ストローをブチ込む為のお使いゲー
放課後の教室で、俺は野蒜から手渡されたプリントを眺めていた。一番上には、『道管の開通確認』と書かれている。
靭との結合が迫っていたが、自分の身体がこの先どう作り変えられるのか、何を準備すれば正解なのか、知る手段を俺は持っていなかった。どう動けばあいつが問題なく根を伸ばせるのか、手応えがないままじゃスジが通らない。
靭と交わすのは、点字の話、色の話。
どこまでも日常の話だけだった。
ふと、対面に座る眞継と目が合った。奴は、俺が義務教育の後半を塀の中で過ごしたことを知っている。だからだろう。俺が聞いたとき、無知を嘲笑うような真似はせず、手元のノートにさらさらとペンを走らせた。
「樫君は、道管の開通が何のことか理解しているかい?」
「わかってりゃお前に聞いてねえよ。『苗床から寄生種へ、栄養素が滞りなく流れているかを検査する』とか何とか書いてあったな」
「ふふ、正解」
眞継はノートに二つの円を描き、それを太い線で繋いだ。片方には苗床、もう片方には全寄生と書きこむ。
「植物には、根から吸い上げた水を通すための道管という管がある。人間の血管みたいなものかな。これがあるから、植物は重力に逆らって高いところまで水を運べるんだ。……でも、清澄君のような全寄生は自炊ができない。生命維持に必要なインフラを、丸ごと他者に依存しているんだよ」
ペン先で苗床側の円から全寄生側へ、一方通行の矢印が書き足される。
「この学園でいう『道管の開通』を平たくいえば、君の血管に清澄君の根を割り込ませて、専用ルートとしてブチ込むってことだね」
「そう言われてもな。クラスでブチ込まれてるヤツの現物を見ても、全然ピンとこねぇよ。それ、気合でどうにかなるもんなのか」
「気合でどうにかなれば、密葉君はまだクラスに居ただろうね」
眞継は楽しげに、矢印の横に一致率 60%と書き加えた。
「検査項目に『結合部位における脈動の一致率』と書いてある。君の心拍数と、清澄君が吸い上げるリズムが完全に重なるかを見るんだ。六十パーセントを下回れば拒絶反応ありと見なされて不合格。ペアで仲良く合成肥料行きさ」
「さっきから気になってたんだが。お前が言ってる全寄生って、全部は寄生しねぇ奴もいるってことなのか?」
「そこからだったね」
ノートの余白に、苗床の円に細い線が一本だけ、ちょんと触れているような図が加わる。その横に半寄生と書き添えられた。
「僕はこっち。自分でも光合成ができるから、苗床の血管を少し借りて、ストローを刺す程度で済むんだ。だから僕の経験はあまり参考にはならないよ。このクラスは半寄生のコが多いし……野蒜君も、元は半寄生さ」
「じゃあ、お前にくっついてる俺と同類のヤツはなんなんだよ。ストローどころじゃねえだろ」
「これは特殊ケースだよ」
眞継は自分の腹を指さして首を傾けると、矮化という二文字を書き加えた。
「前も説明したけど、苗床君が自ら望んで不可逆に同化するとああなる。……でも、樫君の場合は違う」
ペン先で、最初に描いた太い矢印が突き刺さった全寄生の図をトントン叩く音が教室に響く。
「君は苗床として、清澄君をその身に囲うことになる。彼が開花するまでは、君が元気でいないと意味がないんだよ。……そう、清澄君が君という土を食い尽くすまではね」
「よくわからねえけど……とにかく、ヤバいことだけはわかった。清澄の説明で、研究員がごちゃごちゃ言ってたのはこれのことか」
「話がつながってきたかい? 樫君は、身体そのものを清澄君専用に造り替えなきゃいけない。全寄生専用のベッドになるのは、結構大変なのさ」
「でもよ……今の話、おかしくねぇか? 俺、靭には毎日メシを食わせてんだぞ。あいつ、ちゃんと口から食ってる。なのになんで全寄生なんて呼ばれるんだ?」
俺が眉を寄せると、眞継はノートの端に、タバコみたいな棒の絵を描いた。
「ははっ、そうだね。僕らは確かに、君たちと同じように咀嚼し飲み込む。でもね、それはただの娯楽なんだよ。君はタバコを吸ったことはあるかい? 野蒜君がよく吸ってるアレ。腹は膨れないけど、吸えば落ち着くんだってさ。……僕らにとっての食事は、多分あれと同じだ」
眞継は穏やかな口調で、とんでもないことを告げた。
「味は楽しめても、花を咲かせるエネルギーにはならない。僕らの本体は口じゃなく根にあるんだから。いくら美味しい料理を流し込んでも、胃を通り抜けていくだけの異物さ。清澄君が生きるための本当のご飯は、道管を通ってくる君の新鮮な血液と、そこに含まれる熱だけなんだ」
眞継の指先が、俺の胸元を指す。その先にある心臓の鼓動を突き止められているような気がした。
「だから、清澄君が今摂っているのは食事じゃなく、君とのコミュニケーションなんだ。彼は君を安心させるために食べているんだよ。『僕は君と同じ人間だ』という顔をするための、精一杯の歩み寄りかな」
(あいつが俺を、安心させるために?)
