13.膨らむ想い
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プラネタリアのバラエティ番組の収録で、思いもよらなかった機会がやってきた。
メンバーがそれぞれ大切な一冊を語るという番組の企画。
その話をもらった瞬間から迷いはなかった。
紹介する本なんて、初めから一つしかない。
だけど、番組の決まりで作者の名前は画面に出せないと聞いた。
タイトルだけが世に出る形になる。
それでもいいと思った。
みんながまだ気付いていない物語を、たくさんの人に知ってほしかった。
ネット上では売れなかったなんて言われることもあるけど、それは嘘だと証明したかった。
そして、ほんの少しだけこうも願った。
もしこの放送が、どこかにいる枯れ尾花先生の耳に届いたら。
あなたの本は無駄じゃなかったと、遠回しにでも伝えることができたら。
収録の日、わたしはカメラの前で、震える声で話した。
台本にない言葉が勝手に口から溢れていく。
あの物語がわたしをどう救ったか、上手く言えたかは分からないが、嘘だけは混ぜていない自信があった。
放送のあと、SNSが慌ただしくなった。
わたしの紹介は思っていた以上に広がっているらしい。
在庫が尽きて、中古の値段が跳ね上がっているのだと聞いた。
数日が過ぎて、単独ライブの日が来た。
いつもと同じで全力で頑張るだけ。
ステージに立って歌い、何万もの声を浴びる。
控室では緊張よりも、早く始まってほしいという気持ちのほうが勝っていた。
ただ、その日のライブは普段とは違っていた。
照明が絞られ、メンバーが横並びに座らされる。
何も聞かされていなかったから、頭の中は疑問符でいっぱいだった。
そして、スクリーンに誰かへのメッセージが映し出され、家族や恩師からの言葉を、隣の子が読み上げていく。
演出は事前に知らされていなかった。
それがサプライズだったのだと、その場でようやく理解する。
順番が回ってくる。いったい誰からの言葉なんだろう。
家族か恩師か……もう辞めてしまったメンバーかな?
落ち着かない気持ちで待っていると、ミオがカードに目を落として最初の一文を読み上げた。
『はじめまして、枯れ尾花です』
聞き間違いかと思った。
この場に先生の名前が出てくるはずがない。
顔も知らず住む世界も違う、わたしが一方的に想い続けてきただけの人。
その人が、わたしに言葉を贈ってくれている?
鼓動が早鐘を打ち、身体の内に燻る熱気に反して指先が冷えていく。
ミオの声が一言ずつ会場に落ちていく。
言葉の動きが、響きが記憶の中の物語とそっくりだった。
飾り気がなくて実直で、少しだけ不器用。
——ああ、本物だ。
会ったこともないのに、確信していた。
そした、最後に手渡された『あなたは一等星です』という言葉で、わたしの堪えていたものが決壊してしまう。
けれど、涙腺を焼き切った理由は——賛辞じゃなかった。
メッセージの終わりに、こんな一節があったのだ。
私は上手に光れずにいるけれど、自分の言葉すら信じられなくなっていても——そんな一節だった。
胸を鷲掴みにされた気がした。
わたしをこれほど照らしてくれた人が、自分では光の在り処を見失っている。
誰かに一等星だと告げられるその人が、自分のことだけはずっと信じられずにいる。
視線の中で、わたしは顔を覆って泣きじゃくった。
悲しみなのか喜びなのか、その境目さえ分からない。
会いたいという願いだけが涙と一緒に噴き出して止まらなかった。
会って伝えたい。
あなたは間違っている。
あなたの言葉は、こんなにも人を生かすのだと。
だからマイクを握って、直接お礼を言いたいと言った。
ファンの前で化粧を台無しにして、みっともなく顔を濡らしたまま。
ライブが終わると、わたしはマネージャーさんに縋りついた。
あの人に連絡を取らせてほしいと。
仮にもアイドルだ。
個人に肩入れすることは不誠実だと分かっている。
分かっているが……それでもわたしは頼み込んだ。
結果——少しばかり強い言葉を使うことになったが——了承を得ることができた。
それなのに、いざ枯れ尾花先生と話そうとすると、送信ボタン指が固まってしまう。
迷惑にならないだろうか。
自分の気持ちを一方的に押しつけていいんだろうか。
でも、ここで怯んだら一生悔いが残る。
目をつぶって、どうにかメッセージを送った。
案の定、偽物だと疑われてしまう。
当然の反応だと思う。
それでも諦めるなんて発想は出てこない。
だって——憧れの人とようやく話せたのだから。
肉まんでもサインでも、なりふり構っていられない。
嗤われても構わない。本物だと信じてほしい。
その一心だけで頭を、指を動かし続けた。
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喫茶店で向かい合った枯れ尾花先生は、思い描いていた姿とは違っていた。
もっと、堂々とした人を想像していた。
あんな言葉を紡げる人なのだから。
それなのに、正面に座る彼は口を開くたびに自分を安値で叩き売る。俺程度の作家なんて、眉ひとつ動かさずに言う。
その瞬間、心の底から熱がせり上がってきた。
違う。あなたは、そんな言葉で括られていい人じゃない。
あなたの綴った一冊が、いくつの痛みから夜からわたしを引き上げたか。ただ、あなたが知らないだけで。
考えるより先に腰が浮いていた。
そんなことはないと、店中に声を響かせてしまう。恥ずかしい。
しかし、その時、腑に落ちた。
わたしは彼に恩を返したいわけじゃない。
返して、貸し借りを終わらせたいわけじゃない。
側にいたいのだ。彼が自分の光を信じられないなら、そのすぐ隣で、あなたは間違っていないと囁き続けたい。
彼が書く物語を、誰よりも近くで見ていたい。
今はほとんど見れていない彼の笑った顔を、独り占め……したいのかも。
もらったぶんを返して満足する、なんて綺麗な話じゃなくなっている。
帰り道、電話の口約束を取りつけた。
たくさんかけますねと言ったら、少し困った顔をされてしまう。
その表情ひとつすら、愛おしくてたまらなかった。
もっと知りたい。
もっと近付きたい。
彼の時間や心の隙間を、少しずつわたしで埋めていけたら。
膨れ上がる想いは、もう自分の手には余っていた。
これがなんという名前の感情なのか、本当は薄々わかっている。
認めてしまうのが、まだ少しこわいだけで。




