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打ち切られた俺のラノベ、国民的アイドルに“人生で一番好きな本”と紹介されて大バズりし、アプローチされてしまう  作者: 歩く魚


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12/20

12.真昼クレアと一冊の本

 最後のページを閉じてから、しばらく指が動かなかった。


 膝の上の文庫本は、まだ少しあたたかい。

 ずっと握りしめていたせいだ。

 表紙の絵。自信がなさそうに俯く男の子の横顔を、わたしは何度も指でなぞった。


 ……どうして?


 どうしてこの作者は、わたしの中にしまってあったものを、こんなに正確に言葉にできるんだろう。


 誰にも明かしたことのない、言葉にする勇気もなかった気持ち。

 それが全部、この薄い一冊の中に書かれていた。

 

 目の縁が熱くて視界がぼやけていく。


 泣くつもりなんてなくて、ただ暇つぶしに読み始めただけだったのに。


 上京してからずっと張り詰めていた糸が、この物語の前では呆気なく解けてしまった。


 自分でも知らないうちに、わたしは救われることを、ずっと待っていたらしい。


 あの頃のわたしは、毎朝ベッドから起き上がるのにも理由が必要だった。


 レッスン場の鏡には、いつも一番出来ない子が映っていた。

 振り付けは覚えられないし、歌声もか細い。


 同期の子たちがどんどん前に進んでいくのを、わたしだけが後ろから眺めている。


 事務所の人が名前を呼ぶとき、わたしの番だけ少し声のトーンが下がる気がした。気のせいだと思いたかった。


 みんなの前では笑っていた。

 人見知りを直したくてこの世界に入ったのに、結局わたしは、笑顔の裏に本音を隠すのが上手くなっただけだった。


 この本の男の子も同じだった。


 いつも誰かの後ろにいて、自分なんかいてもいなくても同じだと思っている。そして、笑うのだけは得意なのだ。


 読みながら、これはわたしだと思った。

 これを書いた人は、どこかでわたしを見ていたんじゃないか。

 そんな馬鹿げたことを本気で疑うほどに。


 カバーの折り返しに作者の名前があった。


 ——枯れ尾花。


 聞いたこともない名前だった。

 写真がない……のは当たり前だけど、経歴もほとんど書かれていない。


 どんな顔で、どんなふうに笑う人なのか。

 自分と似たところがあるのかな?

 手がかりはどこにもない。


 だけど、それがかえって嬉しくも思えた。


 顔の見えない人なのに、わたしと同じ夜を知っている。

 努力しても上手くいかなくて、それを誰にも分かってもらえなくて、それでも何かを差し出そうとした人。


 じゃなきゃ、こんな物語は書けない。

 わたしはそう決めつけて、勝手に仲間だと思い込むことにした。


 その日から——この一冊がわたしの支えになった。


 鞄に必ず入れていた。


 楽屋の隅、移動中の車の中、眠れない明け方。

 何度読み返しても、最終的に開くページは決まっていた。


 汚さないようにブックカバーを使っていても角が擦り切れて、栞なんてなくても、指が勝手にその場所を探し当てる。


 上手く踊れなかった練習の帰り道、呼ばれなかった選抜発表の夜。誰かと自分を比べて傷ついた日。


 そのたびに、わたしはこの本を開いた。


 読み終えるころには、また明日がんばろうと思えた。

 単純だと自分でも思う。

 でも、その単純な繰り返しで、なんとか毎日を繋いでいた。


 この一冊がなかったら、わたしはとっくにこの世界から消えていた。


 いつからか、本のことだけでなく、枯れ尾花先生のことを考えるようになっていた。


 顔も知らない人なのに、「今ごろ何をしているんだろう」と思い始める。


 もちろんSNSでも検索してみたが、先生の認知度は驚くほど低かった。シャイな人なのだろう。


 呟きもかなり前から途切れているし、数少ない先生の情報は、なんだか不健康そうな生活だけ。「ちゃんとごはんを食べているだろうか」と心配をし始める。


 次の本は、いつ出るんだろう。


 書店に行くたびに棚のあいだを探した。

 か行の作家の並びを指でたどっていく。

 しかし、二冊目を見つけるどころか、自分の好きな本すら置かれていない。


 どうして、と胸がざわついた。


 こんなに優しい物語を書ける人が、どうしてこれきりなんだろう。


 もしかしたら。嫌な想像が頭を過ぎる。

 この物語でわたしの背中を押してくれた先生自身には、背中を押してくれる人がいなかったんじゃないか。


 自分の言葉が誰かに届いていることを、知らないのかもしれない。


 そう思うと、居ても立ってもいられなくなった。

 会ったこともない人を、こんなに気にかけるなんておかしい。

 頭では分かっていても、それでも放っておけなかった。


 いつか、もし会えることがあったなら、わたしは伝えたい。


 あなたの言葉に救われた人間が、ちゃんとここにいると。

 あなたの言葉がどれだけの光になったか、この目で見たものを全部あなたに返したい。


 もらってばかりだった。

 だから今度は、わたしが恩を返す番だと思った。


 その気持ちがなんなのか、あの頃のわたしはまだ考えないようにしていた。

星をいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!

作品作りにご協力いただけると幸いです!

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