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打ち切られた俺のラノベ、国民的アイドルに“人生で一番好きな本”と紹介されて大バズりし、アプローチされてしまう  作者: 歩く魚


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8.聖地巡礼?


 『一度、直接お会いできませんか?』


 すぐに返事はできなかった。


(いやいやいや、会うわけがないだろ……)


 マッチングアプリなんかが流行っている現代だ。顔も名前も知らない相手と会うことに対してのハードルが下がっているのは分かる。


 だとしても、自慢じゃないが俺はネットリテラシーがある方だ。昨日の今日で、真昼クレアを語る狂人と会う気にはならない。ならない……のだが。

 

 尤もらしい理屈を並べる自分とは別に、もう半分の自分がわりと面白がっていた。


 考えてもみてほしい。


 なりすましを疑って突っぱねたらサインの画像を送りつけられた。肉まんの話で必死に証明され、挙句に好きな場面を何度も読んだと熱弁された。


 ここまで来たら、結末を見届けたくなるのが人情ではないのか。手の込んだ詐欺なら、その手口を最後まで拝んでやる。


 本物なら本物で、トップアイドルが地味な作家と会って何を話すのか見てみたい。俺は指を動かしていた。


「わかりました。会いましょう」

『ほんとですか!?』


 返信は相変わらず早かった。


『よかった!!!』

『じゃあ、場所と時間を決めてもいいですか?』


「お任せします」

 

『ありがとうございます!

 絶対に後悔させません!』


「そんな大層な話でしたっけ?」

 

『大層な話です!

 わたしにとっては、すごく大事なことなので!』


『そういえば、枯れ尾花先生ってどちらに住んでるんですか?

 わたしは東京です!』


 そりゃあそうだろ、と思いながらも返事を打つ。


「自分も東京ですよ」

『え!? 運命じゃないですか!?』

「それなら運命の人があと千四百万人いますね」


『たとえ先生が沖縄に住んでたとしても、わたしは飛んでいきましたよ!』


 あ、俺のツッコミはスルーなんだ。


 そこから連絡が途絶える。

 おそらく、待ち合わせ場所を考えてくれているんだろう。

 宗教施設への動線でも確認してるのか?

 

 数分後に届いたのは、渋谷の駅前にある待ち合わせスポットの名前と土曜の昼という指定だった。


 なるほど、人の多い場所をあえて選んだらしい。大勢に紛れたほうが、かえって目立たないという算段だろうか。


『当日は私から声をかけますね!

 枯れ尾花先生は普通にしててください!』


「普通にって、どうすれば……」


『いつも通りで大丈夫です!』


 そのいつも通りが分からないんだよなぁ。

 休日に出かける相手なんて佐倉くらいしかいないし、女子と二人で出かけるなんていつぶりか。

 まだ本物かなんて決まったわけでもないが、逆に落ち着かない。


『あ、でも、私のことはすぐには気付けないかもしれません』

「どういう意味ですか?」

 

『私、変装が得意なので!

 ふふ、当日のお楽しみです』


 その一文に、なぜか嫌な予感がした。


 ・


 土曜日。約束の十分前に、俺は指定された駅前に着いた。

 週末の昼とあって、広場は待ち合わせの人間でごった返している。


 問題は、この中からどうやって相手を見つけるかだ。

 向こうが声をかけると言っていたが、本当に来るのかどうかも怪しい。

 スマホを片手に、俺は所在なく人波を眺めていた。


 手に振動が伝わる。DMが届いた。


『もう着きました!

 どんな服装ですか?』


「黒いシャツにデニム履いてます」


『わかりました!

