第47話 敵商会を、市場に招く
黒鷲商会を北の市に招く。
その案は、当然ながら反対された。
「危険すぎます」
エマが最初に言った。
「価格を荒らされます」
「そうだね」
「商人を奪われます」
「あり得る」
「なら、なぜ」
「来ない場所では、監視できない」
エマは黙った。
黒鷲商会が北道の外から妨害する限り、こちらは後手に回る。
なら、ルールの中に入れる。
市場に来させる。
記録させる。
見える場所で商売させる。
前世で問題社員を扱う時も同じだった。
裏で動かれるより、役割と責任を与えた方が管理しやすいことがある。
もちろん危険だ。
だが、完全排除できない相手を外に置く方がもっと危険だ。
「条件を掲示します」
俺は言った。
「北の市で商売する者は、価格と数量を記録する。脅迫、買い占め、虚偽表示は禁止。違反すれば出店停止」
ガルドが鼻を鳴らす。
「守ると思うか」
「守らせる」
「どうやって」
「商人同士に見張らせる」
商人は競争相手の不正に敏感だ。
自分が損をするから。
正義感より利害の方が早く動く。
「密告箱を置く」
ネルが言った。
俺は驚いて彼女を見る。
「密告箱?」
「名前を書かずに、不正を書いて入れる箱です」
エマが少し考える。
「悪用されませんか」
「される。でも、ないよりいい」
俺は頷いた。
「採用」
ネルの顔がぱっと明るくなった。
「いいんですか」
「いい案だ」
彼女は嬉しそうに記録板を抱きしめた。
こういう瞬間が好きだ。
人が自分の考えに価値を見つける瞬間。
◇
次の市。
黒鷲商会本店の小さな荷車が来た。
先頭にいたのはイザベルではない。
若い商人だった。
だが荷には、本店の印がある。
来た。
広場がざわめく。
村人たちは警戒している。
当然だ。
黒鷲商会の名は、放火疑惑と結びついている。
ケイルも露骨に嫌な顔をしていた。
「本当に入れるんですか」
「入れる」
俺は市場の入口に立った。
黒鷲商会の若い商人が礼をする。
「本店より出店を命じられました」
「規則は読んだ?」
「はい」
「なら、守ってください」
「承知しました」
丁寧すぎる。
信用はできない。
だが、今はそれでいい。
午前中、問題は起きなかった。
黒鷲商会は塩と鉄釘を売った。
価格は高すぎず、安すぎず。
むしろ、かなり適正だった。
エマが記録を見て言う。
「本店は本当に商売をしに来ています」
「利益が出ると見たんだろうね」
「グレアム伯との関係は?」
「割れるかもしれない」
その時、密告箱に一枚の紙が入った。
ネルが持ってくる。
紙には短く書かれていた。
『黒鷲商会が、ケイル商会の客に裏で値引きを持ちかけている』
やはり来た。
エマの顔が強張る。
ガルドが腰の剣に手を置く。
俺は首を振った。
「すぐに怒らない」
「では?」
「証拠を取る」
セイルを呼ぶ。
こういう時、彼ほど頼りになる人間はいない。
数刻後、セイルは笑顔で戻ってきた。
「値引きは本当です」
「規則違反?」
「いいえ」
「え?」
「掲示価格からの値引きは禁止されていません」
俺は頭を抱えた。
ルールの穴だ。
敵は、禁止されていないことを使ってくる。
当たり前だ。
「次回から、個別値引きは記録制にする」
エマがすぐに書く。
「今回は?」
「罰しない」
ガルドが不満そうにする。
「甘いぞ」
「後出しで罰すると信用を失う」
ルールは、作る側こそ守らなければならない。
その代わり、穴はふさぐ。
夕方、掲示板に新しい規則を貼った。
『個別値引きは記録し、理由を明記すること』
黒鷲商会の若い商人がそれを見て、少し笑った。
悪い笑いではない。
挑戦を楽しむ笑いだ。
北の市は、少しずつ本物の市場になっていく。
本物の市場とは、味方だけが集まる場所ではない。
利害の違う者たちを、同じルールで動かす場所だ。