おやつみたいな量しか食べないあいつに、「もっと食え」なんて笑って促したことがあった。俺を食い散らかせるなんて、これっぽっちも思わずに。
「開通が終われば彼はもう、口から物を食べる必要すらなくなる。清澄君が今、樫君と食事を共にするのは、まだ君の外側にいられる今しかできない、貴重な楽しみなんだよ」
俺が食べ物の色や形を説明して、靭が手探りでスプーンを動かして。口に運んだ飯を「おいしい」と笑って食べてたのは、全部俺を逃がさないための演技だったのか。俺に気を使って、あいつが無理してたんじゃないかと思うと、胸の奥がひどく苦い。
黙り込んだ俺を見て、眞継は窓の外に視線をやった。奴の横顔は、沈みかけた夕陽に透けて、ひどく儚げに見えた。
「そう落ち込まないで。僕ら寄生種だって、ごっこ遊びは嫌いじゃないのさ。栄養にならないと分かってても、誰かと向かい合って温かいものを口にする瞬間は、自分が異形だってことを忘れられる」
眞継は、祈るような声で呟くと表情を和らげた。
「彼は自分に言い聞かせているだろうね。まだ人間でいられるって。だから、ごっこ遊びができる時間を精一杯、甘やかしてやるといい」
精一杯甘やかした先で、待っているのは結合だ。俺を繋ぎ止めるための嘘を、俺自身の手で補強しろと眞継は言いたいらしい。
「詳しい話が聞きたいなら、樋口くん達に聞くといい。あの子たちは全寄生だし、スコアが安定しているからね」
眞継はノートを閉じた。俺の手元の書類の白さが、夕暮れの教室でやけに目に焼きついた。
それから俺は眞継の言葉通り、管理区画の片隅にある実習室へ向かった。窓際で、四十八願が机に足を放り出している。
あいつの首筋から相方へと繋がっているはずの管が、ただのスマホの充電ケーブルか何かに見えてくる。漫喫の隣同士みたいな距離感の二人に、俺は声をかけた。
「野蒜の使い? 今日のバイタル報告ならさっき送ったって言っといてよ。オールグリーンだから」
「違ぇよ。道管開通の話を聞きにきた」
「あー、新規向けのチュートリアルね。……樫、お前確か特級だったよな。全寄生とペアとか、リセマラ案件すぎて草も生えねぇわ。適性値だけでここに強制召喚されてきた口?」
隣で、相方の樋口が周囲の会話なんて最初から存在しないみたいに、猛烈な勢いでゲーム機を叩いていた。画面の中では何かが絶え間なく爆発し、数字が跳ね上がっている。あいつは今、ゲームの世界で敵を狩るのに忙しいらしい。
「俺は志願兵だ。家がド貧乏でさ。卒業まで苗床としてやり過ごせりゃ、家が一軒建つくらいの手当が出る。……お互い、人生の環境ガチャでドブった同士ってわけだ。他人事とは思えねぇな」
四十八願は、自分の首から伸びる管を無造作に指で弾いた。
「俺にとっちゃ、この身体はクソみたいな階層を抜けるための、ただの換金アカだ。俺一人消えても、家族が底辺抜け出せるなら勝ち確だろ」
奴はわずかに口角を上げ、隣でゲームに没頭する樋口の頭を、わざとらしく小突いた。
「樋口は腐生型だから、俺の体にナラタケっていう継続デバフ撒いて、じわじわ腐らせるのがデフォ設定。こいつ、ガチの効率厨なんだよ。俺のHPがゼロになった瞬間に全ロス確定って分かってるから、血圧から血糖値まで、ステを生存に極振りしてきやがる」
樋口は画面から目を離さないまま、片手でタブレットを俺の方へ突き出してきた。タブレットには、植物としてのキヨスミウツボの学術的な説明が、ゲームの攻略Wikiのように羅列されている。
「いうて、同じ全寄生でも挙動違うからな。清澄はキヨスミウツボだろ。あいつ、確か……フルダイブ型の個体じゃねーの?」
