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現場教師は星を見ない

 スマホの画面を指でなぞる。画面の向こう側で、死んだはずの殻沢が何度も息を吹き返していた。スクロールするたび、あの日に体育館で胞子を浴びた連中の投稿が目に入る。


私も人生変わった

#殻沢くんで芽吹きたい

#散開LIVE #冬虫夏草チルドレン


 リプライ欄には歌詞の考察と、ヤツを神格化する言葉が並んでいた。殻沢の苦しみが加工され、SNSに拡散されていく。切ない共依存の恋の歌。泣いた。救われた。エモい。残り香を吸い込んだ――。


 どいつもこいつも分かっていない。


 実際の殻沢は、体内で増殖し続ける異物を外へ吐き出さなければ死ぬという、排泄衝動と苦悶を歌に変えて叫んでいただけだ。


「野蒜先生、またマスコミから問い合わせ来てますけど、どうしましょう」


「適当に突っぱねといて下さい。あとで俺が出ます」


 無表情のままスマホの画面を落とし、机のPCへ視線を移す。メールの新着通知欄は、保護者からの問い合わせで埋めつくされていた。殻沢関連の始末書も、まだ片付いていない。その横には、厚みを増した入学希望資料。苗床志願者欄を見るたびに溜息が漏れる。


「また女子か……」


 収穫祭のささやかな出し物にすぎなかった殻沢の散開ライブ以来、園の空気はおかしくなった。そもそも寄生なんて、綺麗事で取り繕おうが根底は搾取だ。苗床になるのは、元からそういう家系のヤツか、行き場のない訳ありばかりだったのに、殻沢が学園の倫理ごとひっくり返してしまった。


 ――だから言ったんだ。

 あいつらに、本物の星を見せるなって。


「いやぁ、実に意義深い催しでしたなぁ」


 教頭が、ぬるりと両手を広げる。


「表現活動との融合。まさに新時代の教育モデルですよ。多対一の共生という可能性が、この園に生まれたのです」


 収穫祭から数週間経った今も、職員室には妙な熱気が残っていた。その中心にいるのは教頭だ。本来なら、管理職として今回の不祥事を取り繕う立場にある人間が、一介の非常勤講師の思想にどっぷり浸かっている。


 その可能性とやらのせいで、救護室に何人運ばれたと思ってる。


「今後は生徒の自主性を尊重しつつ、安全管理を徹底して――」


 俺は眉をひそめ、早口で捲し立てる教頭の顔を見た。虹彩の奥で白く細い糸のようなものが、生き物みたいにうねっている。


「自主的散開による定着率向上は、公開価値がありますね。……安全ライン? そんなものは現場で判断して下さい」


 口元が時折、真田そっくりに歪む。管理職の仮面はとうにひび割れ、中身が別の何かに書き換わっていることを隠そうともしない。


「興奮してんじゃねぇよ。気持ち悪い」


 つい口を挟んでいた。教頭は言葉を詰まらせながらも、恍惚とした笑みを浮かべる。


「いや……だって、非常に貴重なケースで……冬虫夏草型の集団感染前例って、ほぼ……」


「野蒜先生、タメ口になってますよ」


 同僚教師が揶揄するように笑う。

 俺は肩をすくめた。


「すんません。一応アレでも教頭でしたね」


 半年前の教頭は、堅物でリスク管理しか頭にない男だった。それが今では、生徒の集団感染を成果と呼んで憚らない。


 職員室に失笑が漏れる。

 事故が起きた時、泣き叫ぶ親の対応をするのは誰だ。生徒の変わり果てた姿を回収し、変質した細胞の残骸を剥がしに行くのは。開花後の処理をして、影響された生徒を隔離し、遺書を回収するのは。


 泥を被る仕事は、全部こっちだ。


「また安全管理報告書が増えますね」


 ぼやく声はあれど、誰も教頭を止めようとはしない。真田が、園に予算を引っ張ってくるのを皆知っているからだ。机の端に置かれた教育広報誌が視界に入る。教頭のガワを借りた真田の文章には、ご立派な理念が並んでいた。


 だが、あいつは絶対に現場へ立たない。

 真田は根っからの研究者だ。教頭を乗っ取ったところで、組織管理など出来るはずもなく、ただこの園を実験室へ変えていくだけだ。


「乗っ取るなら、せめて最後までてめぇで面倒みろよ」


 机の始末書を指先で弾くと、紙が乾いた音を立てて滑っていく。この状況を笑っていられるのも今のうちだけだ。


 五代の反省文の進捗を確認しに、教室へ足を踏み入れる。相変わらず、教室には気の抜けた空気が漂っていた。原稿用紙を覗き込むと、案の定スカスカ。反省など最初からする気がないのが行間から滲み出ている。


『——ごめんねさえも愛に聴こえる』


 殻沢の歌を呑気に口ずさんでやがる。

 俺もつくづく舐められたもんだな。


「これじゃ紙の無駄だな」


「野蒜君、そう固いこと言わずにこれでも飲んで」


 眞継がひょいと、教卓に紙コップを置く。中身は、殻沢由来の冬虫夏草を煎じたもの。立ち昇る湯気に、土っぽい青臭さと菌糸の出汁っぽい気配が混ざり合っている。


「いつもの追憶会をしよう。野蒜君も、殻沢君をちゃんと身体に刻んであげないと」


 この園では、開花した者は何かしらの形で取り込まれる。寄生種だろうが苗床だろうが関係ない。そこに居合わせた者全員で――ジャム、茶、蜜。奴らから溢れた命を体内へ取り込み追憶する。それがこの園の弔いの仕方で、日常としてまかり通っている。


