?
宜しければ、そちらの休憩室で少し話をしませんか。」
「すみません。ご一緒したいのですが、早く学校に戻らないと、授業に間に合わなくて。」
頭を下げる教員の肩を、コウはそっと触った。
「それなら、馬車をお貸ししましょう。
病院の馬車は速いですからね。」
「いえ、病院の馬車はさすがに……。」
「気にしないでください。
ここは、僕の病院ですから。」
「え?あなたの病院?
じゃあ、貴方はこの病院の……。」
「フフッ、あまり堅苦しくなさらず。
さあ、こちらへどうぞ。」
教員はコウに言われるがまま、休憩室に入った。
窓が大きく開放的で椅子やテーブルが置いてある。
コウは教員を椅子に座らせた。
教員は手をしきりに組み換えている。
「そんなに緊張しないでください。」
「いえ、すみません。
それより話とは何でしょうか?
まさか、ゼロユイの具合が……?」
コウは一呼吸をおき、手を自身の膝の上に重ね、椅子にゆったりと座った。
「あなたは……とても優秀な教員なのでしょうね。」
意外な一言に教員は目を見開いた。
コウは笑顔を絶やさず話し続ける。
「ご存知か分かりませんが、ゼロユイさんは落石事故の際に、この病院でボランティアをしてくださいましてね。
大活躍をしたんです。
道具の名前も、何が必要かも、正確に判断してサポートをしてくださいました。」
教員はハッとした顔をした。
「まさか……前に、夜中に馬車で帰ってきた、あの日?」
「フフッ、やはり知らなかったんですね。
きっと貴方や、他の教員の方々に心配をさせたくなかったのでしょう。」
コウは手をテーブルに軽く乗せ、前のめりになった。
「貴方と会って確信しました。
貴方は人を見守り、優しく抱きしめられる人です。
だからゼロユイさんは、のびのびと安心して才能を伸ばせるんです。」
コウの言葉に、教員の顔が赤くなる。
「ゼロユイは入学当初から優秀でして、私が教えた事はあまり……。」
「確かに全て貴方のおかげではないかもしれません。
ですが、貴方のおかげも必ずあるはずです。
貴方は生徒を理解できる方でしょう?」
教員の顔が更に赤くなる。
「いえ、私なんてまだまだ未熟者です。
それに、ゼロユイを……まだ理解しきれていませんし。」
コウが真剣な表情になった。
「何かありそうですね。」
「はい。いえ、その……。」
「大丈夫ですよ。
医者には守秘義務がありますから。」
コウは穏やかに笑った。
教員の表情が少し和らいだ。
「実は、ゼロユイは卒業を急いでるんです。
理由は分かりませんが、時間が欲しいと。
まだ1年生ですし、卒業してもすぐに仕事は出来ないし、生活をどうするつもりなのか……。」
教員は肩を落とした。
「ボランティアを勧めてみたのですが、ゼロユイを本当に受け入れてくれる場所があるか心配なんです。
若すぎると、就職させてくれない場合もありますので……。」
コウは静かに、落ち着いた声で言った。
「それは、とても不安ですね。
宜しければ、僕がなんとかしましょうか。」
教員は顔を上げた。
「なんとか……とは?」
「ゼロユイさんが卒業したら、僕が引き取ります。
貴方はゼロユイさんを、この病院の専属ボランティアに推薦してください。
それが難しければ、僕から推薦状を出すこともできますよ。」
教員は目を丸くした。
「ゼロユイを……こんな大きい病院の……しかも、専属?」
コウはゆっくりと頷いた。
「はい、社宅も用意できますし、時間を重視するなら調整もできます。
ゼロユイさんの才能を伸ばしてさしあげたいんです。」
教員の目が揺れた。
明らかに悩んでいる。
「ゼロユイの事を考えれば、嬉しい申し出です。
ですが、決めるのはゼロユイです。
私が判断して良いものか……。
それに、あの子はまだ幼くて、決められるかもどうかも分かりません。」
コウは手を口に当てて上品に笑ってみせた。
「フフッ、やはり貴方は優秀で、誠実ですね。
生徒を説得して、手柄にしてしまう方が多いのに……。
そんな貴方だからこそ、考えてほしいんです。
きっとあの子のためになると思いますよ。」
コウはそう言うと、席を立った。
「そろそろ時間でしょうか。
馬車の用意が出来たら、人を寄越します。
少し待っていてくださいね。」
「あ、あの……コウ先生。」
教員はコウに手を伸ばそうとしたが、コウは部屋から出て行ってしまった。
「ゼロユイを……この病院に?」
教員は部屋を見渡した。
休憩室だけでも、とても立派だった。
「でも、あんなに小さな子供を?」
教員は人が来るまで、頭を抱えた。




