ダンジョンスタッフ第一号は、強欲なアイドル人魚姫
ダンジョンスタッフ第一号は、強欲なアイドル人魚姫
小鳥のさえずりと、窓から差し込む柔らかな朝の光。
ヒカリは、これまでの人生で最も目覚めの良い朝を迎えていた。
「んんっ……よく寝たぁ……」
ふかふかのベッドで大きく伸びをする。
首や肩のコリがすっかり消え去っていることに感動しながら、ヒカリはベッドから降りた。
前世では、起き抜けに「ああ、会社行きたくない」と絶望するのが日課だったが、今日は違う。
ここは自分が作った『絶対安全なダンジョン』のログハウスだ。嫌な上司も、理不尽なクライアントもいない。
「さて、朝ごはんにしようかな」
ヒカリはキッチンに立ち、【ダンジョンクリエイト】のパネルを操作した。
ダンジョンのマスターであるヒカリは、ダンジョン内の魔力を消費して、生活に必要な物資や食材を生成できることがわかったのだ。
トーストが焼ける香ばしい匂いと、コーヒーの芳醇な香り、そして厚切りベーコンと目玉焼きが焼けるパチパチという音が部屋に広がる。
「……っは!?」
その音と匂いに反応し、ソファで丸くなっていた黒服の男――シンが、バネ仕掛けのように跳ね起きた。
「敵襲!? ヒカリさん、伏せて……!!」
「おはよう、シンくん。敵はいないよ、目玉焼きの爆ぜる音だから」
フライパンを片手に微笑むヒカリを見て、シンは目を白黒させた。
そして、自分が昨日、この無防備な部屋のソファで、見ず知らずの女性が作ったスープを飲んで『寝落ち』してしまったという事実を思い出し、ワナワナと震え始めた。
「ぼ、僕は……熟睡、した……? 毒のチェックもせず、見張りも立てずに、朝まで……?」
それは、極度の警戒心を抱え、数年間まともな睡眠をとっていなかったシンにとって、世界がひっくり返るほどの衝撃だった。
「どう? 体調は良くなった?」
「……信じられないほど、体が軽いです。肩こりも、眼精疲労も、すべて消え去っています……」
「それは良かった! クマも少し薄くなってるね」
ヒカリの屈託のない笑顔を見て、シンの胸に熱いものが込み上げてきた。
「ヒカリさん」
「ん?」
「僕は昨日、あなたに命を救われました。いえ、魂を救済されたと言っても過言ではありません。この御恩に報いるため、僕の命は今日からあなたのものです。24時間体制で、あなたの背後と寝室の警護を――」
「重い重い重い!!」
ヒカリはブンブンと首を振った。
「寝室の警護なんていらないから! ここは絶対安全領域だし!」
「しかし、いつ見えない脅威があなたを襲うか……っ! とりあえず、入り口に金属探知ゲートと魔導地雷を敷きましょう!」
「うちの入り口を要塞にしないで!?」
ヒカリとシンが朝からわちゃわちゃとやり取りをしていると、部屋の奥のこたつから、もぞもぞと芋ジャージ姿の少女が這い出してきた。
「うぅ……朝から騒がしいですわ……」
昨日、血を吐いていた村長のキャルルは、ヒカリの『絶対安全領域』とシチューの恩恵で一晩ですっかり回復し、「ヒカリお姉ちゃん! 今日のお仕事が終わったら、また夜に必ず来ますからねっ♡」と、ヤンデレ気味な書き置きを残して早朝に村へ戻っていた。
残されたのは、海中国家シーランの元王女であり、現在はなぜか地上で地下アイドルをしているという、リーザだった。
「あ、おはようリーザちゃん。よく眠れた?」
「……ふんっ」
リーザはツンとそっぽを向いて、立ち上がった。
しかし、彼女の視線はチラチラと、テーブルの上に並べられたふかふかのトーストとベーコンエッグに向けられている。
「昨日のお礼は言っておきますわ。でも、勘違いしないでくださいませ。私は誇り高きアイドル! いつまでもこんなところで、タダ飯を食らうような真似はいたしませんわ!」
ビシッ! とリーザはヒカリを指差した。
その足元は健康サンダル、着ているのは毛玉だらけの芋ジャージだが、態度は堂々たるものだ。
「アイドルたるもの、ファンからのスパチャ(御縁)と労働の対価以外で腹を満たすなど、言語道断! これ以上の施しは受けませんわ!」
そう言い切った瞬間。
きゅるるるるるるる〜ぅ。
リーザのお腹が、ログハウス中に響き渡るほどの、見事な悲鳴を上げた。
「…………っ」
「あー……」
リーザの顔が真っ赤に染まり、ぷるぷると震え始める。
強欲で誇り高い彼女だが、長年パンの耳と雑草で食いつないできたその胃袋は、目玉焼きの凶悪な匂いの前には無力だった。
ヒカリはくすっと笑い、もう一枚のトーストをお皿に乗せた。
「施しじゃないよ、リーザちゃん」
「えっ……?」
「この場所ね、もっと広くして、村のみんながくつろげる『カフェ』みたいな場所にしようと思ってるの。でも、私一人じゃ手が回らなくて。もしよかったら、ここで働いてみない?」
ヒカリの提案に、リーザの目がパチクリと瞬きする。
「は、働く……?」
