第37話 商人ケイルは、損をしない方を選ぶ
ケイルは、味方ではない。
それは最初から分かっていた。
だから、彼に忠義を求めてはいけない。
求めるのは、利害の一致だけだ。
「ケイル殿」
行政官が言った。
「北道の状況について証言を」
ケイルは汗を拭いた。
ちらりとグレアム伯を見る。
次に俺を見る。
最後に、エマを見る。
エマは資料を抱え、静かに立っていた。
黒鷲商会から借金の返済を延ばすと言われた男。
一方で、アルヴェルト家から別の取引先を紹介されるかもしれない男。
彼は正義では動かない。
損得で動く。
それでいい。
商人としては自然だ。
「北道は、以前は使いづらい道でした」
ケイルが話し始めた。
グレアム伯の口元に笑みが戻る。
「雨の後はぬかるみ、荷車が沈む。護衛も少なく、危険だと感じていました」
行政官が頷く。
「では、アルヴェルト家の管理能力に問題があると?」
「以前は、そう思っていました」
以前は。
その言葉で、グレアム伯の笑みが止まった。
「昨日、北道を通りました」
ケイルは続ける。
「水抜きがされており、以前より通りやすくなっていました。領道守備隊の巡回にも会いました」
「危険は?」
「少なくとも、昨日はありませんでした」
「今後も使うか」
ケイルは少し迷った。
ここが本音だ。
「利益が出るなら使います」
審議室に小さな笑いが起きた。
商人らしい答えだ。
だが、俺は内心で頷いた。
この答えが一番強い。
義理で使うのではない。
利益が出るから使う。
北道に価値がある証明だ。
グレアム伯が静かに口を開く。
「ケイル殿。黒鷲商会との取引はどうするつもりかな」
脅しだ。
柔らかい声だが、意味ははっきりしている。
ケイルの顔が青ざめる。
そこでエマが一歩前へ出た。
「ケイル商会には、アルヴェルト布の輸送契約を打診しています」
審議室がざわついた。
「正式契約は未締結ですが、北道を使う商人を増やす方針です」
ケイルがエマを見る。
助け舟。
ただし、甘やかしではない。
彼が嘘をつかないなら、こちらも取引で返す。
商売はそういうものだ。
「では」
行政官が言った。
「北道は改善されつつあり、商人に利用価値があると証言するのだな」
ケイルは深く頭を下げた。
「はい。少なくとも私は、利益が出るなら使います」
十分だ。
ケイルが退室すると、グレアム伯はすぐに次の手を打った。
「商人一人の証言で、民の困窮は消えません」
その通りだ。
彼は切り替えが早い。
「北の村では、村長が不正を働き、民が飢えた。これはアルヴェルト家の監督不行き届きでしょう」
痛いところだ。
事実だから。
俺は反論しなかった。
「その通りです」
エマが息を呑む。
審議官たちも俺を見る。
「監督不行き届きでした。だから村長を解任し、配給管理を作り直しました」
俺は資料を出す。
「不正を隠すのではなく、記録に残しました」
グレアム伯が笑う。
「自分の失敗を認めるとは、正直だ」
「はい」
「だが、正直なだけで領地は守れない」
「知っています」
俺はまっすぐ見る。
「だから、失敗を改善する仕組みを作りました」
前世で嫌というほど学んだ。
不正が一度も起きない組織などない。
重要なのは、起きた時に見つけ、止め、再発を防げるか。
次の証人は、バラム神官。
善意で敵側に立とうとしていた男。
その証言が、審議の空気を決めることになる。




