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打ち切られた俺のラノベ、国民的アイドルに“人生で一番好きな本”と紹介されて大バズりし、アプローチされてしまう  作者: 歩く魚


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5/20

5.プラネタリア 3rd ALBUM MEMORIAL LIVE

 その日、俺は講義をひとつ早めに切り上げて家に帰った。


 配信の開始は十八時。間に合わないわけがない時間なのに、午後からずっと落ち着かなかった。

 スマホで何度も開演時刻を確かめてしまう。あと三時間。あと二時間。そう数えている自分に気付いて馬鹿らしくなった。


 たかが配信だ。会場に行くわけでもない。

 暗くした部屋で画面を眺めるだけなのに、何をこんなに緊張しているのか。


 昨夜チケットを買ってから、ずっとこの調子だった。

 買った瞬間に少しだけ後悔しかけたが、それでもキャンセルする気にはなれない。


 あの数行がどう受け取られるのか。

 確かめるまでは何も手につかなかった。


 他人の評価に怯えてきたくせに、今さら誰かの反応を自分から見に行こうとしている。

 どういう心境の変化なのか、自分でも説明がつかない。


 夕飯代わりのコンビニ弁当は半分も喉を通らなかった。

 胃の奥が妙にざわついて味なんてほとんど分からない。

 何度もスマホを伏せては、また点ける。

 その繰り返しで時間を潰した。


 十七時半には準備を終えていた。

 テレビに配信を繋ぐ。スマホの充電は満タンだし、飲み物まで枕元に並べてある。

 サンタを待つ子供のように見えてしまうだろう。


 そして十八時。画面が暗転して、低い音が部屋に響いた。


 歓声が爆発する。会場の熱気が画面越しでもびりびりと伝わってきた。

 何万という人間が一斉に声を上げる。

 その圧の中心に光の柱が立ち上がり、ステージにメンバーが現れた。


 ——真昼クレアが真ん中に立っている。


 夜の泣きそうな顔でも、雑誌の表紙の作り込まれた笑みとも違う。

 何万人の視線を一身に浴びてなお、その全部を受け止めて余裕で微笑んでいる。

 ステージの光が、すべて彼女に集まっていた。


 これがステージの上の真昼クレアか。


 二十人近いメンバーがフォーメーションを組み、目まぐるしく位置を入れ替えていく。

 その中心はほとんど彼女だった。


 歌を歌えば、明るく芯のある声が会場の歓声を一瞬で静め、次の瞬間にはまた沸かせた。


 俺はアイドルに詳しくない。ダンスの良し悪しも歌の技術も分からない。

 それでも彼女が飛び抜けて何かを背負っているのは、画面越しでも嫌というほど伝わってきた。


 一曲ごとに表情を変え、細い身体ひとつでメンバーを引っ張っていく。

 思わず視線が真昼クレアだけを追っていた。

 これだけの人数がステージにいるのに、目が勝手に彼女を探してしまう。


 曲が終わると、メンバーたちはマイクを取って客席を煽る。

 その一言で会場の温度が跳ね上がった。


 思想も性別も違う人々が、彼女たちの手の動きひとつで右へ左へ揺れる。

 そのうねりの中心で、真昼クレアだけがびくともせず立っていた。


 俺はいつの間にか画面に顔を近付けて、瞬きすら惜しんでいた。

 もはや緊張も頭から飛んでいた。ただ彼女から目が離せない。


 センターというのは、こういうことなのか。


 誰よりも強い光を放っている人間が、いてもいなくても同じなわけがない。

 あの言葉を吐いた人間と、目の前で踊る人間が同じだとは信じられなかった。


 曲が進むうちに、隣のメンバーの顔も少しずつ覚えていった。

 真昼クレアのすぐ横で弾けんばかりに笑う小柄な子。

 背中合わせでクールに決めている子。

 一番端であどけなく手を振る最年少らしき子。

 誰もが眩しくて、画面の中だけ別の世界が出来上がっているようだ。


 彼女たちが立っているのは、俺なんかが一生足を踏み入れない場所だ。


 俺の言葉は、本当にあの中心まで届くのだろうか。

 あんな場所に立つ人間が、俺の数行ごときで何かを感じるとは、どうしても思えない。


 メッセージを送ったときの高揚が、今になって急に心許なくなってきた。

 届かないならまだいい。中途半端に引っかかって、彼女の足を止めてしまうのが一番怖かった。


 数曲を終えてステージが暗くなる。

 メンバーが袖に下がり、会場がふっと静まった。

 MCを務めるメンバーの落ち着いた声が響く。ここからはメンバーへ、ちょっとしたサプライズがあるらしい。


 俺は画面を凝視していた。来るとすれば、この流れだ。

 何時間もかけて削り出した数行が、この会場のどこかで読み上げられる。


 何万人が聞いている。彼女が聞いている。

 今、この瞬間と比べれば、送った時はどこか他人事だったかもしれないと思ってしまう。


 指先から血の気が引いていく。

 今すぐ画面を閉じて逃げ出したい。

 だけど一秒も見逃したくない。


 相反する衝動が胸の中で殴り合っていた。

 