「うん。お店の清掃と、お客さんの案内係。リーザちゃん、アイドルなら接客は得意でしょ? 看板娘として手伝ってくれたら助かるな。お給料はちゃんと出すし、もちろん『まかない』付きで」
『まかない』。
その魅惑の響きに、リーザの頭の上でピコン! と何かが弾けた。
「か、看板娘……! まかない付きの、絶対無敵の看板娘……!」
リーザは両手を胸の前で組み、キラキラと目を輝かせた。
「私がいれば、このお店は億万長者間違いなしですわ! ファンが押し寄せて、毎日五円玉の雨が降りますのよ! ええ、ええ、引き受けましょう! このスーパーアイドル・リーザが、あなたのお店をプロデュースしてさしあげますわ!」
「うんうん、よろしくね」
「さあ、そうと決まれば! まかないのベーコンエッグをいただきましてよーっ!」
リーザは光の速さでテーブルに飛びつき、トーストをかじり始めた。
「はふっ、んんっ……美味しいぃぃ! パンの耳じゃない部分、数ヶ月ぶりに食べましたわぁぁ……!」と、涙を流しながらもぐもぐしている。
その光景を見て、シンが小声でヒカリに囁いた。
「ヒカリさん。彼女、素性も知れないんですよ? 毒物を仕込まれるリスクが――」
「大丈夫だよ。ご飯をあんなに美味しそうに食べる子に、悪い子はいないよ。それに、ここは『絶対安全』だからね」
ヒカリはふふっと笑うと、空中に浮かぶ【ダンジョンクリエイト】のパネルを開いた。
「よし、スタッフも決まったことだし、さっそく改装しようか」
ヒカリがパネルを操作すると、ズズズ……と地面がわずかに揺れた。
マスタールームの奥の壁がスライドし、新たな空間が瞬時に生み出されていく。
現れたのは、木目調の落ち着いたフローリングに、ゆったりとしたソファ席とテーブルが並ぶ、広々としたカフェスペースだった。
陽光が差し込む大きな窓。カウンターの奥には、本格的なエスプレッソマシンやオーブンが並ぶキッチン。
《ダンジョン第1層・拡張完了:『カフェエリア』をオープンしました》
「わぁ……! 素敵なステージですわ!」
パンを咥えたまま、リーザが目を輝かせてカフェエリアを走り回る。
ヒカリはシステムから、フリルがついた可愛いカフェエプロンを取り出し、リーザに手渡した。
「はい、これ制服ね。芋ジャージじゃ接客できないでしょ?」
「こ、これは……私のための新しい衣装……っ! ヒカリさん、一生ついていきますわ!」
リーザはエプロンを抱きしめ、大げさに歓喜の声を上げた。
こうして、ヒカリのダンジョンに、記念すべきスタッフ第一号が誕生した。
極貧の底辺アイドルから、まかない付きのカフェ看板娘への華麗なる転身である。
「ヒカリさん」
いつの間にか、シンがカウンターの隅で真剣な顔をしてメモ帳を開いていた。
「このカフェの座席配置ですが、入り口から死角になるテーブルが二つあります。万が一、狙撃手が窓から狙ってきた場合、カウンターの中に逃げ込む動線が確保できていません。テーブルの配置を30度ずらし、窓ガラスは防弾・防爆仕様に変更すべきです」
「……シンくん」
「はい」
「ここは戦場じゃなくてカフェだからね? 窓を分厚い防弾ガラスにしたら、外の景色が見えなくなっちゃうでしょ」
「しかし、安全第一を考えると――」
「シンくんには、私の専属ガードマン兼、カフェの『味見係』をお願いするから。危ない人が来たら、その時はシンくんが守ってくれるんでしょ?」
ヒカリがにっこりと微笑んで首をかしげると、シンの顔がボンッ! と真っ赤に爆発した。
「ま、任せてください!! どんなテロリストが来ようと、窓ガラスを割られる前にコンマ2秒で僕が全員の眉間を――」
「あ、殺しはダメだからね。ここは絶対安全領域だから」
「は、はいっ!」
世界一臆病で過保護な暗殺者は、ヒカリの言葉に尻尾を振る大型犬のように背筋を伸ばした。
限界社畜OL、過労の凄腕暗殺者、飢えた人魚姫。
異色の三人による、誰も死なない、世界一安全なダンジョン経営(テーマパーク作り)が、いよいよ本格的に動き出そうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ダンジョンスタッフ第一号は、パンの耳と雑草で食いつないできた強欲アイドル・リーザちゃんでした!
「まかない」というパワーワードの前に、彼女のプライドは瞬殺です(笑)。
そしてシンくん。過保護すぎてカフェの窓を防弾ガラスにしようとしますが、ヒカリちゃんに「守ってくれるんでしょ?」と頼まれて完全にノックアウトされました。ちょろいですね。
次回は、ヤンデレ気味の村長・キャルルが再びダンジョンを訪れます。
ヒカリちゃんの「おもてなし空間プロデュース」が、過労の村長を物理的に骨抜きにする『癒やしのスパエリア』解放へ!?
「リーザちゃんエプロンよかったね!」「シンくんの警護が重い(笑)」「お風呂エリア楽しみ!」と思っていただけましたら、
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