第12話 イレーネの政変 (2626)
イレーネではサラルが人々の生活を圧迫し、大きな被害を与えるようになっていた。サラルパークは無法地帯と化し、檻の中のサラルとそれに同調するサラルの群れがエサ運搬にあたる係員に危害を加えようとした。係員は毎日命の危険を感じながら業務を続けていた。
イレーネの農場、発電施設にもサラルの放火による被害が出ていた。イレーネ市内でもサラルが頻繁に出現し、市民に対して挨拶どころか牙をむいた恐ろしい顔で襲ってくるようになった。ドーム付近でイレーネ市民を襲うサラルは日に日に増加し被害が増えていき、市民の不満と怒りは限界に達していた。子供や老人はドームから一歩も出る事が出来ず、大人でさえドームの外を歩くときは銃を携帯する必要があった。イレーネ政府は市民に危害を与えるサラルを取り締まろうとせず、逆にサラルに危害を与えた市民を取り締まった。
イレーネ市民はサラルに対して実効性のある対策をとる事を政府に強く要求した。それでもイレーネ警備隊はサラルを殺す事を避け、やむを得ない場合は麻酔銃で眠らせて捕獲するという対策を取り続けた。
「サラルがやりたい放題で人間は殺されても我慢するだけか?」
「政府はサラルの味方か?」
「市民の命を守れなくて、何がサラルとの共存か!」
「イレーネからサラルを追い払え!」
イレーネ周辺の農場、発電施設、港湾施設がサラルの火炎攻撃で破壊される事が多くなっていた。住宅ドーム付近でも隙を見ては暴れ回るサラルにより死傷者が出ていた。住宅ドームから飛び出した二人の子供がサラルに攫われる事件も起こった。目を離したすきに出ていった子供たちを取り戻そうと追いかけた母親はサラルに殺され、二人の子供は数日後サラルの焚火の近くで骨となって発見された。この事件にイレーネ市民から大きな怒りが沸き上がり、多くの市民が銃や弓や棍棒を持ち出しドームの外に出てサラルと戦う姿勢を見せた。しかし警備隊により強制的にドームの中に戻るように指導された。
サラルを取り締まる事が出来ないイレーネ政府を見限り、イレーネを脱出しノードへの帰還を望む市民も多かったが、イレーネ政府は移動中の危険性を理由に許可しなかった。イレーネ脱出を試みる市民が多くなり、ある者は成功し、ある者は途中でサラルに襲撃されて殺害される状況が続いた。
イレーネ政府に対する市民の怒りが高まり、その年行われた大統領選挙では、サラル対策の是非が争点となった。多くの市民は実効のあるサラル対策を求めてデモを行ったが、このデモにもサラルは襲い掛かった。一週間後行われた大統領選挙の結果、対サラル強硬派のヨーセフ候補が圧倒的支持を受け新しい大統領となった。
ヨーセフ大統領就任後、対サラル強硬派となったイレーネ政府はサラルの襲撃から市民を守るための措置を実行し、警備隊にサラルへの実弾発砲を許可した。いつもの様にイレーネのドーム付近に居座っていたサラルは、警備隊による発砲で数匹が撃ち殺され、残りは逃げ去って行った。翌日もサラルはイレーネに近づいてきたが、待ち構えていた警備隊の発砲で追い払われた。
イレーネ政府はサラルの来襲に備えるためドーム主要施設に防衛陣地を築くことになり、市民総動員で防衛陣地の建設が始まった。イレーネに押し寄せるサラルの群れは日に日に狂暴となり、投石や火炎攻撃を仕掛けるようになったが、防衛陣地から警備隊員が発砲し撃退する事になった。
サラルからイレーネを守るため、銃などの武器を持つ市民が自発的に警備隊に参加するようになり、防衛陣地には2百人の防衛隊員と百人以上の市民が参加していた。銃の数は少なく、市民の多くは棍棒や弓矢でサラルと戦おうとしていた。
ロビンもジュリアから銀の銃を借り受け、防衛陣地でサラルと戦う事になった。この銀の銃は二十年前ノードを出るときライラがジュリアに贈ったものだった。防衛陣地の塹壕で銃を構えていたロビンは、昔ノードの基礎学校の生徒だった時、こういう戦闘訓練をした事を思い出していた。あのときは飛び込んでくるのはサラルを模したドローンでみんな遊び半分だったが、今は本物のサラルが飛び込んできて金属棒を振り回し実際に殺される危険がある。
イレーネ政府は防衛陣地でサラルの群れを撃退すると同時に、ジープでサラルパークまでエサを運ぶことを再開した。サラルの群れをサラルパークに引き付け、イレーネに近づくサラルの数を減らそうという作戦だった。
以前、サラルパークへのエサ運搬係をしていたロビンも再びこの仕事に就くことになり、毎日の様に危険を覚悟のうえでサラルパークへ向かう事になった。サラルパークに向かうジープにはサラルの群れがエサを奪おうと近づいて来る。到着してエサをばら撒いた帰りにはサラルが投石や金属棒で襲ってきた。しかもサラルパークでのエサを再開してもイレーネに来襲するサラルの数が減る事は無く、警備隊員や市民が被害を被る事が続いていた。