「にっっが!! これホントに飲み物!?」


「なっちゃん、味わいまでロックすぎっしょ」


 生徒どもが好き勝手に騒ぎ立てるなか、俺は教卓に置かれた紙コップの中身を一気に煽った。喉を通る感触は最悪だ。殻沢の情念がそのまま溶け出したような、えぐみが舌にこびりつく。


「……クソまず」


「絶対言うと思った」


「その顔が見たかったんすよ」


生徒たちが一斉に笑う。その光景だけを切り取れば、どこにでもある普通の放課後だ。


「智大、君にもお裾分けしてあげよう」


 眞継は車椅子に座る檀に紙コップを近づけ、慎重に茶を含ませる。檀は意識の半分を向こう側へ漂わせているから、匙を使ってもどうしてもこぼれてしまう。眞継は慣れた手つきで口移し、無理やり喉へ流し込んだ。

 何度も繰り返すうちに、檀の瞳の奥がかすかに揺れる。眞継は満足げに、空になった紙コップを指先で弾いた。


 その隣で、五代がスマホの画面を突き出す。録画された殻沢のライブ映像を、繰り返し再生して見せていた。


「どうすか。なっちゃんの生き様、マジで格好よかったんすよ。体育館入れなかったやつまでいてさ。先輩もあんな風に、派手にやりましょうよ。俺、最高に雄みのある枝振りに仕上げる自信あるんで」


「今回のライブ、教頭が絶対何か言ってくると思ったのに変におとなしいよね」


 隣で沙倉と与謝野が、茶をすすりながら口を開く。生徒会しか知り得ない裏事情を、どこか他人事のように語った。


「教頭先生は、『合意の上なら、人間が苗床として使い捨てられても美しい思い出になる』って絶賛してたよ。共生の完成形だって」


「ぽいわー。あの人マジでブレないっすね」


「殻沢くんを校史に刻むらしいですよ。もっとも、数年後に芽吹くチルドレンたちが一斉にライブしたいって言い出したら、園の敷地が足りなくなるでしょうけど」


「増築フラグきちゃう? ……あ、その前に学園ごと剪定されたりして」


 他愛のない冗談。未来を語る言葉の端々に、死の香りが漂っている。俺は空になった紙コップを教卓に置き、五代の原稿用紙を指先で叩いた。


「バカ話してる暇があるなら、手を動かせ。……殻沢夏生君のって箇所の『殻』、お前のなかでの主役の漢字が間違ってるぞ」


「やっっっべ! 全部『穀』になってるじゃん。実り豊かすぎっしょ」


 素っ頓狂な声とともに、五代が間違えた箇所を必死に消していく様を、眞継は見つめてふわりと笑う。


「ふふ、冬虫夏草チルドレンたちがここに来る前に、頑張って書き終えなきゃね」


「年度が開けるまで俺を待たせる気かよ」


「……来期の苗床希望さ、女子勢多すぎらしいじゃん。ここって野郎しか取らないんじゃなかったっけ。環境バランス崩壊しそうじゃね?……チッ、10連ドブった」


 樋口がスマホを凝視したまま舌打ちする。紙コップに残った茶は放置されたままだ。隣で四十八願が、茶のえぐみを消すようにエナジードリンクを流し込み、肩をすくめる。


「適性検査でほぼ全滅確定だけど、おいそれとは切れないっしょ。入学金が美味すぎて。教頭の中身が真田な時点で、運営のスタンスお察しだわ」


 樋口と四十八願の方をちらと見る。数値だけなら、樋口ペアは優秀だ。だが妙に浅い。全寄生なのに、この時期にきても接続深度がない。この園じゃ変わらないことのほうがむしろ異常だと俺は知っている。


「自主的寄生による幸福の共有こそ、次世代教育であり〜」


「五代、教頭の真似すんなし、似すぎて腹痛い」


 ゲラゲラ笑う声。少し前まではこの教室の中に殻沢もいたのだ。


「そういや、本職とツボちゃんいないね」


 収穫祭以降、あいつらは放課後の教室へ寄りつかなくなった。殻沢の散開を真正面から見たはずの二人は、今日もここにいない。


「普通に帰ってるんじゃない?」


 眞継がふと窓の外を見る。俺も視線を動かすと、寄宿舎へ戻ろうとする二人の生徒の影がやけに輪郭を持っていた。樫と清澄。


 時々いる。演技で始めたはずの関係を生存本能側が本物だと認識してしまう個体が。学校管理外で、深度を無視して勝手に同期を始めやがる。夜中の寄宿舎で。あるいは、どうでもいい帰り道で。


 管から送られてきた最新データを、俺はもう三回は見返していた。神経接続深度の数値を。次回計測予測到達値は0.82。予定より一ヶ月も早い。


 この園にいる人間なら、その意味を知らないやつはいない。拒絶波形が跳ね上がり、管理下を外れたペアが最も死にやすい臨界点。本来なら管理棟へ移送して、医療班付きで深度を固定しなきゃいけない。


 なのに、あの二人はあまりに普通だった。授業に真面目に出ている。樫は相変わらず無愛想にしているし、清澄も律儀にノートを取っている。表面上はいつも通りだから、園が強制介入できない。


 このままいけば、日常の延長線上で臨界を踏む。最悪なのは、本人たちにその自覚が薄いことだ。俺も昔、そうやって予定を狂わせた側だった。


 樫は、自分を壊すことに躊躇がない。清澄は聞き分けは良いが開花する意思が強く、ヤツと一緒に沈む覚悟だけは決まりきってる目をしている。あの二人は互いのブレーキにならない。


「せめて予兆見せてくれよ」


 嫌な予感がする。事故るならせめて管理下で事故ってくれ。現場の勘ってやつは、大抵当たるんだ。

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