第5話 無能なメイドが、一日で金貨十三枚を稼いだ
エマが戻ってきたのは、日が沈む少し前だった。
服は泥で汚れている。
髪も乱れている。
いつもの侍女らしい整った姿ではなかった。
だが、目だけが違っていた。
「結果は?」
俺が聞くと、エマは袋を机に置いた。
硬貨の音。
一袋。
二袋。
三袋。
「金貨十三枚と、銀貨六十二枚です」
部屋にいた家令が息を呑んだ。
父も黙った。
俺は袋を開ける。
確かに金貨がある。
「何を売った?」
「羊毛、蜂蜜、薬草です」
「木材は?」
「売りませんでした」
「理由は?」
「今売ると安く買い叩かれます。橋の修繕が始まれば需要が上がります」
俺は笑いそうになった。
やっぱりだ。
この少女は、数字の向こう側を見ている。
「誰に売った」
「通りの商人三人と、薬師ギルドです」
「交渉は?」
エマは少し顔を赤くした。
「最初は……舐められました」
「だろうな」
「なので、三人を同じ倉庫に呼びました」
家令が眉をひそめる。
「なぜだ」
「一人ずつ売ると、こちらの弱さを見抜かれます。でも三人同時なら、互いに値を下げにくくなります」
俺は思わず机を叩いた。
「最高だ」
エマがびくっと肩を跳ねさせる。
「すみません!」
「違う。褒めてる」
彼女はさらに困った顔をした。
褒められ慣れていない。
それも分かる。
「金貨一枚は使った?」
「はい」
「何に?」
「荷馬車の手配と、薬草の選別を村の子供たちに頼む賃金に使いました」
「子供に?」
「大人は畑があります。でも子供たちは夕方なら動けます。少しのお金でも喜んでくれました」
父が初めて口を開いた。
「使用人が、村の子供を使ったのか」
「はい。申し訳ありません」
エマは頭を下げた。
「違う」
俺は言った。
「それは雇用だ」
エマが顔を上げる。
「雇用……ですか」
「仕事を作って、金を回した。商売の基本だ」
家令はまだ納得していない顔だった。
だが数字は嘘をつかない。
金貨一枚が、金貨十三枚になった。
一日で。
「父上」
俺は言った。
「これで、エマに商売を任せる許可をください」
父は金貨の袋を見ていた。
やがて、低く言う。
「好きにしろ」
エマの肩から力が抜けた。
その瞬間、視界に文字が浮かぶ。
【エマ・ローデル】
職業:侍女
推奨職:商会管理者
信頼:42
俺は息を止めた。
昨日はなかった項目だ。
信頼。
なるほど。
才能だけではない。
関係性も、数値として見えるのか。
ただし、忠誠でも善悪でもない。
信頼。
信じられているかどうか。
それだけだ。
「レオン様」
エマが小さく言った。
「私、初めて自分が役に立てた気がします」
その一言で、俺はこの仕事の本質を思い出した。
会社を立て直すのも。
領地を立て直すのも。
結局は同じだ。
人が、自分の価値を取り戻す場所を作ること。
その夜。
俺は帳簿に新しい項目を書き込んだ。
収益改善。
担当、エマ・ローデル。
金貨十三枚。
小さな数字だ。
借金二万八千四百枚から見れば、誤差に近い。
だが。
滅びかけた領地で初めて生まれた、黒字だった。




