何もない休日の尊さと、最強暗殺者の膝枕
何もない休日の尊さと、最強暗殺者の膝枕
ポポロ・ワンダーパークがプレオープンしてから、およそ二週間が経過した。
事前の予想通り――いや、それ以上に、ダンジョンは大盛況だった。
国境を警備する三大国の兵士たちは、ニャングルの屋台で『ポポロまんじゅう』を買い食いし、スパエリアのヒノキ風呂で日頃の厳しい任務の疲れを溶かし、カフェでリーザの(五円玉を要求する)歌を聴きながらコーヒーを飲んで帰っていく。
ドッグランでは、もふもふのSランク魔獣・ポチたちが子供たちの遊び相手になり、村人たちにもすっかり憩いの場として定着していた。
だが、順調すぎるがゆえに、ヒカリの「社畜センサー」が再び警報を鳴らしていた。
「……というわけで。本日はポポロ・ワンダーパーク、初めての『定休日』といたします!」
朝のミーティング(という名目の朝食会)で、ヒカリは高らかに宣言した。
カフェの入り口には、すでに『本日休業・また明日ね!』という可愛らしい看板が下げられている。
「ええっ!? 休業!? なんでですの!」
一番に異議を唱えたのは、リーザだった。
「毎日大繁盛で、私のスパチャ箱(お賽銭箱)もチャリンチャリン鳴ってますのに! 休むなんてもったいないですわ!」
「リーザちゃん、働き詰めは良くないよ。たまにはお休みしないと」
「アイドルに休みなど不要ですわ! お金が稼げる時に稼いでおかないと、またあの干からびたパンの耳生活に……ヒィィッ!」
トラウマを思い出してガタガタ震えるリーザに、ヒカリは苦笑しながら焼きたてのクロワッサンを口に突っ込んで黙らせた。
ニャングルは「ワイは休みの間を利用して、王都へ新しい仕入れルート開拓に行ってきまっさ!」と、早々に算盤を片手に飛び出していった。
そして、問題は残りの二人である。
「ヒカリお姉ちゃん。お休みなら、私、村役場の来月の決算書をここでやってもいいですか? ヒカリお姉ちゃんの淹れたハーブティーがないと、もうペンが握れなくて……」
「だーめ。休みの日に仕事を持ち込まない。書類は没収!」
ヒカリは、ヤンデレ気味に擦り寄ってくるキャルルの腕から、分厚い書類の束を容赦なく奪い取った。
「マスター。休日ということは、不特定多数の来客がないということですね。絶好の機会です、今のうちにダンジョン内の防犯カメラの死角の洗い出しと、避難経路の再確認、ならびに僕の射撃訓練を――」
「シンくんもだーめ!!」
ヒカリは、タクティカルベストを着込んで張り切っているシンのネクタイをぐいっと引っ張った。
「あのね、二人とも。休日は『仕事をする日』でも『訓練をする日』でもありません。何もしないで、ただダラダラして、心と体を休める日なの!」
「ダラダラ……? 何もしない……?」
「そんな無防備な状態で、もし暗殺者が天井から――」
「ここは絶対安全領域!!」
日本にいた頃、ヒカリの休日は「疲労で泥のように眠り、日曜の夜に明日からの仕事に絶望する」ための時間だった。
でも、今の休日は違う。明日を恐れるためではなく、今日という平和な一日を味わい尽くすための時間なのだ。
ヒカリは【ダンジョンクリエイト】のパネルを操作し、マスタールームの奥に『プライベート中庭』を拡張した。
青々と茂る芝生。さんさんと降り注ぐ、ポカポカの太陽の光(ダンジョン内だが、気候も自由自在だ)。
そこに大きめのレジャーシートを敷き、サンドイッチやフルーツ、ポットいっぱいの紅茶を用意した。
「さあ、みんな! 今日はここで、お日様の光を浴びながら、ひたすらゴロゴロします!」
◆ ◆ ◆
中庭に広げられたシートの上。
リーザは早々に「これ、全部食べてよろしくて!?」とサンドイッチに食らいつき、満腹になるとそのまま芝生に転がってスースーと寝息を立て始めた。
キャルルはヒカリの隣にぴったりとくっつき、「ふへへ……ヒカリお姉ちゃんからお日様の匂いがします……」と幸せそうに目を細めている。
だが、たった一人だけ、全くくつろげていない男がいた。
「……」
シンである。
彼はシートの端に正座し、背筋をピンと伸ばして、上空を鋭い目つきで睨みつけていた。
「シンくん、何してるの?」
「上空警戒です、マスター。晴天時こそ、上空からの魔物やドローンの奇襲に備え――」
「ドローンはないでしょ、この世界に」
ヒカリはため息をついた。
無理もない。彼はずっと「気を抜けば死ぬ」という世界で生きてきたのだ。「何もしなくていい、安全だ」と言われても、すぐに心が切り替わるはずがない。
(でも、このままじゃシンくんが壊れちゃうよ)
ヒカリは、正座しているシンの隣に移動すると、自分の膝をポンポンと叩いた。
