第7稿:その手に剣を S
乗っていた馬車が魔獣に襲われて。
ああ、自分たちはここで死ぬんだ。
そう思ったとき、騎士たちが助けてくれた。
統率された動きで魔物を切り裂いて、庇うようにして立つその大きな背中、風にはためく外套と光る切先。
その姿を見て、いつか自分もその握った剣で誰かを守りたいと、そう思った。
ウチは慎ましい生活を送るには困らない程度の稼ぎはあったけど、正直言って贅沢できるような余裕はなかった。
基礎学校だけはなんとか通わせてもらったけど、騎士学校に行ける程、お金があるわけじゃない。
だからどうしたかっていうと、奨学生を目指したんだ。
なんとか奨学生として騎士学校に通えることになった時は、おれだけじゃなくって家族もみんな喜んでくれた。
騎士候補生の座学は、最初読み書きに苦労したけど、教養科目も楽しかった。
実践訓練なんて、もっと楽しかった。
今すぐに夢を叶える役に立ちそうにもなかったけど。いつか、必ず役立つかもしれないと思ったからこそ、必死に取り組んだ。
入学して十一年が経って、従騎士からようやっと正騎士に叙任されて。
やっと夢が叶ったのだと思った。
あの時の騎士たちのように、次は自分が誰かを守るために剣を取るのだと。
※
「あれだけ『騎士になるなる』って言ってた奴が、まさかやめるなんて、な」
「うん、自分でもそう思う」
騎士学校時代からの付き合いの相棒は、呆れと少しの軽蔑のこもった声色で言ってくる。
ようやく憧れの騎士になったのだ。
騎士学校時代に比べれば、座学も訓練もずっと厳しかった。辛いこともあった。
それでも、その程度でやめたいと思うほど、この思いは軽くなかった。
守るために握った剣は、守るべきものを害する相手に向けるものだと思っていた。
現実は違い、向ける対象は守るべきもの。
守りたいと思った人に、その切っ先を向けることなんて、もっとできやしなかった。
民を守るべき王はいつしか狂い、守るべき剣を、あろうことか傷つけるために使い始めたのだ。
「せっかく従騎士から正騎士に格上げされたんだ、続けりゃいいのに」
と、そいつはおれの決意を嘲笑うように言うけれど、そんな現実認めたくなかった。
「おれが目指したのは、守るための剣だ。誰かを傷つけるために、剣を手にしたんじゃない」
「それは理想論だろ。守るためだと言っても、結局のところ、その剣で誰かを傷つけてる。矛盾してるじゃないか」
「確かにそうかもしれない。だけど、だけどおれは少なくとも、同じ国の人間に剣を向けたくなんかなかった!」
叫んで投げつけた騎士の紋章は、カツンと軽い音を立てて床に落ちる。
かつて見た騎士は、その紋章を誇りだと言った。
紋章の裏に刻まれた言葉。
Lu Fia Sword, Nua dioly, wia'z yel 'fasdam dia kisdam'.
それに込められた意味こそが、騎士の誇りなのだと。
冷たい床に転がるその『誇り』を、相棒は拾い上げ、差し出してくる。
「……朝出ていくのか?」
相変わらずの冷めた青い一対の目を向けて。
「そのつもりだ。返却するのもあるし、脱退願いだってまだ受理されてやしない」
大きな布鞄に、着替えや私物をつめこんで、簡素な寝台の上には支給された隊服や武具が積まれていて。
それらに、ちらりと視線を走らせた相棒は、左手でガシガシと頭をかき乱し溜息を吐いた。
「悪いことは言わない、荷物まとめたらすぐ出てけ。そんなもん提出しようものなら、握りつぶされた上、脱走犯扱いだ」
少しでも戦力がほしいらしいからな、俺たちの王様はと心底嫌そうに奴は呟いて。
「どうせ犯罪者扱いされるなら、剣くらい持ってけよ。お前のその腕があるなら、生きてけるだろ」
支給された、かざりっけのない簡素なそれを寝台から取り上げ、やれやれと言ったようにおれに背を向けた。
「俺は夜遊びに行ってるから、お前が逃げ出したことは知らなかった」
せいぜい元気にするこったと、それだけ言うと相棒は扉に手をかける。
「ああ、ありがとう。最後にひとつだけ……おまえは、こんな現実を受け入れたのか?」
騎士として残ることを選んだ相棒に問いかけたけれど、奴は答えることも振り返ることもせずに、部屋を出て行った。
そしてかしゃんと錠の落ちる音がして。
長い間過ごした部屋に残ったのは、おれ一人だけだった。
それからは、親切な忠告通りに、闇に紛れるようにして詰め所をあとにした。
家に帰るわけにもいかず、かといって、この国にとどまることもできなかった。
隣の国へ移動して、最初は生活費を稼ぐ意味合いで、ある種の便利屋をはじめた。
騎士として生きる以外の知識も力もないけど、自慢できるのは己の剣技だけだったんだ。
故郷は守れないけれど、その手にした剣でせめて、誰かを守りたくて。
気の合う仲間と手を組んで、様々な依頼をこなす間、故郷のことはよく耳にした。
剣は国内だけでなく、国外にまで向けられようとしていて。
戦争がはじまるのだと流れ始めた噂は、けれど、あっと言う間に消失していった。
かわりに広まったのは、とある英雄の話。
圧政に耐えかねた民と、守るべき剣を持った騎士が立ち上がり、狂った王を排除したのだと。
「それがお前の答え、か」
騎士を率いたのは、よく知った男の名前。それが、あの日聞けなかった答えだった。
――――
ストラルにて
Lu Fia Sword, Nua dioly, wia'z yel 'fasdam dia kisdam'
手にした剣は、私たちの大切な<家族と国>を守るために。
Lu Fia Sword:手にした剣
決意表明に使われる言葉でもある。
Wia’z:Wia azの短縮。「私たちの」
fasdam:家族
kisdam:国
Nua:強い願望・希望を表し、'fasdam dia kisdam'にかかる。
Dioly:Dio(守る・守護する)の強調。
Yel:大事な・大切な の意味。
初出:2010/12/26