 ステージに、メンバーが一人ずつ戻ってきた。


 さっきまでの熱狂とは打って変わって、照明が柔らかく絞られている。

 スタッフが椅子を運び込み、メンバーが横並びに腰を下ろした。


 MCが企画の趣旨を説明する。

 今日は本人たちに内緒で、ファンや関係者からのメッセージを集めたのだという。


 メンバーの顔に戸惑いが走った。聞いていなかった……のは俺は知っている。

 彼女たちは互いに顔を見合わせ、誰からの言葉かと落ち着かない様子でいる。

 その無防備な反応に、客席がやわらかく沸いた。


 大型スクリーンに最初のメッセージが映し出される。

 隣のメンバーがそれを読み上げた。

 遠くで暮らす家族からの手紙。デビュー前を知る恩師からの言葉。


 読まれた本人が涙ぐみ、客席からあたたかい声が飛んだ。

 隣の子が肩を抱き、また別の子が手を叩く。

 見ているだけで胸の奥がじんわりと温まる企画だ。


 傍から眺めている分にはそう思えた。


 問題は、俺のメッセージがこの中に紛れていることだ。

 順番が進むたび、心臓の鳴る音が大きくなる。


 次は誰だ。次こそ真昼クレアの番なんじゃないか。

 画面の前で、俺は意味もなく姿勢を正していた。


 スマホを持つ手のひらに、じっとり汗が滲んでいる。

 落ち着けと言い聞かせても鼓動は言うことを聞かない。


 ——ついに、その時が来た。


 スクリーンに真昼クレアの名前が表示される。


 彼女が照れたように笑う。

 読み上げ役を任されたのは、先ほど弾けんばかりに笑っていた小柄なメンバーだ。七星ミオというんだったか。


 ミオがカードを受け取り、文字に目を通して深く息を吸った。

 俺は拳を強く握りしめていた。


「『はじめまして、枯れ尾花です。真昼クレアさん、あなたが私の本を見つけてくれたこと、人生で一番だと紹介してくれたこと、本当にありがとうございます』」


 ミオの澄んだ声が、会場に静かに通っていく。


 俺の書いた言葉が、自分のものではない声で読まれていく。

 くすぐったくて落ち着かない心地だ。


「『あなたは、主役になれないと悩んでいたそうですね。でも、いま人々の目に映るあなたは誰よりも輝いています』」


 真昼クレアの目が見開かれていく。


「『私は上手に光れずにいるけれど、自分の言葉も信じられなくなっていても、これだけは胸を張って言えます』」


 会場がしんと静まり返る。

 ミオが最後の一文に目を落とし、少しだけ声を落とし、ゆっくりと読み上げた。


「『あなたは一等星です』」


 真昼クレアの表情が崩れた。


 この日のために完璧に調整されていた笑顔が歪む。

 彼女は両手で口元を覆った。

 それでも溢れるものを抑えきれず、肩を小刻みに震わせ始める。


 ミオや他のメンバーが慌てて背中に手を添えると、客席からどよめきが起こり、それを上回るあたたかい歓声が湧き上がった。


(……泣いてる、のか)


 真昼クレアが、大勢の前でこらえきれずに泣きじゃくっていた。

 ステージの上で、メイクが崩れるのも構わずに。

 彼女の涙は照明を受けて光って見えた。


 俺は画面の前で動けなかった。

 俺の言葉は、賞賛の数字でも批判の声でもなく、一人の涙という形になって返ってきた。

 それは、どんな褒め言葉よりも深く胸に刺さった。

 画面の数字が何千何万増えようと、こんなふうには震えなかっただろう。


 喉の奥がじわりと熱くなり、目元を乱暴に拭う。

 ようやく顔を上げると、画面の中でも真昼クレアが顔を上げたところだった。

 涙が残る顔で、マイクを握り直した。


「……ごめんなさい。こんなところを見せてしまって」


 掠れた声が会場に伝わる。


「どうしても伝えたいことがあります」


 彼女はまっすぐにカメラを見た。画面越しの視線と目が合った気がした。

 彼女が俺だけを見ている気がして息が止まる。


「いつか、この言葉をくれた枯れ尾花先生に、直接お礼を言いたいです」



 ライブが終わっても、俺はしばらく動けなかった。


 配信はとっくにエンドロールを流し終えている。

 暗くなった画面に、間抜けな顔をした自分が映り込んでいた。

 まだ少し、目元が赤い。


「はぁ……」

 

 ようやく重い身体を持ち上げると、ベッドに倒れ込んで天井を見上げる。


「喜んでもらえて、良かったな……」


 俺を満たしているのは紛れもなく達成感だ。

 あの時間だけで、俺の費やした数時間の何百倍もの見返りをもらった。

 

 直接お礼を言いたいと、彼女はそう言ったけど、これは社交辞令だ。

 住む世界が違う、叶うはずがないと、今夜のステージを見て改めて思い知った。


 しばらくして、のろのろと身体を起こす。

 時計を見れば、ライブの余韻に浸っているうちにずいぶん時間が経っていた。さすがに腹も減ってきた。


 部屋の電気をつけ、冷めた弁当の残りをかき込み、風呂を沸かす。

 湯に浸かっている間も、頭の片隅ではずっとあの光景が再生されていた。

 風呂から上がって髪を乾かし、歯を磨く。


 いつもと変わらない夜の手順を済ませると、ようやく身体から力が抜けていった。明かりを消してベッドに潜り込む。


 習慣的に枕元のスマホを手に取った。

 通知欄は相変わらず賑やかだ。

 

 知らない名前からの反応が、寝ている間にもまた積み上がっていくのだろう。

 もう一つ一つ追う気力もない。指を滑らせて画面を閉じようとする。


 その時、画面上に新たな通知が現れる。

 ダイレクトメッセージが送られてきたのだ。


 運営とのやり取りは昨夜のうちに済んでいるし、今さら見るようなものはない。

 無視してしまおう。バナーを上にスワイプしようと触れた時、最初の一文が目に入る。


『真昼クレアです』

ライブ名は適当です

ついに次回からラブコメスタート!


二人の恋の行方が気になるという方は、評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!

作品作りにご協力いただけると幸いです!


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