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打ち切られた俺のラノベ、国民的アイドルに“人生で一番好きな本”と紹介されて大バズりし、アプローチされてしまう  作者: 歩く魚


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17.束の間の友情


 教授が民法の条文を淡々と読み上げる。

 その声を聞き流しながら、俺はノートの端に意味のない単語を書き連ねていた。


 出会い、すれ違い、二人の距離。

 並べてみたところで物語になる気配はない。


 それでもここ数日、こういう落書きが増えている。


 何かを書きたい。

 その感覚が戻ってきたこと自体は悪くなかった。


 打ち切りを宣告されてから、そこまで長い期間が空いているわけではないが、それでも創作からは距離を置いていた。


 自分は運だけの人間だという諦めが指の先まで染みついていたからだ。

 久々に話を考えようとしても上手くいかない。


 問題は、書きたいものの正体を自分でもよく掴めていないことだ。

 

 恋愛小説を書くと、そう口にしてしまった手前、方向性は決まっている。

 決まってはいるが、いざ詳細なイベントを考え始めると、経験のなさに足を引っ張られる。


 シャーペンの尻で頭をつつく。

 前の席の学生は板書を写す手を止めない。他の生徒も学びを進めている。

 俺だけが前に進めていない気がした。


「青柳、学食行こうぜ」


 チャイムが鳴ると同時に隣から声がかかった。佐倉だ。


 法学部で唯一、気安く話せる相手である。

 入学して早々のオリエンテーションで知り合った以来、オタク同士つるむようになった。


 俺は漫画やアニメで、彼はアイドル方面ということでジャンルは被っていない。

 向こうがやたらと話しかけてくるのを、俺が無下にしなかっただけとも言える。


「行くかぁ」


 ノートを閉じて鞄に押し込む。

 落書きを見られる前にと手が急いでしまう。


 昼時の学食はそれなりに混んでいた。

 日替わり定食の列に並び、適当な席を確保すると、昼食タイムのスタートだ。


 佐倉は唐揚げ定食を大盛りで頼んでいた。


「そういえば聞いてくれよ。うちのサークル、また合宿の予算で揉めてさ」


 佐倉が箸を割りながら勝手に話し始める。


 こいつはアイドルサークル——踊るのではなく推す方である——に入っていて、その手の話題になると止まらない。


 俺はほとんど分からないので相槌を打つだけの係だ。


「予算って、そんなに揉めるものなのか」

「揉めるんだよ。どのホテルでライブ映像を見るのか、高くても会場近くにするか、安い代わりに立地を悪くするか、そもそも本命のライブに当たるのか……」


「なんか、大変そうだな……合宿に行くって言って、ライブに当たらなかった人はどうするんだ?」

「死ぬね、漏れなく」


 佐倉は真剣な顔で言う。


「まぁ、俺は外れても行くかな。みんなでライブ映像見るのも楽しいし」

「……次の日、みんながライブ行ってるのに自分だけ帰るのって、寂しくないか……?」


「その時は青柳を呼ぶさ。交通費は出すから、一緒に観光してくれ……」

「可哀想が過ぎるだろ……」

 

 こういう他愛のないやり取りができる相手は、俺にとっては貴重だ。

 友人と呼べる人間が一人でもいるだけで、大学に来る理由が保たれている。


「にしても、お前さ」


 唐揚げを一つ頬張ってから、佐倉が急にこちらをじっと見た。


「最近、なんか変わったよな」

「……何がだよ」

 

「なんか……こう、機嫌がいいっていうか、前はもっと、死んだ魚の目してたじゃん」

「失礼なやつだな」


「あ、でも死んだ魚って言っても調理済みのやつだぞ? 煮付けとか」

「そこは……あんまり重要じゃないかも」


 否定はしたが、内心では少し焦っていた。

 俺って、そんなに分かりやすいのか?


「スマホもよく見るようになったよな。前は着信すら無視してたのに」

「見てないだろ、そんなに」

「見てるって。この前も講義中に、にやけながら画面いじってたぞ」


 心当たりがないわけではない。

 真昼クレアとの連絡はほとんど日課になっている。

 とはいえ、それを佐倉に説明できるはずもない。


 相手が真昼クレアだなんて、口が裂けても言えるわけがないだろう。

 信じるわけがないし、仮に信じたら信じたで面倒なことになるし。


「……気のせいだって。バイトのシフトを確認してるだけだよ」

「ふーん?」


 佐倉は疑わしげな目のまま定食に戻った。

 追及をやめたのは、単に唐揚げのほうが大事だからだろう。


 助かった、と胸を撫で下ろす。

 秘密を抱えるというのは、こんなにも気を張るものなのか。


 俺が小説を投稿していることは誰にも言っていないが、それを秘密と呼ぶには弱い。


 そうなると、今まで隠しごとなど何一つない人生だったから、勝手が分からないのだ。


 食器を片付けようと席を立ちかけたとき、佐倉がまた口を開いた。


「そういや青柳、お前って本読むの好きなんだな」

「ま、まぁ人並み……には?」

「何日か前に、図書館で難しそうな本抱えてるの見たぞ。何の勉強してんだよ」


 あれは勉強ではない。

 新作の参考にと、恋愛小説を数冊借りていたのだ。


「……ただの気晴らしだよ」

「へぇ、気晴らしに小説か、意外だな。もっとこう、ずっとゲームしてるタイプかと思ってた」

「お前と一緒にするな」


 今さら「実は本を出していた」なんて打ち明けることはできない。売れてないなら尚更だ。


「あと、今週末って暇?」

「週末かぁ……土曜? 日曜?」

「日曜」


 日曜は空いていない。

 クレアとの取材の予定が入っているからだ。


 とはいえ、それを馬鹿正直に言うわけにもいかない。


「悪い、ちょっと用事があって」

「……用事ぃ? オタク仲間との青春より大事な予定があるっていうのか!?」

「その……今回は重要なやつなんだよ」

「珍しいこともあるもんだなぁ。彼女でもできたか?」


 冗談のつもりだったのだろう。

 佐倉はにやにやしながら言った。


 だが、俺のほうは笑って流せなかった。

 週末に会うのは確かに女性だからだ。


「……ないない。そんなわけあるか」

「なんだよその間は。怪しいな」

「怪しくないって。ゼミの資料集めだよ。あの……一緒にやるはずの人が飛んだっぽくて」


 我ながら苦しい言い訳だったが、佐倉は「ふーん」と鼻を鳴らしただけで、それ以上は突っ込んでこなかった。


 嘘をつくのは性に合わないが、こればかりは墓まで持っていく必要がある。


 言えば彼女のアイドル人生が危うくなってしまうし、俺自身、いまだに半分は信じきれていないのだから。


たまには一服


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