第5話 イレーネ政府 (2607)
ジュリア一家と黄色いモービルに乗り込んだロビンは、笑顔でジュリアと隣り合わせの
座席に着いた。
「ロビン君、娘と仲良くしてくれてありがとう、ニューヨークに着いたら君の家が出来るまで一緒に住んでくれ」
「ロビン君、これから毎日美味しい食事を作ってあげる。嬉しい?」
「時々まずいこともある」とジュリアの弟がつぶやく。
「なら、食べなきゃいいよね」
「ごめんなさい、ママの料理が一番おいしいです」
「ロビン君、これだけは言っておく!ママの料理は絶対美味しいからな!」
「ほんとに一番おいしいです」
「良い子だね、いっぱい食べてね」
こんな会話のなか、黄色のモービルはノードを離れ、ニューヨークへ続く舗装道路を東へと走行して行った。
数時間後、共存党支持者たちの乗り込んだモービルの長い車列が、ニューヨークの地に到着した。ニューヨークは70年前に造られた自由の女神像の下、大小百近い様々なドームが点在する街だった。人口は3百人程度で70年前の建設当時以前よりも減少しており、市民のほとんどがNASFへ向かう船の管理と漁業を仕事にしていた。周辺にサラルが現れたことはなく、時折はげ猿やはげ犬の群れが徘徊するだけの寂れた都市だった。
ニューヨークに移住した2千人の共存党支持者たちは、市民防衛隊に入隊する必要もなくサラルと戦う事もなく平和に暮らせることを喜び、住居ドーム・発電施設の建設と農業漁業の生産拡大に努めた。最初ロビンはジュリア一家のドームに居候していたが、1ヵ月後ジュリア一家の近くに造られた単身者用住宅ドームに住む事になった。
共存党支持者が圧倒的多数を占めるようになったニューヨーク議会は、市の名前を「ニューヨーク」からギリシャ語で平和を表す「イレーネ」に変更し、イレーネの初代大統領に党首ダニエルを選出した。自由の女神像の下で大統領選出を祝う集会が開かれ、二千人の市民が集まった。ダニエル大統領は理想とするサラルとの共生を目指す政策を発表した。
「サラルとの共存は人類が生き残るための唯一の方法で、困難な道だが我々はその困難を乗り越えるために知恵を出す必要がある」
子供たちの合唱隊が、共存党の集会でいつも歌われてきた「IMAGIN」と言う曲を歌った。この曲は数百年前に超大国だったアメリカが東アジアのベトナムという小国に戦争を仕掛けた時、アメリカの若者たちが戦争反対の声を上げるために歌った曲だった。そして今、共存党支持者はサラルと戦うべきでないとしてこの曲を歌っている。集まった人々の中には、感激して涙を流す人も多かった。
【IMAGIN 作詞作曲:LENNON JOHN WINSTON】
Imagine there's no heaven It's easy if you try
No hell below us Above us only sky
Imagine all the people Living for today・・・
Imagine there's no countries It isn't hard to do
Nothing to kill or die for And no religion too
Imagine all the people Living life in peace・・・
イレーネ政府はドローンで周囲の山岳地帯を捜索し、サラルの生息地域を調査した。その結果、イレーネから20キロ南西の山岳地帯に少数のサラルの群れを発見した。
イレーネ政府はそのサラルの群れに食料を届け友好関係を築く「餌付け作戦」を開始した。食料を運ぶため、攻撃用ドローンを改造し、サラルに似せた頭と羽根と手足をつけ、白く塗った。そのドローンが空中に浮かぶ姿はまるで天使の様だった。イレーネを出発し途中までジープで運ばれた天使ドローンは、そこから数百メートル離れた山岳地帯へと飛行し、イモやサトウキビ、バナナ等のフルーツをサラルの群れの近くに落とし、サラルが気付いたらゆっくりと退却するというパフォーマンスを実施した。これはサラルに「白いサラルが来て食べ物をくれた。これは敵ではない」と思わせる作戦だった。この作戦は悪天候でない限り毎日実施され、最初は警戒していたサラルの群れは、次第に天使ドローンが運んで来る食物を待ちうけるようになった。
イレーネでは警備隊は百人に限定され、市民防衛隊は廃止され市民友好会が組織され、サラルとの友好のために協力して食料を提供する組織となった。ジュリアの父親は毎日のように他の漁業者とともに漁船で海に乗り出し網で多くの魚を捕らえ、水揚げの一定量を政府に納めていた。農業でも収穫された果物や芋など作物の一定量が政府に納められ、その中からサラルへの食料供給が行われた。ロビンやジュリアも漁業施設や農業施設で働くようになった。
こうしてイレーネの人々は、サラルの襲来に備える戦闘訓練もなく、地下工事の騒音もない静かな普通の生活を享受する事になった。イレーネの人々はこの平穏な日々が永遠に続くような気がしていた。