 探します!』


 ここにきて対面を意識してしまい、心臓が強く脈打ちだす。

 落ち着け、到着しているということは、こちらから探すこともできるはず。

 先に偽物らしき人物を見つけたら、ダッシュで逃げてしまおう。


 俺はキョロキョロと、周りに怪しまれない程度に周囲を見渡す。

 そのとき、視界の隅に明らかに様子のおかしい人物が映った。


 季節に合わない大きなつばの帽子、レンズの濃いサングラス、口元まで覆うマスク。仕上げにマフラーらしき布まで巻いて、顔の面積がほぼ完全に潰れている。


 その人物が辺りを警戒しながら、どう見ても挙動の怪しい足取りでこちらへ近づいてきた。


 周囲の人間が、さりげなく距離を取っているのが分かる。

 当然だ。これだけ厳重に顔を隠した人間が昼間の駅前をうろついていたら、誰だって身構える。


 まさか、と思った。


 その不審者は俺の前で立ち止まると、声を潜めて言った。


「あの……枯れ尾花先生、ですか?」


 声に聞き覚えがあった。文字でしか知らないはずの相手なのに、なぜか分かる。


「……真昼さん?」


「はい! わかってもらえてよかったです! 完璧に変装してきたので、誰にもバレてないと思います!」

「いや、逆に目立ってますよ」

「……えっ」


 自信満々そうにピースをしていたが、俺の一言に打ち砕かれてしまう。


「その格好、どこからどう見ても怪しいです。さっきから、周りの人がみんな避けてます」

「そんな……完璧だと思ったのに……」


 彼女は再び周囲に目を向ける。

 俺の言っていることを身をもって理解したのだろう。

 しゅんという音が聞こえそうな肩の落とし方だ。


「顔を全部隠したら、かえって変装してますと宣言しているも同然じゃないですか。次はもう少し自然にしたほうがいいです」

「次……次も会ってくれるんですか!?」


 しまった、と思った。

 口を滑らせた俺に、サングラス越しでも分かるくらい嬉しそうな気配を漂わせている。


「……とりあえず、ここだと人目につくので移動しましょう」

 

「はい! どこに行きましょうか! 先にデ……予定を考えようか迷ったんですけど、先生の行きたいところがあれば優先します!」


「行きたいところですか……」


 腕を組みながら考えてみる。

 異性と行きたいところか……特にないな。


 デートの取材的な視点で言えば水族館や遊園地が挙げられそうなものだが、なんせ俺の眼前に立っているのは不審者百パーセント。


 まだ真昼クレアだと確定したわけではないが、女性ではあるのだからタチが悪い。

 っていうか、そもそも何の目的で会おうと提案してきたんだ?


「……特にないですね。そちらはどうですか?」

『わたしですか!? わたしは先生にまつわる場所に行きたいです!』


 待ってました! と言わんばかりの勢いだ。


 定期的忘れてしまうが、この人は俺のファンらしい。

 作品を読み込んでくれたことは事実だし、そんな相手を無碍にすることは憚られる。


 少しは「枯れ尾花らしい」ことをするべきだろうか。


「……それなら、俺がよく行く店はどうですか? 歩いて少しかかりますけど、静かな喫茶店があるんです」

「枯れ尾花先生の行きつけ……! なんだか、すごく特別な感じがします!」


「一応、あの作品のほとんどは、その喫茶店で書きました」

「聖地じゃないですか!? カメラを買ってくるべきでした……!」


 めちゃくちゃ感激されている。

 まぁ、連れて行く分には問題はないだろう。


 店側としては売り上げが上がることになるし、俺はもう、執筆に利用することはないし。

 

 俺は不審者を連れて駅前の雑踏を抜けた。

 すれ違う人が何度か振り返るのは、きっと全部彼女の格好のせいだ。


 代々木公園の方へ進み、路地を二本入った先にある古びた喫茶店。

 客はいつもまばらで、長居しても文句を言われない。

 執筆に使うには都合のいい場所だ。


 扉を開けると、カランコロンと心地の良い音が鳴る。


「……おや、律くんじゃないか。久しぶりだね」


 声をかけてきたのは、この喫茶店「きつつき」の店主……の娘さんだ。三つ編みを片側にまとめ、メガネをかけた姿はまさしく喫茶店の主に相応しい。


「お久しぶりです」

「後ろにいるのは……お連れさんだよね?」

「一応、はい……」

「…………一応?」


 日頃からやる気が薄めというか、感情の読み取りにくい彼女の声ではあるが、今日ばかりは同情や不審の色が見える。


「詮索はしないよ。好きなところに座って」

 

 お言葉に甘えて、奥の席に向かい合って座ると、彼女はようやくほっと息をついた。


「こ、ここまですごく緊張しました……」

「その格好で歩いてたら、緊張もするでしょうね」

「そっちじゃなくて……枯れ尾花先生と、会えたのがです」

「……俺と?」


 聞き返す。俺と会うのに緊張だなんて、男女比が終わっている世界でもあるまいし。

 

 しかし、忙しなく視線を——実際には顔だが——動かす様子から、嘘を言っているようにも見えない。


「はい。ずっと憧れの人だったので。本当に実在するんだって、今やっと実感が湧いてきました」

 

「それはこっちの台詞ですよ。トップアイドルが目の前にいるほうが、よっぽど現実味がないです」


「ふふ、おあいこですね」


 未だに真昼クレア本人だとは思っていない。

 皮肉も込めて伝えたのだが、彼女には伝わっていないようだ。


「それにしても、ここが枯れ尾花先生の聖地なんですね! あぁ、幸せです……」


 そう言いながら、彼女はマフラーをとり、帽子を脱ぎ、サングラスとマスクを外した。


 間違いなく真昼クレアだった。


まさか本物だとは思いませんでした


少しでも楽しんでいただけた方は、評価ポイントで応援いただけると嬉しいです!

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