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打ち切られた俺のラノベ、国民的アイドルに“人生で一番好きな本”と紹介されて大バズりし、アプローチされてしまう  作者: 歩く魚


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6/21

6.…やられました

『真昼クレアです』


 その五文字は、役目を終えたと言わんばかりにすぐに消えてしまった。

 俺はしばらく空白を見つめ続ける。


 眠気は消え、代わりに湧いてきたのは警戒だった。

 あの真昼クレアが、何の変哲もないこのアカウントに個人的なメッセージを送ってくる。そんな都合のいい話があるか。


 考えられる可能性はいくつかある。

 誰かのいたずら。あるいは、フォロワーが急激に増えたのを狙った詐欺の入り口。

 本人を装って近づき、後から金やら個人情報やらを要求してくる手口は珍しくない。


 無視するのが一番だ。一番だが——万にひとつ、本物だったら。


 そんな考えがよぎった自分に舌打ちしたくなる。何を期待しているのか。

 それでも俺の指は、主人の言うことを聞こうともせずにメッセージを開いていた。


 なりすましなのは間違いない。

 確かめるだけ確かめて終わりにしよう。


 もちろん、メッセージには続きがある。


『真昼クレアです。

 夜分遅くに連絡してしまい申し訳ありません。

 今日はメッセージをいただき本当にありがとうございました。

 枯れ尾花先生の言葉が、アイドルを始めてから一番嬉しかったです。

 もし良ければお返事ください。

 ずっと待ってます。』


 何からつっこむべきか。

 

 まず、内容自体におかしなところはない。海外の変なアカウントではなさそうだ。

 おかしなところがないというか、かなりそれっぽい。


 丁寧な言葉遣いは彼女に似合っているし、俺がメッセージを送ったということは——きっとSNSのトレンドになっているだろうが——一部の人間しか知らない。


 あと、『お返事ください』は文通かよと言いたくなるし、『ずっと待ってます』は重すぎる。


(……どうすればいいんだ、これ)


 塩梅が絶妙すぎる。

 もっと日本語が明らかに下手だとか、いきなり告白してくるとか、そのくらい極端なら偽物認定できるが、これじゃあ……。


 ひとまず、俺は返信してみることにした。

 断じてワンチャン狙いじゃない。やることはやったという納得のためだ。


「すみません。真昼クレアさんが僕に個人的なDMを送ってくる理由がないので、なりすましを疑っています」


 よし、これで寝れる……そう思った矢先に返信が来る。


『そうですよね。私でも疑うと思います

 でも本当に真昼クレアです。どうしたら信じてもらえますか?』


 どうしたら、と言われても困る。


「証明のしようがないと思いますけど」

『では、自己紹介させてください』


 画面の向こうで何やら打ち込んでいる気配があって、長めのメッセージが届いた。


『真昼クレア。プラネタリア所属。身長百百六十二センチ。

 三月十二日生まれ。血液型はA型。特技は暗記が得意なことで、好きな食べ物はオムライスです!』


 俺は思わず脱力した。

 なんで急に威勢が良くなってるのか。


 そして、(推定)彼女に返事をする前にブラウザを開き、あるサイトへ向かう。

 ページをスクロールし、一通り目を通してからDMを打つ。


「それ、公式プロフィールをコピペしただけですよね」

『えっ』


「身長も誕生日も特技も、全部オフィシャルサイトに載ってます。

 オムライスが好きっていうのも、検索欄の上の方のインタビューに書いてありました。

 それじゃあ信じられません」

『う……』


 しばらく間が空いた。図星だったらしい。


『調べてくれたんですね』

「はい?」

『私のこと調べてくれたのが嬉しくって』


 調子が狂う。

 疑っているこっちが、なぜか照れる羽目になっている。


「そういう話じゃなくて。

 本人だっていう証明になってないって話です」


『じゃあ、写真はどうですか?

