最強暗殺者の不安と、変わらない日常のオムライス
最強暗殺者の不安と、変わらない日常のオムライス
パンイチ姿のならず者冒険者たちが、半泣きでポポロ・ワンダーパークから逃げ出してから数時間後。
ダンジョンのエントランスには、再び穏やかな空気が戻っていた。
「よーし、無限ミラーメイズの機能解除、っと。鏡の汚れも自動でクリーニングして……よし、完了!」
ヒカリが【ダンジョンクリエイト】のパネルを操作し、アトラクション空間を元の広々としたエントランスホールに戻す。
大暴れ(おもてなし)をして大満足のSランク魔獣・ポチとクマ吉は、ドッグランの人工芝の上で折り重なるようにしてスースーと高いびきをかいていた。
「ヒカリはん! ワイは一旦、この金貨を商会の金庫にぶち込んで来まっさ! いやぁ、ホンマにええ商売やで!」
「ニャングルさん、あんまり悪どいことしちゃダメですよー」
「わかっとるわかっとる! ほなな!」
ホクホク顔のニャングルが風のように去っていき、リーザは「激辛青汁のグラス、洗っておきましたわ!」と鼻歌交じりにカフェのキッチンを片付けている。
いつも通りの、平和なダンジョンの日常。
――ただ一人を除いて。
「……」
エントランスの隅。
神谷シンは、微動だにせず直立不動の姿勢を保っていた。
その顔にはいつもの「大型犬のような」少し気の抜けた表情はなく、感情を完璧に殺した冷徹な警護官の仮面が張り付いている。
ヒカリが近づいても、彼は視線を合わせようとしなかった。
「シンくん? どうしたの、そんな壁際に立って。もう敵はいないよ?」
「……異常ありません、マスター。僕はここで、次の脅威に備えて第1次防衛ラインの警戒を継続します」
硬い、マニュアル通りの返答。
だが、前世で数え切れないほどの「やらかして落ち込む後輩」や「ストレスで心を閉ざした同僚」を見てきたヒカリの『社畜センサー』は、シンの内面で起きている激しい葛藤を正確に読み取っていた。
(あ、これ……ものすごく自己嫌悪に陥ってる時の顔だ)
ヒカリは、小さく息を吐いた。
理由はおおよそ見当がついている。先ほどの、ギランたちに対する『制圧劇』だ。
シンはあの時、完全に『暗殺者』としての殺気を解き放った。
「脳漿を撒き散らす」だの「脳みそを賭けて競争するか」だの、平和なテーマパークにはおよそ似つかわしくない、血生臭い言葉で相手を支配した。
(私に、あんな怖い顔を見せちゃったから……嫌われたんじゃないかって、不安になってるんだ)
ヒカリは、シンの背中を見つめながら、ふふっと小さく笑った。
最強の暗殺者なのに、どこまでも繊細で、不器用で、優しい人だ。
「シンくん、ちょっとそこで待っててね」
ヒカリはキッチンに向かい、フライパンを火にかけた。
バターを溶かし、細かく刻んだ玉ねぎと鶏肉を炒め、ご飯を投入してケチャップで味付けをする。手際よくチキンライスを作り上げると、別のフライパンで卵をふんわりと焼き上げ、チキンライスの上に被せた。
黄金色に輝く、ふわとろのオムライス。
仕上げに、ケチャップで文字を書き込む。
「よし、完成!」
ヒカリはお皿をお盆に乗せ、エントランスに立ち尽くすシンの元へと戻った。
「シンくん、お疲れ様。お昼ご飯にしよ」
「……マスター」
シンは、差し出されたオムライスを見て、わずかに目を丸くした。
しかし、すぐに顔を伏せ、一歩後ずさりをした。
「お気遣い感謝します。ですが、僕は警護任務中です。それに……今の僕は、あなたが作った温かい食事をいただく資格は……」
「はいはい、四の五の言わないの。冷めちゃうでしょ」
ヒカリはシンの腕をぐいっと引っ張り、エントランスの脇にあるスタッフ用の休憩ソファに無理やり座らせた。
そして、自分もその隣に腰を下ろし、スプーンをシンの手に握らせた。
「シンくん、オムライスの上の文字、読んでみて」
シンは、言われるがままに視線を落とした。
ふわふわの卵の上に、赤いケチャップで書かれていたのは。
『おつかれさま!』という文字と、にっこり笑うスマイルマークだった。
「マスター……これは……」
「さっきは、私とこのダンジョンを守ってくれて、本当にありがとう。シンくんがいてくれなかったら、どうなってたかわからないよ」
シンの手が、小さく震えた。
「……怖く、なかったのですか」
絞り出すような、掠れた声だった。
「あいつの眉間に銃を突きつけた時……僕は、間違いなく『殺意』を向けました。相手の命を奪うことなど何とも思わない、血に濡れた人間の顔です。あなたの愛する平和なこの場所を、僕のまとった死の気配で汚してしまった。……あなたは、僕のことが恐ろしくはないのですか?」
シンはずっと、それを恐れていた。
