第43話 グレアム伯は、善意を武器にする
三回目の市の前日、グレアム伯から荷が届いた。
小麦袋、五十。
塩、十樽。
薬草、数箱。
添えられた書状には、こうあった。
『北の村の民を案じ、救援物資を送る』
エマが書状を読んで、顔をしかめた。
「受け取れば、借りになります」
「断れば、民を見捨てたと言われる」
セイルが楽しそうに言う。
「実に上手いですね」
上手い。
本当に上手い。
グレアム伯は、俺たちの弱点を知っている。
食料が足りない。
金が足りない。
民の不安がまだ残っている。
そこへ善意の顔をした荷を送る。
受け取れば、グレアム家のおかげで救われたという印象が残る。
断れば、困っている民より体面を優先したことになる。
「どうしますか」
エマが聞いた。
「受け取る」
ガルドが眉を上げた。
「いいのか」
「ただし、記録する」
「また記録か」
「うん。今回は徹底的に」
俺はネルを呼んだ。
「救援物資の受領記録を作る。誰から、何を、いつ、どれだけ受け取ったか」
「はい」
「配布時には、グレアム家からの救援物資だと明記する」
エマが驚いた。
「名前を出すんですか」
「隠す方が怪しい」
「でも、手柄を取られます」
「手柄を取らせればいい」
俺は書状を置いた。
「その代わり、こちらは管理で勝つ」
善意の物資は強い。
だが、配る仕組みがなければ混乱する。
誰に配ったか。
どれだけ残ったか。
働ける者と働けない者をどう分けるか。
そこに領地の管理能力が出る。
「グレアム家は物を出した。アルヴェルト家は、それを公平に配った。そう見せる」
セイルが笑った。
「相手の善意を、こちらの実績に混ぜるわけですね」
「善意なら、正しく使っても怒れない」
「性格が悪くなりましたね」
「君に言われたくない」
◇
翌日、広場に救援物資を並べた。
村人たちの視線が集まる。
小麦袋は、今の北の村にとって命そのものだ。
俺は声を上げた。
「これはグレアム伯爵家から届いた救援物資です」
ざわめきが起きる。
「ありがたく受け取ります」
エマが隣で配布表を持つ。
ネルが受領記録を読み上げる。
「ただし、配布はアルヴェルト家の管理記録に基づいて行います」
一瞬、不満そうな声が出た。
「並べばもらえるんじゃないのか」
「老人、子供、病人を優先します」
「働ける者は?」
「今日の市で仕事があります。働いた分は賃金と食料で支払います」
不満は完全には消えない。
だが、混乱は起きなかった。
記録があるからだ。
誰が受け取り、誰がまだか。
誰が働き、誰が働けないか。
感情で決めない。
仕組みで決める。
昼過ぎ、グレアム伯の使者が見に来た。
きっと、俺たちが慌てるところを見たかったのだろう。
だが彼が見たのは、列を整理するロウと、記録を取るネルと、配給を監督するダリオだった。
そして、グレアム家の名が書かれた札。
使者の顔は、少し複雑だった。
俺は丁寧に礼をした。
「救援、感謝します」
嘘ではない。
実際に助かった。
ただし、それで首輪をつけられるつもりはない。
夕方、配給後の残数をエマが計算した。
「備蓄が、二十一日分まで戻りました」
大きい。
目標の一か月分まで、あと少し。
だが俺は喜びきれなかった。
グレアム伯は、これで終わる相手ではない。
善意の次は、きっと別の武器を出す。
その予感は、翌日に当たった。
北道で、商人の荷が一つ消えた。




