第2稿:【外典・禁書指定】教皇と異端者の記録 K
『当記録は、
一等記録官、議会付き記録官権限にて、
外典記録、封印記録、及び禁書指定とする。
閲覧、封印、指定解除には、当代教皇陛下、及び議会による承認を必須とする。
一等記録官 エルヴィン・ノクス・フィデス』
署名をして、エルヴィンは頭を抱えていた。
訳がわからない『記録』が、エルヴィンの執務室、書類の山に混じっていたからだ。
赤色のインクで記された記録。
このインクの意味を、記録官たるエルヴィンは間違えない。
赤色は『緊急・真実・命懸け』を意味する。
その記述自体が、即時性や切迫性を伴うのだ。
赤インクを使う時、記録する者は、命を賭してでも『真実』を残す覚悟を持ってペンを握る。
虚偽や曖昧さは許されない。
しかし、インクのにじみや筆圧の乱れは許容される。
その場の緊張や急迫の痕跡として読まれるのだ。
その覚悟故に、内容の真実性が強く担保される。
対して、青色インクは公文書に使われる。
制度に則った正式記録――議事録、通達などの対外的・法的効力を持つ文書に使用されるインクだ。
もっとも使用頻度が高いのは、黒色インクだ。
業務中の走り書きや備考、私的記述。
状況整理や思考の補助として使われる。
赤や青と比較して、公的効力は持たない。
エルヴィンがたった今、職権により封印指定した記録。
彼は琥珀色の瞳を、再び紙面に落とした。
◇ ◆ ◇
紗幕の引かれた室内は薄暗かった。
その陰鬱な空気が満ちた部屋に、両側を武官に囲まれた青年が一人、半ば引きずられるように俺の前に連れ込まれた。
腕を背で縛られているらしく、虚勢でも張っているのか背筋を伸ばしているものの、 ひどく疲弊した様子が隠し切れず浮かんでいる。
その背後に、別の武官が槍を手に立っていた。
青年は、その場に無理やり両膝を付く形に抑え込まれていたが、睨みつけるように顔をあげていた。
暗さでわからなかったが、いつか見たようにあの意思の強そうな藍色の瞳が、俺に向けられているのだと思うと酷く楽しくて、 気づけばくつりと喉が鳴った。
俺が足を組み替えると同時に、眼前の青年は無理やり頭を押さえつけられる。
「寛大な処分が下った。ありがたく聞け」
傍らに控えた武官が言い、床に擦りつけられるほどに頭を押し付けられていて。
それはまるで、青年が俺にひれ伏すようであった。
青年が抵抗する様子を見せれば、後ろの武官が槍の柄で背中をつつき、そして大人しくなる。
その状態で長々と述べられたのは寛大な処分とやらの条件だ。
大きく分ければふたつ。
ひとつは、俺に従うこと。
ひとつは、得た情報を俺に渡すこと。
顔は見えないものの、青年にとっては特にひとつめの条件が不服であろうことは、その態度からよくわかる。
引き起こされた青年は、固く口を引き結んで返答しない。
武官が飾り短剣の柄で側頭部を殴りつけても、 青年は呻き声ひとつ漏らさず、ただ真っ直ぐに俺を睨みつけていた。
「あの時言っただろう」
言葉を投げかけてやれば、青年は肩を揺らしたきり大人しくなる。
数日前、捕えられたばかりのころ、言った言葉をもう一度口にする。
「今ここで逃げ出し、変わらぬ未来を歩み続けるか。
今は従い、未来を変える可能性に賭けるか。
どちらでも、お前の好きにすれば良い」
俺がそう言い右手をあげると、傍らに控えた助祭が動き、その手に捧げ持たれた盆を青年の前へ差し出す。
赤布の上には余計な装飾の無い、くすんだ銀十字がひとつ、銀鎖と共に乗せられていた。
「逃がすつもりなんか無いくせに、か?」
掠れた低い声。
青年は、変わらずまっすぐに俺を見据え言う。
「逃げようと思えば逃げられるのだろう。
アイル、だったか?
お前程の腕があるならば、手段さえ選ばなければ、いくらでも」
言えば青年は舌打ちし、つまらなさそうに。
「ああ、そうだ……教皇ラグナ、条件がある」
と短く言った。
「なんだ、言ってみろ」
「前にも言った。お前の力が及ぶ範囲で構わん。
誰も殺すな、誰も捕らえるな。
それを飲むなら奴隷でも犬でもなってやる」
出された条件に、俺はひとつ頷いた。
青年を従わせることができるならば、その程度、なんてことのない代償だった。
「その銀十字、受け取りたくても手が動かないもんでね」
暗に外せとのたまう青年に、俺は苦笑し武官に解放するよう指示を出す。
自由を得た青年は腕を軽くまわすと、助祭からその銀十字を受け取り、銀鎖を通すとすぐさま左手首に巻きつけた。
「これで満足でしょうか?」
「ああ構わんよ。これから俺のために働けば良い、アイル」
不敵に笑う青年の姿に、俺は心から笑ったのだ。
◇ ◆ ◇
エルヴィンは再び、盛大な溜息を吐いた。
筆跡に見覚えはない。
教皇と異端者の出会いは、こうではなかったと、エルヴィンは記憶している。
教皇ラグナは綺麗な筆記をするが、末尾がもっと右肩上がりになる。句点もやや乱雑になる。
異端者アイルに関しても同様だ。あの異端者ならば、各文字がもっと流れるような流暢で、整った書体のはずだ。
そもそも、二人ともに教会の書式に詳しい。
仮にこれが真実であるならば、エルヴィンや議会すら黙らせ、正典記録として認めさせる書式で提出されているだろう。
ラグナが書いたならば尚更、教皇印という手段もあるからだ。
よって、悪趣味な業務妨害と、エルヴィンは認定した。
この記録は、こののち、禁書庫に厳重に封印されるはずだ。
外典記録として。
――――
ククロルにて
ありえたかもしれない未来のひとつ。
初出:2011/11/29
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祈りの残響にその名を呼ぶ
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