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第20章 検索しない若者――ググるよりタイムライン

カーシェアの話で少しだけ令和の価値観を理解したつもりになった翌日、秋山昭人は、情報の探し方をめぐって再び立ち止まることになった。


きっかけは、朝の研修で出された小さな課題だった。


小林美咲がスクリーンに一枚のスライドを映し、「最近、若手社員が気をつけるべき情報収集のポイントを、各自で調べて三つ挙げてください」と言った。


秋山はすぐに姿勢を正した。情報収集なら得意である。


昔から、新聞、業界紙、雑誌、白書、官公庁の資料、検索サイト。調べると決めたら、一次情報にあたり、関連資料を読み込み、必要なら過去の記事までさかのぼる。それが社会人の基本だと思っている。


秋山はノートパソコンを開き、検索サイトに向かってゆっくりとキーワードを打ち込んだ。


「若手社員 情報収集 注意点」。続いて「SNS 情報の信頼性」「フェイクニュース 見分け方」。


検索結果を上から順に開き、見出しを読み、発信元を確認し、使えそうなページをメモしていく。


ところが、隣の近藤千翔は、検索サイトを開いていなかった。スマホを片手に、何かのアプリを見ている。


井上陽斗は動画の一覧をスクロールし、相原愛奈は複数の投稿を保存しながら、別画面で公的機関のページを確認していた。


城山純平は、地元の友人が共有してくれたニュース解説動画を開いている。


秋山は、思わず声をかけた。


「検索しないのか」


近藤は顔を上げた。


「検索もします。でも、最初から検索サイトで探すより、まずタイムラインで最近よく見かける話題を拾うことが多いです。何が話題になっているか、どんな言葉で語られているかを見る感じです」


「タイムラインで拾う……。それは、調べるというより、流れてくるものを見るだけじゃないのか」


秋山の言葉に、井上が少し楽しそうに反応した。


「秋山さん、それだと“新聞は一面から順に読むものだ”って言ってる人みたいです。いや、合ってるんですけど、今は見出しだけ先に流れてくる場所がいっぱいあるんです」


「新聞は一面から読むだろう。社会面、経済面、国際面、最後にテレビ欄だ」


そう言った瞬間、近藤が小さく手を挙げた。


「すみません。同期の会話だと思って聞いていたら、急に朝刊の読み方講座が始まりました。しかも最後にテレビ欄が出てくるあたり、秋山さんの中のベテラン新人がだいぶ起きています」


「テレビ欄は重要だろう。野球中継が延長するかどうかで、録画予約の運命が変わるんだぞ」


井上は、秋山の真剣な顔を見て、少しだけ笑いをこらえた。


「録画予約の運命って言葉、強いですね。今で言うと、配信の通知をオンにしているのに、通信が不安定で見逃す感じですかね」


「似ているようで、少し違う。あれはもっと、家族全員のテレビ使用権と、野球中継と、ビデオテープの残量が絡む総力戦だった」


「総力戦まで行くと、もう情報収集というより昭和の防衛戦ですね」


近藤の一言に、研修室の空気が少し和らいだ。


秋山も苦笑した。たしかに、テレビ欄を中心に一日の予定を組んでいた感覚は、今の同期たちにはほとんど通じないのだろう。


それでも秋山には、ひとつ気になっていることがあった。タイムラインは速い。動画は分かりやすい。口コミは現場感がある。


だが、それらは本当に信用してよいものなのか。誰が書いたのか、根拠は何か、古い情報ではないのか。

そうした確認をしないまま、流れてきた情報を見ているだけでは危ういのではないか。


「でも、タイムラインに流れてくる情報は、偏っていることもあるだろう。自分が見たいものばかり見えるとか、声の大きい人の意見が目立つとか」


秋山がそう言うと、相原愛奈がすぐにうなずいた。


「そこは、そのとおりです。タイムラインは入口にはなりますが、結論にはしません。最初に何が話題かを知って、そのあと発信元、日付、一次情報、複数の情報源を確認します」


