第9稿:永遠を歩む者 K
青年の足を掬う砂は、果てさえ見えぬ彼方まで続いていた。
時折吹き抜ける風は生ぬるく、砂を巻き上げ青年の視界を奪った。
天を覆うのは青ではなく、灰色の分厚い雲で、その隙間からほんの一筋の光が地上へ差し込んでいた。
「……ぁ」
青年の口から漏れたのは、音にならなかった空気だけだった。
青年は知っていた。
気が遠くなるほどの遠い昔、空を望んだ人々がいたことを。
青年は知っていた。
彼らの努力が未だ報われていないことを。
そして、青年は知っていた。
どれほど現実に絶望しようとも、そこから逃れる術がないことを。
各地を放浪していた。
名を偽り、身分を詐称し、その都度最適な『青年の背景』の物語を構築する。
ある時は、災害で故郷を追われた青年。
心身が落ち着くまで、都市に滞在を願った。
ある時は、信仰の証を紛失し贖罪の巡礼を行う青年。
冬、道が閉ざされている間、労働と引き換えに一食と教会の屋根を借りた。
ある時は、闇市を利用する青年。
互いに後ろめたい行為をするからこそ、気が楽だった。
歩くことを止めた青年は、ごろりと大地に横たわる。
昔立ち寄った村が、山津波に飲まれ、無情にも世界から消えた。
藍色の双眸は、灰色の空をじっと見つめていた。
分厚い雲は少しずつ形を変え空を渡り、風は青年の上に砂を運ぶ。
やがて夜が来ても、彼は身動きひとつせず空を見つめていた。
やがて朝が来ても、彼は身動きひとつせず空を見つめていた。
青年は若い。
二十を少し過ぎたほどの若さだ。
砂にまみれた髪は黒く、肌は不健康なほどに青白い。
擦り切れボロボロになった外套は、今や砂にまみれ、元の色さえ判別しにくいほどだった。
まるで死んでいるかのように身動ぎせず、青年は横たわっていた。
三日三晩そうしていても、空はどんよりとした雲で覆われて、ほんの一瞬だけ青を見せたっきりだった。
やがて六日目の朝を迎え――ぽつりぽつりと、雨が降り始める。
それは青年から砂を洗い流し、服が水を吸ってぐっしょりとしても降り止まず、七日目の朝になってようやく勢いを弱めた。
相変わらず青年は、藍色の瞳を空へ向けていた。
そして青年は、眩しさにようやっと目を細めたのだ。
やがて彼は立ち上がると、砂に足を取られながらも再び歩み始めた。
雨と共に雲は消え去り、久々の青空が広がった。
太陽の日差しは優しく、大地を照らし気温がぐんと上がっていく。
日差しのない生活に慣れきった青年には強烈な明るさだったが、彼は気持ちよさそうに歌いながらあてもなく北を目指した。
気の遠くなるほど昔から、ずっとそうしていたように。
<永遠を歩む者>
それが青年の名だった。
――――
ククロルにて
初出:2011/05/18




