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第8稿:暁月の空 F

 最初に神々が降り立ったと言われる場所は、東を海に、残りを険しい山脈に囲まれた土地だった。


 闇に飲まれ、果てさえ見えぬ海から吹きつける風は、本来なら強いはずだった。

 しかし、周囲に展開された結界の内側は穏やかだった。足元のカンテラは、消えること無く灯りを放っている。


「フィアセラ大陸における記録書によれば。

 当時、|シルエスト・アーレイア《この世界》は、大地と空、海が出来ただけで、緑もなにもない荒野だったそうだ。降り立った六柱の神々は、この地で人は生きて行けぬと判断し、山脈の向こう側へ楽園を築いた」

 右目は薄氷色、左目は完全な灰色をした男ラズ=ルート・ラズがそう口にした。


「拠点となる場所を作って初めて、それぞれの神は、世界を豊かにしていった……って続くんだったかな。そう、『この大陸の』記録書においては」

 それを横目に、意味深に、魔女ルディス・イェーラ=ソレイユは笑ってそう続けた。

「それぞれの大陸に、『はじめて降り立った地』がある。私の故郷では、最も高い中央山脈に神々は降り立ったと伝わってるの。この意味を、君たちはよく覚えておくといいよ」

 ソレイユは三人の子供たちを見て、言い聞かせるように話した。


 この世界は三千年の分断を経て、再統合を経た今、各地にそれぞれの『神話』が残されている。長い歴史の果て、今や、どれが『正史』なのかわからないほどに、分化している。

 それだけで学問の一分野ができるほどだ。


「まぁ記録上は、ここは神々が最初に降り立った地だけど、周囲は御覧の有様。険しい山脈を越えるのは命の危険さえあるほどで、転移座標も殆ど知られていない。

 だから、ほとんど人が立ち入ることのない場所なのよ」

 星明りのみの空を指し示すと、ソレイユは子供たちにそう説明する。

 煌く星空の下、周囲を照らす光源はふたつのカンテラだけ。

 ふたつの家族は身を寄せ合うように草の上に腰を下ろし、或いは立ったまま海を見ていた。


「俺は、お前たちがどの逸話を信じても良いと、考えている。だが、それだけを盲目的に信じるな。

 分断されていた時代ならいざ知らず。

 今、お前たちは自分たちの意思で、四大陸を自由に羽ばたくことができる」

 ラズはそう言って、海へ目を向けた。

 濃紺の空の下、星明りに暗澹とした海が揺らめいている。

「定義、宣誓、理解、構成、想像、実現。

 魔法を扱う六手順と同じだ。

 仮定しろ、疑え、考えろ。

 この|シルエスト・アーレイア《神の声無き沈黙した世界》で、それを信ずるに値するか、矛盾や欺瞞はないか。

 検討を重ね、その上で、納得するならば、それでいい」

 ラズの言葉に、ソレイユは無言で同意を示した。


 物事には表と裏がある。たとえば、金貨のように。

 華やかで『都合が良い』出来事を語る裏には、大抵の場合何らかの秘密が隠されている。


「わかったよ、ラズ」

 少年はそう言ったが、どこまで理解しているだろうか。

 でも今は、全てをわかっていなくてもいい。いつか、成長した時に思い出せば良いのだから。


「最初にここに来た人って誰なのかな」

「よっぽどの物好きだっただろうな」

 幼い少女の問いかけに、ラズはそう笑って答えた。


「あ」

 誰かの漏らした声が零れ落ちる。

「夜明けだ」


 暗い空が次第に明るくなり始め、海にその色を落とし始める。

 黒から紺へ、紺から白へ。綺麗なグラデーションを描き、刻一刻と変わる空に子供らは三対の瞳を輝かせる。

「新しく生まれた年に、祝福を」

「今年が良き年であるように」

「歩む道程に数多の精霊の祝福があるように」

 朝日を見つめる幼子らの背中に、大人たちはそれぞれの言葉を紡ぐ。


――――

 フィアセラにて



初出:2012/01/18

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