「つまり、新聞の見出しだけ見て世の中を分かった気になるな、ということか」


「新聞の見出しという例えは分かりやすいですけど、また少し時代が出ています」


近藤が笑いながら言った。


秋山は反射的に言い返そうとしたが、今回は少しだけ我慢した。


たしかに、同期の新入社員としては、見出し、朝刊、テレビ欄、録画予約の例えを連発しすぎている。


井上が、スマホを見せながら説明した。


「たとえば、何か新しいサービスや炎上っぽい話題を知るとき、最初にタイムラインで見ます。でも、それだけだと片側の意見しか見えていないことがあるので、公式発表やニュース、解説動画、反対意見も見ます。タイムラインは入口で、答え合わせは別でやる感じです」


城山も、少し考えながら言った。


「地方のニュースだと、全国ニュースに出る前に地元の人の投稿で知ることもあります。ただ、その投稿だけだと正確か分からないので、自治体のページや地元紙も見ます。早い情報と確かな情報は、別で考えた方がいいと思います」


秋山は、城山の言葉に少し感心した。タイムラインで情報を拾う若手は、流れてくるものをただ眺めているだけだと思っていた。


だが、少なくとも目の前の同期たちは、速さと正確さを分けて考えている。


入口は軽く、確認は慎重に。


その切り替えが、秋山の想像よりもずっと自然だった。


小林美咲が、ホワイトボードに三つの言葉を書いた。


入口。確認。共有。


「情報収集では、この三つを分けると整理しやすいです。タイムラインや動画は、入口としては有効です。今、何が話題か、どんな言葉で語られているかが分かります。ただし、確認は別です。発信元、日付、一次情報、複数の情報源を見ます。そして仕事で使うなら、どこまで確認した情報なのかを共有する必要があります」


秋山は、手元のメモにそのまま書き写した。


入口。確認。共有。昔の情報収集では、入口と確認がほとんど同じ場所にあった。


新聞社の記事、官公庁の発表、業界紙の特集。最初に触れる情報が、ある程度確認されたものだった。


しかし今は、入口があまりにも広い。誰かの投稿、短い動画、まとめ画像、口コミ、切り抜き。だからこそ、入口で止まらないことが大事なのだ。


「ただ、検索サイトにも偏りはありますよね」


相原が、秋山の画面に並ぶ検索結果を見ながら言った。


「検索結果の上に出ているから正しい、とは限りません。広告もありますし、検索する言葉によって出てくる情報も変わります。自分が入れたキーワードに引っ張られることもあります」


「検索にも偏りがある、か」


秋山は少し驚いた。新聞や白書に比べれば、検索サイトは新しい道具だ。自分としては、かなり令和寄りの調べ方をしているつもりだった。


だが、同期たちから見ると、検索サイトだけに頼ることもまた、少し古い情報収集なのかもしれない。


井上が、画面を指さしながら言った。


「たとえば“若手社員 情報収集 注意点”で調べると、かなり研修っぽい記事が出ます。でも“新人 SNS やらかし”で調べると、失敗談とか炎上事例っぽいものが出ます。どっちも情報ですけど、見える景色が違います」


「言葉の選び方で、出会う情報が変わるということか」


「はい。だから、最初に自分が何を知りたいのかを決めることも大事です。話題になっていることを知りたいのか、事実を確認したいのか、背景を調べたいのか、仕事で使える根拠を探したいのかで、見る場所が変わります」


小林は、ホワイトボードの三つの言葉の横に、さらに短く書き足した。


目的。


「入口、確認、共有。その前に、目的があります。何のために調べるのかが曖昧だと、タイムラインでも検索でも、情報に振り回されます」


秋山は、その言葉に深くうなずいた。昔の自分は、調べる量こそが誠意だと思っていたところがある。


新聞を何紙も読み、分厚い資料に付せんを貼り、雑誌の切り抜きをファイルに入れる。それは確かに努力だった。だが、目的が曖昧なまま情報を集めれば、ただ机の上に紙の山ができるだけだ。


