第21章 おじさん臭いと言われる――チョベリバな一言
情報収集の演習を終えた翌週、秋山昭人は、自分ではかなり令和になじんできたと思っていた。
電話は先に要点を書く。チャットは短く、だが雑にしない。紙の赤字は共有ファイルへ戻す。タイムラインは入口で、根拠は別に確認する。
推し活で帰る同期に「楽しんで」と言えるようにもなった。車を持たない価値観にも、完全ではないが少し理解を示せるようになった。
秋山は、内心で思っていた。
自分は、かなりアップデートされている。
少なくとも、入社初日の自分とは違う。スマホを携帯と呼ぶ回数も減った。パケットと言いかけてギガに直したことだってある。
だが、その自信は、昼休みの何気ない雑談であっさり崩れることになる。
その日、休憩スペースでは、近藤千翔、井上陽斗、相原愛奈、城山純平が、週末に見た動画や配信の話をしていた。秋山も、自然にその輪へ入った。
以前なら、若手の話題には入れないと決めつけていたかもしれない。だが今は、分からないものは聞けばいいと思えるようになっていた。
「それで、その配信者は何がそんなに人気なんだ。顔か、トークか、キャラか」
秋山としては、純粋な質問のつもりだった。
人気の理由を知りたい。何が人を引きつけるのかを分析したい。営業でも企画でも、人気の構造を知ることは大切だ。
ところが、近藤は一瞬だけ言葉に詰まった。
「顔か、って言われると、ちょっと雑です」
「雑、か」
秋山は少し身構えた。
質問しただけなのに、雑と言われる。だが、近藤の表情は怒っているわけではなかった。困っている、という方が近い。
近藤は、責めるように言ったわけではなかった。
だが、その一言は、秋山の胸に小さく刺さった。
雑。
自分では相手の話に興味を持ち、入り口を探したつもりだった。
顔、トーク、キャラ。昔のテレビ番組なら、人気者を語るときに普通に並ぶ言葉だった。
ところが、今の若手の前では、その分類自体が大雑把に聞こえるらしい。
井上陽斗が、少し場を軽くするように笑った。
「秋山さん、悪気ないのは分かるんですけど、今の聞き方、ちょっとおじさんっぽいです」
おじさんっぽい。
秋山は、思わず箸を止めた。頭の中では、どこかで警報が鳴っていた。
おじさん。
自分は今、新入社員のはずだ。名札にも、研修システムにも、同期のグループにも、秋山昭人は二〇二六年度の新人として登録されている。
それなのに、言葉の端からにじみ出るものは、どうしても消えないらしい。
「おじさんっぽいって、どういう意味だ。チョベリバな言い方だな」
秋山がそう返した瞬間、テーブルの空気が一瞬止まった。
近藤は口元を押さえ、井上は肩を震わせ、相原は静かに目を伏せた。城山だけが、真面目に「チョベリバって、本当に使う人いるんですね」とつぶやいた。
「今ので、さらに濃くなりました」
近藤が、申し訳なさそうに言った。
秋山は言葉を失った。チョベリバという言葉は、自分の中では少し懐かしい冗談のつもりだった。場を軽くしようとしただけだ。
だが、その冗談は若手にとって、面白いというより、時代のラベルを自分で貼りにいく行為に見えたらしい。
小林美咲は、少し離れた席でそのやり取りを聞いていた。秋山が傷ついたことも、近藤たちが悪意で言ったわけではないことも、両方分かった。
ここで誰かを責めれば、せっかくの雑談は一気に指導の場になってしまう。小林は、コーヒーを手に取り、自然な足取りでテーブルへ近づいた。
「今の話、少し整理してもいいですか」
小林がそう言うと、近藤はすぐにうなずいた。
「すみません、言い方が強かったかもしれません」
「いえ、近藤さんの違和感は大事です。ただ、“おじさんっぽい”という言葉だけだと、秋山さんには何を直せばいいのか分かりにくいかもしれません。どの部分がそう感じたのか、言葉にしてみましょう」
近藤は少し考えた。
「たぶん、人気の理由をすぐに“顔か、トークか、キャラか”で分けたところです。もちろん、間違っているわけではないんですけど、相手を一つの分かりやすい箱に入れようとしている感じがしました」
井上も続けた。
「あと、“それって何がすごいの”じゃなくて、“顔か、トークか、キャラか”って先に選択肢を出されると、その中から答えないといけない感じがします。推しの良さって、もっと説明しにくいときもあるので」
