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打ち切られた俺のラノベ、国民的アイドルに“人生で一番好きな本”と紹介されて大バズりし、アプローチされてしまう  作者: 歩く魚


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18.大きな一歩

 午後の講義を終えると、俺はそそくさと図書館へ足を向けた。

 そのまま帰ってもよかったが、借りていた本の返却期限が近いし、ついでに何か借りていこうと思った。


 以前の俺なら考えられない習慣だ。

 図書館なんて、単位に必要な資料を探すときしか寄りつかなかった。


 放課後の館内は閑散としていた。

 試験期間からは遠いせいか、席の大半が空いている。

 窓際の日当たりのいい場所を選んで鞄を下ろすと、返却台に数冊を戻してから、書架の間をゆっくり歩く。


(さて、どうするか……)


 文学の棚の前で足を止めた。

 背表紙を目で追いながら指を這わせていく。


 恋愛を扱った小説を探しているのだが、いざ棚の前に立つと選ぶ基準がよく分からなかった。

 有名な作品がいいのか、自分の好みで選ぶべきなのか。


 結局、装丁に惹かれた数冊を抜き取って席に戻った。


 適当に一冊目を開いてみると、冒頭の数ページを読んで、すぐに引き込まれた。


 主人公が想い人の些細な仕草に一喜一憂している。

 指先が触れただけで動揺し、目が合っただけで頬が熱くなる。


 書かれているのは何てことのない日常の一場面だが、文章のひとつひとつに想像力を掻き立てる熱がこもっている。


 こういうものが、俺には書けるだろうか。


 ページをめくる手が、次第に分析する目に変わっていく。

 作者がどこで読者の心をつかみ、どの一文で感情を動かそうと思っているのか。


 書き手として読むというのは久しくやっていない行為だったと、改めて思う。

 かつては当たり前にできていたのに、いつからか他人の技術を素直に受け止める余裕さえ失っていた。


 しばらくの間、俺は文字を追うことに没頭していた。


 物語の中の二人は、些細なことで距離を縮めてはまた離れていく。

 もどかしくて、それでいて目が離せない。

 恋がどのように進んでいくのか、続きが気になって仕方がなかった。


 こういう感覚を、俺は書く側で味わっていたはずだった。


 デビュー作を書いていた頃は、頭の中の登場人物が勝手に動き出す瞬間があった。

 彼らが何を考えて次にどう動くのか、手が追いつかないほど溢れてくる。


 あの高揚を忘れてしまっていた。

 数字に打ちのめされて、書くことそのものが怖くなっていたのだ。


 でも、今は……ページをめくるたびに、忘れていた熱が少しずつ戻ってくる気がした。


 鞄からノートを取り出し、ゆっくり開くと、講義中に書いた落書きが目に入る。


 出会い、すれ違い、距離。

 その下に新しく書き足していく。


 恋愛小説を書くなら何が必要か。

 人物、関係……二人が惹かれ合う理由。


 ペンを持つ手が止まった。


 二人が惹かれ合う理由。

 それを書くには、まず自分がそういう気持ちを知らなければならない。


 経験のない人間が、想像だけでどこまで迫れるのか。

 今までは、それでも書けてしまった。


 いや、実際に書けていたのかは分からない。

 

 過去の自分の方が想像力が豊かだったのかもしれないし、書けていたと思い込んでいるだけで、多くの人の目にはおままごとに映っていたかも。


『その子が最後に気付くんです。主役になんてならなくていいって。自分の物語の主役はずっと自分なんだって。自分が自分を信じられれば一等星になれるって』


 ……きっと、書けていたんだろう。


 真昼クレアが、あそこまで真剣に伝えてくれたことを否定するのは、彼女にも、俺が書いた作品にも、そこに生きる彼らにも失礼な気がすると思い始めている。


 しかし、新たに作品を書くのであれば、俺自身も成長する必要があるのは確かだろう。だからこその取材なのだ。


 週末にクレアと会う。

 恋愛小説を書くための取材として。

 彼女がそう提案してくれた。


 実際に人と関わって、その機微を肌で感じれば、想像だけでは届かない場所に手が届くかもしれない。


 彼女のことを思い浮かべると、なぜかペンを持つ手に力がこもった。


 彼女と過ごす時間を取材という枠に収めてしまっていいのだろうか。そんな疑問が過ぎる。


 ただの取材相手のはずなのに落ち着かなくなるのは、どういうわけなのか。

 答えを探そうとして、慌てて打ち消した。


(……余計なことを考えるな。これは取材なんだ。新作を書くための必要な過程にすぎない)


 自分に言い聞かせて、俺は本に視線を戻した。


 それでも、ノートに並んだ「二人が惹かれ合う理由」という一行がやけに目に留まる。


 書こうとしている物語と、自分の身に起きていることが重なりかけている。


 俺は本を閉じ、ノートと向き合うことにした。


 主人公はどんな人物にするか。相手役は?

 二人はどこで出会い、何をきっかけに惹かれ合うのか。

 断片的な思いつきを片端から書きつけていく。


 ほとんどは使い物にならないが、手を動かしているうちに、ぼんやりとした輪郭が見えてくる瞬間があった。


 完成には遠すぎる、プロットと呼べすらしない代物。

 だが、真っ白なページを前に項垂れていた数ヶ月前とは明らかに違う。


 窓の外は、いつの間にか夕暮れに染まっていた。


 結局、選んだ本を全部借りて図書館を出た。

 肩にかけるトートバッグには重い本の束が入っていたが、読まなければならないものが増えていくのは苦痛ではなかった。


 むしろ、久しぶりに前を向いている感覚があった。


 週末のことを考え出す。彼女と会って、俺は何を話すのだろう。

 取材と言っても、具体的に何をすればいいのか正直まだ見当もつかない。


 彼女は「デートっぽいこと」と言っていた。

 その言葉を思い返すと、身体の芯がムズムズしてくる。


 勘違いするなと何度も自分に言い聞かせる。

 相手はトップアイドルで、俺は取材をさせてもらう立場にすぎない。


 彼女の好意は俺のファンだからで、俺の作品に対してだ。

 絶対に履き違えてはならないし、調子に乗ってもいけない。

 俺という人間に魅力なんてない。


 自分を戒めながらも、週末が待ち遠しい気持ちを完全には抑えきれなかった。


 ——書けるかもしれない。


 かもしれないという希望的観測ではあるが、その予感だけで、足取りは少しだけ軽くなっていた。


今まで意識的にじれ甘系を書いてこなかったのですが、こんな感じで合ってますかね?


私の他作品に比べて主人公の内面にも強くフォーカスしているため、進みが遅いと感じていますが、気長に読んでいただけると嬉しいです。


また、評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!

作品作りにご協力いただけると幸いです!


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