「昔は、調べものといえば、図書館で新聞の縮刷版をめくったり、雑誌のバックナンバーを探したりしたものだ。あれはあれで、情報にたどり着くまでが大仕事だった」


秋山がそう言った瞬間、近藤がそっと手を挙げた。


「秋山さん、また同期の研修中に、情報収集の歴史資料館が開館しています」


井上も乗っかった。


「縮刷版って、ワードだけ見ると必殺技みたいですね。新聞縮刷版、発動、みたいな」


「必殺技ではない。背表紙が重いんだ」


秋山が真顔で返すと、研修室に小さな笑いが起きた。笑われているのに、不思議と嫌な感じはしなかった。


自分の当たり前が、今の若手には歴史の展示物のように見える。その事実は少し寂しいが、だからといって、自分の経験が無意味になるわけではない。


むしろ、情報にたどり着くまで苦労した世代だからこそ、発信元を確認すること、古い情報と新しい情報を見分けること、根拠をたどることの大切さは身に染みている。


問題は、その慎重さを、今の速い情報環境の中でどう使うかだった。


小林は最後に、課題のまとめとして全員に言った。


「情報収集で大事なのは、速く知ることと、正しく使うことを分けることです。タイムラインで早く気づく。検索で広げる。一次情報で確認する。仕事で使うときは、どこまで確認したかを共有する。これができれば、昔ながらの慎重さも、今の速さも、どちらも強みになります」


秋山は、手元のメモを見直した。


入口、確認、共有、目的。そこに、自分なりにもう一つ書き足した。


速い情報は、早く知るために使う。確かな情報は、判断するために使う。


その一文を書いたとき、秋山は少しだけ気が楽になった。新聞も、検索サイトも、タイムラインも、動画も、それぞれに役割がある。どれか一つを絶対視するから、情報に振り回される。入口として見る情報と、根拠として使う情報を分ければよいのだ。


研修の最後、各自が三つのポイントを発表することになった。


近藤は「話題性と正確性を分けること」、相原は「一次情報に戻ること」、城山は「地域情報は地元発信と公式情報を組み合わせること」を挙げた。


秋山は少し迷ってから、自分の番でこう言った。


「私は、タイムラインを入口として使うこと、検索結果をそのまま信じないこと、仕事で使うときは確認した根拠を一緒に残すこと、この三つだと思いました」


小林がうなずき、近藤が小さく拍手のリアクションをするように両手を合わせた。


「秋山さん、だいぶ現代の情報収集っぽいです。ただ、途中で朝刊講座と縮刷版の必殺技が出たので、総合点はベテラン新人です」


「ベテラン新人という評価は、喜んでいいのか」


「今のところ、秋山さん専用の褒め言葉です」


井上の言葉に、秋山は苦笑した。


新人として扱われながら、口を開けば昭和と平成の情報収集史がにじみ出る。自分でも不思議な存在だと思う。だが、その不思議さを笑いながら受け止めてくれる同期がいることは、少しありがたかった。


その日の帰り道、秋山はスマホでニュースを開いた。


最初に目に入ったのは、短い動画と、誰かの投稿と、いくつものコメントだった。以前なら、軽すぎる情報だとすぐに閉じていたかもしれない。


だが、今日は少し違った。これは入口だ。入口なら、まず見てもいい。ただし、ここで判断してはいけない。


秋山は、気になった話題の公式発表を探し、日付を確認し、別のニュース記事も開いた。昔のように新聞を一面から最後まで読むわけではない。だが、情報の根っこをたどろうとする感覚は、昔と同じだった。


ググるよりタイムライン。


最初は、ずいぶん危うい言葉に聞こえた。けれど、それは検索をやめるという意味ではなかった。流れの中で早く気づき、必要な情報へたどり、根拠を確認してから使う。


情報の海を泳ぐ入口が変わっただけで、溺れないための姿勢は変わらない。


秋山はスマホを伏せ、ノートに最後の一文を書いた。


情報は、早く拾うだけでは足りない。何を根拠に判断したのかを、あとから説明できて初めて仕事に使える。


その一文を書き終えたとき、秋山は少しだけ笑った。


新聞のインクの匂いも、雑誌の切り抜きも、検索サイトのキーワードも、タイムラインの流れも、どれも情報に近づくための道具である。


大切なのは、道具そのものではなく、情報にどう向き合うかだ。


令和の情報収集は、秋山が思っていたよりも軽く、そして思っていたよりも慎重だった。


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