第51話 グレアム伯爵、北の市に来る
グレアム伯爵が来る。
その報せは、北の市を一瞬で静かにした。
商人たちは荷の紐を結び直し、兵士たちは無意識に背筋を伸ばし、領民たちは互いの顔を見た。
敵だ。
誰も口には出さない。
だが全員が知っている。
北道を奪おうとした相手。
黒鷲商会を動かし、価格を歪め、こちらの弱さを突こうとした男。
その本人が、市を見るために来る。
「中止しますか」
エマが言った。
顔色は戻っている。けれど、まだ無理はさせられない。
「しない」
俺は即答した。
「むしろ、見せる」
ガルドが眉をひそめた。
「危険ではある」
「危険だから見せるんだ」
隠せば、弱点を探される。
だが、弱点ごと見せて、改善している事実を出せば、相手は簡単に潰せない。
前世で企業再生をしていた時も同じだった。
粉飾された報告書より、赤字の原因まで見える改善表の方が強い。
◇
視察当日。
グレアム伯は、黒い馬車で現れた。
従者は六人。
護衛は八人。
そして、商人らしき男が二人。
その一人を見て、セイルが小さく笑った。
「黒鷲商会の本店番頭ですね」
やはり来たか。
俺は一歩前へ出た。
「ようこそ、北の市へ」
グレアム伯は俺を見下ろした。
整った顔に、笑みが浮かぶ。
「噂は聞いている。無能と呼ばれた三男が、市を開いたそうだな」
「はい。まだ小さな市ですが」
「謙遜は美徳だ。だが、数字は謙遜しない」
その言葉に、俺は掲示板を指した。
通行札、修繕、保存食、荷消失、解決件数、備蓄日数。
すべて貼ってある。
良い数字も、悪い数字も。
グレアム伯の目が細くなった。
「失敗まで見せるのか」
「はい」
「なぜだ」
俺は答えた。
「隠した失敗は、次の失敗を連れてくるからです」
広場の空気が少しだけ変わった。
グレアム伯は笑った。
「面白い」
その笑みは、褒めている顔ではなかった。
値踏みする顔だった。




