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打ち切られた俺のラノベ、国民的アイドルに“人生で一番好きな本”と紹介されて大バズりし、アプローチされてしまう  作者: 歩く魚


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11/20

11.プラネタリアですから

 日が落ちるのは、あっという間だった。


 気付けば川面から夕日は消え、土手には藍色の薄闇が下りている。

 街灯がぽつぽつと灯りはじめ、遠くの鉄橋を電車の明かりが横切っていった。


「そろそろ行きましょうか。暗くなってきたので」


 俺が腰を上げると、彼女も名残惜しそうに立ち上がった。

 ベンチを一度だけ振り返ってから、こちらに小走りで追いついてくる。


 二人で来た道を戻る。

 川沿いの遊歩道は、もう俺たちのほかに人影はなかった。

 彼女の足音と自分の足音だけが規則的に重なって聞こえる。


 妙な感覚だ。誰かと二人きりで黙っていると、普段なら間が持たなくて落ち着かなくなる。


 相手が何を考えているのか気になって、無理にでも言葉を探してしまう。


 それなのに、今はその沈黙が少しも苦じゃない。

 川の音と彼女の気配だけで、勝手に満ち足りている。


「先生って、休みの日はいつも何してるんですか?」

「基本、家にいるかバイトですね。あとは……この前まで通ってた喫茶店で、ぼんやりしてるくらいで」


「一人でですか?」

「一人が気楽なので」


 本当は友達がいないだけなんだが。

 

「もったいないですよ、せっかくのお休みなのに」

「真昼さんこそ、休みなんてあるんですか? アイドルって忙しいんじゃ」


「あるにはあります。でも、休みでも結局レッスンとか自主練しちゃうんですよねぇ。動いてないと置いていかれる気がして」


 その言葉に、少しだけ彼女の横顔を見た。

 夜の光のせいか、その表情は先ほどまでの無邪気さとは違い、大人びて見える。


 売れるまでの苦労を、彼女はまださらりとしか話していない。

 しかし、言葉の裏には苦労が隠れている。


「働きすぎですよ」

「でも、そのおかげで先生と話す機会ができました」


「別に、相手が真昼さんじゃなくっても、俺は——」

「本当ですかぁ? そもそも取り合ってもらえなかった気がしますよ?」

 

 俺は口をつぐんだ。

 もし他の有名人からDMが来ていたら……確かに無視していたかもしれない。


 テレビで紹介されて、ライブで言葉を届けて、それでやっと俺は彼女に興味を持ったのだから。


「あ、見てください。星が出てますよ」

 

 ふいに、彼女が空を見上げた。

 つられて俺も見ると、藍色の空にいくつか星が滲みはじめていた。


「都会でも意外と見えるんですね」

「わたし、星を見るの好きなんです。だって——」


 彼女が、こちらを向いて笑った。


「プラネタリアですから」


 世界一しょうもない一言がおかしくて、俺は少しだけ笑ってしまった。彼女が目を丸くする。


「あ、やっと笑ってくれましたね!」

「笑ってません」

「笑いました! わたし、先生の笑ったところ初めて見ましたから!」


 しまったと思ったが、もう遅かった。

 彼女はその一瞬を捕まえて、心から嬉しそうにしている。

 誤魔化す言葉も見つからず、俺は先に歩き出すしかなかった。


 駅が近付くにつれて人通りが増えてくる。

 彼女は帽子を目深にかぶり直し、マスクをつけた。


 さっきまで隣で笑っていた年相応の女の子が、また少しずつ遠い人に戻っていく。その変化に目を逸らす。


「今日は、無理を言ってごめんなさい」


 改札の前で彼女が振り返った。

 マスクの上の目だけが、こちらを見上げていた。


「無理でもなかったです。まぁ、変な一日ではありましたけど」

「変な方が、先生の記憶に残ってくれますよね? なら良しとします」


 変じゃなくても、真昼クレアを間近で見たというだけで、俺の記憶には一生残るだろう。


 そんなことを考えていると、彼女が何か言い淀んでいる。

 マスクの下で迷っているのが伝わってくる。


「あの、先生……お願いがあります」


 ここに来てようやく壺かと身構えるが、俺に向けられたのは刃ではなかった。


「今度、電話しませんか? 文字だけじゃ伝えきれないこともありますし、先生の声も聞きたいですし……」


 声が少しだけ小さくなっているを

 DMならいくらでも饒舌なくせに、こういうことを口に出すのは照れるらしい。


「電話なんて、何を話すんですか?」

「なんでもいいんです。先生の声が聞けたら満足ですし、本の話とかできたら、ぐっすり眠れます」


 もはや断る理由を見つける気にはなれない。

 今日の一日で、目の前の女の子が歴とした人間だと理解したからだ。


「……気が向いたら、出ます」

「やった! じゃあ、たくさんかけますね」


「たくさんはちょっと……」

「だって、分母が多ければ出てもらえる回数も上がるじゃないですか!」


「案外ズルいところもあるんですね」

「これが芸能界を生き抜く秘訣です」


 彼女は悪戯っぽく言うと、改札を抜けて、一度だけこちらへ手を振った。


 人混みに紛れて、その姿はすぐに見えなくなる。

 厳重な変装のおかげで、誰も彼女をトップアイドルと気付かないまま雑踏に溶けていった。


 俺はというと、しばらくその場に立っていた。


 一人になると、駅の喧騒が急に遠く聞こえた。

 ついさっきまで隣で誰かが喋っていたからか、帰り道がやけにがらんとして感じる。


 変な一日だった。なりすましを疑っていた相手と川を眺め、あまつさえ電話の約束までしている。

 

 でも、またあの声が電話越しに聞けるのを、俺は少しだけ期待していた。

ゆーっくり進んでいきます


評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!

作品作りにご協力いただけると幸いです!


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