「シンくん、こっち来て」
「え? 何か異常ですか?」
「いいから、ちょっとゴロンってしてみて」
「ゴ、ゴロン……? 僕が、ですか?」
シンは戸惑いながらも、マスターの命令には逆らえないとばかりに、ぎこちない動きでシートの上に横になった。
ヒカリは、コチコチに緊張している彼の頭を、そっと自分の膝の上に乗せた。
――いわゆる、膝枕である。
「なっ!? ま、マスター!? これは一体何の尋問ですか!? 僕は何か粗相を――」
「しーっ。いいから、目を閉じて」
パニックになって跳ね起きようとするシンを、ヒカリは優しい手つきでなだめ、その黒髪をゆっくりと撫で始めた。
「……っ」
ヒカリの手のひらから伝わる、穏やかな体温。
彼女の服から香る、お日様とフローラルな石鹸の匂い。
そして、規則正しく響く、ヒカリの穏やかな心音。
「どう? 空は見えないけど、ちょっとは落ち着く?」
「あ……う……」
シンの顔が、耳の先まで真っ赤に染まる。
暗殺者として、他人に急所である頭を預けるなどあり得ない。すぐに飛び起きなければ。警戒しなければ。
頭ではそう警鐘が鳴り響いているのに、ヒカリの膝のあまりの心地よさと、髪を撫でられる安心感に、体の力が面白いように抜けていく。
「シンくん、毎日ずっと立って、私のこと守ってくれてるでしょ。だから今日くらいは、私がシンくんを守ってあげる。……ここは絶対安全だから、安心して眠っていいんだよ」
優しく響くヒカリの声。
それは、彼が生まれてからずっと、誰かに言ってほしかった言葉だった。
「……ヒカリ、さん」
「ん?」
「あなたの膝は……どんな防弾チョッキより、温かくて……安全、ですね……」
シンのまぶたが、ゆっくりと落ちていく。
数分前までピンと張り詰めていた最強の暗殺者は、あっという間に緊張を解き、ヒカリの膝の上で、幼い子供のように無防備な寝顔を見せ始めた。
スゥ、スゥと、静かな寝息が聞こえてくる。
「ふふっ、おやすみなさい、シンくん」
ヒカリはシンの頭を撫で続けながら、ふう、と心地よい息を吐いた。
「……ぎりぃっ」
「ん? キャルルちゃん、どうしたの?」
ふと横を見ると、キャルルが人参柄のハンカチを口にくわえて、ギリギリと引きちぎらんばかりに噛み締めていた。
そのウサギ耳はピンと逆立ち、膝枕で熟睡するシンに向けて、凄まじい嫉妬のオーラ(ヤンデレ成分多め)を放っている。
「ヒカリお姉ちゃんの膝枕……私の特等席だったはずなのに……っ! あの黒服、ただじゃおきません……後で裏のドッグランに埋めてやるぅ……!」
「こらこら、怖いこと言わないの。キャルルちゃんには、こっちの空いてる方の膝を貸してあげるから」
「ほんとですか!? やったぁぁっ!!」
キャルルはハンカチを放り捨て、満面の笑みでヒカリの反対側の膝にダイブしてきた。
右の膝には、寝顔まで凛々しい最強の護衛。
左の膝には、幸せそうにすりすりしてくる可愛い村長。
そして目の前では、お腹を出して大の字で爆睡する強欲なアイドル。
(なんだかんだ、賑やかな休日だなあ)
ヒカリは青い空を見上げながら、くすっと笑った。
前世の、一人きりの狭いアパートで迎える憂鬱な日曜日とは違う。
ここには、自分を必要としてくれる、愛おしくてちょっと手のかかる仲間たちがいる。
誰も怒鳴らない。誰も急かさない。
「何もしない休日って、最高だね」
限界社畜だったヒカリは、陽だまりの中で温かい重みを感じながら、心からの幸せを噛み締めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ポポロ・ワンダーパーク、初の定休日!
休むことを知らない仲間たちに、ヒカリちゃんが「正しい休日の過ごし方」を叩き込みました。
そして、シンくんへの膝枕!
常に死線を潜り抜けてきた彼にとって、ヒカリちゃんの膝の上は世界で一番安全で、絶対に武装解除してしまうサンクチュアリのようです。
隣でハンカチを噛んで嫉妬するキャルルちゃんも、最終的にはダブル膝枕で大満足でしたね(笑)。
次回は、この平和なダンジョンに、ついに空気を読まない『厄介なお客様(隣国のならず者冒険者)』がやってきます。
ヒカリちゃんのダンジョンの防衛システム(という名のアトラクション)と、シンの圧倒的な実力が火を噴く、スカッとざまぁ編の幕開けです!
「シンくんの寝顔尊い!」「キャルルちゃんの嫉妬可愛い(笑)」「最高の休日!」と思っていただけましたら、
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次回もどうぞよろしくお願いいたします!