相原愛奈は、静かに付け加えた。
「分類すること自体は悪くないと思います。ただ、最初から分析モードで入られると、好きなものを説明する側は少し身構えます。まずは“どんなところが好きなの”くらいの方が話しやすいです」
秋山は、三人の言葉を黙って聞いた。どれも、秋山を否定するための言葉ではなかった。
だが、自分の聞き方が、相手の好きなものを少し雑に扱っていたことは分かった。人気の構造を知りたい、という目的は悪くない。
けれど、それを最初から分析しようとすると、相手が大切にしている温度まで冷ましてしまうことがある。
「つまり、俺は相手の話を聞いているつもりで、最初から自分の分類に入れようとしていたということか」
小林はうなずいた。
「そうかもしれません。秋山さんは、構造をつかむのが早いです。それは強みです。でも、早く整理しようとすると、相手がまだ言葉にしていない部分を、こちらの枠で先に決めてしまうことがあります」
秋山は、胸の奥で何かが沈むのを感じた。おじさんっぽいと言われたこと自体よりも、その理由の方が重かった。
自分は若手の話に歩み寄っているつもりだった。知らない言葉を聞き、タイムラインや推し活にも興味を持ち、随分柔らかくなったと思っていた。
だが、歩み寄り方にも癖が出る。相手の世界に入る前に、自分の物差しを持ち込んでしまう。
現世の課長だったころ、秋山は部下の話を聞くときも同じだったかもしれない。
「それは課題設定の問題だな」「原因は三つある」「要するに君はこう言いたいんだろう」。
相手が悩みを言い終える前に、整理し、分類し、解決策へ持っていく。それは仕事を早く進めるための技術だった。
だが、相手からすれば、自分の気持ちや迷いを置き去りにされたように感じたかもしれない。
「おじさん臭いって、言われると正直きついな」
秋山は苦笑した。笑ったつもりだったが、声には少しだけ本音が混じった。
「すみません」
井上がすぐに頭を下げた。
「でも、嫌いとか、だめとかじゃないです。なんというか、言葉の入り方が少し昔のバラエティ番組みたいというか。悪気なく距離を詰めてくる感じがあるんです」
「昔のバラエティ番組か。チョベリバより刺さるな」
秋山がそう言うと、今度は近藤も小さく笑った。笑いが戻ったことで、秋山は少しだけ救われた。指摘は痛い。だが、笑いながら言い合える距離があるなら、まだ関係は壊れていない。
小林は、秋山に向けて静かに言った。
「たぶん、大切なのは、おじさんっぽさを全部消すことではないと思います。秋山さんの経験や例え話で、場が和むこともあります。ただ、それを出す前に、相手の話をそのまま受け取る時間を少し置く。自分の分類や昔の例えを出すのは、そのあとでも遅くないと思います」
秋山はうなずいた。自分の古さは消えない。消そうとしても、言葉の端、たとえ話、反応の速さ、分類の仕方ににじみ出る。
だが、古さそのものが問題なのではない。相手の話を聞く前に、自分の時代の型をかぶせてしまうことが問題なのだ。
「じゃあ、聞き直してもいいか」
秋山は近藤に向き直った。
「その配信者の、どんなところが好きなんですか。顔とかトークとか、そういう分類じゃなくて、近藤さんが見ていていいなと思うところを聞きたい」
近藤は少し驚いた顔をしたあと、ゆっくり笑った。
「そう聞かれると話しやすいです。うまく言えないんですけど、失敗してもごまかさずに笑えるところとか、リスナーを置いていかないところが好きです。完璧じゃないけど、ちゃんと一緒に時間を作ってくれる感じがあるんです」
秋山は、その答えを聞きながら、すぐに分析したい衝動を抑えた。共感型のコミュニケーション、双方向性、心理的安全性。研修資料に載りそうな言葉はいくつも浮かんだ。
だが、今それを口にすれば、また相手の言葉を自分の箱にしまってしまう。
だから秋山は、ただうなずいた。
「なるほど。そういうところが、近藤さんにとって大事なんですね」
近藤はうなずいた。
「はい。今の返し、だいぶおじさん臭くなかったです」
おじさん臭さとは、年齢そのものではなく、相手の話を聞く前に自分の物差しを差し出してしまう癖なのだ。
秋山は、少しだけ痛む胸を抱えながら、それでも今度は相手の言葉を最後まで待ってみようと思った。