「は?管を通す以外にまだ何かあるのかよ」
「あいつの開花イベを完走するには、休眠の時点で苗床の体内に、全身が沈み込む確定フラグを立てなきゃいけないんだよ」
俺は自分の身体を見下ろした。清澄は俺より一回り小さい。それでも周りの奴らと同じ体格だ。四十八願が投げつけたフルダイブという単語を、頭の中で何度もひっくり返すが、全然イメージが湧かない。
「人間ひとりが全部俺の中に入るって、どういうことだよ。ゲームの収納ボックスじゃあるまいし。骨とか内臓とかどうすんだ? パンパンになって弾けるだろ、普通」
想像しただけで、自分の腹のあたりが内側からせり上がってくる錯覚に襲われた。
「……ま、俺も古江から聞いた話だからよくわかんねぇけどさ。全寄生が潜る時は、苗床に合わせて自分を再構築し直すらしい。骨を溶かして、肉を寄生糸に組み替えて、苗床の血管や臓器の隙間に自分を流し込むとか言ってたな」
「でも、あいつらリザルトがクソじゃん。特に密葉のやつ。……特大の光恩だっけ? 厨二かよ」
樋口の指が激しくボタンを叩くと、画面の中の巨大な敵が派手なエフェクトと共に粉々に弾け飛んだ。飛び散る肉片や火花が、スコアの数字に変換されて消えてく。
「ここの園で一番ステ値が高い奴を巻き込んで自爆特攻したのに、消したがってたターゲットの本体を完封できてないらしいじゃん。心中エンドの期待値、高く見積もりすぎなんだよ」
樋口は吐き捨てると、タブレットをフリックした。俺のスマホに一つの連絡先が飛んでくる。
「全潜りなら、非常勤で寄生虫学の先公がいたろ。真田って奴。……リファレンス持ってんじゃね? キャラ濃すぎて関わると即デバフ食らいそうだけど」
「いや、真田はマジでやめとけ」
四十八願が食い気味に遮る。
「下手に関わると、攻略情報抜く前に詰む。あいつにロックオンされたペアは、だいたい途中で音信不通になる。運命の終宿主探しの餌食になるらしいぜ」
「何しに来てんだよそいつ、害悪すぎんだろ。生徒に手出して、よく上からBANされねぇな」
意外にも樋口が引いている。画面の中の狩りを止めることこそなかったが、声に明らかな嫌悪が混じっていた。
「あの先公、直前に食い潰した奴の外装を被って、スペック高そうな苗床を見つけちゃ宿主移動を繰り返してる。顔もしょっちゅう変わるしトラップすぎるんだよ」
四十八願は立ち上がり、自分の首筋にあるポートを覆うように襟を正した。
「別クラスに、似たような潜り込み型を飼い慣らしてる宿主がいる。そいつに会え。苗床側だから、現実的なやり方でも教えてくれるんじゃね。……畑違いの俺が教えられる攻略はここまでだ。密葉みたいなバッドルートに突っ込まないことを祈ってるぜ」
窓の外で、学園の監視ドローンが唸りを上げている。古江と密葉が不完全な適合のまま、巨大な花を咲かせて一集落を壊滅に追いやった例の件以来、学園の空気は澱んだままだった。
「古江と密葉の心中案件で、上は全寄生のペアにピリついてる。お前は特級だから、何もしなくても真田みたいな不謹慎厨にタゲられやすい。お前がしくれば、他の奴らのレギュまで全部狂う。……目立たねぇようにやれよ」
「次はこのNPCに会え、次はあの場所へ行け。お使いゲーじゃん。樫のキャラコン素直すぎて草。ま、頑張れよビギナー」
樋口の口元に微かな緩みが見えた。ヤツのボソボソした独り言を聞き流しながら、ふっと息を吐く。
(悪い奴らじゃねぇんだよな、実際は)
「お前も、コンボ途切れさせないようせいぜい頑張れよ」
「うっせ」
返事はぶっきらぼうだったが、ゲームのSEはどこかリズムを速めたように聞こえた。