 今すぐ撮って送ります!』

 

「やめてください」


 反射的に止めた。

 どうせ、オッサンの局部の画像が送られてくるに決まっている。

 そんなモノ寝る前に見たくない。


「仮に本物だとして、アイドルの自撮りが流出したら大問題です。

 そういうのは送らないほうがいいと思います」


『……確かにそうです。ごめんなさい、考えが足りませんでした』


 すぐに引き下がるのは偽物らしくない……気がする。

 どっちでもいいけど、もう少し設定を詰めたほうがいいんじゃないか。心配になってきた。


『わかりました。

 じゃあ、公式に載ってないことを言います』


 また少し間が空いた。考えているのだろう。


『最近ハマってるのはコンビニの肉まんです!

 特に、ちょっと変わった味のにチャレンジしたくて、先週はピザまんと、あと激辛のやつを食べました!

 インタビューではオムライスって言ってるんですけど、正直いまは肉まんの気分なんです。

 でもイメージがあるので、あんまり大きな声では言えなくて』


 それを読んで、俺は少しだけ口元が緩んだ。


 公式の「好きな食べ物」を堂々と裏切っている。

 嘘でつく意味がない。


 なりすましなら、もっと完璧に「真昼クレアらしい」発言を選ぶはずだ。

 わざわざイメージを崩す情報を嘘で並べる人間はいない。


「肉まん、激辛のやつは当たりでしたか?」

『信じてくれるんですか!?』


「まだ半分くらいです。

 でも、コピペよりは本物っぽいなと思いました」


『当たりでした! すごく辛かったですけど、クセになる辛さで』

 

『今度コンビニ行ったら、ぜひ試してみてください』

『あ』

『でも辛いの苦手だったらごめんなさい』

 

『あの、半分でも信じてくれて、ありがとうございます』


 律儀に礼を言ってくる。その丁寧さがかえって本物らしい。

 

 だが……トップアイドルが、肉まんの感想で必死に自分を証明するのか?


 もう少し会話を続けてみることにしよう。


「辛いものは普通に食べます」

『よかった!』


 ここで一度メッセージが途切れ、二分後に再び送られてくる。


『思いつきました!

 今度、別のインタビューがあった時に肉まんが好きって言います!

 それなら証明になりますよね!?』


「それって雑誌とかに載るのは数ヶ月先じゃないんですか……?」

『……やられました』


 そうだよな、間違ったことは言ってないよな。

 なりすましと何ヶ月も連絡を取り続けるのは避けたい。


「でも、それくらい本気だってことは伝わりました」


 打ってから、少し言いすぎたかと思った。


『本気だって思ってくれたんですか』

「言葉のあやです」


『嬉しいです。

 半分が、半分よりちょっと増えた気がします』


 こっちは適当に流したつもりなのに、ひとつひとつ真に受けて返してくる。調子が狂いっぱなしだ。


『あの、ひとつ聞いてもいいですか?』

「なんですか、改まって」


 騙す側が何を聞きたいことがあるのかと待っていると——

 

『枯れ尾花先生は、もう新作は書かないんですか?』


 指が止まった。


 俺は筆を折ったつもりはない。惰性で続けているだけだが。

 しかし、それを正直に打つ気にはなれなかった。

 本物かどうかも分からない相手に明かすことじゃない。


「その話は、また今度にしてください」

『ごめんなさい。立ち入ったことを聞いちゃいましたよね』


 すぐに引いてくれた。


「もう遅いので、今日はこのへんにしましょう」


 そう打つと、少しの間を置いて返事が来た。


『はい。夜遅くにごめんなさい』

『でも、枯れ尾花先生とお話しできて、本当に嬉しかったです』


 画面の向こうの熱は冷めていないようだ。


『信じてもらえてないの、悔しいので』

『明日、ちゃんと証明します!』


「……どうやって?」


『それは、これから考えます!』


 やっぱり考えてなかったらしい。

 

『枯れ尾花先生! おやすみなさい!

 本当にありがとうございました! いい夢見てください!』


『ライブの時の私の姿とか、思い出してくれたら嬉しいです!』

『泣いてるのは忘れてください!』

 

「はいはい、おやすみなさい」

 

 まぁ、どうせ明日になれば、この熱も醒めているだろう。

 なりすましなら飽きる。

 本物なら本物で、こんな無名の作家に構っている暇はない。


 俺はスマホを置いて、明かりの消えた天井を見上げた。

 眠りに落ちるまで、しばらくかかった。


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