自分の本性――USSSで培った『殺人術』をヒカリに見せれば、彼女の無防備な笑顔は恐怖に引きつり、二度と自分にスープを作ってくれなくなるのではないかと。
だから、自分から距離を置こうとしたのだ。
だが、ヒカリの答えは、彼が想像していたものとは全く違っていた。
「うーん……全然?」
「……え?」
ヒカリは、首をこてんと傾げて、底抜けに明るい声で言った。
「だって、シンくんは『絶対に誰も殺さない』ために、わざとあんな怖い顔をしたんでしょ?」
「――――ッ」
「もし本当に冷酷な暗殺者なら、警告なんてしないで撃ってたと思うし。私が『ここは絶対安全だから殺しちゃダメ』って言ったルールを守るために、わざわざあんなお芝居をして、相手を降参させてくれたんじゃないの?」
シンの息が止まった。
図星だった。
彼は、ヒカリの『誰も傷つかないテーマパーク』という理念を汚さないため、システムに頼るのではなく、自らの圧倒的な恐怖で相手の戦意を根こそぎ折る道を選んだのだ。
その本心を、ヒカリは一切の疑いもなく、完全に見抜いていた。
「それにね、シンくん」
ヒカリは、シンの大きな手に、自分の手をそっと重ねた。
「私が会社で働いてた頃、理不尽に怒鳴り込んでくる人たちから、私を庇ってあんなふうに矢面に立ってくれる人なんて、一人もいなかったんだよ。だからね、私のために怒ってくれて、私の居場所を守ってくれるシンくんのこと……怖いなんて、一ミリも思わないよ」
ヒカリの真っすぐな瞳。
そこには、シンに対する恐怖も、嫌悪も、警戒も、何一つなかった。
あるのは、絶対的な信頼と、深い慈愛だけだった。
「……マスター……ヒカリ、さん……」
シンの瞳から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
彼の心にこびりついていた「自分は血に汚れた人間だ」という呪いが、ヒカリの温かい言葉によって、オムライスの湯気と一緒にふわりと溶けて消えていく。
「さあさあ、泣いてないで食べて。ケチャップが冷たくなっちゃうよ」
「はい……っ、いただきます……っ」
シンは、涙を拭いもせず、スプーンでオムライスをすくい、大きな口を開けて頬張った。
「……美味しい。すごく、美味しいです……」
「ふふっ、よかった」
卵の甘みと、ケチャップの酸味。チキンライスの温もり。
それは、世界で一番優しくて、世界で一番安全な味がした。
「ヒカリさん」
オムライスを半分ほど食べたところで、シンが涙ぐんだ目のまま、しかしはっきりとした声で言った。
「僕は、この命に代えても、あなたと、あなたの創るこの日常を守り抜きます。……もう、勝手に壁際に立ったりしません。ずっと、あなたの隣で、あなたの盾になります」
「うん。頼りにしてるよ、私の世界一のガードマンさん」
ヒカリが微笑むと、シンは照れくさそうに笑い返し、再びオムライスを夢中で口に運び始めた。
限界社畜OLと、過保護な最強暗殺者。
血生臭い事件を乗り越え、二人の絆は、もうどんな脅威が来ても揺るがないほど、強く、温かく結びついていた。
「あーっ! ズルイですわ! なんでシンさんだけヒカリさんの特製オムライス食べてますの!?」
キッチンから飛び出してきたリーザが、シンのオムライスを指差して抗議の声を上げた。
「私のまかないはタマゴサンドでしたのに! 私もケチャップで『リーザちゃん可愛い』って書いてほしいですわ!」
「わかったわかった、おやつの時間にパンケーキ焼いてあげるから」
「パンケーキ! ヒカリさん一生ついていきますわーっ!」
騒がしくて、温かくて、誰も傷つかない場所。
「ふふっ、明日はついにグランドオープンだね」
ヒカリは、空になったお皿を抱えて笑うシンと、パンケーキの幻影に小躍りするリーザを見つめながら、これから始まる新しい日々に胸を躍らせていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ギランたちを圧倒的な恐怖で制圧したシンくんでしたが、実は「ヒカリちゃんに嫌われたかも……」と一人で激しい自己嫌悪に陥っていました。
しかし、ヒカリちゃんの「社畜目線(人の心を察する能力)」と「手作りオムライス」の前に、シンの不安は完全消滅!
「誰も殺さないためにお芝居してくれたんでしょ?」と本心を見抜かれたシンくん、もうヒカリちゃんから一生離れられませんね。
さて、ならず者との一連の騒動も丸く収まり、ついにポポロ・ワンダーパークは『グランドオープン』の時を迎えます!
次回、第1章のクライマックス(プレオープン期間終了)へ向けて、ダンジョンはさらなる盛り上がりを見せます。
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次回もどうぞよろしくお願いいたします!




